第41話「断ち切るもの」

「エルフの人間への憎しみ、消し去ることは出来ないか?」


 その言葉に、エルフはひげをしごきながら軽く顎をあげるような仕草をしてみせる。


「先祖代々からの戦いだぞ?」

「百年前、聖王アルデシアに土地を追い出されたというのは本当か?」

「半分は本当だ」

「半分は?」


 ク、ピィ……


 木製のおちょこに酒を注ぎながら、エルフは淡々とした口調で話す。


「半分は、なんだよ?」

「残りの半分は、野心家と佞臣達の陰謀だよ」

「だったら……」


 そのベオの言葉、それをエルフはその手で制した。


「そう簡単に、感情的なモノは断ち切る事は出来ない」

「しかし、俺たち人間にとってはこの戦いは不毛だ」

「人間の都合か?」

「他に何がある?」


 その言葉に、エルフはニヤリと笑うきり。


「戦いは、そう簡単に断ち切れない」

「……」

「だが、四柔可しじゅうかを生身で操れるお主なら」

「あのピトス、何か関係があるか?」


 最後の肉片を飲み下しながら、今度は自分が話す事を考える番だとベオは思い、ニヤリと笑う。


「物知りだな、エルフ」

「魔性武器に関してならな」


 コッ……


甘い蜂蜜酒をエルフから分けてもらい、ベオは受け取ったその簡素な「おちょこ」へと口を付ける。


「繋げる物、四柔可しじゅうかをここまで扱えるなら、断ち切るモノを使いこなせるやもしれんて……」

「難しいのか、これを使いこなすのは?」

「こいつをお前に与えた、ドワーフ技巧王の気がしれんて……」




――――――




「ここだ、人間」


 エルフによる「雪上滑走」の魔法により、ベオはある一軒の石造りの家の前にいる。


「ここに、断ち切る物を」


 コン、コゥン……


 唯一の木製のドアを軽く、何回かノックをしつつに、エルフはベオの顔を見ずにそう話を続ける。


「憎しみの連鎖を、断ち切るピトスを持つ者が住んでいる」

「そうか……」


 保温の術を通してでも、他の雪原より。


「寒い、な……」

「我慢しろ、人間」


 なおも低い低温により、ベオの身体は凍りつきそうだ。


「どなた……か?」


 暫しの後、そのドアに隙間ができ、そこから一人の。


「私だ、アトロポス」

「……」


 美しい、雪のように白い肌を持つ少女が、その姿を表した。


「あれを使う」

「……」


 少女の種族は、どうやら人間のようだ。エルフ特有の耳が無い。


「あれを使いこなせる、人間がいるのかもしれないのだ」




――――――




「なあ、あんた……」

「何だ、人間」

「ベアリーチェの事だが……」


 少女から受け取ったピトスを、生身の人の手に収まる位の大きさのそれをもてあそびながら、ベオはエルフに今後の最終確認を行う。


「何とか、救えないだろうか?」

「お前にとっても、憎い仇だろう?」

「話を聞いていると、必ずしも憎しみだけを抱ける相手ではなくなった」


 巨人族のフィボルグ、それから受けた「もてあそび」を聞いているうちに、ベオには姉の仇であるはずのベアリーチェに対する同情心が沸いた。


「なんとかならんか?」

「さて……」

「冷たいエルフだ」


 吐き捨てるようにそう言うと、ベオは目の前のエルフから受け取った長銃を。


「本当に良いのか、このミスリル製の銃なんかもらって?」

「せめてもの、餞別だよ」

「戦乱を引き起こしたことに対する、か……」

「フフ……」


 フゥワ……


 エルフに手伝ってもらい、エイトヘヴンの臨時応急修理を終えたベオは。


「世話になったよ、エルフ」

「今度会うときは、敵同士だなぁ」

「俺はあんたとは戦いたくない」

「なぜ?」


 コクピットのドアを閉めながら、別れの挨拶をしつつに。


「俺の親父に似ているからな」

「そうか……」


 ブォン……!!


 そのエルフの百年凍土から、飛び立っていった。


「あの、少年」

「なんだ、エルフ」

「聴こえていたか……」

「まだ、四柔可しじゅうかが有効なもので」

「死相がでているぞ、お主」


 その言葉、それは今のベオにとって。


「そうか」


 まさに、読心術を受けたそのものであった。

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