宝石は光り輝く

俺がいるところから一つ目のコーナー。そこから怒鳴り込んできたのは、胸元が大きく開いたメイド服に可愛らしいカチューシャを付けたエアリカだった__。


追跡者がエアリカだったと分かったのは俺が反射的に攻撃を仕掛けようと足を踏み込んだ時だった。判断が僅かに遅れエアリカ目掛けて一気に加速する__それとほぼ同時に急停止しようと力をかけたせいでバランスを崩し勢いよく転倒してしまった__メイドのエアリカを巻き込んで。


「うぉああ……!」


路地裏の角からメイドが現れて僅か四秒足らずの出来事だった。

「…………」


辺りに舞い散る砂埃が収まり、今自分がどんな状況に置かれているのかも理解する事が出来た。

エアリカが大の字に押し倒され、メイド服は少し右肩寄りに着崩れている。俺はエアリカの両腕をガッチリとホールドし、左脚は柔らかな太ももの内側に入っている。そして転倒した反動で顔は互いの息がかかるくらい近づいている。直接顔は触れていないが体温が伝わってくるように感じた。


「…………ロス」

「わ、悪……」


咄嗟とっさに謝罪をしようと思ったが恐らく届いていない。両手を振りほどいて暴れようとするのを全力で抑えるが次第に押し切られる。


「殺してやる……!」


顔を真っ赤に染めたエアリカは覆いかぶさっているへリクを思い切り蹴り上げると体を捻り空中で二回ほど回転してから後方で着地した。それから数秒間固まり、息を荒げながら拳に力を入れている。


「わ、悪かった! 完全に俺が悪い! だから言い訳を聞いてくれ……悪意があったわけじゃ……」


最後まで聞いてくれるのか……と一瞬期待したがそれも儚い幻想でしかなかった。数メートル離れた位置でプルプルと震えていたエアリカが突如、視界から消滅。しゅっ、という風切り音が聞こえた時には背後にいる事が気配で感じられた。


「ま、まて! あ、そうだ……シーラ、なんとか言ってくれよ! 誤解だって……シーラ……?」


へリクは振り返りながら体の重心を右側に傾けて殺気を纏った拳撃を回避、続けて放たれた回転蹴りはその場で横にスピン、それと同時に腕をエアリカの脚の面に擦らせて受け流す。力が失われず後方に振り切られた滑らかな脚は空を切り、立て掛けられていた木の椅子をいとも容易く粉砕する。

その攻防を傍観ぼうかんしているシーラは少し眠そうだった。


「最初からあれが狙いだったんでしょう、分かるわよ! この変態生ゴミ野郎!!」


「変態生ゴミ!? 初めて聞く罵り方だ! ……じゃなくて。誤解だって! とりあえずこっちの状況だけでも聞いてくれ。あ……シーラが何か言いたそうだなー!」


棒読みすぎて意味無いか……と潔く諦めて思考を切り替えようとした直後、一瞬だがエアリカの動きにブレが見えた。それを見逃さず凶暴なメイドから放たれた左脚の蹴り上げを軽々と避け、すかさず右肩を狙って左方向に薙ぎ払う。片足立ちの状態で大きく衝撃を受けバランスを崩したエアリカは「痛ったぁ……」と肩を抑えながらその場で尻餅をつく。


「わ、悪い。コッチも必死で……」


必死だったのは嘘ではない。隙のない攻撃と的確に相手の重心が崩れやすい位置に仕掛けてきていた。避けるだけで反撃のチャンスは無かった、最後の一撃以外は。シーラ、という言葉に気を取られたせいか僅かだが狙いが俺の腹部より左にズレた。そのお陰で回避は最小限で済んだし重心が傾かなかったので反撃が出来た。


「アンタ、なかなかやるじゃない。今回は私の負けよ……好きにしたらいいわ……」


先刻の攻防で更に際どくなったメイド服に身を包んだエアリカは照れながらも拒むことを辞める。


「お、おい。だから違……」


本格的に説得をしようと試みたがそれも虚しく割り込んできたシーラの声にかき消されてしまう。

「エアリカ、私たちは騙されていたらしいの……」

深刻な表情で割り込んできたのは傍観者のシーラ。ややオーバー気味な身振り手振りを交えながら戦闘メイドに近づいていく。

「騙されて……って、誰に何を……」


想像の斜め上を行く発言で訳が分からなくなってきたので、その場の流れに任せしばらく沈黙を貫く決意。そして俺はステルスを使って二人だけの空間を上手く作り出すことに成功した。


「そう……私たちがこんな恥ずかしい服を着させられたのは奴らの陰謀。 私たちは知らない間にはずかしめられていたの……」


__は? ……いや、というかその服が恥ずかしいものだって知ってたんなら何で着たんだよ。


「ぇ……どうしてそんな……」

その発言に息を呑むエアリカ。


「多分だけど……私たちが次々に依頼をこなして強くなることを恐れているの。だからこんな服にさせて喜んでいたのよ、邪魔できて嬉しかったんでしょう。 エアリカも見たよね……アイツらの歪んだ笑い、ニヤケ顔を……」


__うーん、それは純粋に変態生ゴミ野郎が沢山いたからじゃないかな。


彼女達から見えはしないが確かに存在している俺を他所にシーラの空想は更に熱を帯びていく。


「まさか、そんな事あるわけ……これが普通なんじゃ……ないの? これを着たら……報酬が増えるって……だから恥ずかしさをこらえて出てきたのに……」


長年一緒にいたせいか、シーラの言葉には弱いようだ。エアリカが少しずつだが訳の分からない空想に飲まれていく。


「エルフとの貿易に行かれちゃ困る理由でもあるのよきっと! へリクさんも少しだけ言ってたけど……お金稼ぎの効率がいい。多分だけど、これ以外にも何かあるはずよ」

__無い。断言しよう、効率がいい事以外に利点はない。


「……よく分からないけど、取り敢えず私達はアイツらに騙されていたってわけね」


__なぜ納得してしまったんだろう。話の意味が分からないという所まで気づいているならもう少しじゃないか。


天然の守護兵と最恐の特攻兵。二人の世間知らずが立ち去ろうとするのを俺は全力で止めに入った。


「おい待て。何を納得してんだ、何も解決してねぇだろ!」

あら、まだいたんですね__みたいな顔をされた。少しショックだったが余計なことを考えている暇はない。ギルド内を血祭りに上げられたらそれこそ本当に銀色の鎧を装備した軍団に追われる身になってしまう。俺は全身全霊で頑固女達の説得を開始した。


「私の推理はあってます!」

「……一理あると思うわ。奴らのふざけた顔を思い出すだけで鳥肌が立つ」


シーラに関しては自分の考えを信じて疑っていないようだ。エアリカはこの流れに乗ってギルドの男どもを殺しそうだな……本気で。いずれにしても最悪の展開は避けなくてはいけない。


「シーラ、まずお前の推理だが根本的に間違っている」

ピシッと指先まで力を入れて伸ばし、シーラを指さす。


「まず一つ。意味がわからん! 俺の助言を無視した挙句、口車に載せられたのはシーラ……お前が最初だ。ニヤケ顔をしてたってのはな……エアリカなら分かってるんじゃないのか。どさくさに紛れて殺しでもするつもりだったのかもしれないけど……ここでそんな事しようものなら本当に終わりだぞ。お前の復讐するべき相手は別にいるんじゃないのか?」


エアリカの口元に力が入ったがそれも一瞬で、すぐにため息をこぼす。

「……分かったわよ。殺しはしないわ」

「へリクさん、あなたも何か隠してるんですね!」


二人の声が重なって言葉は認識出来なかったが正反対の意味を持つことは今の態度と声量で判断出来た。


「ちょっ……シーラ?」

流石のエアリカも火のついたシーラを口で押さえつけることは難儀らしい。軽く頭を掻いてから「後はよろしく」とだけ言ってその場に座り込んで目を瞑った。


「何を隠してるんですか……へリクさんも向こう側なんですか……! 仲良くなって近づいてから私達にあんな事やこんな事を……」


「そ、そんな事するわけねぇだろ! まず興味無いって! 」


__シーラがモゾモゾしてるのは気のせいだろうか。落ち着きがないというか……なんというか。


「例えば……メイド服はへリクさんの趣味だ。とか! エアリカをエッチな目で見てるとか! 」


「…………最初はメイド服を着せられたのは奴らの陰謀だ、とかいう話だったのにどうしてこうなった。おい、俺にそんな趣味はないぞ! 」


俺の性癖に関する無駄な討論は日が落ちるまで続いた。




─────────


「最初からそう言ってくれれば良かったじゃないですか。変な勘違いしてましたよ」


あれからギルドに戻ってからエアリカが卓を囲んでいた男達に殴り込み、数人の被害者が出てから向こう側が謝罪し無事和解。それから俺はディモルのオッサンに文句をありったけぶつけ、シーラ達を私服に着替えさせてから商店街を目指した。


「綺麗ですね……」


不意にそう呟いたのは朝と同じく流行に乗った服を着こんでいるシーラだった。夕焼けが賑やかな商店街を包み、見渡せど辺りは真っ赤に染められていた。城壁に全体の半分ほどが隠された夕焼けは美しく、それでいて力ずよく輝いている。


「そうね……私達が街の中心で……夕焼けを見られる日が来るなんて考えもしなかったわ。 そのうちあの子達にも……立派な高台から美しい夕陽を見せてあげたい」


周囲の賑やかさとは一転、二人の世界だけは静けさを保っていた。それが壊れるのも急である。

__ぐるぅぅぅ〜


「…………」


かなりの音量でなんとも言えない音が響く。空気が移動したりするとなったりするらしいが、お腹がすいているの? と空腹がバレる原因である。

余程恥ずかしかったのか、一人だけそっぽを向いて両手で腹部を押さえつけている。


「なんだよ、腹減ってんなら素直にそう言ってくれれば……」

空腹感など全く感じさせない装いに気がつくのが遅れたがどうやら商店街に漂う香ばしい匂いに体が負けたのだろう。

「う、うるさいわね! 私だって……お腹くらい……すくわよ」

俺と腹鳴り魔の間にいたシーラが突然見たことの無い俊敏さでエアリカを見つめた。かといって特段異変は無かったので奇行に目を瞑り話を続ける。

「だよなぁ……人間だもんな。よし、今日は俺が奢ってやるから……なんか食いたいもんあったら言ってくれれ。その代わり今日無駄にしたんだから明日こそちゃんと依頼受けてくれよ……」

都合のいいことに財布には大量のメルが溜まっている。懐が潤っている内に助けてやらんと出来ることが無くなりそうだからな。


「お、なんかセットメニューあるっぽいぞ?これにすっか! お二人さん……遠慮なく食ってくれ。 貸し一つな」

最後の言葉にエアリカがピクっと反応したが空腹には勝てなかったようだ。分かったわ……と不満げに折れたところで俺達はようやく晩御飯にありつけた。

そして食事中、シーラはエアリカがお腹を鳴らしてからずっと、夕陽にも劣らない程顔を赤く染めていた。





「……メルが」

店から出てきたヘリク一行は入口で立ち止まる。

「ご馳走様でした、ヘリク?」

やってやったぞ、と言わんばかりの満足顔で肩をポンポンと叩く。

「……嘘だろ……おいおい…………お前らは悪魔か!」

半泣きで店を後にした俺は空っぽになった黒の財布を見つめる。

セット料金で安くなっていた上に、ゴリゴリの男達が食ってかかっても程よい満腹感を得られるレベルだったはずだ。おかしい、悪かったのは何なんだ。


店に入ってから俺達は店員に案内されて、一番奥に位置する幕のかかった広々とした個室のような場所に到着した。秘密基地感のある様式に少しテンションが上がるのは分からなくは無い。それだけなら良かったのだが、今考えるとあの場所は人目につきにくい。だから女性でも料理にガッツキやすいというのもあるのかもしれない。恐らく今回の敗因はそこだ。この二人の食べる量を下に見ていたというのもあるが……周囲の目が気になって遠慮してしまう。というストッパーが無かった。しかもだ、この二人は恐らく立派な食事というのを取っていなかったのだと思う。数年間……期間まではわからないが長年の食事で溜まったストレスを俺が大量のメルを使って発散させた形になってしまった。


俺が食べた量は普段通り、なのにかかった金額は実に三十倍。単純に考えて、俺の食事三十回分をこの二人の食欲お化けに取られたわけだ。


店から出て十分弱が経過した頃、ガックリと肩を落とした俺を慰めるように囁いたのは立派な栄養を蓄えていそうな天然娘。


「ご馳走様でしたヘリクさん。こんなに立派な食事を取れたのは久しぶりで……。感謝してもしきれません……本当にありがとうございました」


少しだけ腰を折り、やや前傾姿勢で声をかけてきたシーラは少し離れてからもう一度礼をして反対側に店を構えていたアクセサリーショップに駆け込んでいった。


「はは……気をつけろよー……はぁ」

流石に申し訳なくなったのか俺が落ち込むのを黙って見ていたエアリカが口を挟んできた。


「いつかお金が手に余る程……沢山手に入った時は奢ってやってもいいわよ。 その時までお互い生きていればね。それじゃ……今日は先に失礼するわね……子供達が心配だし、それにシーラも変なのに連れてかれやすいから見てなきゃ行けないわ」

そう言い残してエアリカはコチラに背を向けつつ右腕で手を振りスタスタと人混みに消えていった。


「……これで良かったのか? また……余計な事に首を突っ込んじまったんじゃねぇのか俺は。もう誰も、失いたくない……はずなのに……」


でも俺は……身の上をよく知らないアイツらを……守ってやりたいと思った。 これもなんかの縁だ。 最後まで……付き合ってもらうぜ、俺の気まぐれに。


潤いを失った財布をコートのポケットにしまい、人混みに流されながらヘリクは自分の家を目指した。





「ねぇねぇ、このネックレス素敵じゃない? すごい似合う……さっきヘリクさんから頂いたお金で買ってあげる、いつものお礼よ。 これからも宜しくね、エアリカ!」


「あなたねぇ……珍しく自分から行動したと思ったらそれが狙いだったのね。 いつかお金、返しなさいよ……」


店員と必死にやり取りを繰り広げているシーラを横目に、赤から黒に景色がガラッと変わった世界をじっと見つめる。


「毎度あり! また来いよ、嬢ちゃん!」


値札を取ってもらったのだろう、袋ではなく飾られていた商品をそのまま首に近づけてくる。


「……ありがとう、シーラ」


少し身長の高いエアリカは膝に手をついて顔をシーラに近づける。首の後ろまで手が周り、カチッと音がする。それからゆっくりと手を戻すがネックレスは地面に落ちることはなく、エアリカの首を一周し胸の少し上に乗っかるようにして止まる。


「月、綺麗ね……このネックレスも……」

「そうだね……似合ってる」


二人の少女は人波に溶けるように姿を消した。


月明かりに照らされて輝く赤色のネックレス__まるで海底に眠るルビーの様に光を放っていた。


──────────────



「……あれ? おかしい……金が、足りねぇ……! どっかに落とした! ……最悪だぁ……本格的に金稼ぎしなきゃいけねぇ……はぁ……」

その叫びが誰かに届くことも無く__明日もまた、生きるために戦うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る