表世界と裏世界 Ⅱ

「はぁっ……!」

__こんなのキリがない!しかもコイツらかなり強い……段々強化されてきてる!流石に対策なしでは来ないわよね。

「ふっ……!」

覇気と共に拳を正面の動く鎧に向けて打ち出す。数十もの金属が破裂する音が壁に反響し、鳴り響く。その音が途切れる前に別の動く鎧に攻撃を仕掛ける。周辺の廃棄物や建物を巻き込みながら右脚で一閃。動く鎧と壁に大きな切り込みが入る。大きく抉れた建物は辛うじてその形をとどめ、鎧は二つに分断されその機能を停止する。


「こんな数……いったいどうやって!」

疲労のせいか思考も思ったように回らず、遠くから飛んできた槍に気づくのが遅れ脇腹を掠める。

「くっ……」

傷の回復が遅れ、疲労と傷だけが増えていく。


少しずつ相手に押され始めたエアリカ、気力も底を尽き最後の力を振り絞って反撃しようとした__

「もう限界か……エアリカァ? 昔見てぇにギャーギャー耳障りな声で騒がねぇのかよ?」

耳に残る低い声。静かだが圧力のある言葉。物凄く聞き覚えがあった。

「この……声は……」

「よぉ……久しぶりだなぁ?」

「ドール……!なんでここに!」

そんなもん、決まってんだろぉ?と顔を歪ませる。

「……おめぇを殺しに来たんだよ」

「…………!」

人形のような脱力感がありフラフラと佇むドール、だがそこに隙は無い。

「おめぇら、もういい。戻ってろ」

その合図でコチラに武器を向けていた大量の動く鎧達が整体し隊列を組んで後退していった。

それを横目で確認し、完全にいなくなったことを確認すると不意に嘲笑を浮かべ、小さな球体の石を投げる。それは放物線を描きエアリカの正面に転がる。

「…………!!」

意識の外から不自然に入り込むようなその動きに反応が遅れる。咄嗟に右足で地面を蹴り小さな爆弾から逃げようとしたその瞬間に爆発が起きる。


「おぃおい……そんなんで死なれちゃぁ俺も困るんだよ」

突き当たりの壁まで吹き飛ばされたエアリカを見て乱雑に頭を搔く。

「てめぇはいつまで経っても学習しねぇなぁ?前にも言っただろ。努力なんかしても意味ねぇって!才能ってのはなぁ、神に認められた者だけが手に入れることが出来る褒美なんだよ。お前みたいな雑魚が!才能がねぇお前が!……いくら努力しようとこの差は埋まらねぇんだよ。分かったかぁ?お前は、生まれた時から落ちこぼれなんだよ」

ドールは一度大きく欠伸あくびをしてから、「なんか冷めたわ」と切り出すと不自然な異能力スキルの詠唱を始めた。

「な……にを……」

「あぁ?これか?知らねぇよなぁ、お前は。まぁ冥土の土産に教えてやるよ、これはなぁ異能力破壊スキルブレイクってんだ。発動中の異能力スキルと一緒に、お前らの識別コード・・・・?とか言ったっけな……その紋章ごとぶっ壊すって異能力スキルらしいぜぇ? 記念すべき一人目にお前を選んでやったんだからぁ感謝して欲しいもんだ」

エアリカの左手を指さし、会話しているにも関わらず異能力スキルの詠唱は途切れない。かなりの手練でも詠唱中に会話など不可能に等しい。

__識別コード……って……紋章を、破壊? スキルブレイク……

「…………ふふっ」

「何がおかしい……気が狂ったか? はぁ、もういい。じゃあな…………姉さん」



─────────────



「みぎー。つぎのかべはひだりー」

「おぉ……助かる!」

車で例えると、背中に張り付いているティアがナビ担当、へリクが動力源……だろうか。

もう十分は指示通りに走っているのだが、一向に出会える気配がない。

「……本当にあってんのか心配になってきたな。こんな子供だし、テキトーに言ってる可能性だってあるよなぁ」

「……うそ、つかないもん!」

そういって背中を叩き始める。

「わかったわかった!ごめん!俺が悪かった。……君を信じるから!だから暴れんな、落としちまうって!」


「……っあ」

急に静かになったと思ったら間の抜けた声が後ろからした。

「んぁ?」

「…………」

__反応ないし。急に「あ」ってなんだよ怖ぇな。

子供は何考えてるのか分からん!

そう、頭を悩ませているとそれとは別の小さい声が聞こえてきた。

「おい、お前今なんかいったか?」

「……んーん」

じゃあ……

「ぐおっ……!」「きゃぁっ!!」

背中側に意識を集中していたせいで曲がり角から飛び出してきたヒトに気づかずそのまま衝突。

「イッテテテ……またかよ、なんなんだ今日は。あの……大丈夫ですか?」

本日二度目の人助けである。自分の不注意のせいでもあるのだが、何食わぬ顔で手を差し伸べる。

自分と反対側で尻もちをついていたのは艶のある茶色の髪。片側の目が伸ばされた髪の毛で隠れていて表情はよく分からない。

「や、やめてください……! この子達だけは……お願いします!!」

「…………へっ?」

「何でもしますから! ……だからっ! この子達だけは……見逃してください…………」

「ちょ、ちょっと待て! 急になんなんだ! ぶつかったのは悪かった! ごめん! 本当にごめん!」


手を伸ばしただけで女性に泣かれるとは思ってもみなかった。

しばらくショックを受けていると、背中に張り付いていたはずの女の子がスタスタと歩いていって女性に手を差し出した。

「……せんせ、だいじょーぶ? いたいところ、なぁい?」

__天使かっ!

その小さな背中に羽が映えてるようにさえ見えた。

「…………」

しばらくの間沈黙が生まれ、尻もちを着いたまま次第に顔を赤くする。それが限界に迎えたのだろう、物凄い勢いで顔を覆ってしまった。

「子供に慰められてしまった……私はやっぱりダメなんだ……私は弱い……私は弱い……」

「はぁ、大丈夫か? この人」

「せんせーはいつもこうなのー」

「余計だめだろ! しっかりしてくれよ……こんな所で時間使うわけにいかねぇんだっての」

自分でもよくわからないが無性にイライラしていた。焦りもあったのだろう。

「だぁ……! もう知らねぇぞ。おい、ここ狭いんだからうずくまって泣かれると通れねぇんだわ! 俺はこの子に頼まれて人探ししてんの! 分かったらどけてくれ!」

通路を塞ぐようにして泣きじゃくる女性に怒りをぶつけ、強引に通り過ぎようとしたが服を引っ張られすぐに止まる。

「……今度はなんだよ」

「このひと、さがしもの……」

「ふーん、そう。じゃ、行くか…………」

それを無視して進もうとしたのだが、聞き流したはずの会話に違和感を覚えもう一度頭の中で再生する。

__このひとさがしもの……この人が探し物!? いや……よく考えたら初対面の女性に「せんせー」なんて言ったりするわけないか。

俺はピタリと足を止め、未だ泣き止まない女性に歩み寄り、目の前でしゃがみこむ。

「……あんた、名前は」

「シーラ。シーラトレニア……」

「じゃあ、シーラ先生でいいんだな?」

いきなり先生呼ばわりされて驚いたのか、少しだけ体が動いたのをへリクは見逃さなかった。

「はあ……じゃあシーラさん、単刀直入に聞く。あんたは今、誰かの助けが必要か?」

人助けに理由なんて要らない、まぁ見返りは欲しいけど。「困っている人がいたら出来るだけ助けなさい」あの人が教えてくれたことは今でも守っている。

「私を……この子達を助けて……」

そうかすれ声で呟いた後、また泣き出してしまった。俺はしっかりと声が届くようにやや大きめに答えを返す。

「おーけー、やってやる。よく分からんが俺がアンタらを救ってみせる」

一息でそう言い切り、それともう一つ……と続ける。

シーラは体育座りのような体勢で顔を埋めていたが、それを聞いてゆっくりと顔を上げて不安げにコチラを見つめる。


「俺は恐らくアンタらが心配するような奴ではない……と思ってる。 俺を信じろ、とは言わない、だから余計な詮索もしない。その代わりにこれだけは答えてくれ……アンタらは一体、何から逃げてるんだ」


相手の状況や秘密にしたそうな事を聞き出す時は回りくどいことをすると余計に疑われる可能性がある。だからここはストレートに聞くのが一番いいと思っている。

俺はこの人達が"何か"から逃げていると想定して「助けてやる」だの「逃げている」だの口にしたのだが……実はそうじゃないかもしれない。もしかすると、お店のスーパーセール目掛けて走っていたのかもしれない。今日は火曜日だったか? …………まさかね。

色々と想像を巡らせながら待っていたが、返ってきた答えは極めて単純なものだった。

「……鎧」

「……は?」

よく分からなかった。

「……鎧よ。動くの。しかも沢山いる」

「……お前ら実は犯罪者? 子供使ってなんか悪いことでもしたのか? 騎士団に追われるって相当だろ……」


この国は多くの人種を受け入れており、その分、様々な犯罪が発生している。全ての事件や犯罪に騎士団が対応するのは不可能と割り切った国のお偉いさん方がこう言ったらしい。「ギルドなんて荒くれ者の溜まり場があるんだから、そいつらにまかせりゃよくね」と。実際はもうちょっとオブラートに包んだような言い方だったらしいがそんなもの関係ない、内容はあっているのだから。 その効果は絶大で犯罪者を捕獲した冒険者などには特別手当が支給されることになった。

今ではそれが定着し、この国の治安維持は国民全体で行っているようなもので、ほぼ全ての事件などは冒険者だけで解決出来るようになってきている。だが、極稀に正義感の強い冒険者が犯罪者を取り押さえようとした時、返り討ちにあい重症を負うなど一般市民では対応出来ない場合がある。そうなるとギルドから正式に依頼として国に提出されそれが通った時にようやく重い腰を上げて騎士団が動き出す。これが今のシャクナ帝国の治安維持の仕組みだ。


要するに、コイツらはとんでもない悪者。しかもそれなりに強いということになる。


「……ち、違います! 私達は追われてるんです!」

「だから、騎士団にだろ? お前らが悪で騎士団が正。これで間違いはないんじゃ……」

「鎧そのものが追いかけてくるんですっ!!」

さっきからこの人が何を言っているのかサッパリ分からない。

「中に人は入ってないんです! 動く鎧が……私達を殺そうと追いかけてくるんです!」

「鎧が……ってそんな、ば……かな……」

そう言いつつも、一つだけ思い当たる節があった。 昨晩の鎧だ__てっきり人が入っていてドアを叩き壊そうとしている、と思っていたのだが今のを聞いて疑問に思っていた点が全て繋がった。影に覆われたような顔、赤い瞳、玄関に置いてあった抜け殻のような鎧……そしてタイミングのあった狙撃。

「あの……どうかしましたか?」

「いや、なんでもない。鎧、鎧がおいかけてくるんだったな」

「そうです! 鎧が武器を振り回しながら追いかけてくるんです!」

「それは聞いてないぞ……ていうか、何でここまで追ってこないんだ?そろそろ来てもいい時間だと思うんだが」

何気なく呟いた一言に子供達が反応した。

「おねーちゃんがむこうにいるー! それからわるいのコッチこないのー」

それを聞き思わずシーラを見てしまう__だが彼女は目を合わせようとしない。

「……助けにいかなくていいのか?」

「…………私じゃ……ヤツらに傷一つ付けられなかった。だからこうして……子供達を連れて逃げているの。それしか、私には出来ることがないから」


私は足でまとい__とでも言いたそうな顔をしてすぐに俯いてしまう。

「……敵の数は分かるか?味方は何人だ、ここからどのくらいかかる」

俺が聞いたのは、俯く女性でもなく、じゃれあっている子供達でもない____さっきまで背中に張り付いていた女の子__ティアだ。

予想通り、全ての答えが自分の足元から返ってきた。

「ひゃくご、ひとりー。さんじゅっぷんくらーい。たぶん……」

「おいおい……百五の敵を一人で足止めしてるってか?そいつどんだけ強いんだよ」

世界は広いなー……などと薄っぺらい感想しか出てこなかったが、よく考えるとこの子も何かありそうな……。

「まぁいい、シーラさん? あなた達がついてくるかどうかは自由ですが、ついてくるなら俺が護衛する、勿論誰一人として死なせはしない」

それを聞いて安心したのか場の雰囲気が少し柔らかくなったように感じた。だが、まだ言うことが残っている。

「でも……仲間の命は保証できない。酷な事を言うようで悪いが、こうしてる間にその人が死んでいるかもしれないからだ。それらも含めてこのまま遠くに逃げるか、ついてくるか選んでくれ。今ここで決め兼ねるようなら俺はお前らを置いて先に行く」

俺の目の前には困っている人がいる。そしてその人たちを命懸けで守っている奴もいる。誰か知らないし、縁もないと思う。でも、ここまで足を踏み込んで何もしない、なんて俺にはできない。助けれる命なら勿論助けたい、見殺しになんてしない、そう誓ったんだ。

「いくわ。私達だけで逃げようだなんて都合のいいことはもう考えない。みんなで戦って負けちゃったら、それはそれでいい終わり方なのかもしれないし」

そう言い切ったシーラの瞳は明るさを取り戻し、溜め込んでいた不安が一気に消え、開き直ったようにも見える。

「……大丈夫だから」

俺は子供をあやす様に、床に膝をつけて座っているシーラの頭を撫でる__それが異常な行動だとも知らずに。

「ちょっ……な、何するんですか!?」

右手で勢いよく振り払われてしまう。

「な、何って……頭撫でただけだろ。こうすると女性とか子供は大抵大人しくなるって聞いてたんだけど、違うのか?」

「ち、違います! そんな犬とか猫とか……動物と一緒にしないでください! そんな単純じゃありません……!」

顔を真っ赤に染めながらバッと立ち上がり、両拳を力ずよく握りしめ文句を言ってくる。

「そうなのか……気をつける。難しいな、女って!」

「せんせーこのまえ、おとこのひとにふられたー」

比較的穏やかに続いていた会話が突如介入してきた子供の爆弾発言によって崩壊してしまった。

俺は限界まで目を細めてシーラをチラ見する。

すると……口から魂が出ていく途中のように見えて反射的に体を揺さぶってしまう。

「へっ……へへへ……うふふふふ。……ふふふ」

__見るに堪えない。俺が逃げたい。誰かー……

この心の叫びに答えてくれるような優しい神様がいるのならば今すぐにでも改宗したい__まずどんな宗教があるのかすら分からないのだけれど。

「しっかりしてくれ。シーラさんに見合う人はもっと沢山いるはずだ!だからまだ諦めるのは早……」

__なにか来る……!数は……十、いや……三十……結構いるな……このガシャガシャした音は恐らく噂の動く鎧、いよいよ敵のご登場ってか。ちょっと余計な事に時間を使いすぎたな……。

「……来るぞ」

音のする方向を見てエンハンスを無詠唱で自分にかける。

「待って。私も戦う……みんな! 私の後ろから絶対に出ないで!」

突如発せられた大声に怯えながらもお互いに手を取り合って中心に集まってくる。

ついさっきまで男女関係でメソメソしていたのが急に立派な大人に成長したと思うと何故か感動した。

音のする方向を向いて構えるへリク、少し離れた反対側にシーラ。互いに背を向けた状態で、二人の間に子供達を集め前後両方からの攻撃に備える形をとっている。


____コイツらがここまで来たっていうことは……エアリカ……! お願い、無事でいて! 今助けに行くから!


「そういえば、あなたの名前を聞いてないでふっ……!」

「なんだ今になって!あと噛むな」

__うぅ……聞かれてた……

「う、うるさいです……意思疎通に困るから聞いてるだけです」

「……へリクだ! へリク=ブロッサム!」

「分かりました! ……へリクさん!私にサポートは任せて攻撃に集中してください」

__勢いで大口叩いちゃったけど……大丈夫だよね……多分。

「サポートには自信があるんだな。もしかしてガーディアンか? いや、ヒーラーか?」

「……両方ですっ!」

____まじかっ! こんな所に隠れランカーが!

「わ、分かった! ピンチになったら大声で呼んでくれ!」

よしっ……! と声を出しながら気合を入れ、意識を集中する。

丁度のタイミングで綺麗に統率のとれた鎧だけの騎士団が現れた。

「行きます!!」「いくぜっ!!」

二人の声が重なり、それと同時に細い路地裏での戦闘__その第2ラウンドが始まった。

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