権利争奪戦
この世界に名前はついていない、此処にあるのは人類が作り上げた物だけだ。
世界の中で最も人口が多くモンスター討伐や世界最強の騎士団を統率・指揮するシャクナ帝国。
世界中の研究者を集め「世界の真理」の解明に力を注ぎ
国の掟が決められおらず市民が自由に自分の意思で活動出来るシーマニア王国。
これらの全ての国には歴史があり、文化がある。そして時間と共に発展し魔導具や魔導車、障壁を備えた住居、生産性を高めた兵装など生活の手助けになる物や命を守るため__敵と戦うための道具を次々と生み出していった。
しかし
────────────────
23日の朝──学園の権利争奪戦当日。
「お、来たか……世間知らずのお嬢さんでも流石に知ってるよな? シャクナ帝国名物の権利争奪戦……って……おい、知ってるよな? まだ朝の八時だからって眠いのは分かるが反応くらいしてくれても……」
反応の薄さに不安を覚えたへリクは懐疑的な視線を送る。ぶつくさと文句を言っていると途中で冷えきった女性の声に遮られる。
「分かってるわよ、そんなの。 馬鹿にしすぎでしょ……知ってるかどうか以前に私、トリガート出身だから……前にも言ったわよね」
エアリカは呆れた目でへリクを一瞥しため息をつく。
「あっ…………」
その時──へリクは一瞬、声を上げたと思うと唐突に動きを止め何かを連続的に呟き始めた。
「ちょっと……?」
突然の変化に思わず息を呑む。しかし、即時に思考を切り替え間を置かずへリクの耳元で何があったのかを尋ねようと耳を近づけた。だが、その内容が何なのか理解した時には思考がガッチリと固定されてしまった。
「嘘……でしょ?」
つい最近の事である。路地裏で初めてへリクと会った時、様々な愚痴や私の鬱憤を聞かせ続けた時のこと。今まさに、その時に話した内容を次々と口にしている、記憶が定かではないが恐らく一語一句合っている。
──どうしよう……どうしたらいいの? 変な事したら周りの人達に怪しまれるし、もう変な目で見られてるし。
通り過ぎる人々が口々に何か言っているが意識的にそれを無視し、朝から人で溢れている学園に向かう大通りのド真ん中で必死に打開策を考える。
──そういえば……シーラが困ったら荒治療、とか言ってたかしら。 まぁいいわ、やってダメなら別の方法を取ればいいよね。
エアリカはおもむろにへリクの首あたりを掴むと、自分に向かって引きつけるように力をかける。そして逆らうように一歩前に出ると同時に膝を勢いよく上げる。引き込まれるヘリクと勢いをつけて膝をねじ込むエアリカ、胸骨と膝がピッタリ合わさった瞬間メシっという木材が割れるような音が奏でられる。
「いっ……!」
突然激痛がはしったせいか正気に戻ったへリクは胸あたりを抑えながら踠く。
「あら、本当に治ったわ? 感謝しなさい」
さも治し方を知っていたかのように装っているエアリカは何故か目線だけは合わせようとしない。
「ひ、ヒーリング…………」
治療をしてもらったらしいが、何故か治療を求めている状況に違和感を感じつつもあえて口にはしない。 心の中で文句を言っている間にエアリカが使ってくれたヒーリングのおかげで痛みは消え、息が楽にできるようになる。
迷惑をかけたことは謝らなければならないが、何があったのかだけは確認しておかないといけない。
「もしかして……俺、変な事言ってたり……」
思い当たる節がない訳では無い。この何日間かで記憶が全くない時間が数時間。ふと気がつくと時間が過ぎていてその間に自分が何をしていたのかさえ分からない事があった。
「……言ってたわ。二、三日前だったかしら? あなたと私が初めて会ったのって」
「初めて会った時? 二、三日前……あぁ、そういえばー……そうだったか?」
記憶に引っかかるものはあるが鮮明に浮かんでこない。
「はぁ? 何言ってんの。 あんた今、その時の会話をベラベラと言い始めたんじゃない」
ふざけないで。と真面目な顔をしたエアリカにキツく怒られたがへリクはまるで聞いていなかったかのように話を始める。
「今の……その時の意識が無いんだ。最近物忘れも増えてきてよ、意識は飛ぶし……訳がわかんねぇ」
軽い自分への不満を漏らしただけだったのだが、意外にも反応があった。
「そういえば、へリク……今日が権利争奪戦だっていつ思い出したの?」
不安気なへリクの意識喪失告発を受けてエアリカは何か気がついたのか間髪おかずに聞いてくる。
「あ……朝だ。 悪気はなかったんだ、昨日までは完全に依頼をこなす気でいたし……嘘なんてついてねぇよ? 朝起きたら妙に賑やかで、カレンダーみたら今日が争奪戦って書いてるじゃん。 せっかくの日に依頼なんてやってられないだろ……って事で今に至る」
一息で今の状況になるまでの過程を述べた俺は、何個か返答を予想していたが残念ながらどれも当たることは無かった。
「そう……それじゃ争奪戦、見に行きましょ? 」
「えっ、おい。助けてくれる感じじゃねぇのか!」
期待をしていたと言うと嘘になるが肩透かしをくらった気がしてならない。
──命に関わる問題ではないだろうし……とりあえず今日は国にメルを支払って学生の戦いぶりを見せてもらおう。
何故か上から目線のへリクは腕を組みながら無言で頷き、何事も無かったかのように「いくぞ」とだけ言って人混みをかき分けていく。
「あなたも何か隠しているのね……」
全てを拒絶するかの様に呟かれたそれは騒音にかき消されていった。
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「奴らもこんな所に襲撃なんてしてこないでしょう? 落ち着いてゆっくり見れるわね、今年はどんな大物がいるのかしら。トップで通過した奴らよりもここで争って勝ったランキング上位者の方が実績があるって聞くけど……実際のところどうなのかしら、それ以外噂も聞かないし騎士団に入ってから連絡が取れないとか結構あるらしいわ」
観覧席の最前列でテンションが高くなっているのか普段よりも饒舌なエアリカが辺りを見回しながら口を開く。
「確かにな……行方不明になってるなんて巷じゃ当たり前の話だ……てかそういう情報ってどっから仕入れてんだお前ら」
郊外の治安が悪い──とされていた場所にひっそりと住み着いていた奴らがどうやって正確な情報を手に入れたのか、方法とルートが何よりも興味を惹かれたが「秘密よ、教えたら私が危険に晒されちゃうわ」と爽やかな笑顔を浮かべる。本当に身の安全を優先しての事なのか、庇っているのか分からない微妙なラインで軽く流されてしまった。
高さ三十メートル、半径十メートルの円形闘技場で争奪戦は行われる。その大部分が観覧席となっており複数の層が重なる様にして構築されている。戦闘エリアは中心部の高さ五メートル半径三メートルのサークルの中と決められている。そして最下段の最前列は最も高価な場所になっており──勿論、被弾するリスクもあるのだが──貴族や騎士団などお偉いさんが陣取っていることが多い。一般市民や貧しい人達は高層の最後尾から持参した望遠鏡などを使って観るのが主流だ。
争奪戦での公式ルールは極めて単純で、相手を死亡させ無ければ何をしても良い。自分の力を最大限活かして相手を戦闘不能まで追い込む、又はギブアップさせれば勝ちとなる。トーナメント形式で構成されており、順位の低い者と高い者が戦うようになっている。そのため最初から順位が高い方が戦う相手の強さが低くなり、実力差が生まれスムーズに勝ち上がることが出来るという利点がある。
そんな学生同士の本気の戦いを人目見ようと毎年賑わうのである。
そして俺らは最下段の最前列に裏技を使って無理やり突き刺さっていた。
「でも……いいのか本当に。あんな事したら本当に捕まるんじゃ」
「何言ってんのよビビりね。あの程度の事で怖気付いてるようじゃ生きていけないわよ?」
俺達は正当に高額のメルを払って特等席に居座っている訳では無い──つい先程の事だ。
俺らが闘技場の周辺になんとか辿り着くとそれはもう、溢れんばかりの人集りで進む気配が微塵も感じられなかった。そんな中、痺れを切らしたエアリカが俺の耳元で囁いたのだ。
「一旦ここを離れて別のところから屋根を伝って闘技場の中に入りましょう。チケットは中にいる貴族共を犠牲にして取り上げれば問題ないわ……」
と。
俺は置いてかれるのが嫌だったので仕方なくついて行った。ステルスを使い、アクセルエンハンスをかける。そして、ひとっ走りして闘技場の上から難なく侵入に成功した。その後は言うまでもなくトイレに入っていく貴族を見つけ次第気絶させてチケットを奪い取り申し訳なさを感じつつも個室に押し込んで鍵を溶かして閉じ込めた。お互いチケットを手に入れたところで闘技場内部の兵士にそれを見せつけて堂々と入場……完全犯罪の完成である。
「貴族とかお偉いさん方は別の入場口が準備されてるから追いつくためにはこれしか無かったのかもしれない……だけど罪悪感はあるな」
フードを被り俯きつつ小さな声で会話をする。
「いいじゃない。どうせろくな奴じゃないわ……」
心做しか、恨みのようなものを感じたが大音量で流れ始めたアナウンスに気を取られ自然と会話は無くなった。
「皆様、準備はよろしいでしょうか! 年に一度の権利争奪戦がいよいよ開幕です! このシャクナ帝国唯一の異能力育成学校──トリガート学園で育てられた学生による熾烈を極める戦いをとくとご覧あれ!」
場内アナウンスによって静まり返っていた闘技場は瞬く間に歓声で埋め尽くされ、禍々しく光る赤色の矢が試合開始の鐘と共に上空へ放たれた
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