第9話「渓谷の戦い」


「お頭」


 薄闇に包まれた洞窟の中、その奥の豪奢な部屋に、一人の男が飛び込んでくる。


「キンキラのPMが、俺達のアジトの近くに近づいて来ますぜ」


「金色のPM?」


 お頭と呼ばれた、筋骨隆々とした巨体の男、彼は手下の報告に眉を一つ動かしてから飲んでいた酒瓶を床へ置く。


「数は?」


「二機、その内一機は普通のエルフの量産機だ」


「フム……」


 微かに髭が生えているその頬を撫でながら、大男は首を傾げた。


「面白そうだな」


「で、しょう、頭?」


 ニヤリと笑う大男に、報告へ来た部下が唇を歪めてみせる。


「金でできたPMなんぞ、どれ程の値打ちがあるか解らねぇぜ、お頭」


「やってみるか」


「へい!!」


 伝令に来た男が、嬉しそうな声を上げながら頭の私室から勇み足で出ていく。


「金色のPM……」


 その太い腕を一つ回転をさせた男の瞳に紅い、血のような光が疾る。


「もしかすると、か……」


 再び酒瓶をその手に持ちながら、大男の目に愉快そうな色が宿った。


「はるか昔の、雪辱が晴らせるかもしれねぇな……」











「おい、パルシーダ」


「なんだ、人間?」


 太陽の光に照らされて、焦げ茶色の岩肌を強く輝かせている切り立った厳峻な崖。そこに刻まれた旅人用の細い道、それのやや上空を二機のPMが低空飛行をしている。


「この俺達の巡航速度であれば、あとどの程度でドワーフ達の王国に着くかな?」


「二週間、といった所だろうか」


「そうかい……」


「障害が無ければな」


「障害、か」


 そのパルシーダの言葉に、ベオは軽くため息をついた。


「誰の土地でもない、無法の地帯だからな、この周辺は」


「賊、山賊が出ると?」


「さて……」


 ベオの疑問の声を無視して、パルシーダが周囲の地形をぐるりと見渡す。


「日が暮れる」


 そのパルシーダの言葉の通り、日の光が赤い光を放ち始めた。


「ここらに、休める空き地があるかな……」


 エルフの女の態度にムッとした表情を浮かべながらも、ベオも彼女に習いコクピットから眼下の崖に視線を這わし、夜営に適した場所を探し始めた。











「火種、起こせるか?」


「慣れてはいるよ」


 どうにかかき集めた低木の枯れ木、それにPMの燃料を少し混ぜて作った薪の束の横で、ベオがパルシーダへ生返事を返しながら火打ち石を何度も鉄片へ叩き擦り付ける。


「マッチ、あまり容易く使うなよ」


 苦闘をしているベオをちらりと見ながら、パルシーダがPM達のコンディション・チェックを行う。


「わかってる、わかっているさ……」


 ようやく、鉄片から剥がれ落ちた火花が乾いた木屑に紅い光の点を作る。急いでその火種を薪へ移すベオ。


「メシ、と……」


 PMの機体へ持ち込んだオートミールを手鍋へと入れ、薪の火力が上がるまでにベオは食事の準備だけはしておこうと思っていた。


「乾燥フルーツや、干し肉でもないか?」


「あるぞ」


「少しは食べたい」


「取りに来い」


「あのな……」


 そうパルシーダに文句を言おうとしたベオだが、彼女が地面に複雑な紋様を描きながら、何やら術を唱えているのを見て、その口をつぐむ。


「警護の陣、だよ」


 ベオの視線に気がついたパルシーダが少し振り返りながらそうポソリと言い、術の詠唱の最後の部分に入る。


「夜中に二人だけでは、交互に見張りに起きても万全ではない」


「ン……」


「満足な睡眠の時間も取れないからな」


「お前はさ……」


 夕陽の光を浴び、絢爛に輝く自分のPMを見上げながら、ベオがパルシーダの隣に立つ。


「確かに、エルフのエリートではあるようだな」


「一応には、最古のエルフの力を持つ者、ハイ・エルフだ」


「俺の知る限り、いくら即席とは言え、簡単に儀式魔法を使える魔法使いはそんなに多くはなかった」


「人間共では、そんなもんだな」


「フン……」


 もうこの女エルフの素っ気なさには馴れているベオは、それ以上は何も言わずに再び食事の支度にその腕を移した。











「魔法、俺も真面目に学んでおくべきだったな」


「人間程度が使う魔法は、どうあがいてもエルフのそれには及ばんよ」


「便利だって事だよ」


 夜になり、渓谷へ立ち込め始めた霧。そこから水を抽出してくれたパルシーダへそう吐き捨てながら、ベオは食器の片付けを行う。


「スプリートタイプ、これはドワーフ共に見せたくはない」


 先に自分の食器を洗い終わったパルシーダが自機の表面へとについた水滴を気にしながら、忌々しげに舌を打つ。


「理由は解るさ」


 食器等のすすぎを終えたベオが、軽く優越感を感じさせる口調でそうパルシーダへ向けて言葉を投げる。


「生意気な人間の坊主だ……」


「悪いな」


 そのからかいの言葉と共に、ベオも二機のPM、その足元へやって来た。


「俺の金色機体は目が二つ……」


 そう言いながら薄く笑みを浮かべるベオへ、パルシーダがジロリと睨みつける。


「だから、なんだ?」


「何でもないよ、何でも」


 霧に浮かぶパルシーダ機、スプリートの頭部の中央で鈍く輝く単眼の瞳。占術用の水晶球を流用したその索敵装置である「目」が自分達を見下しているような感じに、ベオのその神経がささくれ立つ。


「顔の造形に関する美意識は、人間やオークの方が勝っているような気がするぞ、エルフ?」


 今の自分のPM、そして人間やオークが使用するPM群の顔がツイン・アイ、双眼の索敵器を採用している事に謎の優越感を覚えているベオ。


「美意識だけではない」


「ホウ……?」


 力が無く放たれるパルシーダの言葉、その常とは違う彼女の言葉に、ベオは意外そうにその目を僅かに大きくする。


「てっきり、俺に反論するかと思ったんだが?」


「PMの技術に関しては、エルフは全てにおいて後塵を喫しているよ、人間」


「認めるべき所は認めるようだな、お前でも」


 ベオの皮肉に対して、パルシーダは何のリアクションも行わない。綺麗な顔に浮かぶ眉の一つも動かさない。


「所詮、エルフ製のスプリートとやらは魔術、妖術の類いに長けたエルフの制霊力でどうにか動いている」


「以外とカサにかかる性格の人間だな、お前は」


「今までのお返しだよ」


 ニヤリと笑うベオの視線はスプリートの細い体躯、他の勢力のPMに比べて貧弱にも見える細身のシルエットをじっと見つめながら、その目を軽く揺らした。


「この機体は、俺たち人間やオークのデッドコピーPMだからな」


「ドワーフ共になめられる事が分かっていることに、気が重くなる……」


 やや、そううろんげに呟きながら、パルシーダは外套を脱ぎ、薄い皮鎧のストラップを外す。


「ん?」


 シャツ姿になったパルシーダの胸の横、ベオはそこにホルスターに入ったピストルの姿をその目に止める。


「エルフが火薬兵器のピストルを?」


「悪いか、人間?」


 パルシーダの言葉に構わず、ベオは珍しいタイプの銃器をしげしげと見つめた。


「ホイールロック、車輪発火のピストル、ドワーフ製の新型だな」


「魔法の方が便利ではあるが、常に魔法には対抗策があるために、保険としてな」


「思っていたよりも、柔軟な考えだな」


「認めたくはないが、ドワーフ共の方がこの手の技術にしても、圧倒的に進んでいる」


 パルシーダの言葉は、先程に続きまたしてもため息混じりだ。


「私は医者だ、常に最新の技術を目や耳に入れなくてはいけない」


「エルフ特有の、ドワーフへの毛嫌いを我慢するか」


「そう、我慢だが……」


 人間やドワーフ達の間でも、そうそうにお目にかかれない新鋭の武器からベオはその視線を離さない。ベオの右手がその銃口を撫でる。


「いつまでに触っている」


「減るものではないだろう?」


「人間の女に対しても、そんな態度を取っているのか?」


「拳銃に愛着があるのか、エルフ?」


「もう片方の手だよ」


 そのパルシーダの言葉に、ベオは銃に触れている自分の右手から左手へ目を揺らす。


「柔らかい……?」


 ベオの左手はパルシーダの胸、左の乳房を強く掴んでいた。


「離せ」


 冷ややかなパルシーダの声に、ベオは弾かれたように彼女からその身を離した。


「す、すまない……!!」


「欲の為に触れたのならば、性欲を抑えてやる薬を調合してもよいが?」


「そうじゃないよ!!」


 濃霧の中でもハッキリと分かる位に、顔を赤く染めたベオを無視し、パルシーダは焚き火の所へ歩いていく。


「ああ、そうだ」


「ん?」


 振り返った彼女の指が複雑な動きを見せたと同じに、僅かにベオの顔を風が撫でた。


「さっきのお怒りか?」


「そう捉えてもよいが」


 ベオの顔、その頬へ一筋走る赤い切り傷。指でその血を拭うベオを見つめながらパルシーダが微かに嗤う。


「夜這いを考える時は、常に己の身を危険にさらしている事を自覚するんだな」


「一瞬でイチのモツ、そいつが見えない刃で切断か……」


 純粋な強者、ハイ・エルフであるパルシーダ。ベオは虚勢とも受け取れる身体の強張りを浮かばせながら、彼女の顔へ視線を向けた。


「人間にしては物分かりが良い所が、私が人間であるお前に我慢して付き合える理由かもしれんな」


 冷たく、鋭い眼光を放ちながら唇を歪めるパルシーダをじっと見つめるベオの瞳には、どうしても本能的な脅えが混じってしまう。


「その脅えた目に免じて、私の胸を見せて、自慰の手伝いをしてやってもよいぞ?」


「誰がお前の胸などで、その、何だ……」


「ならば、早く寝ろ」


 そう吐き捨ててから、パルシーダは先程に創った警護陣を起動させる為の呪文を舌に乗せ始める。


「心臓が持たない……」


 イライラとして呟きながらも、身体的、精神的な疲れによって早く眠れそうな事に感謝していいものかどうか解らないまま、ベオは焚き火の近くに置いてある寝袋へと力なく歩いて行った。











「ベオ」


 翌日の朝の光がどこまでも続く茶色の岩肌を輝かせている。


「やっと、人間と呼ばなくなったか」


「すこし離れろ」


「本当に、毛嫌いされたものだ……」


「そうではない」


 そう言うパルシーダの顔に微かな笑みが浮かんだ。


「スプリートの出力が安定をしなくなるんだ」


「ああ……」


 氷のような女。パルシーダの事をそう思っていたベオは、通信器から僅かに伝わってきた小さな笑い声に対して、少しばかりにその目を丸くする。


「早く離れろと言っている」


「ハイハイ……」


 苦い笑みを浮かべながら、ベオはデーモンキラー、金のPMの距離をパルシーダ機から取らせた。


「ブリザード、冷風の精霊が動力源の集束マテリアルとしていたな、そのエルフ製のPMは」


「ああ」


 ベオ機が離れた途端、スプリートの霊動エンジンからの発生音が安定した物へと変わったようだ。


「そのデーモンキラーのPMがどうも風と熱、それらの精霊を動力としているようだ」


「それは俺も思っていた」


「何より」


 離れた位置を飛行しているパルシーダ機の指がベオの金色の手に握られている魔剣を指差す。


「焔の剣のオーラが邪魔だ」


「かも、しれん」


「お前と共にな、人間」


「そんな事を言うならさあ……」


 ベオは顔を引き締めらせながら、スプリートの方向を向き、苛立った声を舌へと乗せる。


「守ってはやらないぞ? エルフの女」


「パルシーダ、だ」


「そのパルシーダが乗るひ弱なエルフの機体だけで」


 ベオはパルシーダから前方に向きなおり、渓谷を低空に飛行してくる数機の未確認PMを厳しい視線で見つめながら、自分の機体のコンディション・チェックを行う。


「太刀打ち出来る相手か?」


「さぁてね……」


 とぼけたように答えるパルシーダの声にも緊張が含まれている。


 ジャッ……!!


 オーク軍勢での主力機である「オルカス・タイプ」から放たれた火縄銃による射撃をアーメイヤ機は身軽にかわした。


「警告なし、やはりただの野盗山賊の類いかな」


「そうだろうな、ベオ」


 霊力弾、PM用のクロスボウ、単発的な射撃が二人の機体へと飛ぶ。


「引くに引けないな……」


「当たり前だ、阿呆」


「俺を阿呆と呼ぶ、お利口なエルフ様には」


 金色の自機PMに、遠距離戦用の射撃武器が無いことにベオは不満そうに軽く舌を打つ。


「打開策はあるか?」


「無い、な」


「能無しのエルフめ」


 カン……!!


 大型クロスボウの矢がベオの機体を叩く。距離が遠すぎたが為に威力が無いその矢は、装甲に弾かれた乾いた音を発しつつ日の光を反射して渓谷の底へ落ちていく。


「今は、その脳とやらを使う必要があるか?」


「フン……」


 敵性の機体からの大口径火縄銃による射撃を軽々とかわしながら、パルシーダは自分のPMの出力を上げる。


 シィアァ……!!


 涼やかな音がその機体の背部コンバーターから、徐々に管楽器のごときに音階が浮揚し始めた。


「行くぞ!!」


「突破だな!?」


「捕獲網、気を付けろ!!」


 敵性PMのやや後方に控える、人間勢力が使用している新鋭機「アンゼア」、その機体に握られた巨大な投網をパルシーダ機が指差しながら怒鳴る。


「金色は傷つけるなよ!!」


 不明機群の先頭に立つPM、オルカス・タイプのパイロットがそう怒鳴りながら、その手に持つターレット型の火縄銃を構え直す。


「ありがたいな!!」


 ベオ機「デーモンキラー」がコンバーターから旋風を発しながら、敵機群へ突き進んだ。


「そう、俺たち獲物へ気を使ってくれるとね!!」


 その先頭機へ炎の剣を構えつつ、ベオはさらにコンバーターの出力を上げる。


 ガァッ!!


 ベオ機の強力な体当たりが、PM用の火縄銃を構えた敵機の姿勢を崩れ落させた。


「伊達で作られた金色のPMではない!?」


「そうらしいな!! ならず者!!」


 エルフと思しき声の野盗機のパイロットの悲鳴の様な声を聞き流しながら、ベオは火焔剣をそのスプリートタイプへ叩きつける。


 ズォ……!!


 後頭部が角のように張り出ているスプリートタイプの頭部、水晶球が埋め込まれている「一つ目」の部分をベオ機の剣が貫き通す。


 ボフォ!!


 そのまま魔剣は敵機後頭部の斜め下、背部の霊動コンバーターの管制部を炎で焼く。


「助けて……!!」


 敵機のコンバーターから放たれる青白い光が失われる。そのままその機体は渓谷の奈落へ煙を上げながら落ちていった。


「俺は野盗山賊、その類いへの慈悲は持たないのだよ!!」


「金色が!!」


 怒りの声を上げながらベオの機体を囲むように動く敵機群へ向かって、ベオは叫びながら、剣にまとわりつく炎を舞わせて野盗達に威嚇を行う。


「高級な剣を持つ、生意気な旅人!!」


「顔も見ていない連中に、旅人な生意気などにと!!」


 魔剣の炎が、朝の日に照らされてその猛々しさを一層に増す。


 カッ!! カァン!!


 輝く霊力の塊がベオ機の装甲、それを再度に石弓の矢と同じく叩く。


「装甲が並みではない!?」


「そう理解をしてくれるのなら!!」


 野盗の量産機、それらから放たれるPMの標準的な射撃兵装、通称「霊力弾」と呼ばれているエンジン出力からの流用兵器がベオの機体に全く通用しない。全ての霊波がその金の装甲で弾かれた。


「黙って、俺たちを通すんだな!!」


 そのベオの声やや気圧された感のある野盗山賊たち、それでも近距離射撃を行いながら、ベオの機体を囲むようにPM達の輪が迫る。


「効かない攻撃なんぞは、牽制にもならんぞ!!」


 霊力弾に対して、機体を受けるがままにしているベオの剣から炎が軽く揺らぐ。


「実に、な」


 やや離れた場所で居直っているベオ機の姿を片目に入れながら、パルシーダは自分の機体を襲う二機の野盗PMの手から伸びるロングスピアーを払う。


「あやつは楽を出来る、憎たらしい人間だ……」


 ベオ機の持つ魔剣から放たれた威嚇の熱波ですら、野盗達の機体へ微細な損傷を与えているのをその目で確かめながらも、パルシーダは自機スプリートから霊力の波動を敵機達へ向けて連続的に襲いかからせていた。


 ジィン……!!


 ベオの金色のPMへの霊力弾の連打が少なくなってくると共に、じわりと後退をしていく敵機もある、射撃により、霊動エンジンの出力を消耗しすぎたのであろう。


「無駄弾、まさしく霊力の無駄使いだよ、野盗共!!」


 とはいえ、ベオ機へ対して非力である霊力弾、それ以外の火器であるクロスボウや銃を持つ機体からはベオの注意は離れない。そこまでの油断はしていない。


「接近をして撃ち込めば!!」


 基本性能では他の種族陣営のPMよりも高性能なアンゼア・タイプを駆る、女と思わしき声の野盗が躍り出た。それと共に他の敵機から再度の支援射撃がベオへ再開を始める。


「聞いたことがある声の奴!?」


 女野盗の声に疑問を覚えたベオをよそに、その敵機は回転式の火縄銃へ次々とPM、機体を通しての発火術を使い点火をさせ続けた。


 シァ……!!


「っツ!!」


 ベオ機の獅子を模したと思しき頭部、それを狙って放たれたクロスボウの射撃をかわしたが為に、一瞬ではあるが、その女の機体からベオは視線を離してしまう。


 バォ!!


 その弾丸の発射の光を受け、敵のアンゼアを覆う標準塗装の甲冑、それの銀の色が映える。


「金ぴかPMは捕らえろよ!?」


「この金色の奴は本物の金で出来ていない、まやかしだ!!」


 野盗仲間からの声を受け、怒鳴り返す女。銃の弾丸を回避したベオには、やはり彼女のその声を聞き覚えがあった。


「純金などで装甲が作れるものか!!」


 射撃を回避するうちに、ベオの機体のバランスが崩れる。好機と見たのか、対峙しているアンゼアの手にある太い回転銃がベオ機へ固く照準を定める。


「その声、あたしの知り合い!?」


「お前も俺を知っている!?」


 ゴォ!!


 連続的に発射された火縄銃の弾丸の内、一発がベオの機体の肩を掠めた。


「ベオ、ベオなの!?」


 強力なPM用銃、それの大口径弾の威力は霊力の弾やクロスボウの比ではない。強固な「デーモンキラー」の肩部装甲が破損をし、金色の装甲が付近へ舞う。


「まさか、リーデイド!?」


「やはり、ベオ!!」


 傭兵団の昔からの仲間、その彼女が何故野盗の群れに加わっているのかをベオは理解に苦しむ。彼のPMの手が掴む炎の魔剣の先が僅かに垂れ下がる。


 ガギィ!!


「よそ見を!!」


「すまない!!」


 気を散らしてしまったベオ機へハンマーを振るう野盗のオルカスタイプ。剛力では他の機体の追従を許さないオーク製のPM、その機体が持つ巨槌はパルシーダ機が振り回した剣に押し戻された。


「非力なスプリートがオークの力を!?」


 その性能差をもろともしないパルシーダ機の力強さに、オルカスへ搭乗しているオークが驚きに満ちた声を上げる。


「シャ!!」


 パルシーダの叫び声と共に、彼女の機体が持つ剣がそのオルカスのコクピットへ疾った。


 ボゥ!!


 そのスプリートの持つ刃が青い霊力を散らしながら野盗機のコクピットを貫くと同時に、その彼女の機体の反対側の手から、とどめとしての霊力弾が複数に放たれる。その零距離からの散弾がオルカスの胴体を蜂の巣とする。


「囲まれるぞ、ベオ!!」


 落ちゆく敵機からその自機の単眼をベオ機へ移しながら、パルシーダがベオへと叫ぶ。


「距離を取るか!!」


 そう叫び返しながら、ベオは目前のリーデイド機を弾き跳ばすような勢いで機体のコンバーターの出力を一気に上げ、接近を仕掛ける。


「アアッ!?」


「そのまま引っ込んでいろ、リーデイド!!」


 ベオ機の体当たりに吹き飛ばされた傭兵仲間のリーデイドが何かを叫んだようだが、ベオの耳へは入らない。


「好きなように俺達の縄張りで!!」


「縄を張るのはお前達の両の腕だよ!!」


 ベオ機の金色の腕から放たれた霊力弾の衝撃に、行く手を阻んだ野盗機のコクピットが深く陥没をしてしまう。


「霊動エンジン出力が高いと、ここまでの威力があるか……」


 そのベオ機の一撃でパイロットが即死をしてしまい、燃えながら落ちていく野盗の機体の方向へ、パルシーダから呆れたような視線が揺れ向いた。


「岩肌を背に、それから薄い所を突破だ、ベオ!!」


「おう!!」


 モタモタとしていた、捕獲網を構えた敵機を切り捨てながら、ベオは先導するパルシーダ機へついてゆく。


 シェア……!!


 岩肌を背にしたベオとパルシーダの二人の機体は僅かに止まり、敵の構成、数を正確に数えようとする。


「様々なPMが混成された山賊か」


「パイロットも様々な種族の混成であるらしいな」


 自分の機体と同型機であるスプリート・タイプのコンバーターから放たれる冷気を帯びた光を見つめながら、パルシーダは綺麗な形の唇を小さく歪めた。


「人間やオーク共では、スプリートタイプはまともに扱えまい」


 そのスプリートが二機がかりで二人の機体へ接近、勢いを生かしながらも、雑な剣の振り方であるその野盗機からの剣撃を身軽にベオは回避をする。


「パイロットに全てを依存をする、精神論なでき損ないのPMめ……」


「誰と何の事だ、人間?」


「さぁてね……」


 皮肉を言いながらも。ベオ機の紅い両眼が強く光を野盗機達へ向けて放つ。


「糞!!」


炎の剣と手を突き出して威圧をする黄金の機体に、追ってきたPM達の姿勢制御用の補助噴出器から吹き出た気流が、慌てた時に生身の身体から流れ出る冷汗を思わせた。


「奴等が怯みだした、かな?」


「数も決して多くはない」


「後、四から五機ほど切り捨てれば奴等の囲みに穴が開くな、パルシーダ」


「先頭は頑丈なお前が行けよ、人間」


「了解、了解……」


 パルシーダの命中口調にわざとらしく気だるく答えながらも、ベオはコンバーターのスロットルレバーを徐々に押し上げる。


「行くか……」


 コクピットの器具へ固定されている生身の脚へ、ベオは踏ん張るように力を入れる、その時に。


 ズォン!!


 爆音と共に放たれた、赤熱をした砲弾。ベオとパルシーダが慌てて回避行動へと移る。脚部固定器に挟み込まれたベオの脚、ふくらはぎの辺りへ妙な力が入り、その痛みにベオは歯を噛み鳴らした。


「加農砲(カノーネ)!?」


 先程まで自分達が背にしていた岩壁が破砕され、その石礫が周囲のPM達を打つ。追撃として発射された野盗機のクロスボウを霊力弾で相殺しながら、パルシーダが自機のセンサー感度を上げ始める。


「地上からだ!!」


 ベオの目視による索敵の方が、パルシーダ機のレーダーよりも確認が早かったようだ。


「そこの小陰、岩に隠れている!!」


「厄介な所に!!」


 ベオ機が指差した方向を見やりながら、パルシーダが強く舌打ちを打つ。

渓谷に強く照りつける太陽の光、ゆえに浮き出た岩影の中へ一機の大型PMの姿が写し出される。


 シャシャッ……!!


 発見された異形のPMは、その大きな砲身から煙を噴き上げながらベオ達のPMから距離を取ろうとしているように見える。巨大な蟹を思わせる、いびつな形の機体。


「ドワーフ達がお得意の、非人間型のPMか!!」


 ベオ達が突破口と狙っていた進路の、丁度その間にその大型のPMが身を伏せていたようだ。


「加農砲、あれの直撃に耐えられるPMは存在しない!!」


「わめかなくても解っている、エルフ!!」


「金色を過信しているお前への警告だよ!!」


「人潰しの火砲を見て、無事だと思えるほどに無神経ではない!!」


 叫びかえしながらも、ベオは自機の高性能な霊波索敵センサーを頼りに、多脚型のPMの居場所を探り当てる。


「シャア!!」


 ベオ機の焔の剣から放たれた紅炎の塊が、新たな小陰に隠れたドワーフ製のPMへと飛ぶ跳ねた。


「うわっち!?」


「バーランサァーが、跳び跳ねたァ!!」


「立て直せい!!」


 コクピット席で貧乏揺すりをしながら、ゴーグルをそのヒゲ面へかけたドワーフは助手達を怒鳴りつけつつ、操縦桿をその太い手でより強く握り締める。


「ろくでもない仕事を、ドワーフの技巧王はワッチに!!」


「気にィ、入られているねェ!!」


「良かったねェ!!」


「良がねぇザンスよ!!」


 二人揃って手を叩きながら、メインパイロットであるドワーフを茶化す小人達、生きた酒樽と言われるドワーフをかなり細身へとシェイプダウンをしたような助手達へ指示を与えながら、彼はベオ達から距離を取ろうとしていた。











「やるな……」


 野盗の頭は酒袋の中身を自身の口へ持ちかけながら、ベオとパルシーダの機体、とくに金色のベオ機へ視線を注いでいる。


 フワォ……


 その彼の巨躯そのものから黒い燐、煤のような粒子を撒き散らしながら、野盗の頭はその身体を宙へと浮かばせ始めた。


「しかし、昔の奴に比べて動きが悪い」


 彼の片手には大きな斧。人間等が両手で持つ大戦斧ではあるが、無論にPMが使用する接近武器には及ばない大きさ。


「腕がなまっちまったのかな?」


 もう一口に酒を含みつつ、男はなめし革で出来ているかのようなその厚い皮膚の首を軽く傾げる。


「俺様と同じく、な」


 シャッ……


 黒い魔力の光を放ちながら、男は太陽が強く光を投げつける、切り立った渓谷へその身を踊らせた。

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