第16話「魔機アンズワース」

  

「アーティナ様」


「何だ?」


 何処までも続く荒涼とした大地、冷たい風がなびくその空をオーク達のPMとそれに随伴する飛竜達の姿が静かに進み行く。


「ポイント・マテリアル、PMには慣れましたか?」


「どうかな……」


 その彼女、オークの女性騎士が駆るPM「オルカス」の僅かに後方、新型オーク製の機体からの女の声に騎士アーティナは露骨に不快げな表情を浮かべながらも、その新鋭機へ自機を傾ける。


「以前に人間の小僧、アルデシアの王子とやらとやりあった時よりはましだ」


「左様ならば、結構」


「フン……」


 ズァ……


 オークの土地に吹く乾いた風が、どこからか野生のワーグ、ひと昔前までオークの騎兵が乗用として使役していた野獣が「つがい」を求めて放った、いななき声をオーク部隊の元へと運ぶ。


「その新型はどう見ておるか、クロト祭司?」


「私の名を呼ぶとは」


 ククッ……


 人間でありながらオーク祭司団、宗教面を取り仕切る事を成している彼女クロト祭司は新機体を身じろぎなせながら、アーティナのその声にわざとらしく驚きを帯びた含み笑いを上げてみせる。


「珍しい事」


「あなた、女狐が矢面に立つことが出来る度胸と見栄」


 騎士アーティナ、オーク達を独裁で束ねる大君主の娘のその言葉は誉めているのだか、けなしているのだかよくは解らない。意外と彼女はその手の、相手を惑わせる言葉を紡ぐセンスがあるのかもしれない。


「少しはそれに敬意を見せないと、ガルミーシュ神の怒りを買うと思ってな」


「勇猛なる騎士アーティナへガルミーシュの加護をあれ」


「ガルミーシュの加護、か」


 そのどこか皮肉を含む女祭司からの返事、その言葉へ唇の端を歪めてみせると共に彼女アーティナは。


「格好は良いのだよ、ガルミーシュの神器とやらは」


 自機へと羽織わせている、巨大な漆黒の色をしたマントを翻し、それへ吹き付ける冷たい風を含ませるかのように自機オルカスを小刻みに上昇下降を繰り返させる。


「見栄えだけではありませぬ、その裏撫鮑花、ガルミーシュの御身へ纏われた品物は」


「この布切れで相手の攻撃を防げ、お主はそう言っていたな」


「左様で」


「そう、虚言を弄して」


 フゥ……


 PMオルカスの「溶岩」の霊を含む結晶体、そこから発生される霊力が機体内を血液のように循環をし、排気として背中のコンバーターから噴出される「風」の流れをその布は遮りる事はないが。


「私を謀殺させる腹積もりか、祭司ドノ?」


 多少は魔術の心得、初歩のそれが使えるアーティナが霊力感知の魔法を試してみたところ、全くこのマントが反応しなかった事は彼女にとっては不快。ならばこのマントは単なる飾り、いやPM操縦の邪魔になる物だ。


「そのような事をいたしませば、私は大君主に誅されましょうに、アーティナ様」


「だったら」


 ズゥ……


 オーク略奪補給の部隊の先頭にたつアーティナ機へ雲がまとわりつくと共に、パイロットである彼女から見える眼下の景色が変わってくる。僅かな森、そしてチラホラと草が生えた平地。


「効果くらいは教えて欲しいものだな?」


「ガルミーシュの加護があらんことを」


「チッ!!」


 その煙の言葉にコクピット内で強く舌を打つアーティナ機の横を追従ワイバーン隊が先へと進み出る。偵察担当の飛行隊だ。


「ブリティティ、歳のクセに現役をよくやるよ……」


 偵察飛行隊の先頭へと突き出ているワイバーンをその視線で捉えているアーティナ機の後で、祭司が何かブツブツと呟く声が聞こえてくる。そのややに陰気な声色に対し、オークの女騎士はまたしても不快げに小さく舌打ちをする。


「やはりに試作機、脚を支える固定器に妙な不快感があるな……」


「そのまま脚が折れてしまえ、祭司ドノ!!」


 クロト祭司が不満を言いながら試験運用をしている機体へそう怒鳴りつけながら、偵察隊の先頭を飛ぶ一際大きな飛竜を駆る老オークの元へと機体を跳ねさせるアーティナ。その彼女の機体へワイバーン部隊のリーダーが近づきながらも。


 ボォオ……


 飛竜隊リーダーであるブリティティは後続のワイバーンを駆るオーク達へ、飛行高度を下げるように腰に括りつけてある角笛で指示を出している。


「オークという者達は、全く」


 その彼女の機体が風へとなびかせる漆黒の帳を愉快げに眺めながら、祭司クロトは立ち込めてきた雨雲へとその視線を向けている。先程のブリティティの高度下降の号令もその為のものであろう。


「あのデメテルが流石に目をつけるだけの事はある、良いな……」


 どのように時代が変わっても、その激情を失わないオークという種族の気質を好ましく思うクロト祭司は、機体の高度を下げつつも。


「しかし、母上はオークをどう思うかな?」


 オーク族女人間祭司という、いささか矛盾がある肩書きである彼女は自らへと纏うパイロット・スーツ、皮の胴鎧その手で撫でながら首を深く傾け、頭部へと被っているヴェールを揺らせつつ呻くような声を上げる。


 ボゥオ……


「全機、高度下げ!!」


 角笛の音と共にアーティナ機からの無線通信が疾るオーク部隊。彼らの前方へ植生が違う木々、森が見え始めると共に、まるでその地上を覆い潰すかのように厚く黒い雨雲がクロト祭司の視界へと飛び込む。


「略奪には有利か、不利か……」


 前方へと見えるエルフ領、南下侵略により人間達から奪い取ったその大地を包み込む雨雲へ向けてその形の良い眉を潜めてみせながら、祭司クロトは自機の速度、霊動エンジンの回転力を上げ始めた。











「お嬢、あれを」


「うむ」


 ブリティティ、信頼をするこの部隊の副官の声にアーティナはオルカスのコクピット内でその自身の牙へと軽く人差し指を触れさせ、何度かコツコツと叩く。


「何者かに先を越されたかな?」


 彼女の率いる襲撃隊、オークの物資調達を担当する部隊のメンバーが差し向けている視線のその先へ映るエルフの補給基地から数多く上がっている煙、それを確認したブリティティの部下の一人がその目へと望遠鏡を当てている。


「しかしお嬢、ここは」


「ああ……」


 元々は人間達の村、以前にアーティナが襲撃をかけ、ちょうど今この場所で小癪な人間の少年と剣を合わせた事のある小村。この一帯はすでにエルフ達の支配下であり。


「補給ポイント、エルフ達が抜かった警備をするはずもないが……」


 その彼らが自前の尖った耳を始めとする様々を使い、常に聞き耳、警戒を行い、治安を維持しようとしている地域のはずだ。


「手酷く荒らされている、エルフや人間の死体がゴロゴロだ」


「御苦労、続けよ」


「ハッ!!」


 その部下の報告に眉間をしかめさせながら補給基地を睨み付けるブリティティの命に一つ頷きながら、部下は再び望遠鏡でその基地をなめ回すかのように詳細を確認しようとする。


「考えられるのは、人間の潜伏ゲリラが襲ったか位しかないのだが?」


「はい、お嬢……」

 

 キィ……


 いななくワイバーンをなだめながら、副官ブリティティはそのオーク部隊の女隊長の言葉に同意するかのようにその頭を深く傾けさせた。


「どうするかな、ブリティティ?」


「フゥム……」


 キィ、キィイ……


「おい、静まれ……」


「どうした?」


 彼ブリティティ配下が跨がるワイバーン達、それらが何か落ち着きを無くし始め、オーク達がそれの制御に難儀をしている。


「ウワッ!!」


 一人の女オークが、飛竜の背の鞍から大きくバランスを崩し、彼女の身体がワイバーンの真横へと流れた。


「っと……!!」


「すまない、ブリティティ参謀」


「何事だ……?」


 古くからのワイバーン・ライダーであるブリティティの乗竜技術は流石に落ち着いたものだ。その空中へ宙吊りになりかけたオーク女の身体を支えつつ、老オークは自身の姿勢、身体をワイバーンへと押し付けるように安定させながら、周囲へとその視線を這わせ続ける。


「各オーク!!」


 彼らオーク達の上方、天高く立ち込める雨雲スレスレへと機体を揚がらせていたクロト祭司の機体、そこから拡声器による大声が降り下った。


「上だ!!」


 シャアァ!!


 そのクロトの声と同時に、彼女の新鋭機よりも上空、厚い雲の中から雹が勢いよく舞い降り、オーク略奪隊へと弾丸のごとくに襲いかかる。


 ギィシィ……


 クロト祭司の駆る新鋭はそのスピードで雹の雨、それが降り注いだ範囲から離脱が出来た様子であるが、他のオークPM隊やワイバーンにとってはそうはいかない。


「何だ!?」

 

 アーティナは驚きの声をあげながらも、自機オルカスのエンジン出力を上げながらその機体の両手で頭部や胴体部を庇うような姿勢を取る。小粒の雹が機体へ当たる音がコクピット内のアーティナの耳へと鋭く刺さる。


 ギャイア……!!


 雹の嵐はPMの装甲へは大した打撃は与えていないように見える。が、ワイバーンの身体、特にその翼の皮膜を強く切り裂く雹、氷の刃の嵐。


「くそぉ!!」


「パラシュートは!?」


「ねぇよ、騎士アーティナ!!」


 その刃に乗竜共々切り刻まれ。アーティナの横で一匹のワイバーンが乗り手共々ぐらりと身体を歪ませ、宙をきりもみながら墜落をする。


「全員、散開!!」


 女騎士アーティナは号令を放ちながらも、どうにか機体の姿勢を立て直し、空域から離脱をかけながらも上昇を始めた。


 リィ……


 その時、彼女の駆る機体の背へと羽織っている漆黒の外衣、それに触れた雹が勢いよく上空へと弾かれた事にアーティナは気がつかない。


 ボゥア!!


「逃げられない者は上手く立ち向かえい!!」


 どうやらブリティティ、古参の老オークは乗竜に回避をとらせるよりはそのワイバーンが放つ炎で雹の嵐を迎撃したほうが良いと考えたようだ。巨大な飛竜の吐息により雹、氷の塊が縮こまり、その威力が弱まる。


 ズゥウ……!!


「私の頭上にプレッシャーか!!」


「あれだ、あの黒いPM!!」


「全機、敵は雲の中!!」


 やや下方空域へ浮かんでいたオークPMパイロットが乗るアンゼア、鹵獲品であると思われるその他種族機体から放たれる男の声よりも先に、謎の重圧を感じたアーティナの機体がその正体不明機へ向けて牽制の霊力弾を放っていた。


「雲の中にいる、だから私はビビらないかな!?」


 雨雲の内部を突き進む漆黒の機影、アーティナ機オルカスからの連射霊力弾のスピードが全くその影へと追い付かない。明らかに自機の倍以上の速度はあると思わしきそのPMにアーティナは背筋に汗を感じながらも、その口の端を笑ったように歪めてみせる。


「一か八かって物かよ、謎奴!!」


 ジャア……!!


 さらに自身の機体を上昇させるアーティナの周囲へは他の味方機は展開していない。彼女が勢い良すぎたという所もあるが、どうも低空域で広がっている火線の帯を見るに、他の敵機からオーク部隊が攻撃をされているのかもしれない。


 ギィ!!


 再度の雹あられ、先程とは全く異なる場所からの攻撃をアーティナは自機を身軽に動かし、回避行動をさせながらレーダーとコクピット・ミラーの外へ向けてその視線を這わし続けた。


 フォ、ンゥ……


「だがレーダーにはボヤけて映るな、不明機!!」


 ドゥウン!!


 レーダーにまともに映らないとはいえ、厚い雲を割りながら目先へと姿を現した機体、漆黒のPMを前にしながらいちいちに騎士アーティナ、PM戦闘はいまだ経験豊富とは言えない彼女が霊力レーダーを何度も見直したりしない所。


「目の前に獲物がいれば、レーダーなんぞはオハジキであるよ!!」


 そこに、このオーク女騎士が霊動甲冑ポイント・マテリアル(PM)のパイロットとして高い潜在的素質を秘めている事実が見受けられると言えよう。


「ディッサ!!」


 ザァ、ン!!


 その黒い正体不明PMがその手に持つ大鎌の外側、その鎌の「背」とアーティナ機が持つアダマント製の剣が重なりあい、白い火花を散らした。


「やるね、オーク!!」


「女、ガキのエルフか!?」


 漆黒の機体、その背の双発コンバーターから紅い燐を散らしながら、アーティナ機へと強襲をしかけたPMの中央から若い、幼いとも言える女の嗤い声が曇天による陰りを帯びた空域へと響く。


「だけど、そんなオークごときが作った量産マテリアルで!!」


 バァン!!


 アーティナのオルカス、それと距離を取った黒い機体、そのPMが手に持つ巨大鎌を構えなおすと同時に、何やらその周囲の空気、それが渦を巻き始めた。


「このアンズワースの相手になるとでも!?」


「意気がるな、エルフのガキ!!」


 とは言いつつも、騎士アーティナが自機へとさせている動作は守勢のそれである。標準的なPMよりも僅かにだが大きな体躯を誇るオルカス・タイプ、それと見比べても軽く一回りは上をゆくサイズがあるエルフの敵機に気圧されている部分もあるが。


「シャア!!」


 そのエルフの少女が駆るPMがその手へと持つ大鎌、その刃から氷を含んだ波がアーティナ機へ向けて迸る。


「いきなり切り札を使う羽目になるか!!」


 ブゥン……!!


 霊動ターボのコントロール・バーを引き上げながら、アーティナの脚はコクピット内のペダルを強く踏みしめ、その冷波から機体を遠ざけようと試みた。彼女の機体を支援しようと続いて浮上をし始めた他のオーク隊PMへ警告を鳴らす暇もない。


 ジィ、ジァア……


「エンジンの精霊が暴れ始めた!?」


 アンズワースという名らしき機体から放たれた冷気が機体へと直撃したパイロットの悲鳴。それと共にそのオルカスの背負うコンバーターが火花を辺りへ撒き散らし、立ち込める雲にも劣らぬ灰色をした煙を上げ始める。


 ガ、シュ!!


「何と恐ろしい兵器、武器だ!?」


 その被弾をしたオークの機体のコンバーターが爆散すると同時に、彼のオルカスの装甲板へ次々と霜が浮かび上がってくるのを見たアーティナは悪態をつきながらも、自分の機体をそのエルフのPMよりも天高く上昇をさせる。彼女のPMの背へと羽織われている黒い外衣が増してきた風に強くなびいた。


「余裕をかましているエルフ!!」


 フゥ、フォウ……


 彼女達オーク部隊を嘲笑うかのように、その漆黒の巨体をあちらこちらへ揺らせ続ける女エルフ、かなりの隙がアーティナ機へと発生したにも関わらず、その黒いPMは追撃をしかけてこない。


「それが出来る程の機体であるということか!!」


 全身を霜に覆われ、墜落をしていく部下の姿を横目に見ながらもアーティナはエンジンの出力を高レベルへと維持したままにその手の剣を相手、黒い機体へ突き向ける、しかし。


「二度も剣に異常があったならば、撤退も考える!!」


 何か、迎え撃った相手の得物である大鎌と自機の剣が触れた時に勘、剣の奥深くへズシリとした振動が響くと同時に彼女の脳裏へ蛇がのたうちまわるような不気味な感触、それが先程アーティナがエルフ機への追撃を躊躇った理由である。


「女狐とブリティティは何をしておるのか!?」


 剣を突き出したまま敵機へと突撃を掛ける騎士アーティナ。その途中に一瞬に周囲へ、日が大きく遮られた暗い色の空へ視線を向けたのが彼女の不覚であった。


 ドゥ、ドゥウ!!


 アーティナが目前へと捉えていた漆黒の機体のコンバーター、そこへ内蔵をされていた火器から霊力弾と思われる、黒く輝く球体が次々とPMオルカスへと襲いかかる。


「ちぃ!!」


 その弾幕をかわそうと、自機へ無理をかけながら回避機動を行うアーティナ。彼女のオルカスのすぐそばを複数の黒い球体が疾った。


 グゥン!!


「何ィ!?」


「逃げられないよ、オークのお姉ちゃん!!」


 宙へ自機「アンズワース」を浮かばせたままの少女が放つ笑い声と共に、黒い球体、霊力弾が急激に方向転換を行い、アーティナ機の背中へと迫る。


「南無、三!!」


 コクピットの中で騎士アーティナは被弾による衝撃に身を備えさせようとその全身へ力を込める。彼女の食いしばった口の牙が唇をこすり、微かに紅が塗られたそれへ血が滲み出た。


 スゥ……


「何だ……?」


 その霊力弾、背後からコンバーターを狙ったそれは漆黒のマント、ガルミーシュ神の神器とクロト祭司から言われたそれへと吸い込まれるように消えていき。


「これがこの、ややこしい名前をした神器とやらの力か?」


 彼女アーティナの機体を損傷から守った布切れ、マントら一瞬散り散りにそのアンズワースの攻撃により引きちぎれられたが、その外衣は糸、細い虫のような物を放出させ、みずから「修繕」を行っているようにオーク女騎士には見えた。


「しかし、何だ……?」


 PM、オルカス内の温度が上がると同時に機体出力を始めたとしたアーティナ機の内部へと設置されている各機体コンディション、機械部品である各メーターの針が性能上昇を彼女の目へと知らせ始め。


「出力が百パーセントオーバー、それで機体の負荷数値が一割も無いか……」


 騎士アーティナの目前へと浮かび上がる霊力コンソール、幻覚魔術の応用として誕生したその表示器から読み取れるデータもその機体の調子、好調変化を示している。


「あやつの攻撃を吸いとったのか、この神器は?」


 バァフォ!!


 再射撃としてエルフの機体から放たれた再度の黒い霊力の弾丸。


「フン!!」


 今度は直進のみであるらしきその射撃をかわすアーティナが駆るPMの動き、それは確かに機敏、動きがフラットになっているように見えた。


「オーク、あんたの機体に損害が無い……?」


「無くて悪いものか、エルフよ!!」


「わたくしベアリーチェ様だよ、豚!!」


 自機が謎の好調を見せている事はアーティナにとって喜ばしく、ではある。


 ボゥ!!


 が、彼女オークの女騎士は腰のPMグレネードをエルフ機へ投げつけながらも、出来るだけそのオルカス、自分のPMの性能向上を悟られないように自分の語勢、そして機体の操縦を行う自らの力を抜く。


「どうもトリック、いくさ駆け引きを行えそうだ、私は」


 放ったグレネードが充分な加速をつける前にアーティナ機の近くの宙、素早く機先の迎撃としてアンズワースの手から放たれた霊気により、破壊されたその手榴弾からの爆風が自機を叩く中。


「黒いPM、あのエルフのガキはこの七面倒な名前をしたマントの事に気がついていないようだからな……」


 騎士アーティナはその口へ自分の手の甲をこすりつけながら、もう片方の手に握るコントロールで僅かに敵機から距離を取ろうと試みた。


「誘導霊力弾、それの損害がオークの機体に見られない……?」


 僅かにエルフ、エルフの王女ベアリーチェのその目へとよぎったオルカスの背中、そこへ広がるコンバーターに傷一つ無い事に舌を打ちながらも、彼女は手に持つ大鎌を大きく振り上げる。


「不発とは珍しいわねぇ、しかしに!!」


 フォフ!!


 漆黒の機体アンズワースの鎌が宙を一閃すると共に、再び冷気を帯びた波動がアーティナ機を襲う。


 ボゥウ!!


 気を引き締め直し、回避機動を行おうとしたアーティナの目前で、冷気の波が下方からの火炎噴射によってかき消され、消滅する。


「ブリティティか!?」


「撤退を、お嬢!!」

 

 ブリティティ率いるワイバーン隊による炎のブレスで相殺された冷気波。それに続き騎士アーティナの副官である彼はその手へと持つ霊力弾銃による牽制を黒い機体へ投げ付けた。


「何かの防御魔術か、エルフ!?」


「そこらの屑エルフとは違う、このあたし!!」


 漆黒の機体がその手に持つ鎌が微動、振動すると共に霊力の連射弾の軌道が揺れ曲がる事に疑問を感じながらも、ブリティティは立場的、個人的にも敬愛をする女隊長アーティナの為に牽制射撃を放ち続ける。


「ハイエルフ、ベアリーチェのペットとは遊び終わったのかしらぁ、オジイチャン!?」


 シャン、シィ!!


 ブリティティ揮下のワイバーン・ライダーズから放たれ続けられる霊力弾銃、火薬銃器であるマスケット等とは根本的に構造が異なるそのライフルの斉射はアンズワース、漆黒の機体へは全く損害を与えられない。


 ジャフ!!


 背後へ回りながらグレネードを放ったアーティナ機へ悪鬼のごときに醜悪なその顔を一つ向け、コンバーターから紅い燐光を撒き散らしながら異常な回避、機動力を見せつけるアンズワース、その高性能PMを駆るベアリーチェはワイバーン隊からの小癪な射撃などは無視をしていたが。


 ガウゥ!!


「おいたをしちゃって、ねえ!!」


「間一髪、届かなかったか!!」


 そのエルフの機体が後ろを向いた隙に己のワイバーンを急接近させ、その飛竜の口で腕の一つなり噛み砕こうとしたブリティティの思惑は外され、彼は急いで愛馬ならぬ愛竜をその敵機から後退させた。


「手のかかる主のペットである魔獣アンズー、そうそうに倒せるもんではないわ!!」


「でしょうねえ!!」


「すぐにワシらを追ってくる、あの怪鳥はな!!」


「なら、可愛いあの子の手間を省いてあげちゃおう!!」


 ポッ、ポウ……


 再度アンズワースから放たれる誘導霊力弾、あきらかにスピードが遅いそれもまた、ブリティティ達への牽制射撃であろうが。


「引け、ブリティティ!!」


「お嬢こそ、撤退を再度お考え願う!!」


「頭の片隅には入れてあるわ!!」


 キュイア……!!


 地上から急速上昇を仕掛けてきた巨大な影、その青い翼を持った怪鳥が放つ鳴き声を聴いたブリティティ達は一度ワイバーン群を散開、散らせた後におのおのがアンズワースからの黒い追尾霊力弾を振り切ろうとワイバーン達へ拍車をかける。


「乱戦へと入ってしまっていたか……」


 アーティナのオルカスの眼下へは先のワイバーン部隊を含めて、エルフ製の量産機と思われるPM達と交戦中のオルカス・タイプを中心とした機体を駆る部下達。そして僅かに彼方、焼け落ちた基地の上空では。


「女狐、クロト祭司が生意気に一騎討ちとはな」


 その人間でありながら、オークの宗教面での重鎮である彼女が乗る新型機が立ち向かっている相手、その歪なシルエットを持つPMと同程度の大きさを持つらしき人影へ気を取られる位の「ゆとり」を彼女は持ちたかったが。


 ジィン!!


「二度もかわされた、久しぶり!!」


「くそ!!」


 クニィア……


「剣が、やはりな!!」


 アンズワースの振るう大鎌の軌道を寸前で見切り、機体を僅かに後退させつつ追撃を防ぐ為にその鎌の「背」へ押し付けたアダマント剣、その昔にドワーフ国から奪い取った強固なPM用の剛剣が火で炙られた飴細工のように刀の身がひん曲がる。


「この大鎌のピトスである歪み」


 その歪んで使い物にならなくなったアーティナの機体の得物。その剣の姿に気を良くしたのか、アンズワースのパイロットであるエルフはその大鎌を自機の肩へと寄り掛からせ、その悪鬼の面をした機体頭部の双眸を何度となく点滅させていた。


「歪みを司る零刃昏邪映れいじしんやえい、怖いでしょ?」


「さぁてね……」


 コクピット内で苦く笑い、虚勢を張るアーティナは、それでも自らの心へ生じた恐怖の色に自嘲をする。そう自己認識できるだけの冷静さが心にあるという事でもある。


「私の敗色濃厚のようだな」


「あらぁ?」


「まあ、むざむざとやられはせんが」


 曲がったアダマント剣、高級品を地上へと放り投げ、予備武器の手斧をその右手へと構えるアーティナ機へ対して。


 ククゥ……!!


 含み笑うベアリーチェ。ハイエルフの娘。


「あの裏切り者達にも、あなたのような奴がいたらねぇ」


「裏切り者?」


「あたし達エルフのね」


 その言葉と共に、ベアリーチェ機のその腕から放たれた黒い渦がアーティナの機体の後方、多くの建物が崩れさっているエルフの基地へと空を切りながら疾る。


 ガァラ……


「ありゃ?」


 僅かに崩落をしていなかったその木製の見張り塔、黒い渦を叩きつけられたその建物が崩れ始めると共にそこから這い出てきた数人の人影の姿をその目で見たベアリーチェは、昏い瘴気が立ち込める自機のコクピット内でその唇、薄紅色のそれを軽く歪めた。


「生き残りがいたのねぇ……」


「なるほど」


 微かに自機オルカスを相手の機体上方へ浮揚させながら、アーティナは噛みタバコをその口へ差し入れつつコンソールへとその視線を這わし、機体コンディション・チェックを行っている。


「この基地の破壊、お前の仕業であったか」


「達、そうオマエ達と言い直してもらいたいなぁ……」


「裏切り者と言っていたな、お前」


 曇天の雲が本当に頭一つ上の所、高い宙へとオルカスを上昇させたアーティナへ対し、大鎌をその手でもてあそびながらベアリーチェが静かに彼女の機体へと向け放つ、その笑みを含んだ紅い視線。


「人間達、お腹を空かせたあのクズ共へ補給物資を横流ししていたのよ」


「軍規違反への対応か、小娘」


「ハイエルフのベアリーチェ、さっき言ったじゃない」


 サャ……


 そのアンズワースの頭部、赤く光るその双眸からの光線がアーティナ機を軽くかすめる。黒いマントにその光が微かに当たり、神器である外衣が生き物のように蠢き、鼓動をした。


「オークのオネエサン、あんたの名前は?」


「人へ名を訊ねる前に自分から名乗るか、エルフ」


 漆黒の機体から撃ち放たれた紅い光条は全く自機へ損害を与えていない。しかし、アーティナにとっては。


「ヤンキー娘のワリには、礼儀を知っているようだな」


「格好良く、ヘンテコな魔力があるらしいマントのお姉さん、あんたのナァマエ?」


「この我、オーク大君主が一女子である名誉ありし騎士アーティナにとっては、な」


 自機が纏う、ガルミーシュの神器である外衣の異質性を相手に気付かれてしまった事に内心でため息を付きながらも、気圧されない為に彼女アーティナはその手に持つ手斧を上からアンズワースへと突きつけた。


「その裏切り者とやらの行った事、それは騎士道にもとる物であると感じるが?」


「軍規違反に対する処罰もまた、キシドーの一つでしょう?」


「貴様の場合、おそらくはそれだけで同族に手をかけたのではあるまい?」


 キャシァハ……


 哄笑、ベアリーチェが機体内から爆のごとくに放った笑い声はアーティナにとってはこの上なく不愉快と感じる。


「パンがなければ、お菓子を食べれば良いじゃない?」


「フン……」


「違う?」


「どうかな……」

 

 そのベアリーチェの言葉に一つ鼻を鳴らしてみせた騎士アーティナは、眼下遠く離れている基地、エルフ・ベアリーチェによる遠距離砲撃を受けた残骸の山の中で、あちこちに散らばりながらその身を隠す場所を探している人間とエルフ達の姿をチラリと遠目に見やりながら、その口の中で何事かを口の中で呻く。


「騎士、騎士キシと何回も繰り返せば、私のような者にも義憤とやらが芽生えるものなのかな……?」


「人間にしろ、劣等エルフにしろ」


 アーティナの心の中の葛藤、あまり戦場では誉められた物ではないが、一応は正義にもとるその彼女の心の声を無視し、ベアリーチェはその舌を疾らせ続ける。


「オークにして、も」


 キィ……


 漆黒の機体「アンズワース」の双発コンバーターから燐、紅い光が周囲へ舞い、微細な霊気を放ち始めた。


「ねっ!!」


「そうかい!!」


 PM戦闘では初心の部類に入る者とは言え、個人的武勇ではオーク内でも確実に上位へ入る騎士アーティナである。葛藤を心へ抱いても目先の敵から注意を外すような事はない。


 ザァン!!


 霊気弾を乱れ打ちながらアーティナ機へと迫る漆黒の巨体、機敏に動きまわりその射撃を回避し続けるその黄色のオーク製量産機「オルカス」の目前まで迫った後。


「フライ・パス!!」


搭乗者の叫び声と共に大鎌から冷気をオルカスへ投げつけながら、ベアリーチェ機はそのまま雲、空へ厚く滞在するそれへその体躯を上昇させ、飛び込ませた。


 ギィジェ!!


 雨雲の中から響く鈍い音、それと共に例の雹の弾丸がアーティナ機の頭上へと降り注ぐ。回避不能と判断したアーティナは「神器」をオルカスの空いた左手で掴み、黒く輝くそのマントを自機の正面へと突き出して身を守ろうとする。


 パッ、パゥア……!!


「このガルミーシュの加護、確かに役には立つが!!」


 雹の乱打がその加護、黒い布の盾へと打ち当たるたびにマントは波打ち、氷の群れを溶かす。


「このオルカスの腹が割けるわ!!」


 熱されたコクピット内でその身を強ばらせながら緑色のその顔から汗を滴らせているアーティナ、彼女の脇の鈴がうるさく鳴り響き、機体異常の警報を伝え続ける。


「戦うか退くか、今が判断の最後の機会であるな!!」


「その心配はないよ、オネエサン!!」


 ボゥ!!


雨雲からその身を飛び出たせたベアリーチェ機アンズワース、それが両手で構える大鎌が強いヴァイオレットのオーラを纏い、パイロットの奇声と共に大きく振り上げられた。


「お腹を壊すよりも先に、あたしに切り裂かれる!!」


 ジィァン!!


 どうやら、アーティナ機の黒のマントの効果を見切っているふうのベアリーチェ、彼女の大鎌の斬撃を機体の身を翻し、紙一重でかわしたオルカス。その機体のバランスが過剰出力「食い過ぎ」により大きく崩れる。


「くそぉ!!」


「終わりだよ、オーク!!」


 ギィ、ギィア!!


 大鎌から紫の瘴気と共に立ち昇ぼる、あたかもその視線が吸い込まれるように白い、純白の氷の世界。そこへの入り口とも受けとれる程に歪な氷雪の波がアンズワースの目前へ形成され、それが轟音を立ててアーティナの機体へと押し寄せた。


「そのマントともども、消え失せねぇ!!」


「参ったねえ、これは!!」


 自分の見通し、戦闘の駆け引きが完全に甘かった事に舌打ちをしたアーティナの口から噛みタバコが吐き出される。それでも機体へ回避運動を強いらせながら自機の前へ件のマントをはためかせるアーティナ。


「どちらにしろ機体は爆散、ならば!!」


 コクピット背部に備え付けられている緊急用のパラシュート、稼働率五割程度のワイバーン飛行隊からのお下がりへ片手を通しながら、あくまでも黒いPMの隙をその視線から伺っているアーティナの気骨が戦さ人のそれであることは疑いようはない。


 ジァ……!!


「食い過ぎによる腹破裂が先か!!」


 アンズワースからの大出力攻撃、猛り来る氷と雪にガルミーシュの神器「裏撫鮑花」がのたうち回ると共に跳ね上がった機体出力、凄まじい熱気が包むコクピット内でオークの女騎士は急いでパラシュートをその背へと纏った。


「パラシュートはぎりぎりまで展開を控えないとな……」


 この目の前のエルフならば、たとえ相手が無抵抗だとしても撃ち落とすのに躊躇はしないだろう。アーティナの視線の先に浮かぶ霊力コンソールが機体損傷の為に消え始めた、その時。


 ポォン!!


「あん!?」


 何か、間の抜けた破裂音のような物と共にアーティナ機、オルカスの内部を今度は骨身まで凍るような冷気が渦を巻いて来る。


 ギャアァ……!!


 甲高い、凄まじい絶叫がややに事態の把握に混乱をきたしていたアーティナ、オーク騎士の耳を強く打った。


「何が、何だ!?」


「痛い、痛いィ……!!」


 蛇のように布が枝分かれをし、うねるマントをその自機の手で乱暴に払いのけたアーティナの視線に入ったもの、それは。


「よくも、よくもぉ!!」


 装甲板、その各部に氷の刃が突き刺さり、あちこちから血のように赤い循環液を垂れ流しているアンズワース、ベアリーチェ機の姿。


「反射、神器があの冷気攻撃を投げ返したのか?」


「チクショウ!!」


 ブォウ!!


大きな損傷を負ったベアリーチェ、エルフの機体がオルカスへと迫り、やみくもに大鎌を振り回し続ける。


「まさに、な」


「かわすな、オークゥ!!」


 全くな素人のように無駄な動きの多い接近斬撃、自機のコンディションが不明瞭の極まりがないとは言え、当たるようなアーティナではない。


「ガルミーシュ神の加護バンザイであるな!!」


「アンズに、エリスゥ!!」


 何かに助けを求めているベアリーチェの言葉なぞ無視し、勝機を見出だしたアーティナは大鎌、その漆黒のPMが誇る得物、武器へも少なくない損害がある事にほくそ笑みながら、自分のPMオルカスへと拍車をかけた。

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