第20話「雛姫(ヒナヒメ)」

  

「太陽の霊動エンジン、だな」


 外装甲が外され、霊力媒体土「クレイ」がその全身からさらけ出されている悪魔殺しのPM、ことリィターン。それの推進機器である霊動コンバーター中核に。


「人間では整備出来ないコンバーターだね、ベオさんとやら」

「太陽の精霊……」


 鉛と思わしき物質で覆われているその球状の装置、ポイント・マテリアルにとっては心臓部である動力発生源にと、ドワーフの技師はそのドングリ眼をじっと向けている。


「聞いた事もないな、俺は」

「ワシも信じられないよ、人間……」

「そうなのか、ドワーフさん?」


 そのコンバーター、そして技師の姿を地下ハンガーの床から見上げているベオの脇を。


「あっちに、沢山アンゼアがあるみたい!!」

「へーえ!?」

「銀色、銀ピカ!!」


 小人族フォブリンの二人組、ヴァイとオリンが走り抜ける。


「おい、坊主たち!!」


 鉄骨で組み立てられた、ベオから見て人間身長の三、四人分の高さがあるPM整備用の移動式台座、ゴンドラから投げ落とされたドワーフ整備士の銅鑼声。


「あぶねぇから、走るんじゃねえ!!」

「ハーイ!!」

「全く……!!」


 トゥ……


「ベオさん……」


 用事がないのか、彼らフォブリンの後をブラブラとついて来た例の料理上手な少年が。


「ベオさーん?」

「おう、何だ?」

「ブレイブ・シード」


 その丸い、クリとした瞳をベオにと向ける。


「ベオさん、ブレイブ・シードはまだ採ってきてない?」

「ああ、そうだった」


 彼から、このオアシス中央にと水を湛えている大きな湖、そこの周辺に生えている植物を採ってくる約束をしていたことをベオは半分忘れており。


「悪い悪い……」


 軽く、申し訳無さそうに少年へと頭を下げた。


「今夜、採ってくるよ」

「今夜、わざわざ夜に?」

「夜に行かないと上手くいかない」

「そうだったんですか……」

「急ぐか?」

「出汁をとるのには時間がかかるかし、そして……」


 そう、僅かに顔をしかめていた少年の顔が一気に険しく変わる。


「あの不潔な女、アイツがそのスープを飲みたいと言ってきたから」

「不潔な、女?」

「リーデイド、あの破廉恥な女です」

「ヘエ……」


 二、三日後にこのドワーフ基地を後にして、人間勢力の最大拠点トラキアへ行くと言っていた密偵リーデイド。彼女がノーマルだと言い張る「異性交際」は、目の前にいるこの年若き少年にとって。


「許せないのなら、年のせいか潔癖性か……」


 パクゥ……


 平たい形をした食べ物を口にくわえながら、呑気な顔をして地下ハンガーへとやって来た男オーク、元野盗のサブリーダーであった彼の姿へその視線を向けながら、ベオは軽く肩を竦ませる。


「どちらか解らんな、俺には」

「なぁんで、ベオの兄ちゃん……」


 ム、シャ……


 小麦か芋か、何かで作られた小型の盾「バックラー」を彷彿とさせるその巨大な品を頬張りながら、オークの青年は顔をニヤリと歪めてみせた。


「俺の顔をみるんでぇ?」

「別に、別に……」

「人が何を、誰としようが勝手だろう?」

「まあ、そうだが」


 だが、そのオークの言葉を聞いた少年がその面から表情を消すと共に。


 ズゥ……


(オヤオヤ)


 何かドロリとした感情、嫉妬のそれが彼ベオの頭へと飛び込んでくる。


「歳若くとも、その手の愛情を持つ男はいるにはいるか……」


 ブスゥとした顔をしながら、歩き食いを続けているオークの後にと付いていく少年、金色の髪を持つ彼の後ろ姿を眺めていたベオの視界には。


「まあ、最も」


 彼の視界には、ドアから出ていくオークと少年の脇で先程からずっと、鋭くドワーフ達の施設を観察しているハイエルフ「パルシーダ」の姿。


「あの女の方も、歪みについては大概であるけどな」


 ベオの視線に気が付いたのか、整備作業を行っているリィターンの近くへ彼女パルシーダが近寄ってくるが、あえて彼ベオはその女エルフの事は無視し、再び。


「太陽……」


 PM、デーモン・キラーの姿を見上げた。


「太陽の、精霊ね……」


 ベオにとって、全く聞き慣れないその種別の精霊の名。


「私は聞いた事があるぞ、人間」

「へえ……」


 静かな足音を響かせながらPMの足元へと寄るパルシーダ、エルフであるその彼女の姿が目に入った途端。


「チッ、エルフか……」


 女ドワーフ技師、近くで新型PMの整備を行っていた女性が、露骨にその顔をしかめている姿がベオの視界にと入る。


「そうか、パルシーダ?」

「以前に、エルフ王がな……」


 ククッ……


「あれ、パルシーダ?」


 ドワーフ達の不躾な視線なぞは全く気にせず、パルシーダはその唇へ緩やかな笑みを浮かべてみせた。


「珍しいなぁ……」


 コトゥ……


 飲み物を運んできてくれたドワーフの少年へ軽く頭を下げ、ベオ達はその水の入ったコップへ軽く口を付けた。


「ムウ……」

「あの湖は塩湖なのかもしれないな、人間」

「南の地中海に近い、俺達人間のトラキア要塞での飲料水もこんなもんらしいが」

「どう、飲み水として利用しているかは私も解らないが」


 あまりその水は喉さわりが良いとは言えない。錆と塩の味が微かにベオの舌へと残る。


「まあ、仕方がない」


 それでも、パルシーダはあまりその水の塩臭さを気にせずに飲み干し、空の陶器のコップを近くの台へと置いた。


「それで、珍しいとは」

「ん?」

「何だ、人間?」


 塩気のある水に触発されたか、トラキアの城塞の事が脳裏へとよぎっていたベオは、女エルフの言葉に慌てて。


「いや、大した事じゃない……」


 その拠点へ逃げ込んでいると思われる「傭兵団」の連中、特に昔からの馴染みである娘、女近従のその顔を自身の頭を軽く振って、払う。


「その、な」

「太陽の霊の事か、人間?」

「いや、お前のその」


 シュア……


 飲み水は別として、地下へと作られたハンガーデッキ、そのPM格納空間は地上の砂漠の熱気からは隔離されたかのように涼しい。ドワーフ以外の種族にとって、それはとても有り難い事だ。


「忍んだ含みの笑いとは言え、邪気の無い笑顔がな」

「人間風情が、エルフの」

「だから、そう眉間に皺を……」


 暗く、陰鬱な顔というものが好きではないベオ王子、ゆえにあのリーデイドのような乱女が苦手ではなく。


「作るなよ、パルシーダ」

「評価をするとは、千年は早い」

「俺の弟のような生き方をするのは、アイツだけで良いって事」

「お前の家族なぞ、私にはどうでもよいが?」

「もちろ、勿論……」


 ドゥ……


「気の強い、強そうな」


 リィターンのエンジン点検を行っていたドワーフ技師、彼がドスンとゴンドラから異様な身軽さで飛び降りながら、ベオとパルシーダへ向けて穏やかに微笑みかける。


「エルフさん、みたいですなあ」

「フン、ドワーフが……」


 その、あからさまな侮蔑の表情を浮かべるパルシーダを前にしても、そのドワーフ技師はにこやかな笑みを変えない。


 コッ……


「まあ、しかし人間にドワーフ達よ」


 別にパルシーダ、彼女にしても今自分達がいるのがどこで、どのような意味を持つのかは十分に理解している。魔法戦士であり、PMパイロットでもあり、本職が医師であるという多才優秀な女であらば。


「さすがにPMの権威である、ドワーフ達の基地」

「フフン……」


 土地違い郷違いという状態、それには自らの明晰過ぎる頭脳を持って事に当たるのが至極であるべきだと、ベオの脳裏へ彼女はその思考を飛び込ませてくれる。


「良いタイミングで、俺の神通力が動き出してくれた……」


 無論、その霊力魔術の類いには全く依らないベオの特殊異能、彼はほぼ誰にもその「力」の事は話さない。当然このハイエルフの女にも。


「そうだな、パルシーダ」

「この施設、ドワーフ共のポイント・マテリアル施設には色々な見慣れぬ器具機械、そして機体PMがある」

「確かに」


 自分の読心術の事などはおくびにも出さず、パルシーダへ相槌を打つベオが見渡すドワーフ基地「ダマスカス」の地下には。


「第一世代アンゼア、懐かしいな……」


 人間勢力が主力機「アンゼア」の初期タイプの姿もあれば、もはや多脚型どころか。


「何だよ、このデカいカブトムシは……」


 リィターン、デーモン・キラーPMの点検をしてもらっている時でも、その異形の姿をした機体の事は気になっていたのだ。


 ウ、ウォオ……!!


「な、何だ!?」

「お目覚めですなあ、人間さん」

「何がだよ、アンタ……」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべているドワーフ技師にチラリとその目を向けた後、彼ベオが視線を揺らす先の空間へと鎮座している、巨大な正体不明のドワーフ製PM。


 ボゥア……!!


 何か、猛り声のような物を上げているその巨大PM、標準的な機体の二倍にして人の背丈の五倍近くに見合った長横幅を持つ巨体躯、ハンガーの天井スレスレにまで届いている「カブトムシ」の頭、巨大な角が生えている真下に位置する顔の辺りが。


 ボゥ、ウァウ……


 雄叫びを上げつつに、ゆらりと動く。


「あぁ、PMの部品だと思っていたよ、俺は……」

「私もだ、人間」

「良い肉だったのか」


 肉塊、そうドワーフといえども余りにも大きく、謎のPM先頭から這い出た巨大な女が持つその体躯は。


「よく、寝たわぁ……」


 まさに、肉塊であった。




――――――







「オウノレェ!!」


 ボゥン……!!


 しかしその威勢の良い言葉とは裏腹にアンズワース、ベアリーチェ機は敵機であるオーク女騎士が駆る機体から自らを離し、頭上へ拡がる黒雲へとその頭部、そして著しく破損をした自機を昇り込ませる。


「逃げるか、小娘!!」


 さすがに歴戦の戦士としてのアーティナの勘ではそのベアリーチェの動きを誘い、タクティクスの一環だとは考えない。それにしては余りに予測外の損傷を受けた時の適応が早すぎるとは思うが。


「危険な賭け、しかしに今ここで落としておかねば!!」


 確実に、今のオークたちが持つPMとは一線を画している黒い敵機体。偶然で手にいれた優勢状態であるが、次にあのエルフ製PMと相対したときに勝てる自信はさすがにアーティナにはない。


 ズゥア……!!


 彼女が飛び込んだ厚い雲の中、視界が効かない空の暗闇はオーク族が持つ暗視の能力は通用しない。


「レーダーが利かない、不意打ちが怖いな……」


 もちろんに洞窟内部等の闇とは性質が違う、多分に物質的な物がある雨雲のそれであるからだ。


 シャ、フォウ!!


「またしても雹のつぶて、しかし!!」


 明らかに小粒な、その氷の弾丸は。


「リブホーカ、裏撫鮑花りぶほうかの纒でかわす必要も無い!!」


 オルカスの表面装甲、劣化オリハルコンと魔獣の外皮等を組み合わせた複合防御装甲で弾きかえされる、のは良いのだが。


 ブォン……!!


「チクショウ!!」

「奴の大鎌、やはりそれの奇襲が怖いなあ!!」


 とはいえ、そのややに上方から放たれたアンズワースの一撃がこの視界不良の中でも軌道が丸見え、回避が容易であるということは。


「ヨタってやがる、このままいけばこのエルフ小娘は!!」


 キャアァ!!


 奇声と共に再度斜め下から切り上げられる敵機の大鎌、その斬撃を回避するがてらにアーティナは自機を急上昇させる。


 ボウゥ!!


「笑顔が眩しいでは、ないか太陽!!」


 カァ……


 厚い雲を切り裂き、高空へと飛び出したアーティナ機オルカスの目前に青い大空が拡がり、陽の光が強く彼女の目を打つ。


「しかしに、お日様をイライラと睨み付けている暇はない!!」


 ズゥ……!!


 続いて浮上をしてきたアンズワースからの誘導霊力弾、雲間からの二対の紅き光弾がアーティナの機体脇スレスレをかすめ。


「ちょこまかと、動くなオーク!!」

「その、自分の思い通りに敵が動いてくれるという思い込み!!」


 ザァ!!


 黒い厚雲の間から放たれた霊力弾に続き、オルカスの斜め下方から凍える冷気と共に放たれる大鎌、零刃昏邪映れいじしんやえいの一撃。


「素人が抱く気持ちだよ、エルフ!!」

「動くなと言っている、このハイ・エルフであるアタシがぁ!!」

「ハイになった上位エルフである今のお前の言葉など、他のエルフ共も聞かんだろうに!!」


 ドゥ、ン!!


 雲の内間から強く、銃撃弾のごときにその体躯をベアリーチェは自機「アンズワース」に射ち放たせ。


「しかしに、お前は勢いだけはあるようだ!!」

「上からの視線で言うなよ、オーク女が!!」


 そのまま勢いに任せてオーク騎士アーティナの機体へ自機を追突させようと、エルフ王女は霊動コンバーターから燐光を乱噴射させる。


「あと一歩が、何故オークPMにかわされる!?」

「くそ、機体安定器が!!」


 自分のオルカス、機体性能的にこの目前の敵機に比べて明らかに劣っていると思われるオーク主力PM「オルカス」の機体限界が近づいてきた事にアーティナは焦りを感じながらも、何とか推力を保とうと自機へと。


「ナフサも、大切にしなくてはならないのにな!!」


 最後の追加燃料を注ぎ込む。


 ズゥン……!!


 アンズワースの躯から振り散る「血飛沫」と共に鋭さ、斬撃の圧力が目に見えて減少している大鎌の刃がアーティナ機の真横を掠め、空を切り。


「こんな程度の、微動回避でオルカスの!!」

「かわすな、素直に当たれィ!!」

「コンソールへ警告表示が浮かぶ状態、私はオークの猛り血へ身を任せすぎていたか!?」

「アンズワースの出力が、下がる……!!」


 コクピット内で呻くオーク女騎士の目前で、その身を翻す漆黒の機体から。


 ポゥ、トゥ……


 流れ滴る「血」が、太陽の光を浴びて、鈍く光る。


「クゥ、オークめ……!!」


 そのオーク族の神器により反射された自分の氷結攻撃、必殺の念を込めたことが仇となったその自滅によりアンズワースの各部損傷状態、それは彼女ベアリーチェが想像していたよりも酷い。


「機体の再生能力、それが働かない……!!」

「まるで、な」

「なんで、アタシがこんな……!!」

「死霊術で呼び出した生ける屍だよ、悪魔のようなPMよ……」


 装甲板、ミスリル鋼と生物の外甲殻の折衷と思しき外装甲はあちこちが剥がれ落ち、赤い循環液にまみれた内部機構である「クレイ」を、PMの基本構成物質をさらけ出しているアンズワースの凄惨な姿。


「しかし、感傷とは私も甘い……」

「痛い、イタイィ……」


 天から強く注ぐ陽光はその魍魎怪奇じみた悪鬼の姿、それを残酷にも全てに露わとさせている。


「治癒魔法に集中が出来ない、機体のエネルギーが流れ落ちる……」


 コクピット内で呻くベアリーチェの声が、眼下の雲層と正反対に透き通った蒼天、強く風が吹き荒ぶ。


 ウォウ……


 その澄んだ高空の空気のせいか、漆黒の機体内部から通信霊波が無差別に宙へと漏れ、アーティナのコクピットへも波動として流れ込む。


「助けろよ、アンズにエリスゥ……!!」

「そう、ここで憐れと思ってしまうのが」


 その威圧的な外見に似合わず、大型機アンズワースという機体は構造がデリケート、防御面に問題があるPMなのかもしれない。


 ゴブゥ……


 その赤い血、循環用の液体が一際大きくその脚部から溢れ、流れ落ちたと同時に、アンズワース背部の双発コンバーターから煙が立ち上ぼり、奇怪に揺れ動く。


「私の、オークス・ハイとしての自覚が足りない所であるが」

「クソォオ!!」

「残念であったな娘、そう……」


 横凪ぎに払われたアンズワースの大鎌からの冷気、それを裏撫鮑花りぶほうかの衣で弾いたアーティナが。


「エルフの娘よ!!」


 グゥ……


 止めの一撃を見舞う為に、予備武器である手斧を強く握り締めた。


 ガゥ!!


「何だ、オルカス!?」


 が、その時アーティナ機オルカスの出力が急激に低下を始め、彼女はその顔を強く歪ませる。


「機体の駆動系が焼き付いたかよ!?」

「満身創痍だったのは……」


 PM「オルカス」へ掛かった負荷が限界に達したと思われる、前のめりにその身を崩させるアーティナ機へ向けて、エルフ王女ベアリーチェは自機のコクピット、血生臭い靄が立ち込めるその異質な空間の中で。


「アタシだけではねえ……」

「まずいな、落ちる……!!」

「なかったようだね、オネエチャン!!」


 ピチィア……


 可憐なその唇から流れ出た血を舌で拭いながら、ハイ・エルフの王女はその自らの左手を。


「ハァア……!!」


 所々に白く、優美なレースによって縁取りされた特注のパイロット・スーツ、それに覆われた自身の股間部へその手を軽く擦らせながら。


「逃げる前にオーク女、アンタだけはぁ!!」

「またあ、私アーティナは!!」

「しちゃ、あめる!!」


 ガォン!!


 再び強く振るわれるベアリーチェの大鎌という、危機二度目にオーク騎士アーティナは強く悪態をつきながらも、どうにか機能停止寸前である自機を僅かに後退させる事が出来た。


「下からアップに!!」

「パラシュートでバクチ勝率を考える羽目になるとは、運がない!!」

「御股から切り上げてやる!!」


 ザァアン!!


「さすがにそのマント、どこぞのピトスを秘めた良い飾りであるそれもね、オーク!!」


 とっさにアーティナが跳ね上げた裏撫鮑花、オークが守護神ガルミーシュの神器が零刃昏邪映れいじしんやえいの斬撃により二つに分かれ、ヒラリと天の太陽光、それの烈射を辺りの宙へと舞わす中。


 ハァ、フゥウ!!


 空へ向けてと、血塗れの悪鬼の哄笑がその大気を揺らす。


「無敵ではないねぇ!!」

「で、あろうな、エルフ!!」


 ジャ、シィ!!


 大鎌による追撃、その斬撃を眼下の雲へと沈み行くオルカスがその手に持つ手斧で間一髪に防いだ。


「エルフ小娘、お前も逃げた方がいいのでは!?」

「あんたの、首を跳ねてからね!!」

「大局的に、お前は劣勢であるよ!!」


 二機、ベアリーチェ機「アンズワース」とアーティナ機「オルカス・タイプ」のやや離れた雲の割れ目から。


 ズゥウ……!!


 青い羽毛を持つ怪鳥アンズーが飛び出してくる姿に二人は気がつきながらも、今は互いに目先の相手からその視線を外す事はしない。


「ほら、鳥だ!!」

「あのバカチキンが!!」

「お仲間のトリ公もヒヨている様子だろうに!!」

「チック、シャア!!」


 その、彼女ベアリーチェが放つ甲高き怒声とは逆の質を持つ、漆黒のPMが自らのコクピット内へと響かせる。


 オゥ、オォン……


 呪詛のそれに酷似した機体警告音。悪霊の唸り声によりパイロットであるエルフ王女の心が。


「どいつも、こいつも!!」


 さらに激しく揺さぶられ、彼女は自らの細身を包む黒地のパイロットスーツ、ドレスを彷彿とさせるその美麗な着衣の裾を。


 ビィ……!!


 ちょうど下腹部の辺りのフリル・レースを、乱雑にその手で引き裂く。


「役立たず共が!!」

「タスケテくれ、ベアリーチェ!!」

「知るかぁ、アンズ!!」


 冷気魔法により怪鳥はオルカス・タイプから解き放たれた溶岩の霊は消滅させることは出来たが、焼き付くされた羽毛の下地肌への火傷、それは。


「ブリティティ達め、上手くやってくれたようだな……」

「エリスの犬女もこないし、故にどいつもこいつもォ!!」


 ベアリーチェ機の破損と同質程度の無惨さである魔怪鳥アンズーのその姿に、オーク女騎士は軽く眉をひそめる。


「なんだって、ハイ・エルフであるこのアタシが!!」


 憎しみ、それに満ちた呪詛をその薄紅色をした唇から放ちながら。


「アタシ達が、こんな連中に……!!」


 シュウ……


 自らの股間、そして薄い乳房の辺りをせわしなくドレス、布製のパイロットスーツの上から手をあてがうベアリーチェ。


 ドゥウ!!


「ベアリーチェ、ここにいたか!!」

「エリスゥ、貴様ぁ!!」


 どうにか自身の霊力を機体オルカスへと注ぎ込み、浮揚を維持しているアーティナ機の背後へ、厚雲を貫き一匹の悪魔がその場で一回転をする。


「何をしていた、犬女が!!」

「無理だよ、無理ぃ……!!」

「何が無理だ、傷も無しのくせに!!」

「魔王の娘には勝てるものではないぃ、後退するしかないぃ!!」


 悪魔エリスはベアリーチェの罵倒を、はたして聞いているのかいないのかは解らないが。


 バフゥ!!


 そのエルフ王女の言葉にも構わず、背の白い翼をはためかせ煌めく太陽とは正対する方向、北へ向かってその身を疾風のごときに吹かせた。


「では、ワタクシも!!」

「おい、チキン!?」

「オー、タッシャで!!」


 続き、戦域から撤退していく怪鳥アンズーの姿を見やるベアリーチェは、心頭怒りの余りに脳天へ針が刺さったような頭痛すら感じ始めている。


「お前達、その態度を覚えておけェ!!」

「慌ただしいですな、全く……」


 ヌゥ……


 その声と共に、背中へとパラシュートを装着した騎士アーティナが乗る機体を押し上げる、一つのオーク勢PM。


「実に、慌ただしいですなぁ」

「今まで何をしていたのだ、女狐ドノ……」

「それなりに奮迅して、我はおりまし」


 ブゥオフ……!!


「ちっ、エルフ小娘が」


 アンズワースのその大鎌が青し大気を切り裂く音に。


「まだやるか、エルフよ……」

「はて、あの大鎌……?」

「ボヤとするな、祭司ドノ」


 オーク祭司クロトはコクピット内でその首を微かに傾げ、実とその濃紫の色をした武器、PM用の戦大鎌へと視線を向けた。


「難儀な相手と戦っておられたようで、アーティナ殿……」

「そうだとも、祭司ドノ」


 フゥオ……


 クロト祭司のPMドゥム・キャットとそれに支えられたアーティナ機が同時に自機の姿勢制御を行い。


「ゆえに、今考える事は引き際のタイミングだよ」

「ですな」


 その手の平を、ベアリーチェの機体へと向ける。


「チクショウ、オーク共……!!」

「くるか、ハイエルフの娘とやら……」


 ビゥオ……!!


 大鎌「零刃昏邪映れいじしんやえい」の刃が冷気を放ちながら奇怪な音を立てて。


 ウォウ……


 悔し涙を流すベアリーチェの呻き声と共に、ゆらりと大鎌の刃が空を切る。


「瞬間移動、か……」

「あの大鎌のピトスを借りた術」


 大型PM「アンズワース」が音もなくその躯を後退させるのを見たクロト祭司、彼女の視線は零刃昏邪映れいじしんやえいへと向けられたままだ。


「転移術、ですな」

「芸達者なエルフだ……」

「ほんに……」


 ヴォン、ヴォ……


 漆黒のエルフ機が瞬間的に宙、短距離を連続的に「跳ね」ている姿を騎士アーティナは警戒を緩めず見つめながらも。


「よく、ここまで戦えた事で、アーティナ殿」

「何ゆえ、アナタは目線が上となっているのだ、祭司ドノ?」

「機体性能の差という話ではないのです、あのPMと大鎌は」

「フン、完全なる素人が講釈をを……」


 浮上してきたブリティティ、信頼する副官を筆頭とした援軍の姿を見て。


 ムゥ……


「ポケットのクッキーが砕けておる、腹が減った……」


 オーク女騎士は、ようやく自分の疲れが自覚できるほどに戦の心張りを弛める事が出来た。



――――――





「ウゥ……」


 瘴気に満ちたコクピット内、上方から血の色をした霊気潤滑液が滴り落ちる怪異の世界の中。


「ハァ……!!」


 空いた手で自慰行為を行いながら、ベアリーチェは零刃昏邪映れいじしんやえいのピトス、特殊機能である「歪み」を駆使し、飛行能力が失われつつある自機を必死に帰還させようと、大鎌を振るい続ける。


「オーク共め……!!」


 機体破損がそのまま出力へと直結する魔機アンズワース、正直に言えばこのままデーモン達の拠点まで帰投出来るかどうかは、彼女ベアリーチェにもわからない。


「やはり、ここまでコケにされては」


 ガゥ……


 アンズワースの推進力が大きく低下する。その体勢が崩れた自機を立て直すべくに慌てて彼女は大鎌、零刃昏邪映れいじしんやえいを振り回し、空気を「歪ませ」て人工的に気流を造り出す。


「あの悪魔ヴィーナスのそそのかしてくれた言葉」


 ブォウン……


 太陽の光の下、断続的に振るわれる大鎌の空間歪曲能力を駆使してヨロヨロと宙を漂うベアリーチェ機のコクピット内へ、味方機の確認を知らせるサインが灯る。


「この役立たず共……」


 後方にエルフ特務PM隊「黒不死鳥隊」の生き残りが追従してくる姿にベアリーチェはチラリとその視線を向けながら、軽く彼女はコクピット内で舌を打つ。


「そう、この役立たず共をかき集めて」

「姫様」

「自分の意のままに出来る国を立ち上げるという、あの発想」

「姫様、ベアリーチェ様」


 グゥ……


 黒と塗装されたPMの内、肩へ曲刀の鞘を装備させているスプリート、それの改良タイプが彼女ベアリーチェがPMアンズワースの。


「申し訳御座いませぬ」

「触るな」


 それの、肩を支えてくれる。


「触るな、不要だ」

「私の務めでございます、ベアリーチェ様」

「あたしの言っている事、聞こえなかったのか?」


 ジィ……


 酷い破損状態だというのに、ベアリーチェはあえて機体へ負荷をかける行動、アンズワースの頭部から光条「アイ・レイ」を威嚇させるかのように、そのエルフ青年が乗るスプリートへと投げつけた。


「御体に障りますゆえ」

「……」

「無礼を、お許しあれ」


 その光線が肩へ掠めた事も気にせずにベアリーチェ機の腕脇、零刃昏邪映れいじしんやえいを持たぬ方の肩を自らへと覆い被させるエルフ青年の淡々とした行い。


「無能者め、レコーダ……」


 それにこのハイ・エルフ王女は、喉の辺りまで込み上げた罵倒の声をその唇からは吐き出さない。


 ブゥフ……


 彼女ベアリーチェのPMへ追従飛行を続ける、黒色の機体群で統一された精鋭隊メンバーの内。


「変な奴だよ、あいつは」


 女性エルフのパイロットが、黒刀を携えているその青年の行いに対し、僅かに嘲りの入ったような声を。


 ククゥ……


 小さく、上げる。


「あいつ、レコーダは男メイドだ」

「言ってくれるな」

「だけどですな、隊長」


 その献身を行うPM、彼が所属するエルフ特務部隊「黒不死鳥隊」の隊長機から響く声にも、その女の陰口は止まらない。


「どちらにしろベアリーチェ様、あの方にはエルフの誇りがありません」

「控えろ」

「あの方が殺そうとしたのは、自身の兄上様ですよ?」


 さすがに女エルフ、彼女が漏らすその不敬の言葉はベアリーチェに聴こえない位には、小さく囁き声である。


「確かに、ディンハイド様のやったことは軍規違反ですが」

「もう一度だけ言うぞ」


 エルフにしては野太い、オークのそれと錯覚をしそうな部隊長の男が放つ、腹の底へと響く低音。


「控えろ」

「了解、了解……」


 隊長機の男は静かにそう言い放ち、アンズワースを支えている男を嗤った女パイロット、彼女を強くたしなめた。

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