第22話「魔相の者ども」

「百年経つと」


 即席のキャンプがまばらに張られた、紅い月明かりが照らしだす悪魔達の集い場。


「食い物の、味も変わるのかな?」


 中央にと祭壇が置かれている古代の遺跡、その近くの焚き火で悪魔アレスは焼け焦げた肉塊へその牙を突き立てる。


「アレスの旦那」

「おう、なんだ?」


 ム、シャ……


 人の背丈の四、五倍の背丈を誇る彼アレスにとっては細長い肉の棒、それへかぶりつきながら、アレスは近くへいた下位悪魔の声へと応えた。


「エリスの奴が、猛スピードでこっちへやってきます」

「何だ、何だぁ?」


 半分まで肉をこそげとり、白い骨が見えている焼けた肉塊を地面へと置きながらアレス、上位悪魔である彼は部下の指差す方向へとその視線を向ける。


「確か、アイツはべありーちぇとかいうエルフの女」


 フン……


 不愉快そうに鼻を鳴らしながら、そのエルフ女の名を自らの口から紅い燐光とともに吐き捨てるアレスに、彼とは昔ながらの縁がある部下のその顔がしかめられた。


「アレス様、ヴィーナス様はあのエルフの事をお気に入りのようで……」

「わぁーてるよ、全く」


 元々、武闘派である彼にとってはそのエルフ族というもの自体があまり気に入らないのだ。


「俺が遊び半分で野盗団とやらの頭領をやっていたときも、なあ……」


 別に自分の悪魔としての姿、正確には顔面がオーク族のそれとよく似ているからと言うわけではないが、どうしても彼アレスにとっては人間やオークの方へと好感が向いてしまう。


「エルフ共の、奴らのこの世で一番偉いのが自分達だという、そのシセイ」

「……き」


 バァウ、バァ……!!


「バカ兄貴ー!!」

「気に入らねぇ……」

「ヘンタイだ、ヘンタイだ!!」


 ブォウ……


 アレス達の近くまで全力飛行をし、その息を荒立たせている悪魔エリス。彼女のその豊満な肢体へ浮かぶ汗が艶かしい。


「アポロンはどこだ、アレス兄貴!!」

「アイツ、屁理屈野郎に何か用なのか、マイ・シスターよ?」

「アイツはどこ、だって……」


 ゴ、フゥ……


 その彼女へ呆れたような顔を向けていた悪魔の一人、獅子のような風貌を持つ下位悪魔から酒瓶を奪い取り、中身を自身の喉へ流し込んだエリスのその声は。


「だってぇ、アタシは訊いている!?」


 ウォフ、ウゥ!!


 顔をしかめている獅子の悪魔へと酒を返す仕草こそ丁寧だが、その狼面から吠えたてる雄叫びの声は大きく、神経質そうな響きを辺りへと撒き散らす。


「俺のカアチャン、ヴィーナスなら屁理屈ヤロウの居場所を知っていると思うぜ……」

「だったら、お義姉さん、さん!!」

「あいつは、あのいつもの……」


 ム、シャ……


 妹の甲高く、辺りの闇夜へと拡がるいななき声、その声に頭の中を揺さぶられる感覚に悪魔アレスは軽く拳を自身のこめかみへと打ち付けつつに、それでも彼の口は生焼けの肉を噛み締める。


「ヘンタイなんだよ、兄貴!!」

「その、変態小屋で変態行為に熱中しているさ……」

「よしゃ!!」

「全く、カアチャンは……」


 ド、サァ……


「良い歳なんだから、もうその趣味は止めろと言ってオンだけどよ……」


 追加の手足付き肉棒を持ってきてくれた悪魔へ労いの言葉をかけながら、アレスは凄まじい勢いで遺跡へと入っていく実妹の姿へその目を向けつつ、ポキリと生肉から枝を切り裂く。


「周りの部下の目もあるんだから、さあ……」

「武骨者ですからな、アレス様は奥方とは違い」

「うるへぇ」


 軽口を叩いた悪魔が持ってきたバーベキュー用の肉はかなりの量だ、再度アレスは彼女へ誉めの言葉を言うと。


「ダキアの要塞だったか、そこでくたばった連中の肉だな?」

「はい、勿体ないので」

「ヨーゥシ!!」


 彼女の返事を受け、どうせならその人間達が巣食っていた拠点を攻め落とした連中、すこしこの遺跡から離れた場所で休息を取っている者達を労ってやろうと。


「酒、どっかにねえか!?」

「ドワーフのミイラから造った奴なら、少しは」

「あんまり上手く漬かっていねぇんじゃねえか?」

「腐敗の魔術を、どうにか応用しましたがね、アレス」

「んじゃ、まあ……」


 山羊の顔をした、昔馴染みの悪魔の言葉を聞いた彼、悪魔将アレスは。


 フォーウ!!


 魔のたけび、悪魔のみへ伝わる号令の声を発し。


「寝ていたいんじゃないのか、あの連中は?」

「バッキャロ、奴等は未だ満足な肉を食えてねえんだ」

「肉を取っておけば済むことだろうに……」


 馴染みのぼやきなど無視し、宴会へ集うように。


「眠いって、アレスの大将……」


 エルフ軍の城塞攻めへ加勢していた、その悪魔達の目を理不尽にも醒まさせた。




――――――




「フゥム……」


 ドワーフ達の古代遺跡、それを悪魔達が改装して仮の拠点と化した通称「パンテオン」の奥深く、紫に辺りの壁を染め上げた大広間の中で。


「少し、色合いが弱いのお……」


 スゥ……


 ずれ落ちそうな、サイズの合わない赤い三角帽子を神経質そうにその細い手で押さえながら、深紅の衣服に身を包んだ魔王ヴィーナスは。


「よし、そし……」


 プ、トゥ……


 人間の少女を思わせる外見には不釣り合いなパテを手に、その新しいコレクションと成るべき実物大、ちょうど彼女が見上げる形となる位の大きさであるエルフとオークの女性、それの融合体へと特製保存剤、兼塗料を塗り付けている。


「可愛いのう、リリィちゃん第二号……」


 肉人形が立ち並び、血の匂いに充満している広間、ときおり紫色をした壁面が歪に変形をし。


 ビ、アャア……


 壁質が肉質へと変わり、その肉の隙間から産み出された魔物の赤子。それが呻き声を上げるそのたびに、妖しく万色の光が何処ともなく部屋を満たした後。


「むちゃ、シコるわ……」


 自らの自信作をじっと見つめているヴィーナス、魔界の王の一人である彼女が満足げな笑みを浮かべると同時に、その光が凝縮された鬼火が部屋中を乱舞した。


「オネー、サマァ!!」


 ブォン……


 緊急連絡通路、遺跡の入り口付近へと入ってすぐのクリスタルの間から自然発生している魔力を利用して設置された転送装置であるワープゲートを翼をはためかせて突っ切り。


 グチャイ……!!


「ああ!?」


 転送をしてきた悪魔の巨体、人間形態をとっているヴィーナスと比べて五倍以上の大きさである体躯を持つ女悪魔が、その身体を作りたての肉質人形へと激突させた。


「リリィちゃんがぁ!!」

「アポロンの奴は、どこですかぁ!!」

「リリィちゃん、リーリィちゃぁん!!」


 突然、マイルームへと飛び込んできた女悪魔エリスによりフィギュアを粉砕された魔王は、その面を歪め悲痛な叫びをその小さい喉笛から吹き出させる。


「アポロン、アポロン!!」

「知るかぁ、先に言うことがあるであろう!?」

「ヒョーロクダマ、御免なさい、どこですかー!?」

「どうせ、奈落研究所に居ると決まっておろうが!!」

「ラジャー!!」


 バッサァ……


「おいこら、まてエリス!!」

「すみませぇん!!」

「スマンと、先の御免で済んだらぁ!!」


 ボゥフ!!


 激昂したヴィーナスの怒声を受け辺りの壁が泡立ち、嬌声と苦悶に満ちたオーケストラを総共鳴させた。


「趣味は出来ぬわ!!」


 もうその声は猛スピードで魔王の間、通称「生誕の間」と呼ばれている奇々怪々の空間から飛び出ていくエリスには聴こえないようだ。


「全く……!!」


 粉々に破壊となってしまったリリィちゃん二号、それの残骸を見詰めながら、魔王の口からため息が漏れだす。


「いかに我ヴィーナスの義理の妹とは言えこの仕打ち、これはヒドイ」


 もともと、緊急通路である「ゲート」はその名の通り、本当に火急の事態のみに使用が許される装置だ、それに。


「下位悪魔の分際、それを血縁ゆえに使用を許している事を知っておるのか、あの偽妹は?」


 ハァ……


 再びため息を漏らしながら、魔王ヴィーナスはクラッシュされたドールズの残骸を片付け始める。


「ゲート、転移門の位置を別の場所へ移すか?」


 しかし、常時魔力の門を展開、固定させておくには表玄関のクリスタルの間や、この邪気にと充満させた部屋レベルの自然発生的な霊力がないと。


「いざというとき、安定した起動の保証が出来んからなあ……」


 ビ、チャ……


 肉塊から溢れ出た潤滑液、人間風に言えば血液へとその生地を濡らしたヴィーナスの衣服、それが鮮やかさを増すなか。


「リリィちゃん一号、バーニーちゃんに……」


 お気に入りの肉モデルを順番にその小さい手で愛撫しながら、魔王は少し気分転換に。


「ちょっと、お外へ行ってくるよ……」


 少し外出をしようと思った。どうせそろそろベアリーチェ、ハイエルフの小娘がひと仕事を終えて帰ってくる頃だ。




――――――




 ブァサ!!


 白鳥の翼からこぼれ落ちた羽が、旧ドワーフが製作したPM群、それらが立ち並んでいた大通路へとヒラリと舞う。


「アポロンの籠り野郎!!」


 デーモン・キラー、ベオ・アルデシアが持ち去ったPMリィターンの類似型機体、オリジナル・ポイント・マテリアルが出撃態勢のままに保管されていたハンガーデッキの中空を悪魔エリスは。


「残ったカラクリゴーレム、それを全て爆破解体、するとか言っていたよな!!」


 ポツゥ……


 ときおり、保管庫の天井から滴り落ちる、膿の臭いがする酸の水滴にその狼の面を歪めながらに。


「地下、ちっか、奈落!!」


 ズゥ……


 大通路の途中へポッカリと空いた大穴、アダマント製の床をくりぬき内部に天然の土壁が露出している研究所へ続く出入り口から、何か地響きのような音がエリスの耳を打つ。


「まさか、あのヤロウ!!」


 ドゥウ……!!


 大穴へ架かっている臨時の階段が、周囲の土や石塊と共に大きく揺れる。


「本当にここらへ並んでいたゴーレムを全て解体してんのかよ!?」




――――――




「キィイ、ヒッヒィ……!!」


 蠢く緑の光に包まれた研究所、その中で狂ったようにポイント・マテリアル用のコンソールとよく似たへその手を這わす若い青年。


「生意気なんだよ、ドワーフに……」


 彼のいる、小さな部屋から見下ろせるような形となっている巨大な空間、その底さえも見えない宙の中を一機のPMが彼の魔力により浮かばせられている。


「人間!!」


 ドゥウ!!


 そのPM、オリジナルPMと呼ばれている機体のコンバーター、そこから光が淀み。


「エルフ!!」


 オリジナル機の動力源として使用されている精霊「太陽」が彼アポロンの手によって徐々に消滅されていく。


「ついでに、オークゥ!!」


 大悪魔ヴィーナスの腹心である「魔王の娘」という称号を持つ者の内、最も魔力、霊力に優れている上位悪魔アポロン、彼にしてみれば。


「太陽の霊を操れるのは、小生一人だけで良い……!!」


 エルフや人間、たとえ僅かな数とはいえ、自分以外に最強のエネルギー源である太陽霊を使役出来る者がいるということは、不快至極な物だ。


「そ、りゃあ!!」


 ズゥオ……!!


 グレーター・デーモン「アポロン」と言えども一回の「精霊召喚」の魔術、それを逆転させた術で太陽の霊を消滅させられる事は出来ない、何回か小分けに魔法を唱え。


 ボウゥ!!


「イィー、ヒッ!!」


 それを遠距離、製作した防御壁により太陽霊からの「魔風」をシャットダウンしつつ、手元のコンソールから魔力を送り込む。


「くたばりゃあ、似非魔術で呼び起こされた太陽霊ィ!!」

「くたばれ、じゃ……」


 ゴゥウン!!


 端整な顔を奇天烈に歪め、奇声を発し続けていたアポロンの後頭部を巨大な拳、両の手を組まれて降り下ろされた打撃がおそう。


「ない!!」

「ア、ごにィ……」


 人間形態であったアポロンにとって、たとえ相手がレッサー・デーモンであるエリスからの拳の威力は充分な効果がある。なにしろ体格が三、四倍は違うのだ。


「爆破を止めろ、アポロン!!」

「ぬぁに!?」


 グゥン!!


 上半身が直角に折れ曲がり、何か斜め下からエリスの股間を覗きこむような形となってしまったアポロンが、その彼女エリスの言葉にその目をひん剥く。


「貴様、小生を誰だと思っているのだ!?」

「籠り、いいから早くPMとやらの解体を中止しろ!!」

「何故だ!?」


 グゥ……


 さっさと治癒魔法で折れ曲がった背骨だかを治せば良いのに、アポロンは怒りに身を任せたままエリスにと詰め寄る。


「このゴーレムだかPMだか、はなぁ!!」

「んだよ、アポロン!?」

「我ら悪魔族にとって、しかるべき者が扱い、目の前へ立ちはだかると!!」


 スッ、スゥウ……


 脚を小刻みに動かし「くの字」よりもさらに深い姿勢のまま、彼アポロンは女悪魔エリスへ向けてその目を上げ、睨み付けようとした。


「まともに勝てる品物ではないのだよ!!」

「それがな、アポロン!!」


 ほとんど自らの股間、何にも包まれていない部分を覗き込まれてもエリスは気にもしない。人間等にはその狼面からは感情が上手く読み取れず、悪魔族に羞恥というものがあるのかどうかは不明だが。


「コイツらをアタシらが乗ったら、どうなると思う!?」

「あん……!?」


 そのエリスの言葉、それを受けてアポロンがエリスの秘所を覗きこんだままの姿勢で固まったのは、おそらくは痴漢行為を継続したいと思うからではあるまい。


「……そのアイデア、どこで手に入れた、エリス?」

「あたし、だよ!!」

「嘘をつけ!!」

「つかないし、そもそも!!」


 ゲィガ!!


 エリスの、そのつやりとした脚がアポロンの顔面を蹴り飛ばす。


「いつまで見ているか、アポロン!!」

「下位悪魔の分際で!!」

「かんけぇ、ねぇ!!」


 首の骨が曲がり、さすがにアポロンも少しは冷静になったようだ、自らへ治癒魔法をかけながら、上目使いでエリスのその顔を実と見つめる。


「こんな良いアイデーアが浮かぶ、それがなこのあたしエリスが……」

「フン、小生らがアンチ・デーモン機具を利用するか……」


 もともと治癒魔法というものは精神を安定させる働き、それが副次的に備わっている。徐々にその身体を正位置へと戻していくアポロンの声には思慮の色が混ざってきた。


「面白い、さすがに」

「そう、さすがにこのエリス様は」


 腕を組み、満足げにその顔を頷かせてみせる悪魔エリス。


「あのバカ兄貴、魔王の娘の一人であり、その夫であるアーク・デーモン

アレスの妹ではない」

「あの低脳の妹、それは誇れるものかよ、下位悪魔が……」

「頭脳面では、あたしは兄貴よりも上だね、アポロン」

「何ィ!?」


 その何気ない言葉、それを聞き止めたアポロンのその顔が凄まじくに揺れ曲がる。


「兄より!!」

「やば……」

「優れた妹はァ!!」


 絶対に言うなと、義理の姉から言われていた事を口走ってしまったエリスは、背筋へと疾った悪寒を信じて。


「ごめん、アポロン!!」

「存在ィ!!」


 ボァウ!!


 悪魔アポロンのその身体から、迸るような火焔がその研究ルーム室を覆い。


「大丈夫、オッパイ見る!?」

「しては、ならないィ!!」

「だ、だめだこりゃ……!!」


 無意識に火焔の嵐を発動させ、コンソール等を始め、彼にとって大切な装置を無差別に破壊し始めたことに、エリスは宥める事を諦めて。


「じゃ、じゃあねアポロン!!」

「何が紅き月の番人だ、つけあがりやがって!!」


 翼を拡げ「パンテオン」の本城へと舞い昇っていく。


「アルテミスめぇ!!」


 キィ、ヤウィイ……!!


 その地獄穴から響き渡る、自覚があるかどうか解らないアポロンからの奇声に含まれる暴風の魔力によって。


「あいた!!」


 身体が吹き飛ばされたエリスは、酸が滴る元PM保管庫の天井へと激突した。

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