第12話「魔性より出でる者達」

  

「黒いPMだと……?」


「ベアリーチェ様だよ、人間」


 エルフ製PM「スプリート」を通して悪魔へかけた解呪、ディスペルの魔術に精根を使い果たしてしまったのであろう。パルシーダのその声は常の威勢からは想像出来ないほどに弱々しい。


「ベアリーチェ、エルフの王女……」


 卑劣な手段でベオの姉と弟との戦いで勝利をもぎ取り、様々な要因で生ける屍のような状態であった父と母、この周辺付近では最大の規模を誇る人間達の王国であった「神聖アルデシア」


 その国の王とその妻、ベオの両親をギロチンへとかけた張本人。


「あいつがそうか」


 ベオにとっては自分の肉親を奪い去った張本人、個人的にエルフの中で最も恨みがある女だ。


「しかし、この死に損ないに加えて、あの悪魔らしき女」


 とはいえ、いくら憎い仇の姿が目の前へと浮かんでいても、さすがにベオは目の前の半死半生の悪魔、それに加えて、新手の女デーモンの姿が視界へと映っている状態で血気に身を任せるような事はしない。


「その二匹を無視することが出来ない、な」


 そう口ごもりながらも、ベオは自機の霊波通信器を通してコクピット内へ伝わってくるパルシーダの声にも気を払おうと、その自身の耳の「たぶ」を軽く指先でなでる。何だかんだ言っても、少しは彼女の事が心配なのだ。


「なぜ、悪魔とベアリーチェ様が一緒に……?」


 パルシーダ、悪魔と黒いPMへその鋭い双眸を凝視し続けるハイ・エルフ。太古の民であるエルフ、彼女から見れば紛れもない主君筋へとあたるベアリーチェ王女の行動に疑問を抱くのはもっともであるが。


「他にも、色々な奴がここにはいるからな……」


 呻き続けるパルシーダへ答えたつもりではないが、軽くその言葉を小さく口から漏らすベオには目の前の連中の他にも注意を払わなくてはいけない者、謎のドワーフ達や傭兵団の同僚である女パイロットの事も脳裏、頭の中へとある。


 シィ……


 大きな帽子、小さなその頭へは不似合いな赤い三角錐のようなそれを片手で抑えながら、少女の姿をした悪魔が自らの同族、デーモン・アレスの元へとその細い身体を宙へ滑らせた。


「わらわ達の娘達が、よう働いておると言うのに、主ときたら……」


「でもようカアチャン……」


 スゥ……


 不満げなアレスの声と共に、負傷をしている彼のその口から火の粉が宙へと舞う。


「俺が紅い月から先発して、生け贄の首を落としたお陰でカアチャンたちは……」


「黙れィ!!」


 ヴォフィ……!!


 紅の少女のその細い身体、そのか細さからは想像がつかないような大声が強い陽射しを浴びされている渓谷を突き抜け、風鳴りを響かせた。


「怒らネェでよぉ……」


 その少女の一呵により、巨躯を誇る黒い悪魔が身を縮こませる姿にはどこか滑稽な物があるとも言える。


「俺の昔の因縁の相手だったんだよう……」


「人間などが乗り込むタイプのゴーレム、ポイント・マテリアルとか言うものであるな?」


 そう呟き、同時にこの場へと現れた黒いPMへ視線を向けながら頷く少女。彼女はしばし何かを考える素振りをみせた後、再度自分の夫、アレスの顔をジロリと睨み付けた。


「主がここまで痛めつけられるとはな……」


「何か他の奴からやられた傷もあるんだけどな」


 スゥア……


 悪魔アレスの再生魔法が再び発動し始めたらしい。徐々にではあるがその体躯から肉や骨が盛り上がってくる。


「お主」


 正体不明のPMが放った冷気のカーテンはもはや単なる霧のような物へと変化をし、消えはじめている。少女の姿をした悪魔はベオ機、デーモンキラーを見定めるかのようにその瞳を機体の獅子の顔の頭から足の先までに這わす。


「何だ、可愛いデーモン」


「ホウ……」


 シャフォ……


 昼の太陽の光、そしてこの渓谷へ吹き流れる風に少女の紅い衣服やマントがよく映え、そして揺らいだ。


「可愛いと申してくれるか」


「な、何だよ……?」


 そのベオの虚勢、何か必ずしもそれだけの気持ちが混じっているだけでない事を敏感に感じとったのか、その言葉を耳にした悪魔はククと忍び笑いを漏らしてみせる。


「その機体人形はどこで手に入れた?」


「拾い物だ」


「そのわらわの亭主の得物、烙華槍は?」


「これも拾い物だよ、お嬢さん」


「なるほど……」


 再び、少女は忍んだ笑いをその唇から放ち始めた。











「何をやってんだか、ね」


 その漆黒の装甲、特殊加工が施された外殻を持つPMのコクピット内には、昏い瘴気のような物が立ち上っている。


「何やら話し込んじゃって、ヴィーナスもみんな」


 深い、蒼い髪を無造作に刈り込んでいるエルフの少女が黒いPMのコクピット内で絵巻、絵付きの小話(こばなし)の立ち読んで、ひたすらに読みふけり、機体の操縦体勢を維持したままなおも深く読みふけ。


「フフ……」


 その本の内容が面白いのか、時折に薄く笑う。


「一応の兄上がお気に入りの女エルフもフワフワと浮いていやがるから、見逃してやってもいいんだけどね……」


 そう呟きながら、少女は一瞬だけ外界へ視線を向けたが、すぐにまた絵巻へとその視線を落とした。











「よし、決めた」


 僅かな間を置いた後、少女の姿の悪魔はそう言ってその細い首を頷かせる。


「見逃してやる、人間」


「そうかい……」


 そう言われても、ベオにしてみれば複雑な気分である。朝から戦い続けた体力の消耗の激しさから、これ以上の戦闘は無理に近いのではあるのだが。


「その金色の機械人形、ええと……」


 そのトンガリ帽子がずり落ちそうになる位に頭を傾げるデーモンの少女が何を考えているのかベオには解らない。が、彼女達悪魔へ自機を正対させ、最後の気迫を自分へ入れるかのようにベオは力の入った声をその口から言い放つ。


「リィターン、それがこの機体の名前だ」


「リターン?」


「そこのデカイ方の悪魔の言葉から思い付いた」


「ホホウ……」


 何か一つため息のようなものを吐いて、またも少女は自分の伴侶と思しき漆黒の悪魔の顔を冷たく見やる。


「ちょ、著作剣、チョサクブレードとかそういう名前の剣がオメエたちにはあったような気がするぞ?」


「主はもう黙っておれよ、アレス……」


「ヘイヘイ……」


 その少女の言葉にムスッとした顔をしながら、オーク顔の黒い悪魔は再生が完了した自分の身体へ点検をするかのように、その手をあちこちへあてがったり腕や胴、翼を動かしている。


「力のある者は乱をもたらしてくれる」


「乱、か」


「我々にとっては好都合であるぞよ、人間」


 その少女の言葉、それを聞いた時にベオはかねてから考えていた、知りたいと常々思っていた疑問をその少女へぶつけた。


「悪魔、デーモンとは何だ?」


「哲学的な疑問であるか?」


「いや、言葉を変えよう」


 もはや一刻も早く休みたい、横になりたいと心の中で思いながらも、ベオは静かな口調で再び質問を重ねる。


「お前達の目的は何だ?」


「ああ、ああ……!!」


 その質問に何かを感心してみせたかのように見える少女が、僅かにその声を弾みを持たせて何度も頷く。


「そう言ってもらえると、わらわ歪みのヴィーナスにしても答えやすい」

  

 ズゥ……


 頷く彼女の頭からまたしても赤く大きな帽子がずれ落ちる。


「この世界、そして家畜共の支配だよ」


 そう言ってニカと笑ってみせる彼女、悪魔ヴィーナスの答えにベオはコクピット内で露骨にうんざりした表情をその面へ出してしまった。


「エルフ共と同じかよ……」


「シンプルであろうに、人間」


「ベオだ、ベオ・アルデシアだ」


「わらわは痴呆が進んでおるゆえ、次に会ったときに覚えているかどうかは知らんぞ?」


「やはり、その外見通りの年齢ではないのか……」


 ファウ……


 彼、ベオの謎の気落ちと共に金色のPMデーモンキラー、いやリィターンの出力が微かに乱れたのは、パイロットの魔力や生体エネルギーで性能が左右する戦闘機械、搭乗型ゴーレムであるポイント・マテリアルでは納得のいく理由、ではある。


「帰るぞ、アレスよ」


「ヘェイ……」


 久しぶりの異界、ベオ達が暮らす世界での戦いで疲弊をしたのか、または強力な再生魔法が彼を消耗させたのか。


「おい、ベオにいちゃん」


「何だよ、悪魔……」


 はたまた恐妻の登場が影響をしたのか、悪魔アレスの声には力が無い。


「いずれ、その烙華槍の剣は返してもらうぞ」


「だから、剣なのか槍なのか……」


 スゥ……


「うわ!?」


「ところで、よ」


 いきなりベオ機「リィターン」へ急接近を仕掛けたアレス、自分の迂闊さに舌打ちをしながらも、一応はもはやこの悪魔に敵意が無いことに内心安堵をするベオ。


「あのエルフのネエチャンさ」


「パルシーダの奴がどうした?」


 狭い空き地を見つけ出し、そこへ軟着陸をしたパルシーダ機へチラリと視線を向けるアレスをよそに、ベオはいつでも自機を急速離脱が出来るようにコントロール・レバー、触り心地が良い謎の物質で覆われている金属製の操縦桿へ力を入れている。


「イイ女のようだな」


「直接その目で見ていないのにか、悪魔よ?」


「魔力で俺のケツを掘られたからよぉ……」


 その言葉と共に、わざとらしく自身の身体、それの再生をし終えた尻の辺りをその長い尾を上げてさすってみせるアレス、漆黒の悪魔。


「いずれ、俺の愛人、モノにするぜぇ?」


「勝手にしろよ、悪魔アレスさんよ」


 別にあの生意気なエルフの事などどうでも良いベオにとって、悪魔に囚われ悔しさと怯えに満ちた表情を浮かべるパルシーダ、ハイエルフの姿は見物と言えるかもしれない。


「何をしておるか、主は……」


「とっ、とと……!!」


 無駄話をしているアレスに業を煮やしたのか、魔術らしきものを使って自らの手元、中天をとうに過ぎた太陽が輝く上空へと浮遊をしている自らの足下へと、その黒い悪魔の巨躯を引き寄せるヴィーナス。


「お前も帰るぞ、ベアリーチェよ」


「はぁい……」


 せっかく絵巻の良い場面だった時に水を差され、機嫌が悪くなったのかそのエルフの王女ベアリーチェは。


 ジャァ……!!


「ちぃ、仇め!!」


 再度その大鎌を一つ振り、別れの挨拶とばかりに白く輝く氷雪をベオの機体へ投げかけた。


「ベアリーチェ、そして悪魔か」


 そのブリザードを寸前でかわしたベオが再び彼女ら、悪魔達と黒いPMの方へ視線を向けた時、すでにその三者は高速で青い大空、渓谷の遥か彼方へとそのシルエットを運ばせている。


「奴等が俺が憎むべき敵、少なくとも女エルフの奴はそうか……?」


 だが今は、激しい空腹と喉の渇き、尿意だか便意に、ともかく疲労をどうにかしたいと彼ベオは思うだけであった。











「ベアリーチェ」


「はぁい?」


「わらわの血肉、零刃昏邪映を」


 その悪魔ヴィーナスの言葉を受け、ベアリーチェはその黒いPMの手へと握らせている大鎌を軽く、からかうように揺らす。


「貸し与えている栄誉を忘れるでないぞ」


「ハァイハイ……」


「生意気な小娘め」


 笑いながらその唇を歪めてみせるヴィーナスを無視し、再びベアリーチェは絵巻を読み始める。ちょうど二巻へその視線を移した所のようであった。

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