第18話「魔怪鳥アンズーとウルフー・デーモン」

  

「汝!!」


 生意気にもわさわざオーク語、人間達の間で使われる言語と極めて近い言葉を放つ、青ざめた羽毛を全身にと持つ鳥型の魔獣。


「来るぞ、皆!!」


 それへ対し警告の声を上げたオーク略奪隊副官が率いる、ワイバーンを中心とした飛行隊メンバー。彼らから霊力銃と弩により射撃が怪鳥アンズーへと向かい、放たれ続ける。


「マジック・ミサイルの呪による攻撃を禁ずる!!」

「そうなるか、怪鳥アンズーよ!!」


 この霊力銃が原理的には純エネルギー放出系攻撃術の総称である「霊力弾(マジック・ミサイル)」


 カッツォ……


 その攻撃術の魔力を込めた杖であるルーン・スタッフ、それのマスケット・ライフル版であるとすれば、即座にその手に持つ銃身を下げ。


「初観殺し、そうそれがこの魔獣の特性……」


 自らの得物による射撃を中止した老オーク「ブリティティ」のその判断力は、その老人という歳へ合一せずに未だに健在という証明であろう。


 ドゥ、トゥ!!


「全部隊、反射に注意!!」


 それでも、この魔獣「アンズー」の特性を理解しきれていない者が放ち続ける、青い光を放つ弾丸の斉射をその視線の脇で確かめた副官の老オークは。


 ブ、フォウ……!!


 角笛を短い感覚で鳴らし、警告を揮下のオーク達へ促す。


 チェー、チュア……!!


 霊力弾に負けないほどに蒼く輝く羽毛を持った魔獣、その羽根に触れた霊力弾マスケット、魔法銃から放たれた弾丸が付近の宙域へ乱反射をする。


「いいぞ、控えた奴がよく多い!!」

「ブリティティじじ様!!」

「何だ!?」

「下方のエルフ達と戦っているPM隊達が、戦闘空域をこっちへ近付けている!!」

「放っておけ!!」


 ズフォ!!


 怪鳥により反射された霊力弾によって騎乗飛竜、ワイバーンのその躯を覆っている、部分的にPMの装甲へも利用されるほどに硬い鱗を撃ち抜かれているワイバーン・ライダーもいるが。


「くそぉ!!」


 下手にかわそうとはせずに炎のブレスにより相殺を試みているオーク戦士達。


「今のワシらには、このデカ鳥を無視することは出来ない!!」

「了解!!」

「皆、奮戦しておるがな!!」


 咄嗟の機転を利かしている者も多い事に、ブリティティは周囲へ警戒を払いながらも。


「ワシらオークの未来は明るいかもな!!」


 腰のピストルを左の手平へ収めながら、その若手オーク達へ向けて感嘆の声を本心から上げる。


 ボゥ!!


 老オークが最下級の魔法、点火術「ティンダー」を使いながら抜き撃ち、速射をした火縄ピストルは見事に魔獣が持つ青い翼の付け根に当たり。


 カゥア……!!


 その怪鳥アンズーは苦痛と怒りが混じった猛りの声を上げた。


「逃がすな、追え!!」


 怪鳥が体勢を整える為に。


 バゥウ!!


 上昇をするその後を、部下へ向けて檄の声を飛ばしながら老オークは真っ先にその追撃の先陣を切る。


「まだ若いアンズー、言霊を放たぬと自分の身を守れぬと見えた!!」


 はるか昔、まだ彼ブリティティが青年であったその頃、今のオーク大君主や他の仲間と共に討伐した怪鳥アンズーの強大な力は今の。


「討ち取るのは容易い!!」


 目前にいるこの個体の比ではなかった。オーク族の精鋭が束になって、よくようやく討ち取れた怪物であったのだ。


「全員、ワシの攻撃とは別の方法であやつにかかれよ!!」


 それを思えばこのアンズーは、長期戦こそ避けられず根気自体はいる、しかし頭へ血が昇らない限りは、冷静さを保てば勝てる相手である。


「どういう意味だよ、ジジ様!?」

「黙って見て、覚えろ!!」


 隣のオークが乗るオルカス、ワイバーン隊へ紛れ込んでいた若いPM兵の疑問へ直接には答えず。


「読心や音伝え、聞き耳の魔法を使う事もアンズーと言う連中には考えられるのだ、迂闊には言えぬ……」


 大昔に討伐した、並みのドラゴン以上の強さを誇ったアンズー種。彼が自らに持っていた名をその脳裏へと思い浮かべつつ、ブリティティは自身が乗る、他のそれとは一回りは体躯が違う大型の飛竜へと拍車をかけた。


「ドゥッチィ!!」


 ズフォ!!


 今となっては個体数が少なくなっている、最強の魔獣であるドラゴンの血がその身へ混じったワイバーンの上位にあたるロード種。ブリティティが駆るその飛竜の王族が放つ炎、口からの灼熱の吐息が青い怪鳥へ向かってほとばしる。


「汝、炎により攻撃を禁ずる!!」


 シュ……!!


 その炎のブレスに紛れ込むかのようにして放たれたブリティティの魔法銃、あえて威力を低く抑えたその弾丸が。


 グゥ……


 老オークからの炎の大波を空域へと返し、撒き散らしている怪鳥アンズーのその紅く輝く左目へ着弾をした事を、ブリティティはしかとその目で見据えた。


「各オーク、かかれ!!」

「オウ!!」


 ブリティティの号令と共に、ワイバーンの背から魔法銃と弩の矢、そし少数のPMからもそれらと性質が等しい攻撃が放たれたのを尻目に。


「狙いは、奴の瞼が切れた左目の方向から……」


 ブリティティは近くへ滞空をしている者達へハンドサインを送る。


「汝、魔法弾による攻撃を!!」

「今だ!!」


 ドゥ!!


 ワイバーンロード、老オークがその背に跨がるややに黒ずんだ鱗を持つ飛竜を先頭にし、彼の周囲へと展開していたワイバーン隊とPM達がブリティティの手信号に従い、一斉にアンズーヘと突撃をかけた。


「禁ずる!!」

「遅い、アンズー!!」


 フォフ……!!


 さすがに他のオーク達もこの怪鳥が持つ能力に気が付き、魔獣アンズーの宣言と共に霊力ライフルによる射撃を停止する。


「エンジン被弾、溶岩の霊が暴れだした!!」


 が、それでも何発かの反射弾、霊力の弾丸が周囲へと飛び散り、運が悪くその跳弾がコンバーターへと集中をしたオルカス、ブリティティの隣で手斧を構えていたPMの背から火焔が吹き出た。


「飛び降りろ!!」

「すまねぇな、ジジ様!!」


 ポイント・マテリアルの根幹である霊、精霊を封じた結晶体の破損したとあっては機体維持は不可能だ。そのオークのパイロットは勢いよくコクピット・ドアを拳で粉砕し、火急にその背に付けたと思しきパラシュートへその手をあてがいながら、地上へと飛び降りる。


「遅い上にな、怪鳥……」


 老オークの乗竜の脇をすり抜ける二匹のワイバーン、口内に鋭い牙を秘めたその飛竜達が、視界の狭まったアンズーが巨体を纏う青い羽毛の中へとその竜形の頭部を差し入れ、潜り抜け。


 ガァルァ……!!


 青き魔獣の皮膚へ鋭く牙を突き立て、そのまま磨り潰す。


 クゥアァア……!!


「おうっと!?」


 怒り、そして苦痛の叫び声を放ちながらその頭部を振り、戦鎚のごときに鋭いくちばしをブリティティ達へ突き立てようとした怪鳥から。


「危ないこった!!」

「オノレェ……」


 一旦オーク達は距離を置き、猛り狂うアンズーの周囲を身軽く舞うように飛ぶ。


「甘いものよな、未熟で若いアンズー!!」

「オノレェ!!」

「魔獣の声では、小僧か小娘かは解らんがね!!」


 アンズーへ嘲りの笑いを投げ付けながらも、老オークは乗竜の手綱を強く引き。


「一種攻撃しか無力化出来ないとならば、どのように始末するか……」


 怪鳥へ止めの一撃を見舞う機会を窺っていた、その時。


 ドゥウ!!


 先程破損をしたオルカス、制御用精霊が暴走し、自壊を始めたオーク製PMのコンバーターから火が噴き出し、制御を失ったその機体が偶然にもアンズーのその巨体へ追突した。


 ガァウア……!!


「火霊か!?」


 その羽毛へ、PMの背から飛び出した「溶岩」の精が飛び付き。


「グゥアァ……!!」


 怪鳥アンズーの身体を燃やし始める。


「イャア……!!」


 魔獣の絶叫が、雨の粒を滴らせ始めた曇天の宙域を強く揺らす。


「災難であったな、アンズー」

「クソォ……!!」


 バゥ、バッ……!!


 数機の敵味方PMがこの付近に、ちょうどこの魔怪鳥の背後へ付くような形で浮上を掛けてくる中。


「氷雪の巨人の、猛き咆哮よ!!」


 その身を焦がす炎に耐えつつも、何やらアンズーは術を唱え始めた。


 フォウァ……!!


「冷気魔法だ!!」


 突如強烈に吹き荒れたブリザードに驚いた声を上げたPM傭兵の人間。どうやら低空のエルフPM隊を引き連れてしまいながら上空避難をしてしまった彼は、慌てて自機を後退させつつ。


「落ちな、オークに与する人間野郎!!」

「しつこいエルフめ!!」


 ガァン!!


 背後から追撃をかけてきた、エルフ製PM「スプリート」がその手へと持つ曲刀による斬撃を、その目で確認せずに自らの剣で払うという神業のごときを、人間傭兵ルクッチィはブリティティ達へ見せてくれる。


 ブゥア……!!


 強烈な冷気の嵐を吹き荒らし、自身の躯へとまとわりついた溶岩の火霊を消滅させようとしながら、怪鳥アンズーはその翼を大きく拡げた。


「追い払えるだけでも良しとしたい、ところであるが!!」


 バァ、バッア……!!


 逃げるように上空へ飛び立つアンズーを追おうとした老オークは下から上昇をかけてくる敵機達に気がつき、牽制の霊力ライフルを出鱈目に打ち放つ。


「オーク共が作ったマジック・アイテムなんぞに!!」

「やはり、効かぬか!!」


 ブリティティが撃つ霊力弾をバリアー、対抗魔法の術で減衰させながら、エルフの機体達からお返しとばかりに同種の霊力弾、魔力エネルギーによる射撃が老オークの乗るワイバーンへと迫って来た。


 キャシア!!


 言語能力を持たないとは言え、獣とは言いがたい程に知性的、他のワイバーンよりも身体知能共に上位の種であるロード・ワイバーンは、ブリティティの指示を待たずにその竜頭の顎を開き、一つ天へ向けて叫び声を上げてから。


 ブォフフゥ!!


「部隊状況観測員、生きているか!?」


 滝のような火炎の波、口からのブレスでそのエルフ機からの霊力弾を迎撃する乗竜。ブリティティはそれの手綱から手を離し、慌ただしく腰から取り上げた角笛に自分の口につかせ。


 ボゥオォ……


 それへと息を吹き込みながら、自らのマジック・ミサイル・マスケット銃へと付いた保持用の革紐を肩に投げつけ。


 ピッリィ……


 彼老オークの反対側の手は腰の警告器、発信のみの機能が備わった霊波通信器のスイッチを、その指で強く押す。


「生きてはいるが!!」


 サザァ……


 怒鳴り声を上げながら急降下してくる人間傭兵部隊の女、その極至近での大声に。


「耳がぁ……!!」

「ミミガァではない、オークじいさん!!」

「今日の朝飯が記憶から吹き飛んだァ……!!」


 高機動タイプのエルフ機に追われ、必死に逃げ回るその女のアンゼア・タイプがブリティティの脇をちょうどすり抜けた。


「全ての奴がこの、あたしの様なありさまだよ!!」

「エルフ達の数がここまで多いか!!」

「手強くもあるんだ、精鋭だ!!」

「そうかよ!!」


 ズゥオ!!


 苦戦をしているそのPMアンゼアを追うエルフ部隊へ向けて、ブリティティは肩掛けのままに霊力弾ライフルを放ちながら、彼は自らの飛竜を大きく羽ばたかせる。


「支援する!!」

「もう遅い、老骨オーク!!」


 ブォグゥ……!!


 またしても横どなり、血と機械油にまみれながらワイバーンとエルフ機が互いにもつれ合うように地面へ落下していく姿を尻目に、老オークは自分の乗竜を空中退避させながら霊力ライフル、それの最後の残り残弾を。


「黒色のマシンを駆るエルフ達、どこかで聞いた事があるぞ!!」

「イィジェクト、イージェクト!!」


 ドゥウ!!


「すまんこったぁ人間、南無南無ゥウ!!」

「あたしは、ファンサーワは死なないよぉ!!」


 ついに撃墜された先程のアンゼアへ一つ即席合掌した後、老オークは完全黒一色に塗装されたPM達、三機編隊を組むスプリートへ向けて出鱈目に撃ち放った。


 シュウゥ……


「なるほど、確かに!!」


 霊力弾放射ライフル、PMの標準装備である射出武器機構にして、そもそもは魔術マジック・ミサイルのそれと同じ原理の銃火器。


「これこそが、あの一発勝負の火縄銃、マッチロックに頼らざるを得ない理由よ……」


 そのライフルから放たれた光の弾丸、それが敵機スプリートがその身へ纏う防御魔術に吸収され。


「山ほどの対抗策があるんだよ!!」

「わかっとるわ、エルフ!!」


 シュウア……


「マジック・ミサイルにはなあオゥーク!!」

「地下牢へドラゴン退治の熱中をしていた時程にはな、エルフ!!」

「いつの老害の話だよ、老いぼれ!?」


 下位術アンティ・マジックにより消滅させられるのを目の端へ捉えながら、ブリティティへお返しとばかりにその黒塗装の機体群が放射されるPM霊力弾。


「古式を知らん若僧エルフめ!!」

「知らなきゃ戦えんものかよ、老いぼれオーク!!」

「技術、スキル重視のお軽い世代が!!」


 その光の矢から飛竜の体躯を捻らせ、回避をさせ続けながら老オークのその口からは悪態が挙げ続けられる。


 ボフッ……


「うわ!?」


 頭上の雲スレスレまでワイバーンを上昇させていたブリティティの、まさにその脳天を別の飛竜の尾が軽く叩いた。


「すまんこった、じい様!!」

「生きとったか、お主!!」


 厚い雨雲を僅かな距離とするまでに乗竜を上昇させたブリティティのすぐそばを、同じワイバーン隊所属の偵察女兵がその手に持つ望遠鏡を振りかざしながら雲間から下降をし、隊長である老オークへ頭を下げる。


「雲を隠れ蓑にしてね、任務を続けてたよ」

「お前のデカシタに対し、頭へぶっかけてやる酒の種類を考える前によ」

「頭数だけなら、あたしら達オークの方が上です」

「そうは見えないが……」


 とブツブツは言えども、元々真面目なこの偵察兵の美女オーク。無駄を嫌い即座にブリティティが求めている答えを返す彼女の判断力の良さは。


「さっきの羽根を燃やしている怪鳥も、泡を食って雲の中へ飛び込んだし」

「アンズーな、ワシらの運が良かった」

「アーティナ隊長も、何かあの黒い機体へ大打撃を与えられ、優勢の様子だった」


 若手の者でありながらも「偵察」という手練熟練、ベテランの腕が何よりもハバを利かす兵種の世界へ飛び込めた理由である。


「気になるのが、あの豆粒なのだが」

「ウム……?」


 先程の黒塗りエルフ達は、どうやら追ってこない様子だ。


「どれ……?」


 ドゥウ……


 別のオーク軍部隊から攻撃を受けているらしき先程のエルフ部隊。漆黒のPM達を機敏に動かしている彼らの姿をブリティティはチラリと目の端へ入れながら、偵察兵から望遠鏡を貸してもらう。


「ルクッチィの奴を筆頭として、人間の傭兵は良くやりおるわ……」

「ジジ様、そっちじゃない」

「解っとるわ」


 青色のオルカスを駆るルクッチィ青年を中心とした飛行部隊の奮迅、少なくとも彼らがエルフ達に押されてばかりではない様子に一安心したブリティティは、偵察兵が指差す地表へと望遠鏡の筒を向け直す。


「人間の祭司殿、クロト殿だが……」

「あの女狐が乗るPMの相手、どうやら悪魔のようだ」

「悪魔、デーモンか……」

「本当、かもしれませんね」

「うむ」


 悪魔とエルフ達が手を結んだ、その噂はオーク領「ガーリアの大地」へも流れ込んできている。当然ブリティティ老人の耳へも入り、気にもしている。


「悪魔二体とやりあうとは、なかなかクロト殿も……」

「二匹ですと、ブリティティ隊長?」

「違うか?」


 その偵察女兵の疑問の声に老オークは一旦望遠鏡から目を離し、その緑色をした太い腕で両の目を僅かに擦ってみせてから、再び。


「あれ、いない……?」


 再度、望遠鏡を覗き込んだブリティティの視線の先には、人間の女を巨大化させたかのようなシルエットを持つ一匹のデーモン、そして一機の新鋭型オークPMの姿のみ。


「老眼かな、ワシも?」




――――――







「その姿、お前は!!」


 ガァン!!


 クロト祭司、人間でありながらオーク達の主神「ガルミーシュ」の代弁者を務める事が出来ている彼女のPMが正対する相手、異形のその魔物からの大槍がオークの新鋭機、低空飛行を行っているそれの脚部を軽くかすめる。


「悪魔、デーモンであるか!?」

「だとしたら、さ!!」


 ちょうどクロトの乗る機体、それと同程度の大きさの「女」が晒す裸身。そのデーモンの局部には薄布のような物が巻かれてこそいるが、それでも彼女の白い身体、微かに淡い灰色をした獣毛で各部が覆われている巨大な体躯から発散される色香は隠しきれない。


 ギィ、ア……


 その悪魔の白い翼、白鳥が持つそれを巨大化させたかのような翼が振れ揺れたと同時に、デーモンはその脚で焼け焦げた見張り櫓を蹴り飛ばしながら僅かにその身体を上昇、宙へと押し上げた。


「どうだっていうのさ、人形使い!?」


 ブルゥ!!


 祭司クロトの機体へ向けて再度に振るわれる槍の攻撃、それと共に揺れ動くデーモン、彼女の身体から跳ねる汗や、その対となった乳房、腰部や肉置きが豊かな大腿部、太ももなどはそれのみで、相手が男性であれば戦意を削ぎとれる程の武器となろう。


 ウォフォ……!!


 狼のそれをした頭部、彼女がその手に持つ大槍をしごくと共に吠えたて、甲高い声を上げるその灰色をした人外の顔を見なければであるが。


「ストップだ、待て!!」


 ガァウ……


 旧村落、かつての人間の村であったそこへ築かれた防衛設備の残骸が。


「同族だ、仲間だよ!!」

「ハァン!?」


 超低空を背面飛行するクロト祭司のPMの背によりガタガタと轢き潰され、そのクロスボウ発射台の木片が僅かにオーク新鋭機の関節部へ、隙間へと入り込む。


「バカか、あんたは!?」


 シュア……!!


 矢継ぎ早に眼下のクロト祭司へ向けて繰り出される槍の刺突、それをオーク族主神ガルミーシュの神託者は自機の左腕に括り付けられている盾、車輪のような形状の外見を持つ、妙な形をした小盾と。


 ガキィイ!!


「止まれい、トップ、ストップ!!」

「及び腰、へっぴりが!!」


 肩部の多目的可変制御板で受け流しつつ、クロト祭司は慌てたような声を上げ続ける。


「命ごいなら、せめてそのオっきい人形から降りて言うんだね!!」

「おのれ!!」


 ザァン!!


 クロト祭司の駆るPM「ドゥム・キャット」の手へと持つ殻竿がその悪魔の右肩の辺りを軽く打ちつける。薄く血飛沫がクロト機のフレイルへとまとわりつき。


「センサーフレイルの香と、奴の血が反応を起こしたか!!」


 不思議な色合いをした湯気が殻竿の血糊から吹き上がり、オーク族の人間祭司の視界を遮った。


 ブォ!!


 その薄い煙を切り裂きながら上段から振るわれた悪魔の大槍。それがクロト祭司の機体脇を叩き、地表から砂ぼこりが舞い上がる。


「甘いわ、デーモン!!」

「往生際の悪き者め!!」


 苛立たしげにその顔を歪めたデーモンは、自らの巨体を新鋭機ドゥム・キャットへとのし掛からせるかのように密着させ、そのPMの頭部を自身の狼面、狼の顔が持つその牙で噛み砕こうとしたが。


 ギィ、ン……!!


「キャイアァ!?」

「可愛く鳴いてくれるじゃないか!!」


 ドゥム・キャットの脚が悪魔の股間を強く蹴り上げ、その爪先が体毛だか何だかの間へ強くめり込んだ。


「人間のくせにィ!!」

 

 ガギィ!!


 一つ吠え立てると共に降り下ろされたデーモンの狼面、その牙がクロト機の小盾にカチ当たり、軽く魔力を帯びた光が地面へと落下する。


「機械器具をアタシの隙目へめり込ませるなど、生意気な!!」

「デーモン、お前の名は!?」


 PM戦闘に関しては素人、しかも不利な姿勢の中でその悪魔が持つ槍の突きや払いをセンサーフレイル、打撃用振り香炉の柄で何度も受け流す事が出来るクロト祭司。彼女には騎士アーティナと同じく、ポイント・マテリアルパイロットとしての素質があるのであろう。


 ブォ……!!


「いつまでも無体が出来ると思うな、狼頭の同族!!」

「くそ、人間め!!」


 ドゥム・キャットのフレキシブル・コンバーターの機動により瞬時に悪魔との体勢を入れ換える事に成功したクロト祭司、その女デーモンの背が一つ地面の草地へとバウンドした。


「名を名乗れと言っているんだよ!!」

「エリス、これで満足か!?」

「エリスだと!?」


 ドゥ!!


 クロト機の追撃として振り回される香炉鎚に耐えきれずに悪魔はその翼、地面へ当たる度にその白い羽根を散らす両の翼をはためかせながら、デーモンは背面のままにズリズリと地へ背を擦り付けつつ、超低空を滑空したままに後退をかける。


「人間だかオークだかの風情が!!」

「エリスと言ったか、おい!?」

「だから、何だと!!」


 翼の付け根、その白い背へもキズが見られる悪魔。素人に毛が生えた程度のクロト祭司に押されている事を見るに、おそらく彼女はあまりデーモンの中でも強力な個体ではないのであろう。


 カァン……!!


 少なくとも、素人レベルのパイロットである祭司クロトの得物によって、その手に持つ槍をはたき落とされたという事柄を見るに、接近格闘戦においては。


「オゥン……」

「むっ!!」


 槍がその手から離れた途端、そのデーモンは両手をその豊満な胸の辺りへと引き、親指とその他の指で三角形を形取るように組み始めながら、その唇から低い唸り声のような物を放ち始めた。


 キィ……


「呪殺、即死魔術であるか……!!」


 その魔物の詠唱と共に、無意識に機体を目前のデーモンの身体から引かせたクロト、PMコクピット内にいる人間のオーク祭司の身体、それへ黒い紐のような物が足元から立ち上ぼる。


 リィ、リ……


「手強い術、のようだ……!!」


 PM「ドゥム・キャット」の出力計が大きく乱れ始め、機体のトラブルを知らせる警報の鈴が背後で鳴り響く。そのコクピット内でオーク主神ガルミーシュの祭司は自らの腰の辺りまで這い昇った黒い紐、蛇のようにのたうつそれへ鋭い視線を向けながらも、その唇から解呪の念の言葉を静かに述べた。


「だめだ」


 フォウォ……!!


 狼の形をとった頭部、その口を大きく開き、牙を剥き出しにしながら勝利を確信したかのような咆哮を上げたデーモンの姿、その目前の悪魔の姿と、遠く上空で戦闘を繰り広げているオーク騎士アーティナ達の姿へ。


「この姿のままでは、この呪は解けんな」


 その細い目からの視線を交互に指し向けながら、彼女クロト祭司は軽くそのこうべを振る。


「久しぶりに、ホンキ出すか」

「何を言っている、人間の女?」


 ズゥ……


 悪魔のその姿から淡い青い光、それが周囲の宙へ投げつけられると共に、クロト機とその内部の彼女を締め付ける黒い紐が一層の輝きを増した。


「思わせぶりな事を言えば、アタシが手を抜いてやるとでも思ったか?」

 

 バァン……!!


 突如、PMドゥム・キャットのコクピット・ドア、外部視認用のマジックミラー素材が含まれたそれが押し開けられ。


 フゥ……


 クロト祭司のその身体が、天の厚雲により強く陽の日を遮られた宙へと投げ出された。彼女の頭へと被られた黒いヴェールが、湿り気を含む微かな風になびく。


「投身自殺か、ニンゲン!?」

「その台詞は、な」


 キィ……!!


 辺りへ響く、金属を引っ掻くような甲高い音と共に、宙へ昆虫のような頭部を持つ魔物が出現した。


「この同族、私の昔ながらの姿を見てから言うんだな!!」

「アンタ、まさか!?」

「聞き分けのない小娘が!!」


 パァン!!


 その姿を膨張させ、瞬時に女悪魔からの魔力の戒めを千切れさせたクロト祭司、異形の姿へと変貌したオーク人間祭司は、その両の複眼から光を発し。


「確かタシカ、ヴィーナス様の!!」


 複目眼からの光を浴びた女デーモンは自分の生体出力が低下していく事に動揺をしながら。


「魔王ヴィーナスの娘達!!」


 自らの躯を浮揚させつつも、まさにその自身が持つ狼形の面に相応しく狼の狽、恐慌を起こしてその貌を激しく、何度も振る。


「私の母にな、エリスとやら……」


 シィ、ジィ……


 僅かにその腕を動かし、再び人間の姿へと戻った女祭司は、もう片方の手で浮遊術を維持しつつ、その薄い唇を開く。


「伝えてほしい事が……」

「ウワァア!!」


 バッフォ!!


 何かその彼女クロト祭司へ畏れのような物をきたしたのか、その狼頭の女悪魔は背の翼を勢いよく羽ばたかせ。


「ま、魔王の娘を名乗れる者、上位者アーク・デーモンァア!!」

「おいこら、待て!!」

「お許しを、このエリスをぉ!!」


 バタバタと空を急上昇していくデーモンの姿になかば呆れながらも、人の姿にその身を戻した女祭司は。


「待て、小娘!!」


 PMドゥム・キャットのコクピット内へと自分の身を押し込み、各部コンバーターの出力を急速に上げ始め。


「待って待てぇ!!」

「助けてぇ、アレスの馬鹿兄貴ィ!!」

「待ていと、ちゅうとるに!!」


 エリスという名らしき悪魔を、自機の可変翼をひるがえして追いかけていった。

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