第11話「デーモン・キラー」
「再生の魔法か」
デーモン、悪魔の右肩を炎の魔剣は捉えたが、みるみる内にその傷がふさがっていく姿を見つめながら、ベオはコクピットの中で軽く舌を打つ。
「決して、俺は魔法が得意ではねぇがね……」
それでも、その深い切り傷を閉じさせる程の早さの再生魔法は並半端な術師に唱えられる物ではない。
「やはりと言うべきか、魔剣の炎は通用しないな」
「たりめぇだ、バカ」
ベオ機、デーモンキラーがその手に持つ刃から吹き出る炎は悪魔の硬い皮膚を全く傷つけない。チロチロとした魔剣の残り火があたかも雨に濡れた若葉の表面、そこへ浮く水滴のようにそのデーモンの右肩の辺りを這い落ちる。
「さすがに、そこいらから拾った得物」
悪魔がそう呟きながら見つめる自身の得物である大戦斧。それでベオの魔剣を正面から受け止めたが故に、熱で斧の刃が溶解し、肩へ剣を滑らし傷を受ける羽目になったのだ。
「この場合、もしかしたら俺が素手で殴った方が強いかもしれんな」
「やってみればいいだろう、悪魔よ?」
「さて、ね……」
ブォフ……
幾度目かの、その太い両手で無造作に悪魔が振るう斧がベオ機へ向けて唸りを上げる。
「この機体、デーモンキラーと言うより」
何十回も悪魔の攻撃を受ける内に、余裕がその顔へ出てきたベオ。彼は自身が乗る黄金の機体を襲う大斧による斬打撃、それをその剣で受け止めようとも、かわそうともしない。
ピィン……
「デーモン、悪魔に対する盾だな」
水晶を叩いたような音と共にデーモンからの攻撃を完全に弾き続け無駄とする、PMデーモンキラーの金色の装甲板。
「誰が作りやがったんだか、素敵なリターンめ」
その凛と鳴り響く高音と共に一瞬で展開をされる薄い障壁は、悪魔そのものにも、彼がその手に持つ斧自体へも消耗を与えているようだ。微かにデーモンの吐息がかすれ、斧の刃がさらに溶け落ちる。
「リターン?」
「俺達を魔界へと押し戻す為に、あの遺跡からそいつを復活」
ついに悪魔はボロボロとなった大戦斧、もはや単なる鉄クズと化した己の得物をその岩と見間違うほどにゴツゴツした逞しい両手、握りこぶしを開いて宙へと放り投げた。
「リターンさせたんだろう、おめえは?」
「拾い物だ、このPMは」
「そうなのかい、小僧?」
「偶然に、な」
相対するデーモンが武器を投げ捨てたといっても、無論ベオは油断をしない。
「俺にも消耗のリターンをかけているようだからな、このPMのバリアの様なものは……」
何気なく悪魔が繰り出した単語をその口へ乗せてしまった事にベオは苦く唇を歪めながら、機体のバリア発動と共に生身、自身の内臓へ疾る不快な振動の余波に耐えるよう、息を大きく吸い込む。
「まだ無駄をやりたりないか、デーモン?」
ベオにしても、ダラダラと得体の知れない相手との戦いなどしたくはない。戦い続けてもろくに得るものはないのは解るが、引くタイミングも全く解らない。
「そんな生意気な台詞を言うオメは……」
悪魔の声にも僅かに苛立たしげな色が含まれている。なにしろ、斧や炎の吐息、魔法を含めて自分の攻撃がベオの機体には全く通用しないのだ。
「おい、若造」
「何だ、命乞いか?」
「勝ち乞いならしてぇがな」
フォン……
漆黒の翼、悪魔と言えばこれだと世の人がおもうであろう姿格好を有しているデーモン、その魔物がどこか馴れ馴れしい声色を使いベオへと話しかける。
「名前は?」
「ウン?」
「名メエだよ、オメエの……」
そう言いながら、悪魔はわざと見せびらかすように腰の二連ピストル、自身が巨大化したと同時にその体躯へ似合うサイズとなった銃器を軽く縦へと揺れ動かした。
「ベオ・アルデシア」
「アルデシア、懐かしいリターンだ」
「リターン、リィターンとまるでオウムのように……」
悪魔の妙な言葉癖に、不満げにコクピット内で顔をしかめてしまう、神聖アルデシア王国最後の王位継承者であるベオ・アルデシア。
「俺は名乗ったぞ、デーモン」
「おう」
バゥ……
クルリと空中で縦に一回転をしてみせた悪魔にベオは警戒をし、自機を少し身構えさせる。昼の空の中、舞うデーモンの身体から紅い燐がこぼれ落ちる。
「アレス、魔界一の戦士だよ」
「そんな程度の腕でか、デーモン?」
「あのエルフのネーチャンが乗っている、ヘンテコなゴーレムの姿を見てもか?」
「しゃしゃり出ただけだろう、あいつは……」
先程からかなり離れた場所でホバリングをしているパルシーダ機は、デーモンの大斧にその剣もろとも機体の片腕を切断されたのち、遠目にベオと悪魔アレスの戦いを見守っているだけだ。
「今もやっこさんはしゃしゃり出ているぜ、ブラザー?」
「お前に兄弟と言われる筋は無いし、あいつはじっと左腕をお前に向けて伸ばしているだけ……」
そう呟きながらも、何かその悪魔の言葉が気になり、チラリとパルシーダが乗るPM、スプリートへとその双眸を向けてしまったベオ機へ。
ヴォフ……
「ツレのエルフ女、気になったか?」
悪魔が軽口を叩きながら、軽く炎の息を吹き付けてくる。
「別にどうでもいい女だよ、アイツは」
「冷てえなぁ、最近の人間は」
「炎も言葉も生暖かいんだよ、悪魔」
「お前が着込んでいるゴーレムへの過信、その内に身を滅ぼすぜ」
その悪魔アレスの吹くブレスは、やはり機体そのものにも内部のベオに対しても傷を負わす事は出来ない。
「その烙華槍さ、人間」
「ラッカ、ソウ?」
デーモンが囁いた謎の言葉へ疑問の声を出したベオに向かい、悪魔はその厳つい顔を軽く緩ませながらその無手となっている腕、その右手の先をベオ機デーモンキラーが手へと掴む炎の魔剣を指差す。
「おめえは手に入れたばかりだな?」
「ラッカ槍、剣ではなく槍ね……」
口ごもるようにその名を言いながら、ベオはコクピットのマジック・ミラー越しに自機の右手へとその視線を送った。
「さっき、お前はコイツを自前の酒瓶とか何とか言っていたが……」
ベオ機がその手に持つ炎の魔剣、それが本当に自分の目の前にいる悪魔の物だったのか、考えても答えが出るものではないが。
「烙華槍、それがコイツの名前か」
名前の由来などは解らない、が、ベオにはどう見ても剣としか見えない自分の得物を槍と呼ぶのは抵抗がある。
「そして、恐らくロクにソイツの使い方も知らんみてぇだ」
「解ってほしくはなかったな、デーモン」
「その剣を切る、突く、火を放つの三拍子しかやらねぇ」
そう言った後に悪魔は、わざとらしく「ヤレヤレ」といった風に首を振る、何か腹の立つそぶりをベオの機体へ向かって見せつけた。
「せっかくの烙華槍がよ」
「剣なのか槍なのか、どっちだよ」
「だから、使い方を知らねぇみたいだと言っているんだ、俺は」
ベオを馬鹿にしたかのように、その黒いオーク顔、自前の鼻を鳴らしてみせた悪魔は、無造作にその左手に持つピストルをベオ機へ向け、引き金へと手を掛ける。
ガフォ!!
「何ィ!?」
その驚愕の声はベオと悪魔アレス、二人のその口から同時に宙へと放たれた。
「やってくれる、悪魔め……!!」
「このジュウとやらだと、金ぴかに通用するのかよ、オイ!?」
どうやら、どうせ効かないだろうと冗談半分で放たれた火縄ピストル、その銃弾がベオ機へ有効打を与えた事に、漆黒の悪魔、アレスの口からはしゃいだ声が周囲へと飛ぶ。
「必ずしも、この機体のバリアが効かなかった訳では無いらしいが……!!」
対デーモン用のバリアが発動するときに聴こえる涼やかな音と、それを聴くと同時に襲う身体へのプレッシャー。それをベオはいまの銃撃の時でも感じること自体は出来た。
「でも、一発しか出なかったぞ、このカラクリは?」
巨大な二連ピストルの砲身の引き金をきちんと二つ続けて引いたのに、ベオ機を襲った弾丸は一発のみである。
「どういう仕組みなんだぁ……?」
銃器には全く慣れていないのか、しばらく二連ピストルを眺めていた悪魔は、愚かにも不発であった方の銃身の穴を覗き見て、その彼の太い指がその中へ突き込む。
「オイ、悪魔……」
別に目の前の相手、デーモンの心配をしてやる義理などないが、ベオ少年が所属をしている傭兵団の団長、旧アルデシア王国の元の近衛騎士団長、彼からベオはどこかお人好しが過ぎる所があると注意を受けた事がある。
ボワォ!!
「ガウァ!?」
「言わんこっちゃない……」
遅発を起こした火縄ピストルの弾丸が、右手の指を突っ込んでいたデーモンのその手を吹き飛ばす。
「ク、クッソウ……!!」
その悪魔の右拳の肉が削り取られると同時に。
シュアァ!!
「ディスペル、解呪魔法だと!?」
漆黒のデーモンの身体を紫色の網が覆い始めた事に、悪魔アレスは二度めの叫び声を上げた。
「あのエルフのネーチャン、機会を狙ってやがったな!!」
「やるな、パルシーダ……」
しかし、片手のみになっているパルシーダの機体はかろうじて宙へ浮いている状態だ。霊動エンジン・コンバーターからもうもうとした、煙とも霧ともつかない気体を吹き落としているPMスプリート・タイプ。
「冷風のエンジンと相性が最悪の引火油予備燃料を使用している、大丈夫か?」
その緊急手段を使用している事からも、ベオにはパルシーダが極度に消耗をしている事が見てとれた。
「やむを得ねぇ、ここは引かせて……」
紫の投網が自身の再生魔法を遮っている事に舌打ちをしながら、悪魔アレスがそう言いかけた、刹那に。
ズゥアァア!!
「今度は何だ!?」
いきなり自機を襲う凄まじい爆風に、ベオは瞬時に今、何が起こったのかまったく理解できない。
「デーモンが爆発をした、だと?」
先程のピストルの暴発とは比較にならない程に引き裂かれたデーモンの黒い体躯。片足、そして片方の翼が完全に消滅をしている。
「グ、ファ……!!」
さすがに、謎の攻撃を受け致命傷を負ったデーモンにはとっさに言葉を発する余裕なぞないようだ。
「聴こえますか、そこの金ぴかさん!?」
「誰だ!?」
微かに狼狽をしているベオ機の通信機へ通して伝わる、幼い少女と思しき声。
「この通信チャンネル、伝わっているなら返事をしてくれい、金ぴか」
今度は低い、野太い男の声だ。
「ドワーフなまりの標準言葉、もしかしてあの多脚PMのパイロットか?」
「当たりだよ、おそらくは人間と思わしき美少年」
「美少年と世辞を言う事は、俺の姿がみえているのか?」
「ドワーフ・スーバーセンスで解んですよ、旦那」
何かよく解らない言い方をするドワーフらしいが、この通信で大体の成り行きがベオには解ってくる。
「加農砲か、ドワーフ」
「さっきから、よく狙いを定めてましたでヤンスからね」
「だが、何であんたが俺達の味方を?」
「ソイツは……」
シャ!!
加農砲の直撃を受けた悪魔が、残った片手でベオの機体を薙ぎ払おうとデーモンキラーへ肉薄をしてくる。しかし、その動きは。
バ、シィ……
「ヤキが回ったか、俺は……!!」
「悪いな、悪魔」
その緩慢な動作の悪魔の手を振り払ったベオの金色機体、その手に持つ魔剣をベオは静かに構え直す。
「悪魔はその名の通り悪、それがいわゆる常識であるのだが」
しかし、その剣を構えるベオの心にはこの目の前の怪物を仕留める事へ対する僅かな躊躇いがある。
(俺は自分の目で悪魔とやらの残虐行為を見ていない)
所詮は悪魔、デーモンと戦うのはこれが初めてであるし、全ては書物や耳学問、噂で聴いたのみの悪魔という種族の「悪」
クゥ……
「しかし、いくら憎めないバケモノでも」
短く、しかし深く重くその頭を振り、その考えを脳裏から振り払おうとするベオ、彼の機体の腕が魔剣をより深く握りしめる。
「とどめを刺させてもらうよ、悪魔アレスとやら」
「これだけ俺の出力が低下を起こしたら、逃げ切れねぇし魔法も封じられていると来たもんだ……」
この半死状態の悪魔であれば、たとえ魔剣の炎が通用しなくても、剣そのものだけで殺す事が出来るとベオが思うのも無理はない。
ジィ…… ジッジッ……
「それでも、足掻きはさせてもらうぜ、リターンマン」
ベオの耳へ鳴り響くノイズ音は悪魔の虫の息を意味しているのであろうか、ベオは剣、烙華槍というらしき剣、これの持ち主であると語った悪魔アレスへそれを腰だめに構え、瀕死の悪魔へ紅い刃を突き立てようと機体を身構えさせた。
ギィア……!!
黒い血と共に赤い燐の光を迸せながら、デーモンがベオ機へと拳を振り上げ、迫る。
チィ……
「じゃあな、アレスとやら……」
弱々しい悪魔の拳が金色の装甲を滑り、体勢が崩れ、僅かに後退をしたデーモンにベオが魔剣を突き立てようと操縦桿を手のひらの汗と共に深く握る、が。
ドゥウゥ!!
突如として、ベオの視線の先に現れる白い闇。
「冷気、魔法か!?」
遥か高空から降り注いだ、機体越しにもベオの身を切るように強い冷気、それを放つ氷雪の壁が金色のPM、デーモンキラーと悪魔の間の空間を遮断した。
「何をやっておるか、主は……」
「ゲッ、カアチャン……!!」
フワッ……
満身創痍になりながも、闘志、そして「元気」を失わない悪魔アレスが、天から降り立ってきた赤ずくめの少女の姿に妙な悲鳴を上げる。
「新手の悪魔か、この娘は?」
赤い、その小さな身体には不似合いな位に大きいとんがり帽子をその頭へ乗せている少女をベオはじっと見やりながら、自身の疲れ、疲労を振り払おうと操縦桿の基部へ括りつけてある栄養ドリンクへとその手を差し伸ばす。
「けったいな技術で、わらわの夫をここまで追い込んだか……」
神経質そうに帽子を手を押さえながら、その頭から足の先まで赤ずくめの少女はベオの機体、デーモンキラーへ向けてジロジロと品定めをするようにその目を這わせる。その頭の動きと共に彼女、悪魔であると思われるその少女が羽織う深紅のマントが渓谷の風を受けてフワリと空へなびいた。
「あれは、あのPMは……」
コクピット内で荒い息を吐いているパルシーダ、彼女は少女と同時に出現した一機のPM、ちょうどベオ達を見下すように滞空をしている漆黒のPMの姿を見つめながら低く呻き声を出す。
「ベアリーチェ様……!!」
その黒いPMの手に握られる大鎌から放たれ続ける氷雪の壁。
シィフ……
そのベオと悪魔アレスとの間の空間を遮る、美しくもどこか残酷さを感じさせる白いカーテンへ陽の光が乱反射をし、一層その氷雪は輝きを増した。
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