第30話「人間とエルフとオークと」

「忌まわしきオークが、生意気にも我ら人間の黒土大地へと足を踏み入れた!!」


 贅肉に包まれたメサイア教大司教が、そう口角泡を口から飛ばし、背後にそびえたつ新型PMへとそのブヨリとした手を向ける。


「この神より遣わされ新鋭機をもって、奴等ブタをどもを駆逐せよ!!」


 説法中だというのに肉を頬張る彼、大司教「ウイグス」に露骨にうんざりした顔をみせながらも、アルデシア王国精鋭部隊は一応には頷いてみせた。


 リィン、ゴーン……


 荘厳な昼食の鐘が鳴り響くなか、なおいっそう彼ウイグスのその手が食卓の肉料理へと運ばれる。


「どっちがブタだよ……」


 そのルクッチィ青年の声に対してウイグスは聴こえた様子は見られない、聴こえたのは。


「控えろ、ルクッチィ」

「了解」


 アルデシア傭兵団長改め、精鋭部隊の隊長であるガルガンチュアである。




――――――







「ご苦労、アーティナ」

「お身体を起こされるな、父上」

「ゴホッ……」


 かねてから老いが表れ始めたとはいえ、ここまでオーク大君主の弱っている姿を見ると、娘のアーティナとしても心配である。


「ディンハイドめの、取り引きには失敗した様子だな、アーティナ」

「人間どもが、駆け引き下手だったのですよ……」

「で、あろうな」


 実の妹に殺されそうになったエルフのディンハイド王子、彼を上手く使いエルフ軍との交渉の成果を期待していた大君主にとっては、拍子抜けも良い所であった。


「戦い以外で死を迎えるとなると、オークの面汚しだな」

「お気の弱い事を言わないで下さい、父上」

「クロトはどこへいったか、わかるか?」


 その大君主お気に入りの女祭司の名を聞き、露骨にその顔をしかめるアーティナ。


「どこへいったかと聞いている、アーティナ」

「さあ、いずことも……」

「もう一月も顔を見せていない」

「そんなにですか?」

「ワシは見捨てられたのかもしれん」

「そんな、あの人間の女の一人や二人で、何をクヨクヨと」


 そう言いながら、アーティナは父の寝間着を整えてやり、部屋に炊かれているお香の薫りを強くする。


「クロトの女狐が言うには、何でも気力を高める効果があるらしいからな……」

「クロト、どこへ行ったのだ……」

「ちっ!!」


 実の娘を前にして、愛人の名を呟かれると、アーティナの機嫌が悪くなるのも無理はない。




――――――







「なあ、ディンハイド」

「何だ、ベオ?」

「俺はこの国に」


 そう言って薄暗い食堂の中、ベオはパンをその喉へと飲み下す。


「必要とされているか?」

「それを私に聞くなよ、全く……」


 食料を難民達へと横流しした罪でベアリーチェ、実の妹に粛清されそうになった彼ディンハイドにとっては、そのベオの言葉は皮肉にしか受け取れない。


「あの、ルクッチィとかいう奴の事が気になっているのか?」

「今や、生きるエースはアイツ以外にいない」

「噂でも聞いたのか、誰かから」

「心を読んだ」

「フゥン……」


 その言葉の真の意味は、無論にディンハイド王子、旧エルフの王族には解らない。


「あの、リィターンを操るハーフ・エルフもいるぞ?」

「アウローラだな?」

「対悪魔に限っては、彼女の方が力が上だ」

「アイツにはアルデシア、ここでの政治的基盤が何もない」

「ルクッチィとかいう男とて、同じだろうに……」

「彼には傭兵団時代からの実績がある」

「……」


 その言葉に、ディンハイドはスープを飲む手を止める。暗い部屋のなかで天井のランタンが微かに揺れ、羽虫がテーブルの上へと舞い落ちる。


「私の妹にも、実績があるんだよな……」

「ベアリーチェ、俺の姉貴の仇だよ」

「そうなるかな……」

「とぼけるなよ、ディンハイド」


 ズゥ……


 少し飲んでいた酒が廻ってきたようだ、ベオはわずかにその身を乗り出して、ディンハイドへと詰め寄る。


「お前さんがしっかりしないから、あの女がつけあがるんだよ」

「耳が痛いな……」


 グゥ……


「いたたた、物理的に耳が痛いな!!」

「引っ張っているからな、当然だ!!」

「エルフには耳は急所の一つなんだよ!!」

「それは良いことを聞いたな」


 悪酔いしているのか、ベオはそう言った後にニヤリと笑い、さらにドワーフ清酒をグビリと飲み干す。


「ハイエルフでも、酒には弱いようだなぁ?」

「私はハイエルフではない」


 ワインでその顔を赤くしているディンハイドは、そう言ったきりツマミを口へと運びながら暗い顔をする。


「普通のエルフだ」

「王族だというのにか?」

「単なる確率の問題だよ、上位種が産まれるかどうかは」

「ベアリーチェには頭が上がらないな、お前は?」

「私だけではない、父上もだ」

「ヘエ……」


 再び、羽虫がテーブルへと熱で落とされ、瀕死のその虫が足掻いている姿を目にしながら、ベオは清酒を口へと運んだ。


「何か、嫌われているのか、あのベアリーチェは?」

「そりゃ、あのような性格だからな」

「何十年もあの性格とは、難儀なことだ」

「……」

「どうしたよ、ディンハイド?」

「理由があるのだ」

「何の?」

「妹、ベアリーチェの性格が歪んだ、な」


 その時パルシーダ、元ディンハイド王子の副官が小さな部屋の中へと入ってくる。


「ベオ、ガルガンチュアという男が呼んでいるぞ」

「酒が廻ってきたというのに……」

「早くいけ」

「へいへい……」


 足取りをふらつかせながら、ベオは頭を一つ振って、部屋から出ていこうとした。


「人間達の間で世話をかけるな、パルシーダ」

「偉大なる者からの、ご命令ですので……」

「いざというときの交渉用」

「人質みたいなものですね」

「それだけか、さびしいな」

「私は他のエルフよりはあなたの事が好きですよ、ディンハイド王子」

「人間と比べては?」


 その言葉に、気の強きパルシーダは床に唾を吐いて答えた。

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