第21話「アイ・ワークス」
「物々しい、な……」
「ウチらドワーフ軍の、最新型だ」
プゥ……
パイプから水煙を立たせながら、大規模な肉質を身に纏う女ドワーフが響かせる声。
「エルフ共が、ウチらん所へ攻めてくる可能性も高いし」
「それにしても、もはやこれは……」
「何だい、人間?」
「ポイント・マテリアル、霊動甲冑かよ、ドワーフ……?」
確かに霊動甲冑ポイント・マテリアル、PMは人型という概念からドワーフ達は脱却を始めているという話はベオも聴いている。そして彼らの重火力PM「ナーイン・ゼロ」が蜘蛛型、多脚型なのはそれなりに道理があるとは理解もしているが。
「まるで、河に浮かぶ小型船みたいだな」
「性能を追究した結果だよ、王子ベオ」
ガァ……
霊動エンジンの無駄遣い、この巨体躯を持つ女ドワーフの技師が自らを、脂質を運ばせる為だけに作られたと思われる滑車のエンジンを僅かに動かして。
「アイ・ワークス管制型PM、このエイト・ヘヴンはね」
「アイ・ワークス?」
そのエイト・ヘヴン、巨大な非人間型PMの顔面、複数の水晶球がはめ込まれたその前面を彼女は肉の手でヒタヒタと叩いてみせる。
「何だ、それはよ?」
「警戒管制ポイント・マテリアルさ」
「ハイ?」
「ケーカイ、カンセイ機」
「ああ、偵察用のPMという事か、ドワーフさん」
「まあ……」
彼女、ドワーフ技師にしてみれば別にベオ少年がドワーフ王国の中で議論されている新しきPM戦術の中身を理解しようが、しなかろうがそれほど問題はない。ただ。
「そんなもんだが、のうにアンタ」
「何だよ……」
「コイツ、乗ってみない事であるか?」
ガァ……
その彼女、片腕で動かす事が出来る自動台車をベオは便利そうな物だなと思いながらも、彼は。
「ベオ王子、アンタならコイツを上手く使えそうだ」
「俺は部外者だろう、ドワーフ技師さん」
「アタシの権限で、テストを受けさせる事は出来るよ」
ややに不審そうな視線を彼女へ向けるベオ。その話し込んでいる彼らの近くへ通りかかった、二人組のドワーフ・パイロット達。
スゥ……
彼らに手を掲げられ、敬礼を受ける位であればこの肉ドワーフの地位、および責任は高いものであるとベオも想像はできる物だが。
「どうだい、ベオ王子さま?」
「なぜ、人間である俺に新型のPM」
もちろん、最新の武具はすべからず国家、その土地を支配している権力の最高機密となるのは昔の、PMどころか銃器すら無かった時代からの常識であることは昔にベオ王子が父から教わった物事である。
「それをテストさせる不用心さが、あんたに許されるかって事」
「そりゃ、生身でピトス顕現を出来るあんたならば」
「ピトス、顕現?」
「この情報統制PMと相性が良いと思っただけよ、アタシは」
ピトス、王子ベオには聞き慣れないその単語を意味をドワーフ技師、彼女へ訊ねようとした彼よりも先に。
「読心、そのピトスを具現化している人間であるアンタならば」
「なあ、ドワーフ技師さん……」
グゥ……
ベオ、彼が子供の頃から時おり発生する「人の心と思考、記憶」を読み取る力、すなわち読心の異能が悔しくも今日という今に。
「あんた、俺が扱いに困っているこの力の事を知っているならば」
「詳しくは知らない、アタシは勘が良いだけだよ……」
「本当かな……?」
その力が発揮しない事に、彼ベオは内心舌を打ちながらも、ドワーフ女技師へと、真剣な面持ちを向ける。
「どちらにしろ、アンタはただの肉の塊ではない」
「アイ・ワークス、目働きPMに適正だと思っただけだよ、アタシは」
異種族、そして若いとは言えないこの女ドワーフ相手だからこそベオにしても言える、肉の塊という挑発にも彼女は何も動じない。気が付いていないだけかもしれないが。
「どっちにしろね、ドワーフ本国の技巧王からの返事」
「パルシーダ、いやあのエルフ王子ディンハイドからの手紙を送ったんだな?」
「それの返事が来るまで、あの太陽のポイント・マテリアルの観察を、アタシらは」
「ウン……」
デーモンキラーPMことリィターン、整備中のその機体の足元には数人のドワーフ技術者達が集い、何やら紙に記録を付けている姿が彼らベオ達から見える。
「確か、ドワーフにしか手に負えないと言っていたな」
「続けないといけないし、その間にアンタら」
ム、シャア……
「よく分からん連中を、タダ飯食わす訳にもいかない」
「一応、俺は社会的身分がある王子様、人間の王族だが?」
「知るか」
そのベオの言葉にも女はただジロリと彼にその視線を巨体、肉塊の上の小肉塊から落としたきり、その手に持つ串に突き刺してある冷めた鳥肉を頬張るのみだ。
「新型のテスト、協力してくれたら、ベオ王子様にピトスの力について」
「まずは、そのピトスとやらを知らんのだって、俺は……」
「そして、ええとあの金色……」
「リィターン、俺が名前を付けた」
「悪くないセンスだ、リィターンとは再来という意味を知っての事だな?」
「違う、適当だ」
ガァ、ハ……!!
彼女の肩から幾筋もたすき掛けにされたベルト、そこにあたかも剣の鞘のようにぶら下がっている焼肉の串を数本、乱雑に取りながら彼女はその口から風圧をハンガー内へと響かせた。
「一本取られたわ、これは……」
「よく五本もまとめて、口へ入るもんだな、ドワーフさん」
「悪い事かよ、人間?」
「別に……」
昔のアルデシアにも、この彼女のような体格をした人間の貴族や大商人はいたが、ベオの目からしてみると彼女は頭へも充分栄養が行っている様子に見える。
「もともと、あんた達ドワーフは大飯喰らいと聴いていたからな」
「この肉串帷子、少し古くなってきたな……」
「弁当箱、にも技巧を使うようだな、ドワーフというのは」
何か、十分そのままでも防具として機能しそうな革のベルト帷子に括りつけられた食べ物の匂いに辟易しながらも。
「少し、様子を思い出した 」
「ああ、そうかい」
その匂いから、ベオはその食べる物、料理を作るのが上手い少年との約束を思い出し、彼女へ軽く頭を下げてから、この場を立ち去ろうとした。
「明日から、エイト・ヘヴンのテスト飛行を行う予定だよ、ベオ王子」
「結局、決定かよ……」
「良き成果が出れば、な」
ギィ……
どうやら彼女もこれから用事がある様子だ、その台車のエンジンに火を入れながら、ドワーフの女技師は大きな声で地下ハンガーから出ていこうとする彼、ベオの背に声を投げ掛ける。
「リィターン、デーモンキラーの運命についても教えてやるよ、少年」
「物知りだな、ドワーフさん……」
「ピトスを持つ物が、アルデシアに気に入られるはずがないからな」
「あのな、さん……!!」
彼女とは行き先、用事のある所が違うベオは、ハンガーの更に地下へと降りていく彼女に聴こえるように、地上へ向かう階段付近から辺りの迷惑も考えず、ドワーフ女へ向けて大声を張った。
「もしかして、わざと俺の知らない言葉、単語を言っていないか!?」
「アルデシアってのは、あんたの国の建国王だよ!!」
「当然知っている、だがデーモンキラー、リィターンとは関係がないだろう!?」
「あるもんだし、アタシは!!」
ボゥ、ウ……!!
その彼女を運ぶ台車が可変をし、多脚型となってさらに地下へと潜っていく姿にベオは「無駄遣い」の言葉の意味を悟りつつに、階段へ脚を掛けたまま。
「昔も、今日もアルデシアの奴と会ったんだよ!!」
「ああ、そうかい!!」
あまり彼女と長い間、たとえ重要な事柄であろうと話を続けていると頭を整理するのに疲れる事になりそうだと思ったベオ王子は。
「どちらにしろ、俺はしばらくこの基地にいるからな!!」
「トラキア、人間の城塞都市に帰る気が無いって事かな、ベオ王子様!?」
「何故か、俺はリィターンの事を深く知らなければいけない気がする!!」
「そうだ、良い考えだよ!!」
基地下層へと下がっていく彼女は、その巨体から声をここまで響かせるのは楽なのかもしれないが、ベオにとっては正直喉が痛い。
「で、なければアルデシアもお前を運び人に選ばない!!」
「解らん話だ、ドワーフ女技師!!」
「数日の内に、解る!!」
ジッ、ツ……
周囲の者たちからの視線も痛く、ベオには感じる。
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