偽桜

バカ浪漫

第1話

From 母さん

To 葉園 麦

Title いよいよ大学生活が始まったね!


本文

「大学、楽しんでいますか?たくさん友達を作って有意義な大学生活を送ってね。お金のことは心配しなくて大丈夫だから、留学なんかもしたくなったらすぐ相談するのよ。体調にはくれぐれも気をつけてね!」

--------------------END--------------------


大学生になって2週間、初めて母さんからメールが届いた。そのメールの内容は読まなくても大体予測できたし、母さんからこんな内容のメールがそろそろ届くだろうな、ということも予測していた。だが、いざメールが届くとなかなかメールを開けることが出来なかった。少しぼーっとした後、呼吸を整え、思い切ってメールを開いた。そして、しっかり落ち込んだ。

大学生活2回目の日曜日にもかかわらず、家の新品のベッドの上でこのメールを読んでいた。嫌になり、メールから目を離した。

自分の部屋なのにどこに目をやっても罪悪感が出てくるので、窓の外にすがりつくように目を移した。窓の外は曇りで風が強く吹いていることがここからでも分かった。つい先日まで満開だった桜はそろそろと散っており、落ちた桜の花びらの上を通勤中のサラリーマンが歩いて行った。ため息をつくと幸せが逃げる、と小学校の頃に聞いて以来ため息をつくことを出来るだけ我慢していたが、この時だけは溢れ出てしまった。


大学に受かったことが分かってから今に至るまで、実に様々な人達、親戚のおじさんや高校の友人に、絶対に何かしらのサークルか部活に属していた方が良い、と諭されていた。テストの過去問が貰えるし、なにより人脈を広げることは大学での一つの大きな課題だからだ。それにも関わらず、僕は何の団体にも属さずこうやって日曜日に家に引きこもっている。高校からの友人は皆、なんらかの団体に属しており、今日はその新歓のイベントに参加しているはずだ。SNSを開くと、皆揃って新歓のイベントに参加していて、それがとても楽しいということを不特定多数の人に報告しているだろう。家にいるのなんて僕だけだろう、これは確信だった。それだけならまだしも、僕は大学の授業にもあまり出る気にはならず、よく欠席していた。また、極度の人見知りのため、新しい友達なんか1人もできちゃいなかった。これではとても大学生活を楽しんでいるとは言えなかった。

母さんへの返信に困った。本当にどう返信すれば良いのかがわからない。でも、できるだけ母さんには心配をかけたくはなかった。


僕には父親が居ない。僕が小さい頃、僕とまだ赤ん坊だった妹を残して出ていってしまったのだ。僕は、父親がいないことを理由に幼稚園や小学校でいじめられ、極力人と関わることを避ける性格になってしまっていた。教室では自分の意思や意見を表明せず、できるだけ、そこにあるだけの置物のように振る舞うことに命をかけていた。

そんな僕は本を読むことと勉強を頑張ることしか出来なかった。勉強をして成績を上げて、イジメてくる奴らを馬鹿な奴らだと見下すことでしか自分の幼い自尊心を守る術を知らなかった。だから、幼い頃から勉強だけは得意だった。そんな僕を母さんは心から誇りに思ってくれていた。だから母さんにはイジメられていることをずっと秘密にしていた。

ぶたれてアザが出来た時も、転んだ時の傷だと言って押し通した。


だが、母の稼ぎが少ないことくらいは小学生の僕でもなんとなく理解していた。母は外出する際、いつも同じ洋服を着ていたし、いつも家に帰ってくる時間は遅かった。母が水系の仕事をしていたかどうかは定かではないが、おそらくやっていただろうと僕は思っている。それでも、女手一つで僕達をここまで育ててくれた。僕が大学に行くのは家計的にも難しいだろうなと考えていた時、母さん

は「大学はどこへ行きたいの?」と大学へ行く事を前提に話しかけてきてくれた。


だから母さんにこれ以上心配をかけることは出来なかった。嘘でも、楽しくやっている、と言わなくてはならないと思った。だが、ここまで自分に期待を寄せてくれている母さんに嘘をつくのは、やはり心が痛んだ。


結局、まだどこの集団にも属することが出来ていないとは言えず、ボランティアのサークルに入ったと母には返信しておいた。情けなかった。


大学ではサークルオリエンテーションといって、多くのサークルが新入生に向けて行うイベントがあり、多くの新入生はそこで自分がこれから属するサークルや部活を決める。僕も一応勇気を出してそのイベントに参加した。だか、これだ!というサークルを見つけることができず、結局この様になった。いや、実を言うと良いサークルや部活に出会うことを恐れ、避けていたと表現した方が正しいかもしれない。


僕がこんなヘンテコな行動を取るのにはある理由があった。僕はこの大学に入学した事を後悔していたのだ。

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