第15話「低く陽」

  

「何かさあ、この洞窟」


 PM用の火縄銃へ洗浄棒を差し込みながら、ベオは傍らへ立ちながら同じ作業を行っているエルフへ声を投げ付けた。


「……なんだ?」


「洞窟内にかき集めていた武器やら食料とかさ」


 その無愛想なエルフの男、彼はPM火縄銃、だいたい通常の銃の二回りから三回り程度上の大きさがある弾丸の射出孔へ、ひたすらドワーフ特製の高速洗浄器具、最新の「ゴシゴシ」を差し込んでいる。


「全て、略奪して手に入れたものか?」


「違うね、人間」


 ズッ……


 ベオがその手に持つ洗浄棒、正式な名前は「カルカ」と言うらしいが、多くの銃の使用者達はそれを適当な俗語で呼ぶらしい。


「これが銃の泣き所なんだよな……」


 それを太い銃身から取りだしたベオは、その先の布へこびりついた煤やら何やらに対し、露骨にうんざりをした顔を見せ、ため息をついた。


「洞窟の品物、さ」


「お、おう」


「最初からこの洞窟にあったんだ、人間」


「へえ……」


「何か、どこかの貴族の隠れ家だったのかも知れない」


 あのデーモンが先代の野党の頭領、そいつの後釜へ座る前の頃からこの野盗団へ所属し、あこぎな稼業にその身を染めていたというこの無口なエルフ。彼が砲身から抜き出した洗浄棒には煤の汚れが付いていない。


「何にしろ、我々行くあてが無かった者にとっては有り難い寝床だったよ、人間」


「行くあてが無い、か」


「戦争だからな」


 ゴッ……


 そう淡々と、表情を変えずに言い放った彼は次の大型火縄銃の中へ高速洗浄棒の尖端をあてがい始める。


「所詮、あのハイエルフには我らの気持ちは解らんさ」


「パルシーダ、ハイエルフとお前達のような普通のエルフとは違うのか?」


「文字通りの上位者、古代からの血を引く者たちだよ」


「上位者……」


 呟くベオがふと視線を揺らした先、そのかなり離れた場所に広がる空き地には、PMの点検をしているそのパルシーダの姿。


「生意気なのは確かだけど、な」


 エルフ王子の腹心であり、ベオのお目付け役でもある彼女、女ハイエルフであるパルシーダ。その彼女に指示を受け、一人の女エルフが機体の補修部品を取りに洞窟内へ追い立てられるように駆けていく姿が見える。


「一日寝込んでいたというのに、元気な事だな、あの女は」


 この野盗達と戦った日と今日の間、昨日を丸一日中休息に費やした為に、ベオの身体の調子も悪くない。


「てっきり、寝首を掻かれるかもと思っていて、ビクビクしていたけどさ」


 ゴッツ……


 そのベオの冗談めかした口調の声にも、このエルフの男は視線の一つも向けずにひたすら作業、火縄銃へその視線を向け、調子を確認している。


「フン……」


 あのハイエルフの女とは別の形で扱いずらそうな男だ、ベオは彼の事を内心そう思いながらも、休めていたその手をPM火縄銃の機構チェックを行う為に動かし始めた。


 ポッ……


「雨か……」


「昨日も降った、人間」


「そうか」


 小雨とは言え、水滴が天から降り注ぐ中で鉄の塊である銃火器の手入れをするのは褒められた事ではない。が、すぐに止んでくれる事を願いながらベオは再び銃身内の洗浄、銃の手入れで一番面倒なそれを行おうと洗浄器へとその手を伸ばす。


 スゥ……


「お偉いさんだ」


 作業が一段落したエルフは、不思議な材質で出来た重い棒、その洗浄棒の先へと巻き付けてある布へ何かドワーフの技術が使用されているともっぱらの噂である高速洗浄棒を銃から抜き取りながら。


「お偉い?」


「ハイエルフの事だ、人間」


「そうか」


 付着をした煤汚れが自然に消え去る、その不思議な器具を空へ向け、天からの雨水を吸いとらせながら、エルフの男はベオに軽く頷いてみせた。


「偉いエルフか、ハイが付く奴は」


「私達とは住んでいる世界が違う、人間」


 吐き捨てるような彼の言葉、そのエルフはそれっきりまた無言で砲、PMマスケットを洗い続けている。


「小さい方の銃、生身で使う鉄砲も整えとくよ、エルフ」


 ベオのその言葉にエルフは無言で頷いたのみで振り返りもしない。その彼の顔へチラリと視線を送った後、ベオは人間用の武器が乱雑に積まれている大広場の片隅へその脚を向けた。


「……」


 小雨が降り注ぐ中で数歩進んだ後、ふとベオは黙々とひたすら仕事をし続けるエルフへと振り返る。


「そう言えば、俺は以外と」


 エルフの男はベオが手入れをした銃へもその手を添え、最終確認をしている様子だ。マメな男なのだろう。


「エルフ共とマトモに話しているな、ウン?」


 黙々と、本当にただひたすら自分の作業の手を止めないエルフの男へ向けるベオのその瞳には微かに感心の色。


「しかしまあ、どちらにしろ」


 その鋭く先を尖らせた耳を生やしている、エルフ族である彼の横顔。長寿種族「エルフ」である彼が程度生きているのかは解らないが。


「俺の親父たちと同じく」


 顔も口も動かさず、ただひたすらに自分の作業、仕事を続けるエルフの男。


「真面目に生きて、バカを見た男の顔をしている……」


 その男の強く痩けた頬、それを見つめているベオの瞳には複雑な気持ちがよぎっている。


 サァ……


 僅かに雨足が強く足された。











「何をやっている、ドワーフ!?」


「このエルフの機体はでヤンスね!!」


 PM達が鎮座されている場所、周囲の岩々が日陰となり、直射日光からそれらの機体が隠されるよう気を使われた一角からパルシーダの怒鳴り声、そしてそれへと反論をしているようなマルコポロ、ドワーフの声が辺りの者の耳へ木霊をする。


「油、それを追加燃料とするのはご法度なんでしてね!!」


「非常時だったのだよ!!」


「気化霊力を使うなど、他にも方法はあったはずでショウ!?」


「そんな便利な物を用意出来ない、理想どうりにいかないのが前線の戦いだ!!」


 バォン!!


 スプリート、エルフ製PMのその脚を強く平手で叩きながら、パルシーダはその端整な顔を歪ませながら、人差し指をそのドワーフへ向けて強く突き出した。


「もうこのスプリートは使いもんになんねぇ!!」


 雨が降り注ぐ中、まるで雨乞いの踊りのようなドワーフのオーバーアクションがPM群の前で披露される。


「バラして補修部品にするしかネェ!!」


「エルフのPMの修理は出来ないか、それだけが取り柄の酒樽のくせに!!」


「適当にやって動けばよし、PMをそんな風にしか見ていない能無しエルフが叩きそうな口でゲスな!!」


「何だと!?」


 チィ!!


「ドワーフごときがそこまで私に言ったからには、覚悟は出来ているか!?」


 顔を紅潮させながら脇ポケットからピストルを抜き出したパルシーダへ対抗をするかのように、ドワーフ「マルコポロ」もその腰から単発式の火縄ピストルを取り出した。


「うるせぇぞ、てめえら……!!」


「エルフが雨降り天気中で銃を持ったところで、その手の本家であるドワーフに勝てるとでも思い上がっているんでヤンスカね!?」


 隣で真面目にPMの調整を行っているオークの声なんぞ二人は無視し、ピストルを向け合わせながら互いに怒声を上げ続けてる。


「クッキーが焼けたよぉ!!」


「連射可能なホイールピストル、それを知って火縄である貴様が居丈高に出れているか!?」


 ヴァイとオリン、フォブリン族の二人がアジト前で各作業を行っている者達へ配り回っているクッキーをパルシーダとマルコポロが同時に彼らの盆から一枚づつ奪い。


 カリィ!!


 その歯へと挟み込みながら、エルフとドワーフの二人は険悪な顔を見合わせたままピストルを互いに突き付け、叫ぶ。


「どのみち、弾も火薬もなければでゲス!!」


「仕事しろと言ってんだろ、エルフにドワーフ……!!」


 いつここを引き払うかまでは決めていないが、どちらにしろ準備だけは整えておきたい。ベオ達を含めた皆へそう発案した野盗団ナンバーツーであったオークの男にしてみれば、この二人の喧嘩は人手が減るだけではなく本当に邪魔なだけだ。


「ピストルは単なる飾りでヤスよ!!」


 ガチィ!!


 火縄も着火皿も、弾丸も入っていない銃のトリガーを引いても何もおこるはずがない。自前のピストルを腰へ収め、ドワーフがエルフ、パルシーダの顔から目を離した途端。


 ザァン!!


「ウワオ!?」


 パルシーダのピストルから放たれた弾丸が足元の砂を叩き、その弾け飛んだ砂礫を見たマルコポロは、不格好にそのまま腰を地面へと落としてしまう。


「弾丸、発射準備をしたままでヤンしたか!?」


「いざというときに咄嗟に使えない武器など!!」


「銃ではご法度でヤンスよ、エルフ!!」


「ドワーフの法度など知るか!!」


 手加減という言葉を知らないのか、パルシーダはホイールピストル、ゼンマイ式の銃のそれを巻きなおし、二連発銃の弾倉をスライドさせようとしている。


「暴発でそのオッパイが削られるのが怖くないのでヤンスかね!?」


「今まで一度も削られた事が無い!!」


 プッツ……


 その二人のやり取り、一旦は無視し、自分の仕事へ没頭しようとした男オークの剃髪された緑色の頭へ何やら筋のような物が浮かび始めた。


「そりゃ、失礼な事を言ってスマンでゲス、な!!」


「いや、そういえば一昨日にあのベオに微かに削られたな、それが初めてだ!!」


「そりゃ、ヨカッタのう、ヨカッタのう!!」


「ドワーフ、お前、お前オマエ!!」


 何やらドワーフの言葉が痛い所をついたのか、本当に脳天へ来たパルシーダが魔術で安全対策をされたカートリッジ弾、それが収められた弾倉をスライドさせ、そのピストルを再度マルコポロへ向けた、その時。

 

ゴッツァ……!!


「あのよ、俺はさ」


 そのパルシーダよりもさらに脳天へ来たオークから降り下ろされた拳、頭へ襲いかかったインパクトへ二人が身悶えしている中、そのゲンコツをお見舞いした彼、厳つい顔した男オークは。


「暴力はキライなんだよ」


「ク、グッ……」


 あまりの痛みに、呻き声しか出ないパルシーダとマルコポロへ優しく声をかけながら、そのオークの男は自身の両の手、その平をパチリと合わせる。


「でも、オークなんだよな」


「ヒ、ヒヨコが目の前でダンスヤンス……」


「覚えとけ、馬鹿共」


 そう言ったきり、禿頭のオークは恨みがましげに自分を見つめる二人の異種族を無視して、再びPMの整備へとその手を戻した。











「うるさいな、アイツら……」


 とは言え、離れたベオの元、止んできた雨を潜ってここまで聴こえる喧嘩声を響かせるあの二人の声量は対したものかもしれないとベオは思い、その口を綻ばせる。


「日が見え始めている、すぐに止むな」


「では、あたしは必要ないかねぇ?」


「ああ、無駄足ですまない」


 雨足がこれ以上強くなるなら、武器類を洞窟内へと運びこもうと思い手助けを頼んだ女へ向けて、ベオは礼を言いながら軽く頭を下げた。


「じゃ、ね……」


「おう」


 空を覆う雲が急激に風に流され、その切れ目から紅い陽の光が注ぐ中、濡れた土から微かに水を跳ね上げながらアジトへと戻っていく人間の女。彼女のその姿を目の端で捉えた後、ベオは小雨が続く空へとその視線を向ける。


「今日の俺の仕事もここまでかな……?」


 剣、銃器等の点検を終えたベオは、その騒いでいたドワーフが乗り込んでいた多脚型PM「ナーイン・ゼロ」のその脚の一本へと寄りかかりながら、フォブリン達が焼いてくれたクッキーをその口の中へと含む。


「銃、火縄銃にPM……」


 戦争の在り方を、ある程度には変えた、ドワーフ達の発明品。


「そう、マスケット・ライフル……」


 武器達の中から見つけ出した、自分へちょうど良いと判断した銃、ライフル銃のその身体を軽くなで回しながら、ベオは腰へ巻き付けてある太いベルト、そのちょうど腰骨へ当たる箇所へと設けられた、剣の鞘を吊るす為の革紐を通すリベット穴にチラリとその視線を向けた。


「俺にとっては、どれも有り難い物だ」


 その穴を指で軽くつつきながら、その口から軽いため息を吐き出すベオ。どこか哀愁が漂う彼の姿を雲間から切り出された夕陽の光が際立たせる。


「PM、霊動甲冑同士の戦いなら俺は戦力と言える自信、何とかあるからな」


剣、それに魔法。それらを使う生身での戦いが不得意なベオ。彼にとっては銃器やPMを始めとした機械という物のは尊い品、であると口に出来るものだ。


「役立たずの旗印、王子様か……」


 時おり、彼が所属している傭兵団の面子がコソコソと言い放つ陰口、それは。


「まあ、慣れているさ」


 神聖アルデシア王国、彼ベオ・アルデシアが「王子様」と言われてきた時から言われてきた事である。


「ブラボー、機械文明とやら……」


 ベオがその口から放つ乾いた声、その哀しみの音色は赤く沈みかけの太陽が照らす雨上がりの大地から風に乗り、砂と共に天へ舞い上がった。

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