第24話「力を求める者」

「偉大なる者よ」

「ン……」


 雲一つ無い青天へと浮かぶ空飛ぶ船、その飛行船の外部展望室、そして司令塔を兼ねている「ブリッジ」と呼ばれている大広間の中央に、豪奢な衣服を身に纏った一人のエルフ。


「何だ?」

「まもなく、ダキアの上空に差し掛かります」

「補給が必要か?」

「それに加えて」

「攻撃目標、であるな?」


 その手に持つ鉄砲、ミスリル銀により緻密な彫金が施されているその銃を見詰めながら、偉大なるハイ・エルフ王、エルフ族の君主は。


「フム……」


 エルフにしては珍しい、自身に生えた顎髭を軽くしごきつつに、その首を傾げながら愛銃の発射機構を実と眺める。


「ダマスカス、ドワーフ基地へ」

「ダキアからも、マテリアル・シップを徴発致しますか?」

「うむ」




――――――







「うごーい」

「すごーい」


 標準タイプPMのドワーフ格納ハンガーに、二人の小人族「フォブリン」の二人組、ヴァイとオリンの二人がちょこまかと動き回っている。


「アンゼア、いっぱい!!」

「中身もいっぱい!!」


 解体された文字通りの十年選手であるPM「アンゼア・タイプ」の内部充填組織、外装甲が外されたその機体群の基本駆動系であるクレイ、魔力培養土の再生を行っているドワーフの技師が。


「あぶないぞ、人間のガキども」

「人間じゃない、ガキでもないよ!!」


 その髭面をしかめながら放った言葉に、はた目からみれば人間の少女と変わらないオリンはその口先を突きだして抗議をする。


「アタシ達、フォブリン族」

「なんだ、シルクロードからやって来た奴等かよ……」

「だから、遊んでいてもいい?」

「何が、だからだよ……」


 彼らドワーフ整備士達にしてみれば、人間達の手によって作られたPM「アンゼア」達の改良に忙しい上に。


「良いわけないだろうが……」

「あっちに見たことない機体もあるよ、オリン!!」

「人の話を聞けよ、お前達よ……」


 生産、維持コストが他の種族が開発したPMスプリート、オルカス等の約半分であるという、人間の旧王国「アルデシア」製の人型PMを導入したドワーフ上層部の考えも解るが、それでも国内産でないという点では現場のドワーフ達が持つプライド、気持ちの癪に障るというものだ。


 プシュ……


「筋が良いな、お前は……」

「ありがとう、オークさん」


 そして、PMシミュレーターを勝手に我が物顔で利用している人間の少年と、オークの男にもドワーフ整備士達はあまり良い感情を抱いていない。


「技巧王は、戦力を捨てるなと言っていたが、ね……」


 噂、ドワーフ諜報部が掴んだ情報とやらでは、近々このダマスカス基地の兵力が大きな戦いに参加する事になる、との事だ。


「こっちから攻めるか、向こうからやって来るかは知らねぇがね……」


 確かに「噂」の域を出ず、そもそも戦う相手も解らない。とはいえこの基地の司令が戦力を充実させるようにと、PM整備とそれを使った模擬戦闘を怠るなと指示を出している辺り。


「デタラメな話、ではないだろうにな」


 魔獣相手、そしてシルクロードが貫いている南の大砂海からやって来る異民族達とは、ドワーフ王国もPMなり何なりを駆使して撃退しており、必ずしも戦いの経験が薄いとは言えないが、大きな戦いという事は少なくとも小競り合いではないだろう。


「ついに、ドワーフも人間とエルフ達がやりあっている戦争に参加か……」

「あのう、ドワーフさん」

「なんだい、人間の小僧?」


 シミュレーターで訓練を積んでいた少年、彼が軽く飲み物を口につけた後、このドワーフ整備士におずおずとその口を開く。


「僕にPM適性、制霊力はあるでしょうか?」

「シミュレーターと実戦は全く違う」

「わかっていますよ」


 口を尖らせる少年は、そのまま再度シミュレータに潜りこもうとする。


「僕は、一人でも多くのエルフを仕留めるんだ」

「エルフが嫌いか、ガキ?」

「親の仇だよ」

「フゥン……」




――――――




「ねえ、オークさん」

「何だよ……」


 この料理上手な、それゆえに野盗達に下働きをさせてもらっていた難民である少年にとっては。


「あ、いや阿修羅さん」

「コソコソ追い剥ぎ野盗やっていた時の呼び名を……」

「嫌、でした?」

「ン……」


 月明かりと照明灯の僅かな明かりだけを頼りに、歩きながら本を読んでいるこのオークの青年、彼にはよくしてもらった物だ。


「あぁ別に……」


 ドワーフ基地から僅かに離れた、湖へと至る小道、そこへ差し掛かった時にはさすがに基地からの照明も薄くなる。


「その名前でも良いかな、これからも?」

「格好いいと、僕は思います」

「そうかよ、小僧……」


 シュ……


「おお、すまんな……」

「いや、別に大丈夫ですよ」


 たどたどしい手つきで光源、夜の空へ漂う鬼火の術を使ってくれた少年へ一つ礼を言ってから、オークは再び本へとその視線を落とす。


「オークの夜目と言っても、灯りがあるに越したことはない」

「勉強熱心ですねぇ……」

「それを言えばな、小僧」


 スッ……


 しおりを挟み込み、その手にした本を閉じながら、オーク青年「阿修羅」は、紅い月が照らす湖面へと自身の両眼を傾けながら、右手を大きく頭の上へと挙げた。


「お前だって、何やらPMのマニュアル」

「ドワーフさんの基地にありましたから」

「読んでいるみてぇじゃねえかよ?」


 そのオークの言葉に悪気がないように聞こえた少年は。


「フフ……」

「な、何だよ小僧……?」

「別に……」


 何か、妖艶を感じさせる笑みを浮かべつつ、紅の月が映る湖をオーク、阿修羅と共に眺める。


「僕は、力が欲しいんです」

「力、パワーか……」

「あらゆる、復讐を成し遂げられる力が……」


 その少年、彼の言葉に阿修羅は無言のまま押し黙り、しばしの後。


「復讐、ね」


 ポソリと呟きながら、オアシスの湖へとその視線を向け続ける。


「復讐です」

――ならば、為し遂げるがよい――

「え?」


何処からか少年の耳へと聴こえる、低い男の声。


「何か言いました、オークさん?」

「うんにゃ、なにも」

「ですよね……」

「神経を、昂らせすぎじゃねえか?」


 シャア……


 その時、何か閃光のような物がオークの視界へと入った。


「ん?」

「どうしたんです、オークさん?」

「いま、何か……」


 紅く月によって照らされる湖面、不定期に通常の月の代わりに天へと昇る「忌み月」の光が降り注ぐ湖の端に。


「何か、妙な物が見えなかったか?」

「オークさんこそ」

「いや、確かに……」

「人間だか、ドワーフでは?」

「いや、違う……」


 そう言うなり、オークはその歩を速める。

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