第17話「放浪者達のミチ標」
「暑い、よなあ……」
一路、渓谷を抜けて南下、ドワーフ領へと続く道を行く荷馬車の一群。
「暑いんだってよ、マルコポロ……?」
「知るもんですか、ダンナ」
ゴッウ、ドゥ……
コクピットを開放し、呑気にドワーフ製PMである多脚機からその身を乗り出しながら、ぬるい酒を口へ含みつつ。
「ヨットウ……」
マルコポロは足だけを操縦桿へ掛けてそのPM「ナーイン・ゼロ」を鈍足行進させるという器用な技を見せている。
「ねえ、ベオさん?」
「んー?」
「ポイント・マテリアルの」
蜘蛛を模した、悪趣味ともとれるドワーフPMの横をたくましい荷曳き馬達へ牽かせながら進む荷馬車、その御者席へと座るベオへ向かい。
「PMの操縦って」
野盗達の間で下働きをしていた少年がそうベオに質問を投げ掛けながら、興味深そうに隣のマルコポロ機へと視線を向けている。
「難しいんですか?」
「それこそ、難しい質問だな」
少し暑くなってきた事を除けば、気分の良い青空、その空へ広がる入道雲とこの大地の間の空、乾いた空気の中に。
「個人、パイロットと機体の相性がある」
ベオの金色の機体、デーモンキラーを改めて「リィターン」が静かにその身を揺らしている。
「だろ、ドワーフ?」
「それを元々はでヤスが」
ぼやりとベオの質問に答えながら、おべっか使いのドワーフは自機の後部へ設置されている、主力火器である加農砲の方へチラリとそのドングリ眼を向けた。
「ポカポカと暖かくなってきたねえ……」
「制霊力って判断基準が」
加農砲、カノーネキャノンの照準補正機器である索敵水晶球を布で磨きながら続ける、その水晶を使ったフォブリン族ヴァイ少年の周囲観測の様子にチラリとその目を向けてから、また一つ酒袋の中身を喉へと通すマルコポロ。
「PM操縦適応能力という基準をつけて、判断していたんスがね」
「適応能力、魔力や霊力とかのパワーではなくて?」
少年のその言葉、まだほんの十五の歳にも満たないと思われる彼の発した疑問の声に、ドワーフは少しその目を細めながら、例のごとく酒をそのタラコ唇へと入れる。
「言外の意味を読み取れる、良い勘をしている小僧であるみたいでヤンスな……」
「もともとは、テクニック等を基準とした総合的なパイロット能力、スキルだよ」
ムフゥ……
その疑問を呈した少年が作ってくれた、薄焼きのパンのような物を口へと入れて頬張りながら、ベオは軽く隣の少年へ向けて目をつむってみせた。
「違うかい、マルコポロさん?」
「ベオ王子、あんたの方は……」
ズゥ……
何やら高度を下げ始めたパルシーダ機「リィターン」の姿を気にしながら、ドワーフの密偵マルコポロはベオへパンをねだるかのように、多脚PMの上方ハッチへその自身の下半身をめり込ませたまま、そのゴツゴツとした手を荷馬車へ振ってみせる。
「勘が良すぎるみたいでゲスな」
「俺は神経質だから、な」
「別に読心の常動魔法をその身へ纏っているわけでもあるましにネ……」
タゥ……
そのソーセージやチーズが上へと乗せられたパンをベオは脇の皿から手に取り、隣のPM、ナーイン・ゼロの外装甲へ脚をかけながらドワーフへと手渡す。
「おい、ベオ」
「せっかくの良い陽気、暑いが良い天気なのに」
リィターンのその黄金の装甲を陽の光に強く反射させながら、ハイエルフの女はかつての野良野盗であり難民、彼らの行列々の先頭へとつく、ベオ達の馬車の斜め上へと機体を近づけた。
「心理も能力も、物理的にも上から目線で言うしかしないエルフの女がいると、心は曇るよ」
「もうすぐ、ドワーフ達の砂漠と人間の肥沃な大地、祝福黒土との分岐点になるが」
ベオの愚痴なぞ無視し、パルシーダは機体のコクピット・ドアを開きながら、馬車の一行とドワーフへ向けて声を投げ掛ける。
「結局、お前はどうする?」
「どういう意味だ、パルシーダ?」
「今、このデーモンキラーのPMは私が乗っている」
「乗っている、だけだがな」
一応、機体のシステム構造的にパイロットはベオに固定されているようであるが、他の者にもこの金のPMは動かす事、浮遊させる位は可能だ。
「必ずしも、お前は必要ではないよ、ベオ」
「エルフであるお前に、ドワーフと上手く交渉が出来るものかよ」
「ディンハイド王子からの親書を持っている」
パ、リィ……
「初耳だったな、俺は」
傍らで金色PMへ向けて、羨ましそうな視線を上へ投げつけている少年がかじった堅焼きパンの端が自分の膝へ落ちた事を気にしながら、ベオは軽くその両肩を引いて三頭の馬達の手綱を引く。
「とはいえ、人間の神聖王国であったアルデシアの王族というお前の家柄、肩書きがあった方が」
「あった方が、何だよ?」
「ドワーフ共との話がスムーズに進むのは確かだ」
「お前らしくないぞ、パルシーダ」
この高慢な女エルフにしては、珍しく歯切れの悪い言葉、軽く機体の浮上を始めたパルシーダ、コクピットの半開きの扉に見え隠れする彼女の姿へ向けて、ベオはややに大きな声を上げてみせた。
「ハッキリと言ってくれ、エルフ」
「あのさ、ベオにいちゃん……」
「なんだい、ヴァイ君?」
ナーイン・ゼロヘ取り付けられた占術用の水晶体、それを少し休ませているヴァイ少年の声に、ベオはその首を大きく後ろへ捻り、彼の顔へ視線をやる。
「このエルフのおねえさん、気を使ってくれてんだよ、多分」
「僕もそう思う、ベオさん」
隣の機体上方から聞こえる、小人族であるヴァイ、そして料理上手であるベオの隣に座る金髪の少年、二人のその声にベオは軽く自分の目頭を指でつつく。
「そんなことがあるもんか、この女に……」
「王子様の勘にも隙があったでワスかな?」
追い討ちをかけるマルコポロ、ドワーフが加えた呟きに、もはやベオは苦笑いを浮かべるしかない。
「おい、リーデイド、スパーイ!!」
「んぅ……?」
夜の野営、それの見張り役に備え馬車の奥で眠っていたリーデイドから、甘い声が響く。
「なによぅ……?」
「少し、意見を拝借したいが」
「もう一回戦はしたかったのにぃ……」
ドゥ、ト……
何やら、彼女の脇で寝ていたらしいオーク、この旅人集団御一行と化した渓谷の野盗達のサブ・リーダーが慌てて馬車の後から飛び降りていく音に、ベオは苛立たしげにその顔を歪ませる。
「いつも、どこかの男女を引きずりこんでヨロシクやりやがって」
「単なる体操よ、タイ、ソウ……」
ごそごそと裸の素肌へ下着を巻き付けている気配のリーデイドのその小馬鹿にした口調、ベオはそれに対して不快感しか抱けるモノしかない。
「少しさっきに聴こえていた呻き声に、ギシギシ」
「子供は聴いちゃダメヤス、オリン……」
「病気じゃなかったんだねぇ……」
と、ナーイン・ゼロの中から顔だけをマルコポロの股間の間に出すオリンの言葉から推測するに、フォブリンの小人の少女はその行為について知識があると見える。
「すまないな、少年」
「別に、ベオさん……」
少しばかり頬を赤らめているが、料理上手のこの人間小僧の声は、かなり落ち着いたものだ。
「俺の仲間がバカでさ」
「そのバカに」
フ、ファ……
大あくびをしながら、身支度を整えたリーデイドがベオと少年の間へその顔をニョキと突きだす。
「意見を訊ねたのは、あなたでしょう?」
「俺の、文字通りの進退についてだが」
微かに彼女から漂う、すえた臭いにあからさまに顔をしかめながらも、ベオは自らの指をややに遠く、砂漠と平地の境目辺りに這わした。
「どうするか」
「あなただけの進み道じゃないでしょう?」
ズゥ……
話し合うベオ達の上空にアンゼア・タイプのPMがその身を先へ突き進ませ、彼ら先頭馬車の面子へ薄く影を落とす。
「確かベオ」
フ、アァ……
密偵であるリーデイドの、あくび混じりに呟かれるその低いハスキーボイス。
「あなたはあの金ぴかPMの解析をエルフから頼まれ、その為にドワーフの土地へ行くんじゃなかったっけ」
「反故にしてもいい」
「アラ、マ……」
ク、クゥ……
そのリーデイドの忍び笑いと共に彼女の口から漂う、時折ベオ自身も自ら単独でイタシて放射させる液体の薫りに、ベオの隣のお料理少年が明らかな怒りの色をその顔へ浮かべる。
「死んでしまえ、この女……」
「このままドワーフ達、の、援助を求める、か!!」
少年のその気持ちは解らないものではないが、今はこのような下世話な話で言い争っている時ではない。彼の言葉をかき消すかのように声を強く張り上げたベオ王子。
「人間の領域、トラキアの城塞を目指すか、かしら?」
「他の者の意見も聞いた方がいいのではナインすか、リーデイド?」
「あの良い肉日のオークの男からは意見を注入されたけどね、ドワーフさん?」
ギ、リィ……
「僕、ちょっと他の馬車へ行ってくる……」
そのリーデイドの言葉に強く歯軋りをした少年は、そう言ってベオの返事も待たずに馬車の御者台から飛び降りる。
「お、おう……」
最後にまた一つ、密偵リーデイドでその憎悪に満ちた視線を投げつけてから、少年は後続の馬車へ走っていく。
「あたしがイタシた事、そんなに不愉快だったかしら?」
「意見、あのオーク男の意見を言え」
「潔癖性ねえ、あなた達……」
そう言いながら吐き出すため息にも「薫り」が混じっている女に、あまり少年を責められる義理は無いとは思うが、どちらにしろ今の話の主題ではない。
「今日の野営には全体の方針を決めておかなければいけないんだからさ、リーデイド」
先程飛び立ったPMアンゼアは、おそらく今日のキャンプ場所を決める為に誰かが先発したのだろう。ここら辺りからでは点のように見えるその機体は、馬車隊の遠く前方でグルグルと辺りを旋回し続けている。
「ドワーフ領へ、皆がそれ一択オンリー」
「人間の領域は嫌なのかな、みんな?」
「エルフの面子もこの元野盗たちには含まれているのよ」
スゥ……
「あら、ありがとうね、ボウヤ」
「お口クチュクチュ」
他脚PMから飛び降りたヴァイ少年が差し出す水袋、どうにも余計な世話ともとれるそれにベオは何か頭が痛くなってきた。
「人間のトラキア要塞へ行くと、同族と戦わなくてはならない」
「べっつに、ドワーフ領とて安全ではないと思うでヤスが」
クゥア、クゥ……
何かオリン少女が暑苦しいにも関わらず機体内部で遊んでいるらしい、加農砲の砲身を上下へ揺らし続ける鈍歩状態のドワーフ製PM、その搭乗ハッチの間に身体を固定させたマルコポロが鼻毛を抜きつつ、ボヤリとした声をベオ達へ投げつける。
「それに、ドワーフは当然エルフが嫌いでンスよ?」
「苦渋の判断だったんじゃないかしら?」
「フゥム……」
ブゥ……
リーデイドが口をゆすいで、吐き出した水が地面を叩く音が勝手に耳へ入りながら、そのドワーフ「マルコポロ」もベオもしばしの間考え込む。
ギュウア……
金色のPM、リィターンがその手に例の焔の魔剣、PM用マスケット・ライフルの砲身をマルコポロが加工し作ってくれた鞘を挟ませた剣をそのまま握り締めながら、金ぴかは陽の光を強く反射して、ゆっくりに空へと舞う。
「今まで、抜き身のままだったからなあ……」
剣についてはともかくとしても、ベオにとってはいくらパルシーダの自機スプリート、それの霊動エンジンが無理な追加燃料投入で完全に沈黙、機体もろとも廃棄せざるを得なかったとは言え。
「あの女の匂いは、機体に染み付かせたくない……」
勝手よろしくいつまでもあの高慢なパルシーダに自機を乗り回されるのは、お世辞にも良い気分ではない。
ジィ、ジッジ……
「おい、パルシーダ」
鉱石ラジオ、霊波無線の補助として使われる通信機器へその口を近付け、ベオはリィターン機体内部へ通信を入れた。
「なんだい、人間さんよ?」
「おい、お前は……」
その先程までリーデイドと睦み合っていたオーク、彼がこの対悪魔用PMへ乗っていることに軽い驚きの声を上げるベオ。
「パルシーダはどうした?」
「あのハイエルフの女なら、少し後列馬車で休憩しているぞ、人間」
「そして、なんでお前がそいつに乗っている?」
「食べる、動く、ウゴウゴイてさらに動く、食べる、寝る」
何か格言のようにそう呟く野盗団のサブ・リーダーの声にこれまたベオの腹に何かが込み上げてくる。
「オークの規則正しい生活だ」
クゥク……!!
タバコを吸いながらそのオークの言葉をラジオ越しに聴くリーデイド、彼女が漏らす笑い声を聞いたとき、何かドッとベオは疲れを感じ始めた。
「出力が十パーセントも出ない、確かにお前さん専用の機体だな」
「飛ばせることは飛ばしてるじゃないか、オーク?」
「あの人間のガキがおさわりしたときは、さ」
「人間のガキ?」
「旨い飯を作ってくれるアイツ」
「バカ女のせいで、悪いことしたなあ……」
「この金ぴかのコクピットへ少しの時間だけ乗せてやった」
「ヘエ……」
「ねだっていたから、な」
そのオークの言葉を聞くに、やはりあの少年は何かしらの理由があって、PMを駆る戦士になりたいのかもしれないとベオは想像を浮かばす。
「あの小僧がコントロール・バーヘ手を触れたとき、だけどな」
前方の平原地帯から偵察のPMが帰還してくるのをその目に止めながら、リィターンに乗るオークは静かに言葉を続ける。
「ああ、何だ?」
「出力のロックが外れたぞ」
「ウン……?」
疑問、とは受けとれる物事ではあるが、そもそもがそういった事々を確かめる為にこのリィターン、古代の遺跡で偶然見つけたこのPMをドワーフの手で調べさせて欲しいと、あのエルフの若王子に頼まれたのだ。
「故障かもしれねぇがね、ベオさん」
軽く機体リィターンを上昇させ始めたオークの言葉、通信機から聴こえるそれの中へ、何か女の声が混じり始めたのを馬車付近の面子はその耳へと止めながら。
フゥオ……!!
「まあいいさ、気にするなオーク」
金色の機体の横を通りすがったアンゼア、帰還した偵察機が軽く吹き起こした風を彼らベオ達はその身へと浴びる。
「野営地候補、ここより前方にある高地でヤス……」
「ラ・ジャー」
ナーイン・ゼロヘ受けている霊波通信、おそらくは偵察のPMからの物だと思われるが、それをマルコポロはじっと聞きながらヴァイとオリンの小人族二人へ対し、メモを取るように伝えているようだ。
「……おい、べオ」
「パルシーダ、パルシーダだな?」
「とっとと答えろ、人間」
どうやら、鉱石ラジオへ混入していた女の声はパルシーダ、後方の馬車で休んでいるハイエルフのそれであったらしい。何やら苛立ちを感じているらしい彼女の声に一つ心の準備をしてから、ベオは通信機へその顔を近づける。
「オークがお前の機体へ乗りたいと言うから、断る理由も無いために乗らせてやったが」
「持ち逃げの可能性は考えなかったのかよ、パルシーダ?」
「あの低スピードで逃げるだと?」
「うむぅ……」
「馬鹿を言うなよ、人間」
そう言われてしまうと、確かにベオがアンゼア等のPMへ乗れば容易に追跡できる速度と言えた。正直宙へ浮いているだけとも言える、劣悪な機動性の低さだ。
「用はそれだけかな、パルシーダ?」
「あのオークに、性交後は身体をちゃんと拭いておけと伝えろ」
「気がついたか、ハイエルフ」
「気分が悪い……」
「どのように気分が悪いんだよ、アン?」
ガッ……!!
通信相手が勢いよく受声器を叩きつけたと思わしき音、それがラジオから耳を打ちつける雑音となって響いた事に、合わせて。
「多分あのハイエルフさん、経験が無いわよ」
「ボクでさえあるのにねえ……」
「あらほんと、ヴァイ君?」
その二人、人間の女とフォブリン少年の馬鹿話と。
「グァハァ、ハァ……!!」
「お兄ちゃんは、どうなのぉ?」
ドワーフとオリン少女の声に、眩暈すら感じ始めたベオは、腹の虫の心地の悪さをぶつけるかのごとくに。
「面倒だな、世の中は!!」
「な、なんだ……!?」
一つ後続の馬車、PMを運搬している荷馬車の御者であるエルフが発した驚きの声を無視し、雑に固焼きパンを口に放りこんみながら。
「みんな沈めばいいのに!!」
「あたしはさっき沈まされてたわよ、なかなか良く深く」
「もっとぶぶり沈めばいいのに!!」
ベトベトと、パンのソースの付いたままの手で、手綱を強く握りしめた。
――――――
「人間」
「何だ?」
馬車隊よりも先にPMでテント道具を積み込み、野営予定地へ到着したベオとエルフの男は、機体背部に背負わせていた荷物を互いに下ろしながら、ポソリポソリと声を掛け合う。
「お前は私たち、野盗が嫌いなようであったな?」
「元野盗、だろう?」
ドフゥ……
ややに小雨が降り注ぎ、雲が湧いた空をコクピットを開けて生身で仰ぎながら、べオがエルフの乗るアンゼアの背から荷物を地面へ落とした。
「やむを得ず、お前達はやっていたことだ」
「お前が私の恋人が乗る機体を叩き落とした時、一切の躊躇いがなかった」
「当たり前……」
ザァ……
その何気ないエルフの言葉、それに声を返しかけようとしたベオ、彼の機リィターンの機体の手が大きく滑り、荷物を乱暴に地面へ叩きつけてしまう。
「気にするな必要は無い、人間」
「悪い、かった……」
「馴れている」
トゥ、スォ……
雨雲が夕陽を隠し始め、狐雨が強くなってきた。
「私の昔の妻と子も、な」
話を続けながらも、エルフの男はベオ機の背に掛けられた荷物へその自機の
両手を引っかける。
「野盗山賊の心を持つ者に殺されたから」
「……」
「お前の気持ちは解るし、恨みもしない、人間」
スッ……
最後の荷物がベオ機から高台、周りを簡単に見渡せそうな野営にはうってつけ、その好位置な丘の土へと静かに置かれた。
「エルフ」
「何だ?」
「俺は、な」
コクピットからロープを使い機体から降りて行くエルフの男、その身体が雨にと濡れるのを気にせずに、降ろした荷物へ彼は目を向けて確かめ始める。
「ぼろ服を纏った力ずくの野盗も嫌いならば」
「そこのテント、機体の手で広げてくれ」
「豪華な衣服と装飾品で身を飾った野盗も、嫌いだ」
「だとしたらな、先に」
ベオがその身を立たせるコクピットから覗かれるエルフの姿、それが別の荷物へと歩み寄る姿が。
ザ、ザァウ……
雨霧にぼやけながらも、アルデシア王国の旧王子の視界へと映り込む。
「日がな働いてくれた荷曳き馬たちの宿、テントへ先に飼い葉を用意やるべきかな」
「そう、だな……」
「ご苦労をかけてしまい、可哀想だ」
何かボウとしている、パイロット脚部固定器から脚も外さずに、気が抜けたように機体内へ突っ立っているベオをよそに、エルフは手早く、テキパキと野営の準備を続けている。
「手伝え、人間」
「ああ……」
働かないベオに対して、僅かにムッとしたような顔を見せ始めたエルフの低く鋭い声に対応して、リィターンの腕が動く。
「真面目に生きる、それはすなわち報われない生き方なのかな……」
「ドウカナ……」
「ん?」
何か、どこからか軽くエコーがかかった声。
「オマエは、ワルイモノではないがねぇ……」
「誰だ、無線か?」
コクピット内で、謎の声の発生源を求め、あちこちへその手その視線を配り始めるベオ。
「何なんだ……?」
「水源が近くにあったという話だったな」
「気味が悪い……」
「聴こえているか、人間?」
全く仕事をしない、機体の手を動かさないベオに向けて、再び鋭く尖った声を出すエルフの男。その声にあわててベオは一つ首を振り、謎の声を頭から追い払う。
「エルフ、水を汲んでくるよ」
「頼む」
フウァ……
「俺の秘匿している特技が、ささくれだしたかな……?」
自機リィターンを宙へ浮かせながら、べオは少し自分の、親姉弟を含め誰にも明かした事の無い「異能」の顕現時期が来たのかとも思ったが、取りあえず今は。
「お仕事、お仕事と……」
大型の桶をPMの手へと持たせ、近くの泉へ自分の機体を飛翔させた。
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