家族
「キリがねぇぞ!どんだけいるんだよコイツら!」
狭い路地裏での攻防は既に1時間を超えていた__。
「一体どうしたら……私……もう限界ですぅ……!」
涙をこらえ目の前で鋭く尖った武器を振り回す鎧に怯まず必死に踏ん張っている。
「がんばれー!! まけないでー!」
子供達も各々の気持ちを声に出して伝えている。
__ダメ……弱気になっちゃ。なんとか耐えないと……!この子達は……私がなんとしても守り抜くんだから!
「これだけいたら鎧博物館とか作れんじゃねーの? なんのためにこんなこと……てか眩しいんだよコイツら! もう少し大人しめの色にして欲しいな!」
八つ当たりも兼ねた独り言のつもりだったのだが、意外にもしっかりとした返答が後方から返ってきた。
「仕方ないと思います……銅とか銀そういう鉱物を叩いたり伸ばしたりして貼り合わせるとか……そんな方法しかないから……色が銀っぽくギラギラしても文句は言えないですよ……普段は使う側になることが多いんですしそんな事気にする人なんていないですよ、きっと」
豆知識を手に入れたヘリクだが、そのおかげで状況が変わることもなく……
「まだ元気そうだな!」
「えぇ……物騒な鎧になんて負けてられませんから」
他愛ない会話をしながらも槍を避けては鎧の中心に蹴りで穴をあけ、すかさず足を抜き動かなくなったそれを両手でしっかりと掴んで遠くに投げる。
「すいていきょり……ろくじゅうめーとる。にひゃくごじゅったいめ」
「六十か……まだまだ飛ばせそうだな!」
個々の強さはヘリクからすればスライムのようなものなのだが、多勢に無勢。数が多いと流石に対処しきれない。この前みたいにフラッシュが効くかどうかはまだやってはいないが、恐らく反射光で目が潰れるだろうから廃案にしよう。
道が狭い分一体ずつ確実に相手に出来るため余裕が生まれ、そのせいか単純作業になり飽きてきたのがほんの少し前のこと。なにか打開策がないか考えた結果がこれだった。後ろの鎧も巻き込んで同時に撃破できる……かもしれないし、何より的当て感覚で中々に楽しい。
「私達が苦労してたの……こんな奴らだったの……? 今まで何をしてたんだろ……」
自分達が苦労して倒していた鎧の軍団をいとも容易く倒されてしまい自分自身に呆れ返る。
「今のどーよ! 結構いったんじゃね!?」
__うっわぁ……完全にゲーム感覚……
「ななじゅういちめーとる」
__何気にティアものってるし……私のこと忘れてない……よね
「っしゃぁぁ! やる気出てきたぜぇ! ガンガン行くぞー」
と、いつになく気合いを入れ直したその時だった。
「ん、なんだぁ? ……って待て待て!」
「鎧が……いなくなっていく……?」
完璧に統一された鎧の軍団は1ミリのズレもなく横二列の隊列を組んで方向転換。ヘリクや子供達の横を通り、シーラには目もくれずにいなくなった。
「…………な、なんなんだよ! ……せっかく人がやる気だしたってのによぉぉ!」
「そこですか……」
お祭りのような賑やかさのあった路地裏も今は駄々をこねる子供のような
__こ、こんなペースで大丈夫かな……早く助けに行かなきゃなんだけど……
「あ、あの! 私の友達も……救ってくれるんですよね?」
「お、休憩はいいのか? もしかしたら、もう一戦あるかもしれないぜ」
__エアリカの苦労に比べたらこんなこと大したことない、頑張れ私……!
「だ、大丈夫です……! この子達も早く休ませてあげたいから……サクッと片付けちゃいましょう!」
今に至るまでずっと気を張って、今もこの緊迫した状況で笑顔を見せるシーラには驚かされる。俺も余裕がある時は全身全霊、それを全面に出すタイプだ。でも流石に疲労感までは隠すことは出来ない、単純に辛いからだ。
なぜ……なんで追い詰められているはずなのに笑えるんだろう。
「サクッとねぇ……簡単に言ってくれるなよ? あれでも結構大変だったんだぜ……またあんなのが現れたら逃げようかな……」
青ざめた顔でガックリと肩を落とす。複数の子供が足に張り付き、それを面倒くさそうに片手で持ち上げてすぐ近くのゴミ袋の上に放り投げる。
「ちょっ……!」
シーラの反応速度では到底間に合わず、反射的に届くはずもない所に腕を伸ばす。当然、それは空を掴み少し遠くの方から紙袋を蹴った様な軽い音が鳴る。ゴミ袋は子供を全身で優しく受け止め反動でフワッと浮き上がった小さな体が程よく地面に受け止められる。 そのすぐ側で、放置されていた白い円柱の棒を使って絵を描いていた男の子は突然飛来してきた人に驚き一瞬固まったあと、持っていた棒を手放すと泣き出し、賑やかな泣き声を上げながらシーラの元に駆け寄っていく。
「その二次災害は予想出来なかった……絡んできたのはそいつら__」
薄っぺらい言い訳を並べようとしたが、分かっりましたから……と完全に聞き流され、こんなことしてないで急いでくれませんか、私の友達の命がかかってるんですよ! とかなり厳しめの催促までされる始末だった。
________
「……ちょっと止まってくれ。念の為、子供達がこっちに来ないように見張っててくれるか?」
不意に感じた鼻を刺激する異臭。獣臭い中にも強烈な鉄の様な臭いが混ざり、それらがこの先の惨状を知らせている。子供達も「くさーい!」と、臭いは感じているっぽいが発生源には気づいておらず鼻をつまむ程度で割と楽観的だった。
「わ、分かりました……何かあったら大声上げますから! 見捨てないでくださいね!」
どうやらシーラも臭い正体に気がついているらしく、俺の心配ではなく自分と子供達の安全を最優先にしている。
壁に背中をつけ、曲がり角にピッタリと体を合わせ慎重に顔を傾け、目線を無理やり横に向けて様子を確認する。
__うっ……んん?
そこに見えたのはまるで映画のワンシーンのような景色だった。見渡すとかなり高い位置まで血がついており、それが下まで垂れて一面に赤い壁画を描いている。道には複数の死体が転がっていて、頭が無いものもあるのが見て取れた。
「……シーラさん。ここから先は子供達に
「分かりました……」
__________
「あのー、今彼らにはどんなふうに見えてるんでしょうか……」
一箇所に集められた子供たちの足元に現れた魔法陣は黒色、そして無詠唱だったのは確かに覚えている。でも、そのせいでどんな
「あー、そうだな。簡単に言うとお花畑じゃないかな。赤い花が多めだとは思うけど。あと居眠りしてる妖精さんが何体か見えてるんじゃないかな……あ、下手したら触り出すかもしれないからちゃんと見て__」
「ダメェェェェェ!!」
__ちょっと遅かった。
子供達の視点から見ると、赤い花の
「あーあ、しっかり見とけよな……あと聖属性の
「あ、分かりましたー…………ん? 最後になんて言いました? もちろん、安心安全に血とか細菌とか落とせるんですよね。まだこんなに幼い子供達の命をかけてその技術を取得しろ……なーんていいませんよね。なんですか? あなたには人の心がないんでしょうか。いくら緊急事態でどーしようもないからって私が、はい分かりましたって言うとでも思ったんですか? あまり私を馬鹿にしないでください……聞いてますか」
ちびっ子の話になると急に
子供達の手洗いが終わり念の為という事で、シーラが後ろ、俺が前に立ちヤンチャな奴らを挟んで移動するという陣形になっている。物凄い探索効率の悪さに多少の苛々を感じ、つい目の前にあった縦長の木箱を蹴り飛ばしてしまった。それは音を立てて砕け散る__ことはなく、二段に積まさっていた上の段の木箱だけがスライドするように奥へと飛んでいった。
「…………ぇ」
木箱によって隠れていたその奥側が現れ、そこに綺麗に隠れるようにして黒髪の女性がグッタリと倒れていたのが見えた。
「……エアリカ?」
シーラがボヤっとこぼしたその名前はとても聞き覚えのあるものだった。
「エアリカってどっかで……」
必死に脳内メモリーから記憶を呼び起こしていると、先刻まで後ろにいたはずのシーラが必死に女性を揺すっているのが目に入った。それは比較的、ほかの死体と比べると状態は悪くなかった。パッと見た感じだが骨が複数箇所折れていて、さらに血が今もながれでているくらいだろうか。出血多量か、はたまた見ただけじゃ分からないような複雑な要因での即死……?
「もう手遅れじゃ__」
「うるさい! まだ息があるの、黙って見てないで助けてよ! 約束してくれたじゃない!!」
声を荒らげながらへリクを睨み、目でも訴えかける。
「…………い、生きてるのかそいつ! 分かったから、アンタは少し離れて子供を見ててくれ。その間に詳しい容態を確認する」
返答までに少しの間があったが、その時間が命に関わると分かっているのか歯を食いしばり渋々エアリカから離れ、子供達にここから離れるようにと説明を始めた。その様子を見届けると俺は改めて壁にもたれかかっている女性を見る。
「思ったより酷いな。両手足の骨折に全身打撲……? 火傷、微量の毒、出血……」
一つずつ治していくとなるとこの人の命が持たないことは確か。一瞬で治す方法はあるが、見られると面倒な事になる……というのが正直なところだ。ここはシーラさん達を遠くに行かせて見てない所で治療をする、というのが一番得策だろうか。
「シーラさーん? 少し危ないので子供達をつれてここからなるべく離れてください」
素直に従ってくれると思って言ったのだが、返ってきた答えは正反対の内容だった。
「な……何をする気ですか!? 離れなきゃいけないような危険なことでもするんですか、そんなの嫌です!」
そう言うと俺の前までドスドスと歩いてるくと、ぎこちない動作であぐらをかいてどっかりと座った。
「あのなぁ……アンタの大切な仲間なのかもしれないが、今そんなくだらない事で意地になって時間を無駄にしてたら助かる命も助からないんじゃないのか……あなたは、コイツを殺したいのか?」
余りに子供っぽいシーラの言い分に腹が立ち言い過ぎてしまった、と反省していると割と高めの唸り声が耳に届き思わず顔を上げた。
「…………うぅ……う……」
シーラは顔を真っ赤に染め、目に涙を浮かべながら必死に
「お、おい……悪かったって。シーラさんがほんの少しの間だけ子供達と遠くに行ってくれたらそれで大丈夫だから。別に殺したりしねぇよ……助けたいって気持ちはよく分かったから今は少しだけ耐えてくれ」
俺がそう言い切ると同時に大きく深呼吸をして冷静さを取り戻そうと努力している泣き虫に背を向け、改めてまだ息のある死体を確認する。
__やっぱり見覚えがある……なんだったかな。エアリカとかいう名前もかなり引っかかる。どっかで会ってる……よな。
モヤモヤしたそれの正体まで辿り着くことはできず、一旦それは置いておくことにした。意識を治療の事に集中させる為に、さっさとそこから立ち去ってくれ、とシーラに言おうとしたがいつの間にか居らず気配も周囲にはない。 不意に消えた彼女達の行方も気になったが、無理矢理にでも集中する。
「大丈夫……俺なら出来る。思い出せ……あの感覚を」
目を瞑り、息を整える。腰辺りまで伸ばされた艶のある黒髪、露出度の高い衣服、人形のように整った容姿。
次第にイメージが濃くなってくる、それに合わせて不思議と自分の体もフワフワと浮いたような感覚に陥る。
__コレだ……!
「……ラーナ:センティーレ」
「…………いっ……てぇ……」
痛みに耐えながら次のステップに進む。この
「ぁぁぁ! いくぜ……ヒーリングサークル」
パリンとお皿が割れるような音と共に、並んで壁に体を預ける二人の間から円形に黒色の魔法陣が広がっていく。何段階にも分かれて構築されていくそれは一定の大きさまで広がるとそれぞれのサークルがゆっくりと回転を始めた。その周囲にはキラキラとした光の球が浮遊し淡く発光している。
時間が経つにつれて体を支配していた激痛が薄れていく。体のやけるような痛みが薄れ気だるさが取れ、そして大量出血による体温の低下が止まり優しい暖かさが体を包む。
「こんなところ……かな」
特定の位置に固定発動できる
__目が覚めたら……色々と聞き出さないといけないな。部外者だけども、俺も一応襲われてるからな。
「シーラさーん! もう大丈夫ですよー……って聞こえんのかなこれ」
その直後__一瞬だが何も無いところから床を擦る音がした。だがその後は何も起きる事なく、賑やかな集団が戻ってきた。いち早く治療の終わったエアリカに飛びついたのはシーラだった。
「エアリカ……? みんな無事よ、あなたのおかげで助かった! だから……早く戻ってきて、待ってるから」
「せんせー、さっきなんで隠れてたのー。ほんとはわるいこと?」
子供達に悪気はない。正直なのが一番怖いところだ。もちろん、それをわざわざ見逃す必要も俺にはない。
「……シーラさん、後でお話いいでしょうか。絶対逃がしませんから安心してください」
「ひっ……」
先の戦いぶりをみて抵抗しても無駄と分かったのか大人しく「分かりました……」とだけ言い、子供達には隠れんぼしてたのよ、と訳の分からない誤魔化しをしてその話は終了した。
「…………んぅ」
一旦生まれた静寂を破ったのは予想外の人物だった。
「ェ、エアリカ!」
黒髪の女性は薄らと目を開くと、親友が必死に肩を揺すっているのが見え意識が少しずつ覚醒していく。
__あれ……私、ここで何して……
「エアリカぁ……生きてて、良かった……よぉ…………」
「ちょっ……シーラ!?」
今度は気を張っていたのかシーラが気を失ってしまった。俺は密かに忙しない奴らだな……とため息をこぼしていた。
それからエアリカは、足にシーラが巻きついたまま周囲を見回し、何故か俺の方を見て固まった。
「あぁー! 何でこんな所にいるのよ! へリク! ……だったわよね」
やっぱりコイツとは会っていたのか。申し訳ないが全く覚えてない。用事があったような気もしたがそれも忘れてしまった。
「悪い、全く覚えてねぇ……」
「はぁ……!? 初めてあった時、私の仲間があんたを襲って返り討ちにあってるよの! 覚えてないってわけ!?」
「あぁ!分かった……あの時の! エアリカー……フローレス? だったか?」
完璧に思い出した。何回説明しても理解しない頑固な女がいた……しかもよく考えたら俺が説教をくらう理由が理不尽すぎるだろ。そっちから襲いかかってきておいて、返り討ちにあったのよ! って……俺なにも悪くないじゃん。
と、己の立場の弱さを呪いながらも声には出さなかった自分を褒めたい。
「そうよ……で、何でアンタがここにいるの」
エアリカは目を細めてへリクを一瞥、そして大きく溜息をして目を瞑った。まるで、早く答えなさいよと催促している様だった。堪忍して俺が口を開いた時、別の方向から柔らかな、おっとりとした声が全てを語ってくれた。
「エアリカ……私が、連れてきたの。この人に助けてって……お願いしますって……だから、この人は何も悪くないの。理由だって聞かないで黙って助けてくれた、へリクさんは何も悪くないの。ごめんなさい……私の勝手な判断で関係の無い人の命を危険に晒しちゃって……もうしないから、だから……許して」
シーラの口から発せられたそれは自分への懺悔であり、聞いていて到底感じのいいものではなかった。
責められるのは自分だけでいい、全部自分が悪い。この人は他人の罪さえ余計に背負ってしまう性格なのかもしれない……と改めて思った。
子供達もいつもの賑やかさはなく全員がしゃがみこんで俯いたまま固まっている。
「あのぉ……」
俺がこの重い空気に耐えられなくなり思わず口を挟んだと同時にエアリカが大きく溜息をついた。まるで、こうなることが分かっていたかのようにこう続けた。
「シーラ、あなたの悪いところはそこよ。あなたは何が良い事で、何が悪い事なのか判断を付けられないほど頭が悪いの? 少なくとも私はそう思ってないわ」
思わず横目でエアリカの表情を確認したが、未だに目を瞑っていた。そして再び話を始めた。
「あなたは優しすぎるのよ。 それが良い所であって悪いところでもあるの。なんでも庇えばいいってもんじゃないのよ、誰しも悪いこともするし良い行いもする。ただ、それの判断っていうのはね、価値観の違いで変わってくるの。この世に同じ人間なんていない、だから心もみんな違う。前にも言ったわよね……あなたはお人好しすぎる。でも、その性格は変えられない。だから、それをしっかりと受け止めて。その上で……たまには自分を甘やかしてみたらいいんじゃない?」
エアリカは泣きそうになっているシーラをしっかりと見据えてそう言った。
「あなたがいなかったら、私は今……ここにいなかった。あなたには助けられてばっかりね……今は偉そうにこんな事言っているけれど私もまだまだ……だからさ。 ……あ、ありがと……シーラ」
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