第13話「オーク達の大地」

  

 深く月の明かりすらない闇、暗い夜空へ向けて、煌々と巨大な祭壇へ灯された炎からの煙が立ち昇っている。


「ここに偉大なるガルミーシュの恩恵、我らはさずかり」

 

 シャア……


 大型のフレイル、その先端を攻撃用の鉄槌から四角形の香炉へと変えてある儀礼用の器具から、薄い緑色をした煙と共に辺りへ焼けた木とも金属ともつかない匂いが辺りへと舞う。


「新たなる我らの武勇を成す物へ」


 生け贄が捧げられた祭壇の奥には二機のPMの姿。その機体達へ向かってオークの祭司達が一心に香炉殻竿を振り、不可思議な薫りが漂う中で祈祷の儀を執り行っていた。


「アイ、ガルミーシュ」


 その祭司達の中心に立つは、一際大きなフレイルから緑色の煙を立ち昇ばせる人間の女、彼女の声に続き。


「アァ、アイ、ガルミーシュ……」


 祭司群、祭壇からやや離れた場所であぐらをかき座っていた老オーク、その身へと纏っている豪奢な衣装の上からも分かる鍛え上げられた筋骨、彼のその強靭な身体の上へと乗る頭、オーク特有の緑色をした顔が歪むと同時に掠れた声が彼の唇から吐き出される。


 ズゥ……


「アイ、ガルミーシュ!!」


 老オーク、オーク一族を統べる大君主がすくりと立ち上がり、漆黒の夜の帳を引き裂かんとばかりの声、叫び声を上げると同時に。


「アイ、ラ、ガルミーシュ……!!」


 彼へと続き唱和をするオーク達。祭儀の前にと集い、異国譲りの絹の大敷物に各々座る彼らの数はゆうに百人は越える人数であろうか。


「我ら、オークの血脈を永遠たれ!!」


 祭司群のリーダーと思しき女、人間である彼女が放つ言葉としては矛盾があるが、それでもその思いを口に出すオークはいない。


「アァ、ライラ、ガルミーシュ!!」


 それは他ならぬ、彼女の言葉を引き継ぎその声を轟かせるオークの大君主、彼がその人間の庇護をしているからである。


「フン、女狐」


 有力者達が大祭壇、そこから人の脚にして二十歩程の距離を経て座り並んでいる列の中央へ位置する大君主、彼の真後ろへ座る若い女オークが、真正面へその身をそびえさせている、統治者にして父である彼へ聴こえない位には声を潜めるよう気を使いながら、その薄く朱を引かれた唇を軽く震わせた。


「図に乗るにも程がある、全く」


 フウ……


 その微かなため息のような音は彼女、オーク騎士アーティナがその身に纏う、レースで縁を彩られた純白の貫頭衣が風になびいた音か、目の前の父が吐き出した嘆息かはわからない。


「あまりクロトの奴の悪口を言うでないわ、アーティナ」


「年頃の娘の愚痴口ぐらいは聞き流してほしい物だ、父上」


 老オーク、大君主には往年の力こそないが、元は全オークの中で最強の戦士であった男だ。いくさ場で鍛えぬかれた五感、耳の良さなどに老いなどないのであろう。


「親心だよ、アーティナ」


「フン……」


 どちらにしろ、せいぜいな所にそのアーティナ、大君主の娘にしてオーク強襲突撃隊の長を務める騎士。彼女のように冷ややかな視線を人間の女祭司へ向けながら、せめてもの姑息な反感を示してみせるのが関の山だ。


「ライラ、アイ、ディメデーリア、ペルセポネード!!」


 娘とのヒソヒソとした話から、自身の祭儀主宰者としての役割にその口を戻した大君主、その彼が儀礼を締め終わせる為の最期の轟声が夜の闇を震わすと共に。


 ドゥフゥ……


「ハウ、デス……!!」


 生け贄の魔獣のその首が大君主の参謀役、オーク部族連合統率者が腹心によって振るわれる巨大斧によって切り落とされた。


 ボフォオ!!


 その肉塊からほとばしる血の贄と同時に、一際高く祭壇を包む炎、猛火の柱の威勢が増し、周囲を昼のごとき明るさへと変幻をさせる。


「アアイ、ガルミーシュ!!」


「ガルミーシュ、ガルミーシュ……」


 その瞳に宿る冷ややかな光は別として、今の祭司や大君主へ含む所、不平不満があるアーティナを始めとするオーク達にしても、一応はその唱和へと参加をし、たけびの声を上げた。











「ガルミーシュ、か」


 その儀礼を遠目に見つめている、丸太へ腰を掛けた人間の男が隣のオークから焼いた肉を分けて貰いながら、微かに皮肉げな笑みを浮かべてみせた。


「よく解らん神様だ」


「言ってくれるではないか、人間よ」


 焼かれている魔獣「グリフィン」から器用に翼の肉を切り分けているオークが、その人間の言葉に顔をしかめながら酒の入った瓶へとその手を伸ばす。


「昔からの我々の神様だよ、ガルミーシュは」


「神様、ね」


「フフ……」


 まだ若いオークの戦士、彼はその人間の皮肉、見方によってはオークへの侮辱とも取れない言葉にも腹を立てた様子はない。酒をちびちびと口へ含みながら、グリフィンの翼の肉を頬張っている。


「旨いな、このグリフィンの肉は」


「オーク達に人気のある、珍味ではあるのだが……」


 その青年オークの言葉に、彼らの近くでじっと儀礼、有力者のみが参列を許されている戦祭儀をうらやましそうに眺めていた女が微かに吐息を吐き出した。


「贅沢品だ、グリフィン肉はな」


「そうなのか、女?」


「こういう時、儀礼用に捕らえた生け贄のおこぼれでしか、あたしら一兵卒は味わえない」


「へえ……」


 オーク領へある大荒野へと逃げてきた人間の傭兵、ルクッチィはそのオークの女兵の言葉に頷きながも、程よく筋肉質、歯応えのあるグリフィンの肉へ香辛料を振りかけながらその歯を突き立てた。彼の口中へ香ばしい香りが満ち、その舌を喜ばせる。


「ガルガンチュア、お前達人間のリーダーからの連絡はまだ来ないな」


「人間の領地、北端のダキアが落とされたからな」


「さすがにエルフ」


 グリフィンの翼を食べ終えたオークの青年の元へ、祭壇を取り囲むように身分の低いオークがおのおのに縄張りを張っているキャンプ、その内の一つからやってきた伝令の言葉へその耳を傾けつつも、彼は人間の傭兵へからかうような声色の軽口を叩く。


「謎の悪魔の出現にもよらず、お元気なこって」


「一対一では人間はエルフに勝てんからなあ……」


 そのエルフ達の猛攻により、旧アルデシア王国の敗残が中心となって組み上げた傭兵団が散り散りになってしまった為に、彼ルクッチィを始めとする傭兵の一部は東のオーク領へ逃げ込んできたのだ。


「南部、トラキアまで逃げていてくれれば良いが」


「お前達の最後の拠点だな?」


「小さな、仮初めの王国みたいなもんだよ、トラキアの城塞は」


 トゥ……


「スプリガン将軍はおるか?」


「これはブリティティ様……」


 その人間の傭兵と話していたオークの青年、彼は焚き火へと近付いてきたオークの参謀へ向けて膝をつき、その頭を下げる。


「あぁ、よいよい……」


「ハッ……」


 先程まで生け贄を屠り、神前へ捧げるといった大役を行っていた参謀は、その厳つい手の「腹」を目前でかしこまるオーク青年、オーク全軍の指揮権を持つ若きスプリガン将軍へ押し出し。


「ワシもいただくよ、将軍達」


 堅苦しい礼は無用だと言う事をその身で示すかのように、グリフィンの肉を腰に差してある短刀でひとかけら切り取った。

 

 ドゥ、クァ……


「人間の戦士よ」


 深く椅子代わりの丸太へその腰を下ろしながら、オークの大君主の腹心であるブリティティはグリフィンの腹の肉を小さくちぎりながらその口へ放り込み、ルクッチィへ向けてそのシワだらけの顔を綻ばせてみせた。好々爺の笑みのそれである。


「オルカス、オークのPMには慣れたか?」


「難しい所があります、な」


「身体への負担か?」


「もともと、筋肉の塊であるオークに合わせた生命維持機能しか持っていない機体ですよ」


 その無礼とも取れるルクッチィの言葉にも、その場にいるオーク達は声を上げて笑うのみ。


「人間やエルフ達の社会ではこうはいかない……」


 もちろん、ルクッチィのPM操縦技術を含め、戦士として優れているゆえの寛容ではあるが、オーク部族連合の合同戦闘部隊「騎士団」の長であるスプリガン将軍、そしてオーク社会のトップたる大君主の右腕がいるこの場で行ったルクッティの発言、他の土地で出来るものではない。


「ガルガンチュア殿にはオーク製の新型を送っておいた」


「そりゃ、また……」


「それとお前達のアンゼア、人間のPMと掛け合わせるがよい」


 老齢の為、歯が抜け落ちているブリティティ参謀は肉、食べ物を噛み砕くのに苦労をする。傍らのオーク女兵から酒袋を渡してもらい、その中身で硬めのグリフィンの肉を喉へと一気に流し込む。


「スプリガン将軍」


「ハッ!!」


「ドワーフ達の砂漠油田を攻める」


 パァチィ……


 その身を食べられ、骨が見え始めたグリフィンを焙る火が軽く弾ぜた。


「ドワーフ共との戦か……」


 ルクッチィ、人間の傭兵と反対側の丸太へ座っていたオーク騎士が隣の者から口直しの実、ザクロを果実を分けてもらいながら、その指を自分の顎へとこすりつけながら考え込む。


「新型、新しいPMの有効活用には霊動エンジンだけに頼る訳にはいかんのだ」


「エルフ共は?」


「そちらとも戦う」


 事も無げに言い放つブリティティ、参謀の言葉に、スプリガン将軍はその牙をカチリと噛み鳴らし、僅かにその眉を目頭の上へと閉じ合わせた。


「二面戦闘、戦力の分散は危険では?」


「エルフ共、奴等との矢面に立つのは人間だよ」


 その老オークの言葉には、オーク軍団の外人部隊として組み込まれた人間戦士隊のリーダーであるルクッチィは苦く笑うしかない。


「どうなることやら、俺達は……」


「見捨てないだけありがたく思えよ、人間」


「まいど、ブリティティ殿……」


 バァフ……!!


「痛いな、老参謀さん……!!」


「ハッア、ハッハッ……」


 老いてもなおその腕力を失わない初老のオーク。彼のその力が入った掌の一撃、何の意味合いをこめられているのかがよく解らぬその平手を背へと受けたルクッチィが咳き込む姿に、彼オーク参謀は声を上げて笑い声を辺りの闇へと響かせた。


「盛んだ、若い人間よ」


「オークという奴等は、全く……」


 ぶつぶつとブリティティへ対して文句を言う人間の傭兵。彼の膝を軽く叩いてやってから、老参謀はその太い唇へと付いたグリフィンの肉の油を自身の太い腕で乱暴に拭い取る。


「フフ……」

 

 未だにその顔へ笑みを浮かべながらも、その腰を押さえながら立ち上がったブリティティに対してスプリガン将軍が少し慌てたようにその口を開いた。


「食料が不足しているとの報告が先程、他の縄張りの者から来ました」


「そうだな」


「今夜の各オーク達の宴では良いものを食べれておりますが」


「ン……」


 その言葉にオークの老参謀は、暗闇の中で至るところでオーク達が火を焚き、魔獣や動物の肉と酒を喉へ入れながらバカ笑いをしている光景を目にいれた後、そのポツリポツリとした焚き火が織り成す輪が取り囲む祭壇、オーク族の聖地でもある祭儀施設へとそのどこか複雑な色を封じた視線を投げつける。


「アーティナお嬢の補給略奪隊に任せるしかあるまい、今の所はな」


「補給略奪とは、凄い部隊名だなあ……」


「オークにとっては、補給はすなわち略奪であるよ、人間」


 ブリティティのその言葉、それに焚き火のオーク達が再び皆、声を響かせて高く笑う。


「オークの騎士道、所詮はこんなもんかな?」


「何度もお前達人間から食料を奪い去ったあたし達が憎いかい、人間?」


「当たり前だろ……」


 その言葉と共に仏頂面へとなるルクッチィへ、声を忍ばせながらそのオーク女兵は彼の手にザクロ、オーク達の間ではガルミーシュ、戦神にして豊穣の神の好物として縁起物となっている果物を渡してくれた。


「昔の人間、主に女の戦乙女は我らに捕らわれた時は気丈なものでな」


「時折、裏で流れている絵巻で詳細を見たことがある」


「それは春画であろうに、人間……」


 立ち上がったままで苦く笑うブリティティに対して、ザクロの実をかじりながらその両の肩を竦めてみせるルクッチィ。他のオーク達も笑みをうかべているが。


「戦乙女、騎士道を持つ聖女か……」


 スプリガン将軍のみは酒袋へその口をつけたまま、何かを考え込んでいるような仕草をみせている。


「その捕らえた女騎士の内、一人がオーク社会に認められましたな、ブリティティ様」


「ン……」


「それからだ」


 そのスプリガンの言葉、それに対してオークの老参謀はどこか複雑な表情を浮かべたまま、自分の顔から猪首までを手のひらで擦りつつ軽く鼻をヒクリと動かした。


「騎士道という思想が我らに芽生えた、彼女によって持ち込まれたのでしたね、ブリティティ殿?」


「ワシの妻、死んだアヤツがな」


 ブリティティ、老参謀の寂しげな声が焚き火の面々へと伝わった、しばし後に。


 ジャ……


 ザクロの実をツマミに黙々と酒を呑んでいたオーク騎士、スプリガン将軍の部下である彼がその腰から短刀をゆっくりと抜き、月や星の輝きが無い天へと向けて突き出しつつ、何やら簡潔な祈りの言葉をその舌へと乗せる。


「その参謀殿の奥方の魂、剣の聖女のそれはガルミーシュ神の元へと行かれたであろう」


「フゥン、剣の聖女ね……」


 酔っているのは確かであるようだが、そのオーク騎士の声には揺るぎが無いことにルクッチィはザクロのその余りを飲み下しつつ、何か不思議な物を見つけたような視線を彼、そして周りのオーク達へ投げ放つ。


「あちこち曲がってはいるようだが、真面目に騎士をやろうとはしているようだな、あんたらは」


「あまり過度な期待をするなよ、人間」

 

 グゥビ……


 オーク将軍の飲んでいる酒はかなり度数が高いようだが、ルクッチィへ返事を返す彼の声はしっかりとしたものである。酒豪なのであろう。


「アーティナ殿のように、格好つけだけで名乗っている奴の方が多い」


「アーティナ、オークの女騎士か……」


 その将軍の言葉に、以前に彼が所属する傭兵団、ガルガンチュア隊長が率いる主力部隊が警護をしていた、エルフとオーク達の土地、両種族の領土から程近い場所にあった村。


「確かに、あの村へ攻めてきたその女、アーティナとやらの部隊は遠慮容赦という言葉を知らなかったように見えたよな……」


 そこへ正にそのオーク騎士であるアーティナ率いる襲撃隊が襲ってきた出来事がルクッティの脳裏の片隅へと甦り、彼はその時の戦いの記憶を否応にも思い出さられてしまう。


「そういえば、以前に」


「はい?」


 ブリティティのそのシワだらけの顔、そこから放たれる強い光が再度酒をその口へ含み始めたルクッティの瞳の奥を覗き込んだ。


「アーティナお嬢と上手く渡り合った使い手、PMパイロットがいたようだな?」


 その老オークの言葉、それにルクッチィは内心自分の頭の中で思い出していた事をこの参謀へ見抜かれたかと思ったが、彼は僅かな心の動揺を押さえながらに突っ立っているままのブリティティを見上げ、顎を手前へと引きながら低く出る声で答える。


「ベオだよ、ブリティティ殿」


 ベオという名前、それをルクッチィから聞いたときにその参謀と将軍、二人のオークの口から微かな唸り声が低く放たれた。


「アルデシア王国の元王子、王家の生き残りだったな、人間よ」


「俺たちの旗印だよ、対エルフ戦のね」


 ブリティティ、立ち去ろうとしたまま何気なく会話を続けてしまっていた老参謀はその太い脚へ軽く力を込め、再び焚き火を囲むメンバー達へその顔を正対させた。グリフィンを丸焼けへとした火が彼の顔へ不気味な陰影を生む。


「彼は元気かな?」


「行方不明だ、落盤に巻き込まれてな」


「やはりそうであったか、人間……」


 そのオーク参謀の言葉、その言葉尻をルクッティは聞き逃さない。もともと彼は五感が鋭い。元々の身分が低いとはいえ、その戦士としての能力は他の騎士階級の者達にも高く評価をされていた。


「知っているのか、オーク参謀殿?」


「その彼が乗っていたらしきPM、それがエルフ共に連れ去られていたとアーティナお嬢が言っていた」


「オイ!?」


「混乱状態に陥った戦場での視認ゆえ、確かとは言えないが、人間」


 そのブリティティが首を傾げながら思い出そうとしている物事、それに対しスプリガン、オークの若将軍と他のオーク達も聞き耳を立てている。


「ガルガンチュアと言ったっけ?」

 

 ココッ……


 ルクッティの隣の女兵オークがコップへ酒、どぶろくを注ぎ彼へを手渡しながらニヤニヤと嫌な笑みをその顔へと浮かべている。彼女のキバ、オークの特徴であるそれが焚き火の明かりを受け、白く輝く。


「やきもきしているんじゃないか、あんた達のリーダーは?」


「その通りだよ、全く……」


「これで人間達もオシマイかしらね?」


 女オークの白いキバ、何かそれが彼女のからかいの言葉と同時に軽く揺れたように見える。


「我らとしても、人間共がオークの盾になってもらわないと戦力面で不安要素が出るんだが、ね」


 将軍スプリガン、オーク将がポソリと呟いたその台詞、それは無論の事に人間であるルクッティにとって色々な意味で面白いはずがない。


「人質としてそのベオ王子がエルフ共の手で突き出された時の対応、我らオークも考えておかねばなるまいな」


「すでに俺達のガルガンチュア団長」


 フォフウ……


 夜が深く更け始めた広い荒野へ、冷たい風が僅かであるが吹き始める。


「アルデシアの元近衛騎士長さんはお偉方と会議を開いて、考えているようだった」


「当然だな、ニンゲンよ」


 ルクッティが吐き捨てるように言い続けた言葉、それに軽く頭を押さえながらブリティティ参謀は深く、何回か頭を頷かせてせた。


「さて……」


 今度こそ、この老参謀はこの場から去っていくつもりだろう、ひとしきり周りの者達の顔を見渡した後、いまだにその聖火が燃え盛る大祭壇との反対方向へその脚を進める。


「寝る前にワイバーン達の様子を見ておくんだよ、ワシは」


 誰にともなく、そう呟きながら夜の闇へと溶け込もうとするブリティティ。


「参謀殿、あなたもアーティナ様の補給襲撃を手伝うので?」


「今ではワシのような老兵、ワイバーン戦術なんぞ時代遅れなのだが、な」


 夜の闇に紛れ込んだ、老オークから響く微かな笑い声。


「隠居も出来ないか、オークの参謀さん?」


「無駄飯食らいなぞ、このオークの土地では養えるものか、人間の傭兵よ」


「まぁ、な……」


 ジャ……


 闇の帳へと投げ込まれたルクッティの声に、再びオーク参謀は乾いた笑い声を上げながら、石くれだらけの、荒涼とした大地にとその足を強く踏みしめる。


「どちらにしろ、この土地ではまともに農耕等は」


 漆黒の夜の帳が覆うオーク達の故郷、まばらな草木しか生えない荒涼無味な大地。その土地の微かに上表面を強くなってきた風が這い撫でて、その薙ぎ風がルクッチィ達が囲む焚き火、さかる炎を強く揺らす。


「人間達がやっている軟弱な生き方、それなんぞは出来ん相談だからな……」


そのブリティティの声、それに限りなく深い悲し気な色が混じっているように思えたのは、旧アルデシア王国、人間の王国で一兵士をやっていたルクッチィの気のせいであろうか。

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