第25話「蠢くモノ」

「んーう……?」

「何だ、人間」

「いやな、パルシーダ」


 大湖、このドワーフ基地が半円に取り囲むような形となっている巨大な湖へ浮かぶ紅い月の影。


「何か、おかしくないか?」

「どういう意味だ、ベオ?」

「俺達がここにいる理由さ」


 水辺に揺らぐ、不定期にこの世界へ出現する紅い月の写し身がさざめく湖面に揺れ動く姿を見つめながら、ベオは自分の背から火縄銃を取りだし、その銃身を実と眺めた。


「私は、出来る限りにドワーフ共の現状を確かめるため、貴様とデートをしているぞ?」

「わざと意味を取り違えているよなぁ、パルシーダ?」

「水も澄んでいる、ドワーフ共の資源はバカにならない様子だ……」


 ベオの言葉なぞを無視するのは、もはやベオ本人にも慣れている。


「PMデーモンキラー」


 湖に落とされる月の光、紅く輝く月はまさにそのデーモン、悪魔が住む世界への扉という言い伝えは、どこの土地へ行っても等しく伝わっている。


「いや、リィターンだったか」

「それがどうかしたか、エルフ?」

「何で、我らエルフ王子であるディンハイドは」


 泉のあちこちへその視線を這わせながら、ベオはかねてから疑問に思っていた事を口にする。


「この機体に興味を持ったんだ?」

「特異性はあるだろうに、パルシーダ?」

「そうではない、人間」


 ベオがその背に抱えていた火縄銃、その銃身へ神経質そうに手を撫でさせ始めたのを見て、パルシーダは嘲りを隠そうともしない笑みをその口の端へ浮かべてみせた。


「何も、こんな場所で小心さを見せる必要はあるまいに……」

「聞かなかったのか、パルシーダ?」

「何をだ?」

「何か、謎の化け物が出るらしいんだ」

「ドワーフ共が、そう言っていたのか?」

「黒っぽい、得体の知れない怪物を確かに見たって話が」


 掠れたような、パルシーダの勘に障る嘲り声。


「持ちきりなんだと、よ」

「ヘエ……」

「おっ、あった」


 ガサァ……


 一つ喜びの声を上げながら、ベオは足元へ繁茂している蔦のような植物へとその手を伸ばす。


「何だ、それは?」

「勇気の実、ブレイブシードだよ」


 その蔦、半分枯れかかったような植物の茎へとこびりついている、硬い殻に覆われた種子のようなものを、ベオはその茎ごとちぎり取った。


「アイツが、料理に使いたいと言っていたし」

「アイツ?」

「野盗達の中で下働きをしていた、あのボウヤのことだよ」

「ああ……」


 ベオの言っている少年の料理は、このハイエルフの女、パルシーダの口にも合う。


「縁起の良い、お守りにもなるからな」

「ゲンカツギか、人間らしい」


 あまり、その手の事を興味が無さそうなパルシーダは、その実を拾い集めているベオからその視線を離し、再び湖へと浮かぶ月へとその鋭い目を向ける。


「元々、不明瞭な命令をディンハイド王子は受けていたらしいんだよ」

「王子様、への命令というと……」

「ハイ・エルフ王、彼の父である偉大なる者からの命だ」


 ハイ・エルフ王、偉大なる者という名を持つ、全エルフ達を統べる統率者。


「どういう奴なんだ、そのエルフ達の王とやらは?」

「奴、ねえ……」


 フゥ……


 一つ、パルシーダは唾を地面へと吐きかけた後。


 チィ……!!


「不敬だな、ベオ」

「相変わらずだよ、女エルフめ」


 目にも止まらぬ動きで、ベオの首筋に霊力で形成された青い刃、人指し指と中指から発生させた魔法の手刀が押しつけられる。


「んで、どういう奴なんだよ、結局?」

「まあ、お前のような劣等種には相応しくない、生意気な肝の」


 ヒュ……


 その霊気の短剣を収めながら唇を開くパルシーダ、ハイエルフのその顔には微かな笑みが浮かべられた。


「肝の太さを持つに加えて」

「珍しく、俺を褒めてくれる……」


 その彼女の微笑みにつられ、顔を緩ませたベオのその瞳が。


「圧倒的な魔力を持つ、半神とでも」


 ある一点、湖へと向けて細く、強く閉じられた。


「言うべき方である……」

「待て」

「何が、待てだよ人間」

「静かに……!!」

「下等種が、エルフに命令を……」


 ブツリと、そう不満げに言いかけたパルシーダではあったが。


「いかな状況であろうとも、身の程を……」

「いいから、黙ってくれ」

「解って、いる」


 ズ、チォ……


「湖、いや……」


 湖面から、何かが這いずるような音がベオの耳へと入りこむが、パルシーダには何か別の音も聴こえる様子だ。


「何か、風を切り裂いて落下をしている音が」

「あ……」


 エルフよりも耳が芳しくない人間にも、確かに何かが聴こえてきた。


「本当だ」

「上だ、月からだ!!」


 ガォン!!


「PM用の、武器が落ちてきた!?」

「エルフは目も良いからなあ……」

「何を呑気な、人間め!!」


 何かその、巨大な落下物が紅い月に照されている泉に落ちると共にその「武器」を追いかけるかのように何かが月から迸った。


 ドゥフ!!


「ウ……!!」


 悪臭、汚濁に満ちた臭いが辺りへと充満し、思わず二人は鼻を塞ぐ。


――我を崇めよ――


 その汚臭を放つ泥は憎悪に満ちた呻きを二人の思念へと入り込ませ、ズルリズルリと、ベオ達へと近づいていく。


「まっとうな、品物ではなさそうだな、パルシーダ」




――――――




「ちっ……」


大空を滑空する黒いドラゴンが、その口から苛立たしげな声を上げた。


「厄介なのが、舞い降りてきたわ……」




――――――




「何だか解るか、パルシーダ?」

「阿呆」

「ああ、アホウーというモンスターでござるか?」


 結局ベオは火縄銃、マスケットの火縄へ点火術によって火を付けるのに何度も失敗をし、懐のポケットからマッチを取り出し。


 シュ……


 火種を着けた後、マスケット・ライフルの照準をその湖から這い出てきた、謎の黒い影へと向け、銃身を構える。


 ジュフ……!!


「うわっと!?」


 蠢く影、それが身の一部をベオにと向けて投げ飛ばし。


「どうやら、物騒な考えだか本能を持った奴らしいな」


 ジュウ……


 そのタールのような粘性の物質、オアシス周辺の乾いた土へ落ちたそれが何か蒸気のような物を上げている。


 ズゥ、ズ……


 紅き満月、それの光を浴びてなおもその影、粘体はその深く沈んだ己の黒ずみの色を失わない。


「スライム、不定形生物だと思うか、ハイエルフ……?」

「さて、それは……」


 ボウゥ……


「どうかな、人間……」


 一瞬、パルシーダはどのような対策を取ろうか迷った様子こそ見せたが、どうもその細い腕へ纏わりつかせるように発動させた炎の術を見るに。


「お前の十倍以上生きてきた私にしても、初めてみる魔物だ」

「いきなり魔法とは、結構短絡的だな、お前は」

「それが、医者である私の思考……」


 シャア……!!


「だよ、ベオ……」


 先手必勝の心構えを備えたパルシーダの右腕から、炎の鞭がその異形の影へと飛び掛かる。


「しかしな、これは……」


 ジュプゥ……


 その炎の鞭、それはその魔物らしきものにまとわりつくと同時に音を立てて消え去る。


「まさか、魔法が無効の怪物か?」

「ならば!!」


 ドゥン!!


ベオのマスケットが火を吹き、その粘性状の生物を吹き飛ばす。


「これならば、巧くいく」

「連射が出来ないマスケットで、どうやって」


 とは言いつつも、パルシーダも胸ポケットからホイールロック式のピストルを取りだし、流動体へとその鉛玉を浴びた。


――我を崇めよ――


 その魔物は徐々に人型をとり、辺りへとタールのようなものを撒き散らし始める。


「だめだ、チンタラやっていては」

「けどな、パルシーダ」


 ブツブツ言っているベオを尻目にパルシーダは腰からレイピアを抜き取り、果敢に粘性の影へ向かって斬りかかった。


「ちぃ、分裂か!!」


 タール、それらが謎の影を取り始めた事にパルシーダは苛立ったような声を上げ。


「助力しろ、人間!!」

「ライフルへ玉が上手く入らん!!」

「ならばに、剣があるだろうに!!」


 罵声をベオに向かって浴びせるパルシーダの隣、粘性生物が一刀の元に切り捨てられる。


「そうとも、剣があるぜ!!」

「野盗オーク!!」

「阿修羅と呼んでくれ!!」


 駆け寄ってきたオークが持つ大斧により切り裂かれた粘性生物、しかしまだ数体の異形が残っている。


「僕も加勢します!!」

「バカ、無茶はやめろ!!」

「何もしていないベオさんよりはマシ!!」


 ようやくマスケットをあきらめて、慣れぬ手つきで腰から剣を抜き出したベオの制止を無視し、少年がパルシーダが相手をしている「親玉」の背後から切りつけた。


――我を崇めよ――


「その台詞を言って良いのは、我らエルフの偉大なる者だけだ!!」


 飛び散る腐蝕液に注意を払いながら、パルシーダはその人型の粘性生物を切り裂いていく、手練の早業である。


「たあ!!」


 そのパルシーダの勢いに圧されたのか、少年が無謀な斬り込みかたを行う。


「ちっ、バカが!!」


 少年を無視し、ベオは付近の雑魚を掃除しようと剣をぶんまわす。


「助けて!!」

――退け、少年!!――


 少年の脳内に疾る声にも、彼は身体を動かせない。


「誰か、助けて!!」


――我を崇めよ――


 剣が親玉に食い込んでしまったらしい、その剣から手を離すという機転も利かせず悲鳴をあげる少年。


「クソ!!」


 罵り声を上げる阿修羅も敵の雑魚に囲まれて身動きがとれない、パルシーダは「親玉」の注意を引き付けるのに全力を使っている。余力があるのはベオのみだ。


 ジャ!!


 辺りへと飛び散った液体が少年の身体を滑らせ、地面へと転がった彼の手からその剣を奪う。


――もう、コイツハ戦力にならない――


 ベオの脳内に何処からか聴こえる謎の声、彼はその声に従い少年を無視し、人型の流動体へと切りかかった。


――我を、アガメ――


 当たりどころがよかったのか、その流動体はあまり刃の合わさっていないベオの剣によってでも切り裂くことができた。


「やった、のか……?」


 他の液体の力が無くなり、各々姿勢を整えている様子を見やりながら、ベオはその首を傾げる。


「オウ、にいちゃん!!」


 バギィ!!


 筋骨隆々としたオーク男の拳が、マトモにベオの頬を捉えた。


「どういう了見だ、ああ!?」

「どういうも、なにも……」

「あいつ、おっ死ぬ所だったぜ!!」

「別に、無事だったからよかったじゃないか……」

「そういう事をいってんじゃねえんだよ!!」


 このオークにとっては可愛い弟分にあたるこの少年がピンチに、それもベオの不注意が原因でなったのは許せない事なのだろう。


「お前がしっかりしてりゃ、よ……」


 ただ、その台詞は半分はブーメランだ。やむを得なかったとはいえ、護れなかったのはオークにも責任がないとはいえない。


「面白い」


 ようやく基地の方面から異変に気がついた面子がやって来たことを目を細めながらじっと見つめながら、パルシーダはその手をパンパンと叩いた。


「面白い人間のサンプルだ」

「悪かったな……」

「悪気がないのに、人に対して薄情とは、な」


 だが、常なら人を人とも思わないこの女エルフにしても、その表情はあまり明るい物、すなわちベオの行動について好ましく思っているわけではないようだ。


「だが、不愉快だな」

「お前が言うな、パルシーダ」

「メンタル・ケアという余計な仕事が増えた」


 そう言われると、涙を流している少年に対して居たたまれない気持ちになるベオ。

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