幕開け
「あなたがいなかったら、私は今……ここにいなかった。あなたには助けられてばっかりね……今は偉そうにこんな事言っているけれど私もまだまだね……だからさ……あ、ありがと……シーラ」
それを シーラは口元を両手で抑えながら
仄かに顔を赤らめて消え入るようにかけられた感謝の言葉には部外者には分からない、言葉という概念を超越した何かがあるのだろう。泣き崩れてしまったシーラの元に今まで動くことを制限され固まっていた子供達が駆け寄り、何やら順番に「ありがとう」を伝えている。
「おい、俺には感謝の言葉ってのはないのか?」
正直なところ、今回の件で1番の功労者は俺だと思っている。その俺には何も無いのか、と思っていたのをつい、口に出してしまった。
その直後鋭い眼光が俺の胸を貫いた。
「……なによ」
「あっ……いや。なんでもないっす」
呆気にとられて思わず口を
新たに切り出す言葉が見つからずに困り果てていると、それに耐えかねたのかエアリカから話を振ってくれた。
「だから……なによ。なんか言いたいことでもあんるじゃないの? いいわよ、今なら答えてあげても……一応の…………お礼よ……」
「うぇっ……! あー、いや」
突然そんなこと言われたらコッチも困る!と心の中で叫びながらも何とか言葉を続ける。
「じゃあ……アンタらは何であんな物騒な連中に襲われているんだ? キッカケはなんだ、奴らの目的は? 何か他に、奴らに関する情報を手に入れてないか?」
「はぁ……一気に聞きすぎ、ごっちゃごちゃになるから順番に行くわね。まず一つ目……でいいわね。私達が奴らに狙われている理由だけど……皆目見当がつかないわ、もちろんキッカケなんてものも分からない」
エアリカはそう話しながらため息混じりに首を横に振る仕草をした。
「二つ目ね、ここに来る途中に頭のない死体があったでしょ。あれ、私がやったんだけど……そいつが私に使おうとした
そう話すエアリカの顔には曇りがあった。
「サラッと凄いこと言った気がするけど……。あ、悪い、それで……違和感ってのは? 詠唱をしなかったとか……複数職の
常識的な話ではあるが、たまにそれを知らずに有り得ない! と衝撃を受ける輩がいたりする。その確認のためにも改めて聞いてみたのだが__
「違うわ、流石に馬鹿にしすぎよ! 私が気になったのはそんな初歩的なものじゃないの。アイツが詠唱した
「順番……?」
「そう、詠唱する順がおかしかったのよ。私もだけど、無詠唱で出来るものもあれば、足りない力を補うために詠唱して魔法陣を構築、そして規模の大きな
確認のためにコチラを見たのだろうが俺は目を逸らし軽く返事を返してから続けるように言った。特に突っ込まれることもなくエアリカは続けた。
「
__
「そうか……情報助かる。家までは大丈夫か? なんなら有料で護衛してやってもいいぜ」
「あなたこそ大丈夫なの? そんな子供っぽい性格でよく今まで生きてこれたわね」
少しからかっただけでこんなにも言われるものだろうか。虚しさで胸がいっぱいになるがなんとか堪え、ぎこちない笑顔を浮かべて話を変える。
「ははっ……そ、そういやあの鎧はなんなんだ?」
何よ今更、と文句を言われたが説明してくれると信じて口を閉じてじっとエアリカを見る。
「……はぁ。 あれはね、奴らの研究の成果よ。向こうのトップがどんな奴か全く分からないんだけれど、人造人間の研究をしているらしいわ。私がさっきいった頭のない死体もそれよ。しかも、悪質な事にそいつら本物そっくりなの。昔は大したことの無い人形みたいなものだったのだけれど……最近は急に完成度が上がって奴らも異常なまでに強くなっているの。危うく殺されるところだったわ?」
語尾が疑問形だったのは恐らくコチラに訴えかけていたからなのだろう。眉を釣り上げ横目で睨みをきかせてくる。
「ま、待て。人造人間? そんなもの作れるのか……って、それが出来るのって限られた人間だよな。相当のお偉いさんか、貴族とか、研究者……と、か……」
自分が口にしたそれに体を縛られるような恐怖を感じた。
「なによ……思い当たる節でもあるわけ? あるなら早く教えなさいよ」
催促よりも恐喝に近い呼びかけに答えるため記憶の扉をこじ開ける。
「俺もつい最近、例の動く鎧に襲われたことがあるんだけどな? その残骸を漁ってた時、かなり遠距離から狙撃されて……そいつの正体をなんとか確認したんだけど。アルメリアの研究所のー……所長の横にいた秘書……じゃなくて研究員だったんだよ。まあ、あの薄い桃色の髪、整った顔つき、俺的にあれは美人秘書って立場が一番似合うんだけどな。うん、間違いない」
後半につれてエアリカの顔が険しいものに変わっていったが文句を言われないよう瞬時に自分で頷いて口を挟む隙を与えない。それが功を奏したのか冷たい視線を送られただけですんだ。
「それで、その女と所長って誰よ」
突如殺気を放ち危険な香りをぷんぷんと匂わせる女豹、それにいとも容易く捕まってしまった獲物は続けて語った。
「名前はアンズさん。薄い桃色の髪で
包帯を回収してくれたのは純粋な好意__という訳では無いのかもしれない。確証が無いうちは疑っても仕方の無いことなのだが……やはりショック、驚きが大きすぎて中々に忘れられない。
「そんなものよ……人間なんて」
考え込んでいたせいで、エアリカの呟きを聴き逃してしまった。もう一度聞き返そうか悩んだ末に口を開いた時それに重なって別の方向から不安そうに声がかけられた。
「もう話は終わった……?」
シーラさんは少し前まで子供達にもみくちゃにされていたらしい。髪が乱れていているがあまり気にする仕草を見せず、やや
「話は終わったわよ。それで……これからどうするかはコレっぽっちも決まってないんだけど、何したらいいのかしら」
未だに座ったままのエアリカは右手を顎につけて考えている。シーラもその横に張り付いて腰を下ろす。
「とりあえず休んだ方がいいんじゃない? まだ傷治ってないように見えるし、今回の一件でしばらく奴らも襲ってこれないと……思う。だからとりあえず、新しい家のような場所を探したり普段通りの生活が出来る状態まで戻そう?」
「そうね……まあ家なんて最初からあってないようなものなんだけど。 今はココから離れることを優先した方がいいのかもしれないわね、あの子達が危険にさらされるような事は避けたいから」
真剣な表情で話を進めている二人の傍でへリクは子供達に飲み込まれて遊び道具にされていた。たくさん重なった子供の山の地盤辺りから筋肉質な腕がズボッと現れ、辛うじて出来た隙間目掛けて大声を出す。
「金稼ぎならいい方法があるぞ! ……いってぇよ!誰だ今腕噛んだやつ! まてまて足蹴んな、折れるって……!」
__本気を出せば一瞬で逃れられる状況の中でもしっかりと相手をしているのがいい所だなーへリクさんのいい所をまたひとつ見つけたがそれ以上は何も感じなかった。だが、金稼ぎの方法があるという言葉にはかなり興味をひかれる。もしそれが本当なら自分達の家、壁のあるしっかりとした建物が買えるかもしれない。そんな淡い期待を持ちつつ、詳しく聞きくことにした。
「へリクさん……そんなに効率がいい、私たちにでも出来るような史上最高の真面目に働いている人達が馬鹿みたいに感じるようなお金稼ぎの方法があるんですか?」
「そうだ……少し、というか美化されすぎてる気がするけど効率がいいのは間違いない! ……だから俺を助けろ……」
そんな虚しい俺の助けは子供の賑やかさの中に飲み込まれていった。
─────────────
パチパチと音を立てて燃える炎は路地裏に撒き散らされた血と一緒に複数の人影を優しく包み込んでいる。
「これで……良かったのかしら……」
エアリカの赤く透き通った瞳の奥には微かに
「流石に、野ざらしにはできねぇからな。ささやかでも弔ってやれたなら後悔することは無いと思うぜ?」
子供達はシーラの貼ったバリアの中に閉じ込めてきたのでここにはいないが、いずれ彼らの死を伝えなくちゃいけないはずだ。それがエアリカとシーラさんの……最後の使命、やるべき事なんだろうと俺は思う。二人は軽く手を握りあいじっと炎の中に溶けていく仲間を見届けていた。
「あの人造人間は後で粉々に消し飛ばすから不気味だけど少し我慢してちょうだい。悔いの残らないように……もうあんな狂気じみた物、見たくないから」
これは俺が混ざってはいけない二人の物語だったのに俺が首を突っ込んでしまったのだ……と今更ながら後悔をしていたのだが、その思考を読まれたらしく
「ココまで来たんだから逃がさないわよ、どんな結末であってもあなたには最後まで見届ける理由がある。だから……ついてきなさい、奴らの悪魔の実験を止めるまで……」
情報を共有したんだからあなたは逃がさない、と断言されてしまった。
そしてココから非人道的な実験を繰り返す黒幕を討伐するためのエアリカとへリクの物語が始まる。
──────────────
「あのなぁ……」
どうしてこうなった、俺は一体いつ選択肢を間違ったのだろうか。
「これを着たら報酬が増えるんですよね……?」
こういうところを見ると歳下というのがひしひしと感じられる。少なくとも俺より歳上だと思っていたのだけれど昨日の帰りにエアリカが話していた誕生日の話をちらっと聞いてしまったときは腰が抜けそうになった。この体つきと性格で十六……! 別に変なことは意識してないが"サイレント呼び捨て"を使わせてもらうことにした。
俺がその姿をみてフリーズしている間もずっとモジモジしながら上目遣いで、金色の瞳をコチラに向けている茶髪の娘が一人。黒髪の女に関していえばこの場に現れすらしない__というか、出てきてもらったら俺が死ぬ気がする。
「お前らなんて言われたのかしらねぇけど、絶対に言うこと聞くなって言ったよな? 嘘しかつかねぇから信じなくていいって念もおしたよな……ていうか、その格好したらなんだ? 金が増えるとでも思ったのか、バカかお前は」
呆れを通り過ぎてもう何も感じなかった。
あの一連の鎧事件が終わり、エアリカが歩けるまで見届けたあと一旦別れた俺は明日の朝、子供をどっかにおいてきてここに来いとギルド門前を指定した。 そして今日の朝、二人は意外にも整った服装で現れた。それから俺は簡単にギルドの説明をして、どんな依頼を受けるか教えて助言も少し与えた。
ギルドに入ったら立ち止まらずに真っ直ぐカウンターに向かうこと、余計な会話はしないで依頼をすぐに受けてすぐに立ち去ること、余計な話や中にいるヤツらの"お得な情報"は絶対に信じないこと。この三ヶ条をしっかりと暗唱させて__エアリカに関しては嫌々だったのだが__依頼を受けさせにいったのだが何故か出てきた時には服装がガラッと変わっていた。メイド服……とでも言ったらいいのだろうか。エアリカは朝あった時、汚れはついていないがすり減った布キレのような服に包帯と長めのソックスといった全身から溢れ出る戦闘狂的オーラを前面に出しまくった服装、シーラは薄ピンクのブラウスにフワッとしたズボン……? の様なものと、かなり流行にのった女性らしいファッションに身を包んでいたのだが。今は黒と白を貴重にふわっとしたフリルのついた服、袖はほぼなく胸元は大きく開けかなり際どい服装になっている。そこから育ちきった双丘があらわになり目のやり場に困る。これをエアリカも着ている可能性を考えると今すぐ立ち去った方がいい気もする。
「で……だ。誰になんて言われてそれに着替えたのか聞かせてもらおうか」
俺は真っ直ぐシーラの目を見て話す。無理やり意識して目を見ている。他は見ていない。
口元を右手で覆って軽く咳払いをしてから茶髪のメイドは話し始めた。
「言われた通りエアリカが殺人的オーラをぷんぷんさせながら俯きつつ黙ってカウンターに行きました。それから"エルフとの貿易交渉をしたい"と受付の人に言いました」
ここまではあってますね?と確認をしてきたメイドに俺はうむ、と頷きながら返事をした。
「少し待ってるとカウンターの奥からデカいオジサンが現れたんです。マスターとか言ってました、その人がですね……誰から聞いたか知らねぇがこの依頼を受けるなら"いい情報"をやるぜ、と言ってきたのでその通りこれに着替えて依頼を遂行しにいこう! ってなったんですけど……何か変ですか?」
__やっぱり馬鹿だコイツら。エアリカに関していえば暴走して人でも殺しかねないと思ったんだが……まさに今誰かを殴り倒してたりしないよな。
「あのな? 確かにそいつは"お得な情報"とはいってねぇけど同じ意味だろ……ちょっと考えたら分かるだろそのくらい」
あまりの馬鹿さに溜息しか出てこない。軽く頭を横に振って整理してから更に説教を続ける。
「しかもだぞ? ただの交渉なのにメイド服に着替えたら報酬が増えるとかどういう原理なのか考えなかったのか? そんなシステムあるわけねぇだろ! エアリカがいたのにどうして着替えることになったんだよ……全力で拒否すると思ったんだけど?」
ここが一番の疑問点だ。あのどぎつい性格の女がこうも簡単に流されるのか? シーラは分からないけど。
「意外にもすんなり了解してくれました。私達だけが知らないんじゃない? とか皆さんの方が詳しいんだからやって得するならいいじゃん! とか言っただけなんですけどね」
__犯人はお前か。
「それで……着替えた後お前はその姿でギルドから出てきて人気のない路地裏に一人で入ってきたわけか。俺がいるってのは分かってたんだろうけど少しは警戒しろ! つけられてるとか考えなかったのか?」
さっきからすぐに傍で視線を感じていたのだが、恐らくメイド服を着た女性が路地裏に入っていったのを運良く見つけた変態野郎があとを付けてきたのだろう。わざとらしく声を荒げ、男がいることを周知させる。いきなり大声を出したからか、目の前でシーラが驚き竦んでいたが両肩を抑えつけて耳元で囁く。
「驚かせて悪い。そこの角に誰かいる、つけられたんじゃないか?」
「そ、そんな訳ないじゃないですか……! 私なんてあとつけられる程価値ないですよ!」
一体どこまで冗談で言っているのか……と考え込んでしまうがこの笑顔は恐らく純粋無垢な本心から放たれたものだろうと思われます。急に小声で話し始めたら怪しまれると思ったのだがあまりストーカー側で反応が無かったので規模の小さな言葉のキャッチボールを開始した。
「……お前は自分を過小評価しすぎてるっていうエアリカの意見はよくわかる。シーラはもう少し自分の事を知った方がいい、ひねくれているよりは幾分かマシだが純粋を極めると逆に迷惑な時もある」
「……べ、別にそんなつもりは無いですよ。当然のことを言ってるだけですから!」
__コイツもエアリカと似たようなタイプだ。向こうはひねくれ頑固、コッチは純粋頑固。似たような奴らが集まったもんだ。
「……お前もエアリカも似てんな、ほんとに。頑固なところが特に……」
思ってただけなのだが、うっかり口に出して言ってしまった。思わぬ暴投に対応したのは場外から乱入してきた予想外の選手だった。
「誰が頑固よっ! そんな自虐女と一緒にしないでくれる!」
俺がいるところから一つ目のコーナーから怒鳴り込んできたのは、胸元のはだけたメイド服に可愛らしいカチューシャを付けたエアリカだった__。
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