表世界と裏世界Ⅲ

「じゃあな…………姉さん」

エアリカを包み込むように現れた黒色の魔法陣、それが発光し周囲が振動し始めた__刹那

「おらぁぁぁ!!」「はぁぁぁ!!」

「……ッ!」

流石のドールも不意打ちに異能力スキルの発動を中断し苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「間一髪でしたね……遅れてすいません、エアリカさん!」

「……シルワ……サルトゥス、リエースまで……どうして」

白、赤、青。それぞれの片方の耳についている球体のイヤリングが微かに光を反射して美しく輝く。

「少ねぇとは思ってたが……やっぱ殺し損ねてたか。まぁいい、覚悟は出来てんだろ?」

右手を壁に叩きつけ、砕けた大量の破片を同時に浮遊させる。

「……! エアリカさん、出来るだけここから離れて傷を治してください!それまでなんとか持ち堪えますから」

____彼らもドールが明らかに格上の相手だということが分かっているはず、なのに何で……

「何をしてるんですか……! 早く逃げてください! あなたは俺たちの……生きる希望なんですから!!」

私はそれを聞いてようやく理解出来たのかもしれない__彼らの本心を。今までは気づいていなかった__いや、私は彼らを心から信頼していなかった。また裏切られたら……と心のどこかで。でも、そう思っていたのは私だけだった。


私は……私が思っている以上に信頼されていたんだ____と。

「…………分かったわ。少しだけ……あなた達を頼らせてもらう」

今、この時、初めてちゃんと自分と向き合って……初めて本当の仲間と呼べる人ができた____だが。

「だぁれが、行かせるかよ……ポイズンミスト」


背を向け壁伝いに歩いているエアリカ目掛けて放たれた短剣にも劣らない鋭さを誇った大量の刃は、紫色の光を帯びて真っ直ぐに、そして逃げる獲物を覆うように飛んでいく。しかし、その全てが直撃することは無く、その数十センチ手間で複数の鈍い音をたてて停止した。

それはエアリカが幾つもの風切り音を聞き、振り返った瞬間だった__

そこには地面に力なく横たわり血で溺れる仲間がいた。背中には紫色に発光している石片が大量に深々と突き刺さり、傷口が黒く変色し、身体の様々な箇所から一定のリズムを刻んで血が吹き出ている。

「がふっ…………わだじ、は……いいがら……は……ゃぐぅ…………」

眼だけはこっちを見ているが瞳に光は無く、血色も悪くなっている。

「…………リエース? ……返事をして、ねぇ!!」

もはや生きているかどうかも判断することができない程、全身が赤黒く成り果てたそれを抱きかかえ必死に体をゆする。

「人間ってよぉ……脆いよなぁ? 弱いよなぁ。一人じゃ何にも出来やしねぇ。それはよく分かってるじゃねぇか、エアリカ。また、守れなかったなぁ?」

必死に血塗れの死体をゆする獲物を嘲笑いながら挑発する。

初めて完成された仲間という最も信頼出来る最強の守りは一瞬で崩れ去ってしまった。

「……きっ……貴様ァァァ!!」

背中を向けているドール目掛けてエンハンスで強化された攻撃を仕掛ける。

「プロテクト・ブレイク!」

異能力スキルの詠唱と同時に赤色の魔法陣が出現。何段にも分かれたそれが打ち出された右拳の正面で全てが重なり一つになる。急激に発光を始め、目の前にいる敵の背中に直撃する寸前で小さくなり拳に吸収されていく__そして赤黒い光を帯びたシルワの腕はそのまま敵の背中に直撃、渾身の手応えを感じつつ、同時に違和感も感じた。

硝子が割れたような音と共に赤色の光が消え、同時に効力も消滅する。

踏み出した足と一緒に腕を引き戻し、体勢を立て直す。それから改めて標的を確認し、ようやく違和感の正体に気付いた____腕には血がつき、破裂した体から血が吹き出て周囲の壁にかかっている。

ビシャっと紅色の水が落ちる音と共に「なんで……?」という掠れ声が聞こえる。

「…………ぇ?」

シルワが異能力スキルを発動した対象はサルトゥスだった。体には大穴が空き、目を見開き口から血を吹き出しながら後方に倒れていく。

「…………」

呆然と立ち尽くすシルワの背後で腕を組み、恍惚とした表情を浮かべ煽るように語る。

「いやぁ……いいねぇ。 急に仲間をぶっ殺すとかよぉ! 最高だ……。女の方は可哀想になぁ……いや、仲間に最後を看取られるって最高の終わり方か」

決して彼らが弱い訳では無い。普通に戦えばそこら辺の騎士団数人よりも強い。ただ、今回は相手が悪かった、それだけなのだ。

「おれが……おれがころした……ころした……ぁぁ…………」

ドールは血にまみれた自分の腕を見つめながら悲嘆の声を上げる男の肩を優しく叩く。

「そうだ……お前が、その手でそこの女をぶっ殺したんだよ。悪いこたぁ言わねぇ……今すぐ自首しろ、少しは罪が軽くなるかもな。自分の手で人を殺しました。ってなぁ!」

まるでそれが合図だったかのようにシルワは体を激しく震わせ、やがて何かが壊れたのか突然声を荒らげ、笑いながら走り去った。


ドールが愉快に嗤う。そして再び絶望の淵に立たされたことを悟る。


「……いつまで死体と見つめ合ってんだぁ? そいつが死んだのはお前のせいなんだぜ? 黙って見てたって生き返ったりしねぇんだよ……そうやってまた逃げ出すのかぁ? あの時みてぇによ!」


____違う。逃げ出したんじゃない……


「お前が! あの時……その場に残っていれば」


____仕方なかった……!あんな事が起きるなんて予想出来なかった!


「お前の……お前のせいなんだよ。お前さえいなければ! 俺は……こんな事にならなかった!!」


____私のせいじゃない……!悪いのは奴らなの……


「なんだ……なんも言わねぇのか! もう我慢出来ねぇ……予定変更だ。先に逃げた奴らぶっ殺してやるよ。お前から……全部奪ってやる…………苦しめよ……もっと苦しめよ!! お前が幸せになるなんて許さねぇ……許されるわけがねぇ」


____私はもう十分苦しんだ……! たとえ誰も許してくれなくても……もういいの、だけど……あの子達は関係ない。


「お前が苦痛の末に死ぬことを祈る。可哀想になぁ……あいつらはなぁんにも悪い事してねぇのに殺されんだからなぁ……お前を恨むだろうよ……」


「……いかせないわ」


____時間だけでも……


「……ぁぁ?」


「ここだけは…………絶対に通さない……」


____早く遠くへ逃げて……


「…………はぁ、ここまで落ちこぼれてるとは思ってもみなかったぜ? 死なない程度に手加減してやるから……せいぜい足掻けよ、出来損ないが」


視界が赤く染まり、手足に力が入らない。

立つのがやっとだけど……コイツを向こうに行かせるわけにはいかない。

壁に手をつき震える身体にムチを打って無理やり立ち上がる。

「準備はいいかぁ……? こんだけ待ってやったんだから当然……楽しませてくれんだろうな__」

その言葉を最後まで聞き終える前にドールが音も無く視界から消え、見失ってしまう。

エアリカが認識出来ていないことに気づいたのか逃げ足の遅い獲物に溜息をつき落胆する。

「はぁ……おせぇんだよ雑魚が」

普段なら軽く返せる罵りに反応することも出来ず、エアリカはノーガードで受けてしまう。その衝撃が吸収されることは無く地面に数回弾かれ、そのまま十メートルほど体を擦り、力なく横たわる。視界がかすみ何も見ることが出来ず、全身は焼けるような痛みで包まれ、遠方から聞こえる足音は確実にこちらに向かってきている。


____また、守れないのかな。私のせいでみんなが……。


閉じた瞼から零れたのは血なのか涙なのか判断がつかない。焼けるように熱い身体を一筋の冷たいそれが伝っていく。

「つまんねぇ……つまんねぇなぁ! 結構、手抜いたつもりなんだが。この調子なら逃げた奴らも一撃か……そうだな……可哀想だからお前の目の前でぶっ殺してやるよ」

極限まで相手を追い込みその反応をみて楽しんでいるのだ。快楽殺人犯とその根本は同じなのかもしれない。

狂気的な殺害予告と共に高笑いが響く。


____ドール…………




おねーちゃん! 勉強教えて! ここが難しいんだよねぇ……。




今日は何して遊ぶー? あ、異能力スキルでシューティングとかどうかな! ほら、あそこの木を狙ってさ!




おねーちゃん! どうして僕と遊んでくれないの? 僕のこと、嫌い?




ねーちゃん……パパとママは何処に行ったの?いつ帰ってくるの?




姉さん…………なんでウソついたんだよ。絶対許さない。おれが……父さんと母さんを助ける。今からでも遅くない!




……じゃあな。もうここにようはねぇ。次、会うときは………………。




____そっか……見つかったんだ……見つけたんだね。


「お前がいれば……お前を使えばついに完成する! もう少しなんだ……だから。仕上げといこうか。テメェに、最高のショーを見せてやる……!」


__最後までみんな笑ってたな。でも私のせいで……泣かせちゃうのかな。



"これで最後……本当に? みんなと会えなくてもいいの? あの子達を悲しませてもいいの?"



____いやだ……嫌に決まってる、みんなを守りたい……。決めたんだ……みんなでまた遊ぶって。笑って……楽しく過ごすんだって……でも……今の私じゃ到底勝てる相手じゃない。


「……なんだぁ? なんかが光って…………まさか!」


"やってみなきゃ分からないじゃない。あなたの力は本当にそんなものなの? 歳下の子供に……弟に負けてていいの?"



____やってみなきゃ分からない……ね。そうよね……あいつは私の弟。歳上の私が負けてられない。私にかかってるんだ……! 私の……シーラの……みんなの未来が……!!


「このタイミングで……! くそがぁ!!」

瞬間的に加速したドールがエアリカ目掛けて渾身の一撃を叩き込む。地面に触れる寸前で突風と衝撃、それと同時に大音量の金属音が鳴り響く。衝撃波で周囲のあらゆる物体が破壊され吹き飛び、砂や埃が立ち上る。辺りは目の前すら認識出来ないほどに霞んでいる。その中には一筋の光が__煙でボヤけているが僅かに黒い光が漏れている。


「…………!」


「……ドール、私はいつか必ずアンタを殺す。その時にもし、天国に行けたら……お母さんとお父さんに宜しくね……」


「ふざけやがって……誰がぁ……テメェに……! 才能のないお前に…………」


____衝撃。遅れて煙が揺れ、音が聞こえる。


「かはっ…………くそっ……!」

空中で体勢を立て直し地面に足を付けた瞬間。

視界が一瞬ぶれたと認識した直後、左腕に激痛がはしる。骨が砕け、血管が破裂し、腕から血が大量に流出する。反射的に攻撃を受けた方向に向かって圧縮された火の塊を放つ。だが、それはエアリカの残像を透かして遥か後方の建物に命中し爆発する。


「アドバンスアビリティ__コンプリート:エンハンス」


耳元で聞こえた異能力スキルの詠唱は常識をはるかに逸脱した速度で、効果も予想がつかないものだった。


一瞬動きが止まったドールの腹部に右脚をねじ込む。強化された攻撃を避けることなく直撃し、人形のように軽々と飛んでいく。エアリカはそれを見ると一歩踏み込み、自分が蹴り飛ばしたそれを追い越し回り込む。目の前に飛んできたドールの顔を狙い、地面に向けて殴りつける。

重量を無視して超速で水平に飛んできたそれがエアリカの目の前で突如地面に落下した。

円形に地面がえぐれ、その中心に一人の男が倒れている。顔はなく、頭より下だけの人形のような死体がそこにはあった。


「あんた、こう言ったわよね……才能がある奴と無い奴では努力じゃ埋められない差があるって。それは認めるわ。でもね、いくらその差が埋まらなくても……限りなく追いつくことは出来るのよ。今のあんたと私みたいに。アンタは才能に頼って努力を怠った、でも私はアンタとは違う。才能がない分アンタより努力した、そう思ってるわ。今の結果が何よりの証拠よ。時に努力は才能を凌駕する」


一息置いてからさっきよりも少し大きめの声で何も無い正面に向かって話を続ける。


「覚えておきなさい? ドール=フローレス。 今のあんたじゃ私には勝てないって事をね」


死体が転がっている場所からほんの数メートル先の曲がり角__そこから黒髪の男がため息混じりに歩いて出てきた。


「……はぁ……分かったって。だけどなぁ……それに勝っただけで自惚うぬぼれてんじゃねぇぞ。今回はいい情報も手に入ったし大人しく引き上げてやる」

警戒しつつ、相手の反応を見ながら言葉を交わす。

「……ドール……アンタは一体何を知ってるの?」


ドールがパチっと指をならすと目の前にあった死体が爆発し、緑色の煙があたりを包み込む。


「……さぁな」


煙の向こう側から微かに聞こえたその一言で姉弟の再開は終わりを告げた。


「リエース……サルトゥス……ありがとう…………それと、ごめんなさい」


__これが人造人間……。これ以上研究を続けさせてはいけない。それに……スキルブレイクとかいう異常な構成の異能力スキル。逆順の詠唱で発動するものがあるなんて聞いたことがない……早いうちに奴らを止めないと。


目の前に転がっている頭のない人造人間を見つめながら、迫りつつある危機に対処すべく情報を得られないものか……と周囲を確認する。


「……あ、れ……なんだろ……目眩が」


危険が潜んでいる可能性があることも忘れ、壁に体を委ねる。


__ちょっと無理しすぎたかな……。


シャクナ帝国で最も治安の悪いとされる場所。そこで無防備な姿を晒す黒髪の女性はまるで、完成された彫刻のように美しく、安らかな眠りについた。

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