第10話「悪魔アレス」


「ドワーフ共の機体なんぞに構うな!!」

「そりゃ、逃げきれればいいんだけどよ、パルシーダ!!」


 ベオが乗っているPMのコクピットへ浮かび上がる霊波レーダーの幻影、それにはドワーフ製のPM、それのポインタが確かに写ってはいる。


「何か、別のハエもいやがるんだよ!!」


 そして、その敵性のドワーフPMと同時に、不明な魔力の発生源を表すポインタがレーダー上を突き進む。


「だから、無視をすれば良いと!!」

「もう遅い、速い!!」

「遅いなら早く無視ができるだろう、人間!!」

「速いから遅いんだよ、パルシーダ!!」


 僚機へ怒鳴り返すベオに向かって、黒い光を翼としながら凄まじい速度で接近をしかける、大斧を握りしめた生身の男の指先から火球の弾幕がベオ機へ飛びかかる。


「腕が立ちそうな振る舞い!!」

「立つさ!!」


 野太く、威勢の強い男の銅鑼声。


「コイツらのリーダーか!?」


 急速接近をする男の顔かたちをコクピットのマジック・ミラーごしにその肉眼で睨み付けながら、ベオは魔剣の炎を威嚇の為に吹き上げた。


「別にコイツらの事なんざ、どうでも良いと思うのがリーダーと言うならさ!!」


 男の火焔術、火球の魔法はベオ機へ全く損害を与えていない、微かにその顔を険しく歪めた野盗の頭と思わしきその男へ、再度ベオは威嚇の為にその炎の剣をかざす。


「そうなるだろぅな!!」

「身体も器も!!」


 よほど何か炎に対する防護策があるのか、男は全くベオ機の魔剣に怯まず、飛行魔法の速度を落とさない。


「チビ、小さい野盗リーダーが!!」

「そりゃ、手前がそのデケェものに乗っていれば、そう見えるだろうよ!!」


 男が大斧を持つ反対側の手、その手に持つ酒袋のその最後の中身を一気に口へと流し込む野盗頭。


「それい!!」


 空となった酒袋、それと同時に再度火球の魔法をベオ機へ向かって男は無造作に投げ放った。


「バカにするとは、チビの頭のクセに豪胆な奴!!」


 PMにとっては微細な火球の魔法、それに加えて酒の袋へ一瞬に目を取られたベオへ向けて、大男は大斧を振り上げながら迫りくる。


 ギィア……!!


「優秀な戦士のようだな、野盗!!」

「あたぼうよ!!」


 ベオが振るう魔剣を見事にかいくぐった男の持つ大斧が金色のベオ機のコクピット付近、その装甲部分へこすれた。


「だが、中身がチビだからな!!」

「ソイツから下りてもそう言えるかい、小僧!?」

「俺のチビを見せる前に、弾き飛ばす!!」


 男の大戦斧は全くベオ機へ損害を与えていない。飛行術を使い急速にベオの機体から離れていく野盗頭の男の背へ、パルシーダの機体から支援の霊力弾が追撃を仕掛ける。


「簡単にかわされた、予測術か!?」


 パルシーダ機からの霊力弾、人間の大きさにとっては巨大なハンマーを投げられているとも言える破壊力を持ったそのエネルギー弾の連続射撃を、男は後ろを見もせずに軽々とかわす。


「ディンハイド王子やベアリーチェ様ですら、このような芸当など出来んぞ!?」


 小さな一野盗、賊の群れの頭領などと言う立場で、ここまで高度な魔法戦闘技術を持つ人間。


「高速戦闘飛行、予測魔法、いずれも私が全力を振り絞らないと出来ない魔法だ……!!」


 そう、人間のごときがここまで強力な霊力を持つなど、ハイ・エルフである彼女をもっても理解の範疇を越えている。


「我らの偉大なる者、ハイ・エルフ王のレベルと言ってもおかしくない……」


 エルフの大王国の統治者の名前を舌へ乗せるパルシーダを唸り声などはよそに、野盗頭は再度ベオ機へと接近をかけるため、飛行術のスピードを上げた。


 シャアッ!! シャ!!


 高速で飛来をする男の手から、今度は紅い熱線が次々とベオ機へ放たれてくる。


「中身の奴は昔のあやつと違うみてぇだな、金ぴかのゴーレム!!」


「この機体を知っているか!?」


 拡散された熱線が金色の機体へと誘導をし、その機体の装甲板へと針のように突き立った。


「そいつに昔乗っていた奴の力なら、この程度の術は鼻息一つの反射魔法で吹き飛んでたけどなぁ……」


 お返しとばかりにベオ機から返された霊力弾は何か狙いが甘くなってしまったようだ。ベオへ少し野盗の群れとの戦いによる疲労が出ているのかもしれない。


「やはり違う、アイツじゃねぇ……」


 空中でスライドをするように乱れ散る霊力弾をかわした時にその口を開きながら男が浮かべた、呆れながらもどこか険しい顔はベオの反撃に対する感想だけではないのであろう。


「避けても、避けなくても、俺の機体へは大した変わりはないみたいだな、野盗の親分さんよ?」

「言ってくれるぜ、二代目の小僧……」


 ベオ機へ突き刺さった紅いトゲが、ポロポロと静かにその機体装甲から剥がれ落ちた。


「ウーム……」


 全く無傷の金色のPMを見つめながら、男は火炎術を使った影響で熱されている左手の指で頬を軽く掻く。


「だめだな、勝てネ……」

「無駄死にをする必要はないだろう、オッサン?」

「この、いわゆるお前が言うチビでは勝てないといった意味だよ」


 ジォ……


 その言葉が終わるか終わらないかと同時に、男のシルエットがまるでハサミで幾筋にも切断をされたように「ずれる」


「ん……?」


 ジッジィ……!!


「何だ……!?」


 PM乗りが希に聴く、機体が故障を起こした時に響く耳障りな音と共に、野盗の頭である男の姿が歪み始めた。


「何、あれは……!?」


 戦場から逃げるように狭い空き地へ不時着をしたベオの傭兵仲間、リーデイドが頭上の戦いの様子を見て唾を飲み込む。


「まさか、悪魔……?」


 そう掠れた声で呟きながら、彼女は成り行き上でついていった野盗頭の男、巨大な人影へと変化をしていく男の姿をその大きな瞳を見開いて凝視をする。


 フィアァ……!!


 漆黒の肌へと変わった男の頑健そうな巨大躯、その背中から突き出る巨大なコウモリの翼と長い鱗に覆われた尻尾、その異形の巨人の体躯はちょうどに、PMと同程度の大きさ。


「デーモン……!!」


 パルシーダの呻き声へ、微かに怯えの響きが入る。


「アイツがそうか、エルフよ……!!」


 傲慢なエルフの怯えの色をからかっている心の余裕などは、さすがに今のベオには無い。そもそも、彼自身の声自体も震えているのだ。


「お、おい!?」

「あたしらのお頭は、バケモノだったの!?」


 敵野盗機達の生き残り、その渓谷の宙域へ留まっていた野盗のパイロット達から恐慌をきたしたと思われる震える声、それらが中天へと登りつつある日が照らし出す渓谷の谷間へと響き渡った。




――――――




「尻尾をつかんだんだなぁ……」

「生えてるねぇ、シッポ」

「シッポ、シッポ……」


 多脚型ドワーフ製PMの上方コクピットを開いて外部の空気を吸いながら、パイロットのドワーフとその助手達は姿を顕現させた異界の魔物の姿を遠目にじっと眺める。


「ここで、ヒィコラ逃げ出しても、ワチの王様は咎めはしないけど、な」

「金ぴかのPM、カッコいい!!」

「燃える剣もカッコいい!!」

「んだな、見る価値がある……」


 顔のゴーグルをしっかりと身に付け直しながら、ドワーフのパイロットは自機と距離をおいてあるベオ機と悪魔の姿へ、手に持つ望遠鏡を交互に揺らす。


「加農砲、装填をしておいてな?」

「ブ、ラジャー」


 少年の小人が右手を額へ斜めにあてる敬礼を可愛く顔に当てながら、コクピットへ潜り込んでいく。


「パ、ティー」


助手二号の少女も、少年と同じ敬礼をし、少年の尻を追うようにコクピットへ潜る。


「あの金ぴかPM、もしかして技巧王が言っていた対悪魔用の、オリジナル・ポイント・マテリアルというやつかいな……」


 モジャモジャの顎髭をしごきながらそう呟くドワーフの男は、軽い一つ息を吐いてから望遠鏡を握る手に一層の力を込めた。




――――――




「この機体、デーモンキラーの名前は伊達ではないかな、パルシーダ?」

「知るものかよ、人間」


 ベオの機体コンディションは、野盗との戦いの後ではあるが良好、銃撃による肩への被弾があるだけだ。


 ジィ…… ジッジィッ……


「今から逃げても、我らを追ってはくるだろうな……」


 パルシーダ機の中へ鳴り響くそのノイズは、悪魔がその本性と思しき男が発しているのか、それとも疲弊している自機が発している物なのか、彼女には判断がつかない。


「何を解りきった、呆けた事を言っている、エルフ?」


「呆けるとかの以前に、PMの活動時間の問題があるんだろうに」

「俺の機体は大丈夫そうだな」

「少しは女である私を気づかったらどうだ?」

「後の免という言葉すら、お前には言いたくない」


 ベオの嫌味な言葉に対して不快げにその舌を鳴らしながら、パルシーダは予備の燃料ジェリ缶の数のチェックを行う。


「引火油の予備燃料は、冷風の集束結晶体がヒステリーをおこすのだがな……」


 コクピットの片隅へ置いてある予備燃料へチラリと視線を向けながら、パルシーダは露骨にうんざりとした表情をし、その細い首を左右へと振る。


「んー、ンンー……」


 筋骨隆々の漆黒の悪魔、それのどこかオークを彷彿とさせる顔から気分の良さそうなダミ声が辺りへ響く。人間の姿であった時と同じ声だ。


「久しぶりの羽伸ばしだなぁ、エエ?」

「だったら、そのままどこかへ飛んでいってほしいぞ、デーモン」

「いやいや、待たれい小僧……」


 若干、聞き取れにくい、別の言い方をすれば「なまり」がある言葉。しかしその悪魔の面、大きく耳の辺りまで裂けた口からこぼれるその声は、人間等の間で使われている標準語のそれと同じである。


「人間の肉で腹ごしらえもしてぇからな、その人間さんよ」

「PMの殻は消化に悪そうだと思わないか?」

「蟹をほぐして、中身をズルリと取るようなもんだ」

「お前達の世界にも蟹があるのかよ、オイ?」

「あるさ」


 陽気に喋る悪魔の口から、紅い燐の様なものが微かに舞い飛ぶ。


「下手をするとこっちが酸で溶かされるかハサミでチョン切られる位だから、気合いの入ったグルメにしか食えねぇがね」

「物騒な蟹だな」

「だか、ね」


 その悪魔が人間の姿の時に持っていた武器も巨大化を成している。デーモンが持つ大斧、PM用の戦斧と見分けがつかない位の大きさの鉄塊。


「蟹採りさんによれば、苦労をするとそれがスパイスとなり、美味くなるんだってよ」

「その前にな、悪魔さんよ」


 ベオのPMが手に持つ魔剣が、チロチロと熱持つ輝きを刀身へ帯び始めた。


「こっちが悪魔だかコウモリの焼き物にしてやるぜ」

「それは無理だなぁ」

「かな?」


 シャッ!!


 先手必勝とばかりに、ベオ機の剣から

炎の刃が乾いた渓谷の空を切りながらデーモンへと放たれる。


 ボゥア!!


「避ける素振りが全く無いか、悪魔め……」


 ベオの視線の先で、悪魔を包んだ火炎がそのまま音も無く、ある一点へ収縮を始めた。


「この、アレス様にとっては、炎は飲み物なんだぁな……」


 魔剣から放たれた炎の波動が、そのデーモンの口の中へ吸い込まれていく。その己の不利を顕す光景にベオは軽く自身の下唇を舐め、油断がならない相手との戦いに精神を集中させようと呼吸を整える。


「自家製の酒瓶からのモノだとは言え、何年も呑んでねぇから悪い味じゃあねぇよ、ニイチャン?」

「自家製の酒瓶……?」


 そのアレスという悪魔の言葉に、ベオは無意識に自機の手に握られている炎の魔剣へ視線を向けた。


「で、酒の次はさぁ」

「来るかい、悪魔め……!!」


 バァフォ!!


 デーモン、アレスの両の翼が大きく拡げられた。同時に紅と黒に輝く光の粒、燐光がその翼から強く跳ね跳ぶ。


「めいんでぃっしゅと言う、お上品な言葉を使おうか!!」

「気取った言葉は、慣れないうちに使うと恥をかくぞ、デーモン!!」

「俺のカアチャンにもよう言われとるよ、ニンゲン!!」


 ダゥン!!


 ベオの炎の魔剣と悪魔の大斧が、天の太陽の日差しの元で交差をし、火花を強く散らした。

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