権利争奪戦Ⅱ

「さっきの奴ら……かなり強かったな。見応えがあったというかなんと言うか、正統派の戦いってのは燃えるな……トドメの一撃なんかが特に」


「そうね……さっきのは学園で期待されていた二人らしいわ。ちなみに私は気の弱そうな目つきの男の子を応援したんだけどね、惜しかったわ……代わりに私が戦いにでも行こうかしら。私なら最後の攻撃は避けれたわ」


密かに俺も気の弱そうな茶髪の少年を応援していた。お互い限界まで力をだしきっていたのは誰が見ても分かる、でも気弱なガキ──俺も年齢的にはガキなのだが──が負けた理由が他にあると俺は見ている。途中まで実力が拮抗していたが故に違和感を感じた。最後の瞬間、名前は知らないが相手をしていた身長がかなり高めの赤髪が技を出した一瞬、別の方向から異能力スキルが発動された感覚があった。そして爆発音──煙の中から現れたのは赤髪。 まるで赤髪が隠し持っていた超攻撃型の異能力スキル、その圧倒的破壊力に惜しくも敗れた……という表面的には最高の戦いの裏に、何か隠された秘密があるはずだ。これに関してエアリカがどう思っているかは曖昧だが異能力スキルの発動を感じ取れないほど感覚が鈍っているとは到底思えない。

さっきチラッと話していた内容は……たしか(私なら最後の一撃を避けれた)だったか。


急に無口になったへリクに対してエアリカは軽く肘を入れ、顔を中心部に向かってクイッと動かす。

「気がつかないわけないでしょう。それよりも次の試合よ、ランキング十一位と百位の格差勝負。一見、始まる前から勝負がついているように見えるわね。でも、こういう時に予想外の出来事が起きたりするものよ?」


──やはり間違いじゃなかった。俺の思い過ごしでは無いとすると……これから何かが起きる?

こんな大勢の人がいる場所でしか出来ないこと……。


脳をフル回転させてあらゆる可能性を考え始めた──その時、場内に華やかな女性の声が大音量のノイズと共に響き渡る。


「予選最終試合……! 序列第百位、マーティス=アリウム! 相対するのは序列第十一位、ギルバート=ナスタル! 辛うじて争奪戦に参加することが出来た努力家と惜しくも確定枠を逃した才能の持ち主……一体勝つのはどちらでしょうか! さぁ、最後の試合らしい勝負を見せてください。行きますよ! ……勝負開始!!」


試合が始まる掛け声をキッカケに闘技場の頭上から、高音の射出音と同時に様々な色の光の矢が放たれる。それはお互いにぶつかり合い砕け散り闘技場全体を鮮やかに彩っていく。


マジマジと試合開始の合図を見た事が無かったが意外に綺麗なもんだな、と関心しつつへリクは無言のまま自分に向かって落ちてくる光の矢の欠片を見つめていた。ふと、キラキラと輝いているそれを触りたくなり腕を伸ばした──刹那

「触らないで……!」

俺が声に驚き、手を反射的に引き戻す時にはエアリカに無理やり体ごと捻り倒されていた。


「な、なんだよ急に……目立つから大人しく……」


「……気がつかなかったの?」


「な、何が……」

エアリカは必死に考え込む俺をイライラしながら見つめている。一緒にフードを被って大人しくしていたエアリカはどこか落ち着きがなく、何を伝えようとしているのかも分からない。

そんな俺に我慢の限界が来たのか「馬鹿なのアンタ」と罵声をあびせてから腹部に一撃、そして場内に無理やり連れてかれてしまった。


観覧席に人が集まっているので場内には誰一人としていない。そんな中、闘技場の出口付近から大きな声が響く。

「馬鹿なのあんた! 時間が無いわよ」

その声からは焦燥が感じられた。


「時間がないって……何がだよ、エルフのお手伝いなら別の日にでもやってやるから。ていうか、二回も同じこと言わなくても……」


そんなに馬鹿なのか? ともう一度確認しようと息を吸い込んだが、それが声になることは無かった。


「人が死ぬかもしれないわ」


──ゲフッ!

思わず息をのみ、自分の唾液が普段とは別のルートに入り込む。それから何度か咳払いをして誤魔化しつつあまりに非現実的な話を振ってきたエアリカをチラッと確認する。


「いやいや、急に何言って……」


だが、冗談を言っているように見えずそのまま数秒エアリカを見つめた後、肩をがっくりと落とし溜め息をついた。


「はぁ……分かったよ、聞いてやる。聞くだけだからな」


エアリカはそれまで腕を組み爪先でリズムよく床を叩いていたがピタリと辞め、代わりに喉を静かに震わせた。


「最後の矢、それだけに見たことが無い色の欠片が混ざっていたの。紫……いや、黒かしら。今日、第一試合からさっきの最後までに使われていたのは赤、青、緑、黄、橙の五色。何種類かセットで使われていた時もあったけれど、さっき放たれた矢だけに白いのが混ざっていたわ。そして降ってきた欠片の中には見たことのない色が混ざってた。 あなたも気づいてたでしょ、別方向からスキルが使われたこと。何かが起きるわ……この試合が終わるまでに」


エアリカの観察力には驚かされるが一刻を争う状況に追い込まれていた事に今更ながら気づく。そこまで理解が及ばなかった自分を恨みつつ落ち着いて相談をするためにも、周囲を見回してから誰もいないことを改めて確認して俺はドスッとあぐらを組んで通路のど真ん中に座った。


「とりあえずお前も、どーだ?」


そういって俺はエアリカに人差し指を向けて、勢いよく床に振った──。




「……ぶっ!」

まさか顔を下に振るだけとは……子供たちがやる遊びじゃないんだから、こんな状況で遊ぶバカがいるかっての。

未だに腹を抱えて笑っているへリク目掛けてエアリカは手加減無しのパンチを放つ。完全に隙をついたと思ったが、攻撃が直撃する手前で受け流され不発に終わる。だがその一撃で冷静さを取り戻したのか笑い声は聞こえなくなった。


その代わり消え入るような声でエアリカが呟いた。

「仕方ないじゃない……子供たちとよくやってたんだから……」


両腕で膝を抱えるように地べたに座っているエアリカは顔を一瞬赤らめると膝に顔を埋めてしまう。


「わ、悪かったって……」


両手を合わせて大袈裟おおげさに謝るが第三の目でもなければ当然見える訳もなく、しばらく経っても反応はなく「おーい?」と不安げに声をかけ少し近づいた時、凄まじい勢いでヒールの先端が突き上げられた。それは見事にヘリクの腹部に直撃し低い呻き声を上げながら後方に吹き飛んでいく。


「はぁ……スッキリした! じゃなくて……時間が無いのよ、こんなことやってる場合じゃないわ」

そう言って数回、顔をパチパチ叩くと腹部を押さえてモゾモゾしているヘリクのすぐ側までスタスタ歩いて行って状況の整理をはじめた。



──────────



「……大体一試合が三十分、でもこの勝負だけは何が起きるか分からないから当てに出来ないわ。そして矢の欠片全てが落下しきるのが十五分、あれからもう五分は経ってるからリミットは十分かしら。それまでにさっき言った通り動いて、準備が出来たら合図するわ」


いいわね、と強めの圧力。それを合図に俺は左手で腹を押さえつけながらもノールックで右拳を上に突き上げる。するとゴツンという鈍い音が鳴り、それから床を連続的に叩く音だけがしばらくの間聞こえた。


「ただの考えすぎで終わらねぇかな……」


エアリカが鳴らしていた靴の音が聞こえなくなってからゆっくりと立ち上がり、自分の記憶力を頼りに屋上への階段を目指し移動を開始した。



────────────────


太陽が頂上を超えて傾き赤々と燃える太陽は世界を染め、うるさいほどの熱気とは別の静かな暖かさを演出している。


「いい眺めだー……じゃなくて。まずはどこから発射されてるかを確認、と」


闘技場の外周部、屋上といっても学校や城の様な美しい屋上ではなく、幅五メートル程度の円形に切り取られた壁の上なのだが。当然、闘技場の中からは熱気が溢れており周辺の閑散とした雰囲気との温度差を肌で感じることが出来る。


「すげぇな……人がうじゃうじゃいるぜ。気持ち悪」


小さな点がうごめいているようにも見えるそれらは最終戦に意識が向いていて、角度的にギリギリ見えるだろうかという程度の屋上の上にいる人間には目を止める気配など微塵も感じ無い。


しばらく外周を走っていると、突然闘技場全体が僅かに揺れその直後一階付近から煙が立ち上ってくる。


「おいおい……仕事が早いのはいい事だけどなぁ。合図の仕方ってものが……」


ついさっきのことだ、準備が出来た段階で互いにしか分からない合図をだす、何をするかはその場で考えろ。という話になったのだがコレでは大事件と勘違いされてしまう。しかし、その懸念は意味もなく観客は試合に夢中で気がついていないようだった。

エアリカの大胆さに呆れ半分、お構い無しにやっていいと決心することが出来た事への感謝。そうして、一度止めた足を再び動かそうとした時だった。不意に視界に入ったやや黒く染まった床面に四角形の切れ目が入っているのが目に止まった。


「これって……」

辺りを見回すが特にスイッチなどはなく、アクセスエンハンスをかけて時計回りに数秒。さっきの切れ目からちょうど反対側の位置、そこにも四角形の切れ目が地面に入っていた。


──そういえば……四方向から飛んできてたか?


ふと、試合開始直後の記憶が蘇る。それと同時に走り出したヘリクは先程よりも半分程の時間で走るのをやめて足元を確認する。


「ここにもある……そうなると恐らく向こうにもあるだろうな」


見て回った感じだと、この周辺にスイッチのようなものはなかった。もしこの中に起爆剤のようなもの……もしくは大量殺戮が可能な何か、がセットされているとしたらエアリカ次第。すると、俺が今出来ることは……


最悪の事態も起こり得ることを覚悟しつつ、次の行動に移る。


「発射台の確認の次……観客席にいるはずの標的、犯人の捜索か……」


自分に言い聞かせるように呟くと、切れ込みから数歩闘技場内側に下がった所でクリスタルショットを床面に向かって打ち付ける。人の頭程度の大きさのそれは先端が僅かに地面に刺さり切れ目やや手前の所でピタッと直立する。


「先端が溶けて動き出すまでに5分……って所か、まぁ必要ないかもしれないけど」


残りの三ヶ所にも氷の杭のようなものを刺すついでにぐるりと一周しながらターゲットを探し始めた。



──────────────


──意識を集中……気配を感じて……雑音を、雑念を消して……。私と目的地を……ターゲットを繋げて……!


瞼に映る暗闇が薄れていく。賑やかな場所を抜けて光が差し込む、閑散とした場所を抜け大きな道を通る。煌びやかな装飾が施された門をくぐり、その先に緑の多い庭園が見えてくる。中央に置かれている噴水の先には場違いな魔導車が二台。


「うっそ……まさかのシャクナ城。場内にいる予定だったんだけどな……それじゃあ奴には別の目的が? それとも全く関係ない? いや、今は考えても仕方ない、ありがとシロ」


ゆっくりと目を開くことで先刻まで見えていた映像が薄れていく。ふわりと白色の妖精が首にかかっているネックレスの中に溶けて消えていく。予め、シーラから受け取っていた守護妖精が早速役に立った。


妖精にも様々な種族があり、それぞれ効果が違う。その中でも白の妖精は仲間に現在地を常時伝えることが出来る他、自分自身の想像力にもよるが目的の人や場所まで導いてくれる能力を持っている。


「ターゲットが見つかったのをここから屋上に知らせる方法……」

一瞬だけ考えたが手段は全て大規模で暴力的なものしか出てこず、ひっそりとした情報伝達方法に関しては直ぐに諦め別の行動に移る。

半歩右脚を後ろに引いて力を溜める。すると、右の足元に現れた赤色の魔方陣の色が次第に濃くなり黒に変わる。


「そいやぁぁ!」


金属同士をぶつけ合ったような耳障りな音が連続して鳴り響き、次第に高く、そして間隔が早くなっていく。悲鳴をあげるようなその音が限界を迎える直前で、それを爆発させるように脚を前方に振り抜く。ドアに触れた脚から限界まで溜め込んでいた力が急激に抜け、破壊力に変換され、一点に凝縮された力が直線上に放たれる。たった一撃で闘技場の端から端まで穴があき屋内トイレに光が差し込む。


「こんな感じで伝わるかしら……」


へリクに準備完了の合図を送ると間を置かず、トイレから駆け出したエアリカは移動中にステルスとアクセスエンハンスを使う。風を切るような速度まで一気に加速すると、僅か数秒足らずで闘技場の出口まで走り抜ける。光が差し込む場所目がけてさらに加速しながら飛び込む。突如、視界が開けて目的地点の鋭く尖った建物──シャクナ城の一部が早くも認識できる。


「後六分……!」


細い路地裏を一気に駆け抜け、周囲の建物の壁を伝って上まで流れるように登りきる。勢いを無くさぬまま、陽の光を受けて飛び去っていく影は更に速度をあげる。

だが、前方をうっすらとしか確認していなかったせいで飛行してくる光を纏った弾丸に僅かに反応が遅れる。それは目的地から一直線で放たれ、エアリカの左肩を撃ち抜いて光となって消えていった。


「…………!!」


大きな衝撃を受けてバランスを崩し民家の屋根が音を立てて弾け飛ぶ。狙撃地点から五個先の建物の上まで全身を打ち付けながら血をまき散らし激しく転倒する。


即時、自分自身にヒールをかけるが痛みは中々治まらない。


刻一刻と時間だけが過ぎいてく。


「時間切れかしら……ここまで来てもまだ、自分の都合のいい展開にならないかって……期待してるなんて、私も奴らと変わらないじゃない……」


それから暫く上を見つめていると突然、闘技場から本来有り得ないタイミングで美しい色の矢が放たれた。場内、場外関係なく様々な方向に放たれているそれはまるで、争奪戦の予選に終わりが迫っていることを知らせるかのような異様な盛り上がりを見せていた。


「……まだ、諦めさせてくれないようね」


歯を食いしばり立ち上がったエアリカは服の下半分を引っ張ってちぎり、左肩をきつく結んだ。それから短くなった服の右下で玉結びをする。


「……もうコッチはバレてるのよね。なら……正面から行ってやろうじゃないの! 待ってなさい、クソスナイパー」


残り時間が迫り来る中、エアリカは城までの大通りに飛び降りて着地。どよめきが起こる中、人目を気にせず一気に走り出した。


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名無しの道化師(名無しのピエロ) 茶畑 智 @ChabataK

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