悪魔の職人
神浜 遊
第1話
「依頼は、受けて頂けますかな?」
明るすぎず暗すぎず、装飾性は無いものの一目で上質とわかる品の良い茶色のスーツを纏った老人が、銀の装飾の施されたステッキを撫でながら眼鏡の奥の瞳を光らせた。
テーブルの上には若い女の写真がある。
気は強そうだが、整った顔立ちに細身ながらも色気のある身体つき、成人男性の大多数は好みであろう美人。
「ーーいくら出しますか?仕様は?」
向かいに座る男は全身黒ずくめの服に山羊の頭を被っており、さながら悪魔のような格好で、興味なさげにテーブルの写真を一瞥すると老人に向き直った。
「値段は言い値で構わない。もちろん、そういう事も出来るようにお願いしたい」
お恥ずかしいね、と付け加え横に立っていた付き人に、いかにもなトランクを開かせた。
中身は帯付きの紙幣でびっちりと埋まっている。
山羊男は心底くだらなそうにそのトランクをみると老人に向き直り首を横にふった
「夜用なら、その3倍は頂かないとですね。関節が動くように加工しなければなりませんし、口や陰部を特殊加工しなければいけません。素手で触れるのでしょうから、防カビ加工もですね。可能ならお受け致しますよ。」
老人のステッキを握る手が強ばるが、引きつった口元を笑みに繕うと「後日、残りを用意させよう」と静かに言った。
山羊男は自分の椅子の横に置かれたサイドチェストの1段目の引き出しを開けて中から1枚紙を取り出すと、インクと羽根ペンを差し出した。
「今から言う事をそのまま書いて下さい。日付、サイン『この件は、関係者全てが同意の上である』」
老人は、差し出された羽根ペンは鮮やかな色した羽根で出来ており物珍しげに見つめてから、言われたとおりに記した。
「上質な羊皮紙ですな、それにこんな珍しい羽根は見た事がありませんよ。」
「それは羊の皮ではありませんけどね。羽根は、先日依頼を頂いた剥製から1枚頂戴したんですよ。海外の珍しい鳥だそうです」
事務的に返答すると、内容を確認しチェストの2段目の鍵付きの引出しにしまった。
「傷や痕は少ない方が綺麗に仕上がります。完全に死んでる状態で3時間以内に屋敷に運んでください。」
椅子から立ち上がりそう告げると、さっさと帰れとでも言うように応接室の扉を開け、外に出るよう促す。
老人は、怪訝そうな顔をしてわざとらしくゆっくりと立ち上がると「それではよろしく」と軽く会釈をして応接室を出ていった。
「まったく、気味の悪い男だ」
「うちのご主人様は変わり者なのでネ。腕は確かですヨ。気をつけてお帰りくださいマセ」
扉が閉まる音と共に悪態をつくと、扉の影から今度は馬の頭を被った大きな男が現れる。
主人に対する悪態に怒るでもなく少し異国の訛りのある話し方で、突然現れた馬男に驚く老人と付き人をよそに、屋敷の玄関まで案内した。
「それでは、またお待ちしていマス」
車が門の外まで出るのを見送ると、足早に応接室に戻り勢いよく扉を開けはなつと、屋敷の主人である山羊男ーもとい、革城貴臣の元に駆け寄った。
「気味悪がられてたゾ。いい加減やめないカ、このマスク」
自身の被っていた馬の頭を外し、ふうっと溜息をついてテーブルの上に置いた。
緑がかった黒の短髪は、襟足部分だけが肩甲骨辺りまでと長く尾のように少しだけ結ばれている。
東洋らしいスッキリとした目元と苔色の瞳、背はスラリと高い。
「気味悪くて結構だ」
山羊の頭を外すとフンっと、鼻を鳴らしテーブルに置かれた写真と簡易的な資料を手に取る。
伸びかけの白い髪に、少し垂れ気味の目尻に薄いグレーの瞳、人形のように整った顔立ちに無愛想な口元が印象的で不健康そうな真っ白い肌をしていた。
「病歴無し、しかしこの無駄にデカい胸は処理が面倒くさそうだな」
眉をひそめて、資料を黒髪の男、楊に手渡す。
楊は資料と写真を見ると、ニヤニヤと笑い瞳を輝かせた。
「若い女の施術は久々だナ。断るかと思っていたヨ、こういうのが好みなのカ?」
資料をテーブルに戻し、胸を表すようにジェスチャーをする。
革城は、忌々しげに眉をひそめると楊の脛を蹴飛ばした。
「俺はそんな脂肪の塊に興味はない」
脛を擦り蹲る楊を横目にぼんやりと外を眺めた。
窓には今しがた降り始めた雨が強く打ち付け、遠くの海には暗い雲から雷が落ちている。
「いつものカ?」
「あぁ、金はそっから持っていけ」
心配してもらえる訳もなく、立ち上がると仕事の確認をする。
革城は振り返らずに頷く。
そっから、とはテーブルの上で無造作に開かれたトランクの事のようで、楊は収まった札束の数を数えて、トランクを閉めた。
「もういくヨ、この雨暫く続くみたいだかラ。」
「あぁ。気を付けろよ。」
深い天鵞絨のカーテンを閉めて振り返ると、楊の姿は既にトランクごと無くなっていた。
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