第6話「二人の王子」

  

「やはり、俺は人間とエルフとの境界線、切断山脈を越えていたか」

「世界をTの字へと分けている、解りやすい山脈だよな、人間」


 ガゥン……


 ベオ機、黄金の機体の僅かに斜め前へ低空にと飛ぶPM、エルフの量産型PM「スプリート」の改良タイプのその手が、軽く後ろへと伸び。


「我らエルフにしても地図にしやすい、シンプルだよ……」


 獅子の顔を模す頭部を持つPMの肩、ベオ機のその肩を撫でるかのように、滑らすかのようにその手を小刻みに動かす。


「お、おう……」


 どうもベオにとってはこのエルフの青年、彼らの後続へと続くスプリート部隊、エルフ軍のアーミーカラーである緑青色へと塗装された、淡い色彩の機体色を持つPM達を率いているこの男に対しては。


「憎いとか、そんなんじゃなく……」


 別の意味で落ち着かない、妙な気分を感じてしまうベオ。


「まあ、それはともかく」


 シィ……


 東の方面、山々が連なる辺りから顔を覗かせ始めた朝日が、旧アルデシア王国の版図であった周囲の大地を照らし始める。


「ウン、懐かしい」


 少し気をそらすかのように、コクピットから眼下、他のエルフ機の肩を借りながら危なっかしく自機に飛行を続けさせているベオが見下ろした地表には、ポツリポツリと少ない紅葉をその枝へ付けさせている木々。


「豊穣の森だな……」

「詳しいな、人間?」

「当たり前だろ、エルフめ」

 

 その、目前の機体からの声に憮然とした顔をしながらベオは。


 バァ……


 目の前のエルフ機が先程から自機の肩へと乗せ続けていたその手を振り払い、吐き捨てるかのような声をそのエルフ部隊の隊長機へ向けて投げつける。


「アルデシア、この国は俺の故郷だからな」

「なるほど」


 懐かしそうに、コクピットからその森を眺め続けているベオに、エルフの王子が軽く口笛を吹いてみせた。


「やはり、そうであったか」

「俺があの、切断山脈よりも北へ住んでいたとお前には解るのか?」

「このアルデシア地方、今では我らエルフの被保護民となっている人間の連中はな……」

「被保護民か、なるほど」


 そのディンハイド王子の語った言葉、それに対しベオはその身体への疲労、特に何か腹部への謎の痛みにその顔をしかめながら。


「被保護民、耳触りの良い言葉を作るじゃないか、エルフ」


 グゥオ……


 言い放ったベオの皮肉、それが勘に触ったのか、小競り合いがあった遺跡から彼のPMをずっと支えていたエルフ機が、無言でベオの機体を強く、乱暴に押し上げた。


「フン……」

「ここらへ住んでいる人間、被保護民は南方の人間とは少し」


 軽く振動が伝ったコクピット内で、不快げに鼻を鳴らすベオ。彼の機体へ自分の部下が行った「嫌がらせ」にエルフの王子は苦く笑いつつ、話を続ける。


「人種が違うらしいな、人間」

「それは俺も知っているよ、エルフ」

「お前達人間の言葉、標準語にエルフ語の訛りが混じった話し方をする……」

「へえ、それは初めて聞いたな」


 ガッ、ジィア……


 まさしくそのエルフ語が、ベオがオープンとさせてある広域霊波無線へ途切れ途切れに飛び込んでくる。どうやら後方のエルフ機が交信をしているようだ。


「もうすぐだよ、人間」

「ああ……」


 そう呟いたきり、ベオの目前で自機を駆るエルフ王子は押し黙ったまま。


 フォウ……


 自機の巡航速度を維持しつつ、やや低空にと機体の高度を下げた。


「しかし」


 そのスプリートの改良型、他のエルフ機とは細かい部分での性能向上を成功させていると思われるディンハイド機を、自身の目の端へと見やりながら。


「この森の有り様、おかしいな」


 ベオは再び馴染みのある森、朝日に照らされた紅葉をまばらにその枝へと張り付かせている木々へその視線を這わしながら、少しその首を傾げる。


「まだ、秋にもなっていないのに……」


 豊穣の森、その呼び名の通りこの森林地帯は秋が深まった頃にようやくその葉を落とす。実り豊かな森なのだ。


「何か、外気が肌寒そうでもあるし」


 大昔の頃、子供の時にベオはお付きの女近侍、同じ傭兵団へ加わっている彼女と共に栗拾いをしたことがあるが為に。


「妙に、変わったもんだな……」


 この森の、葉を落とし尽くしてすでに裸木へとなっている樹木すらあることに、ベオは訝しげな表情を浮かべつつも僅かに。


 フゥ……


 哀しげな、息をついた。




――――――







 ズゥウ……


 周囲を枯れ木でおおわれたエルフ達の後方支援キャンプ。数多くのテントが建ち並ぶ補給場所へ軟着陸をしたディンハイドのPMに続き、ベオの金色の機体も静かにエルフの中継基地へ舞い降りる。


 ズォ……


「さて」


 スプリート、エルフの量産機の上位機種のコクピットからロープを垂らして地面へと降り立つエルフの王子、貴公子へ向けて近くにいた兵が彼へ敬礼をするなか。


「エルフの国へようこそ、人間」


 スプリート改からその身体を地面へと降ろした若王子ディンハイドは、芝居がかった仕草でその細い両腕を広げてみせる。


「もとは俺達の国だよ、この辺りは」

「まあ、な……」


 クゥウ……


 彼に続き、金色のPMからその身を押し出しているベオは。


「へえ、やっぱり……」

「やはり何だ、人間?」

「声から想像していたが、な」


 乗降ロープを伝いながらエルフの王子、ディンハイドの顔形へジロジロとその青い瞳を向け続けた。


「若いエルフ、だったようだな」

「それはな、人間よ」


 エルフ特有の鋭く尖った耳へ掛かっている、その黒い長髪を指でとかしながらもディンハイドは、これまたエルフ族の特徴である細長い、端がシャープに流れている両の目でイタズラっぽくベオの顔を見つめている。


「私の感想でもあるよ、ほんに少年め……」

「悪かったな、若造でよ」


 フフ……


 頭から脱ぎ捨てた皮兜をその手でもてあそびながら、エルフの王子は辺りをキョロキョロと見渡しているベオに薄く笑いかけつつに、その彼の様子へ。


「どうした、人間よ?」


 視線を、興味深そうにその双眸から実と投げかけ続けている。


「空気が違う……」

「そうか、人間?」

「北の大氷原、そこから流れてくる寒波の匂いだ」

「そりゃあ……」


 登り始めた陽の光により照らされる紅葉。それらの木々に囲まれた広場の中で、エルフ達が食事を作っている姿が彼らベオ達から遠目に見え。


「我々エルフの土地だからな」

「確かに、そうだなエルフ……」


 ジュフ……


 キャンプの兵達が作っているシチューからの良い香りが、二人の鼻腔へと冷たい大気に乗って届く。


「お前達エルフが、攻め込んできて」


 ソゥウ……


 風に揺らされる木々、林に囲まれたキャンプを照らしながら静かに天へと上がる朝日、その光に照らされるベオの顔色は悪い。さすがに彼には疲れが溜まっている。確実に丸一日は寝ていないのだ。


「俺達から、この地を奪い取ったのだから」

「父上の御意思だからな」

「へーえ、父上……?」


 その、ぼやりとした感じのディンハイド王子の言葉に。


「ふぅん……」


 ク、シァ……


 ベオは自らの金髪へと手を突っ込みながら、不審げにエルフの若王子の顔をジロジロと見やる。


「お前はエルフ共の王族か?」

「共、は止めてもらいたいな少年……」


 ドゥ……!!


 近くに降り立った部下のPMが響かせた轟音。それに対してエルフの王子はその長い耳を心持ちに伏せるようにしながら、苦く笑う。


「部下の目もある」

「フン……」


 そのディンハイド王子の言葉を鼻で笑うベオに向かい。


 トッツ……


 キャンプの者と思わしき美しいエルフの兵士が、しかめ面をしながら近寄ってくる。


「王子」

「ご苦労」


 彼女、そのエルフ兵の細い両手に握られている細長いコップには、何か少しドロリとした飲み物が入っているようだ。


「偉大なるハイ・エルフ王が第一子、王子ディンハイドである」


 その飲み物を兵から受け取りながらベオへ向けて微かに目礼、瞼を一度閉じて礼を行った彼ディンハイド王子の長い髪が、朝日の光を浴びて美しく輝く。


「なるほど」


 無言で飲み物を手渡してくれたエルフへ向けて、何とも言えない視線を投げつけながら、ベオはボソリとその唇から言葉を発し、返す。


「ベアリーチェ、という女を知っているか、エルフ共の王子?」

「私の妹だな」


 グゥビ……


 警戒しながら飲み物、ドロリとした薬品臭い液体を飲むベオに対して、ニヤニヤとした笑みを浮かべながらディンハイドは。


 フゥ……


 明るくなってきた天へと手の平を向けさせ、自分の顔を隠すかのようにかざす。


「許してやる、再びのエルフ共、という言葉はな」

「お前の妹に伝えておけ、エルフ王子」


 ベオにからかいの色に満ちた声を投げ掛けたエルフの青年、ディンハイド王子の顔を見ずに、旧アルデシア王国最後の生き残り、亡国の王子ベオが冷たく言い放つ。


「親父とお袋、そして姉さん達の敵は討つと」

「ホウ……」


 自分の専用機へと寄りかかったまま、エルフの王子は自身の脚を組み。


「ギロチン台の露と化した、な」

「なるほどな、人間」


 静かなる怒りに満ちた言葉を舌へと乗せるベオに、エルフの王子は軽く息を吐きつつに、その両目を一層細め鋭く光を放たせる。


「もしかして、お前は……」

「神聖アルデシア王国の元王子」

「なるほど」


 そのベオの言葉に対し、ディンハイドは自らの顎を軽く引いてみせたようだ。


「確か、王都陥落の難を逃れたという王族の者、ベオ……」

「ベオ・アルデシアだ」

「なるほど、そうだったか」


 コッ……


 再び頷いてみせたディンハイドが握るコップの縁へ彼の唇が触れる。同じ飲料が入ったコップを、警戒しながらもとっくにベオは飲み干してしまったという事は、よほど疲れていたのであろう。


「まあ……」


 苦い、緑色をした栄養剤も兼ねている飲み物をチビチビと、旨そうに飲みながらディンハイド王子はその細い首を軽くベオに向けてひねってみせた。


「あやつは私の目から見ても、やり過ぎるきらいがあるからな」

「その女の趣味嗜好など、俺にはどうでもいい」


 ベオはその言葉に深くため息をつきながら、やや暗く翳った瞳で自分の足元を睨みつける。朝日に照らされた林の地面には、木々からこぼれ落ちた枯葉の中で蟻達が忙しく働き回っている様子が窺える。


「そのベアリーチェと言うエルフの女、そしてお前がその兄であるというだけが問題だ」

「私が憎いか?」


 そう、簡潔に言い放ったディンハイド王子。


「さっきも言ったがな、エルフの王子」


 スゥ……


 彼へ静かに近付いてきた部下が、そのエルフ王子の耳へ何事かを耳打ちする。その言葉に頷きながらディンハイドはぼんやりとベオの顔を覗きこむ。


「親父とお袋はギロチンにかけられ」

「負けた方が悪い、人間」

「姉貴と弟はその女のPMと相対して戦った時に、卑劣な手で機体もろともなぶり殺しにされた」

「ああ、あの時の……」


 エルフの若王子には、何かベオの言っている事に心当たりがあるのかもしれない。ジュースを飲み干しつつ、その首を林の隙間から見える朝日の方向へと向けて、何度か一人頷いてみせた。


「問題自体はあるなぁ、戦時とはいえ」

「適当な台詞を言ってくれる、エルフ」

「他人事、であるからな」


 その言葉の通り、本当に他人事のように表情も変えないディンハイドにベオがむかっ腹を立て始めていた時。


「ディンハイド王子」

「おう、何かパルシーダ?」


 先の戦場、遺跡から撤退するときにベオの機体を支えていたPMの内、その片割れに乗っていたと思われる、ベオの耳へ聞き覚えがある声をした女エルフが、そのディンハイド王子の元へ駆け寄ってきた。


「作戦後の体調チェックを」


 ツゥ……


 人間であるベオの顔をちらりとその女は睨みつけながら、彼女は小声でディンハイドへ囁き続ける。その女エルフの言葉に答えるかのように、エルフの王子が一つ伸び、背筋を伸ばさせつつに自分のPMからその細い身体を離れさせる。


「だがな、エルフの王族」


 天へ昇り始めた朝日が、ベオの憔悴した顔を乱雑に照らす。その太陽の光が木々へ当たり、作り出した陰が彼ベオの頬をさらに痩けさせて見せた。


「お前をここで殺したら、俺はその女を仕留める事が出来なくなる」

「そりゃあ、そうだな」


 ドスゥ……


 飲み干した栄養ドリンクの瓶、素焼きのコップをディンハイドは地面へ乱暴に投げ落とすと、ベオの元へと自身の両脚を跳ねさせる。


「私の部下達の剣がお前に飛ぶ、それに……」


 視界にモヤが立ち込めると同時に、いきなり膝の力が抜け始めて前のめりに地面へと倒れこむベオを、ディンハイドはその細い両手で支えてくれた。


 グゥ……


 種族的にエルフよりも重い人間の体重でエルフ王子の身体、華奢な身体を持つエルフ族の若王子の胴体がベオの重さによって強く押される。


「今のお前に出来る事ではない、少年」

「言ってくれるぜ……」


 視界が極度に狭まっている自分を押さえてくれるディンハイドの端正な顔を見上げながら、彼ベオの唇が小さく歪んだ。


「徹夜、続いていた様子だな、人間?」

「確実に、俺は一日以上は寝ていないな」


 そう言い、顔をしかめながら口の奥からかすれた声を出すベオ。


「身体も頭の中もクタクタだ……」

「今、楽にしてやるよ、人間」

「その言葉、良い方に捉えたいぞ……?」

「そっちの方だよ」


 そのディンハイドが視線を向けた先へ佇むエルフの女。


「了解……」


 彼女がエルフ王子、自分の主君筋である青年のアイ・コンタクトを受けて。


 シャ……


 女医師パルシーダがベオの着込む革鎧を固定している紐、彼の両脇のやや下辺りで結ばれているそれをハサミで切って鎧を脱がし、その下の短衣もまたそのハサミで強引に裂く。外傷がないかどうかのチェックであろう。


「今の私達エルフに、わざわざお前を殺すメリットはないさ」


 彼女、エルフ医師の邪魔にならないような位置に座りながら、軽い低級の癒しの魔術をエルフの王子はベオに向けてかけてやる、応急処置だ。


「せっかく持ち出せたPM、デーモンキラーのパイロットだ」

「お前達エルフの都合か」

「パイロット識別型のPM、聴いたことがあるからな……」


 ディンハイドが掛けた癒しの魔術は強い物ではない。あまり強力な魔術を使うとかえって専門の医師が行う処置に支障が出るし、そもそも彼とて疲れている。強力な術はかけられない。


「他に下等な、お前達人間を殺さない理由があるか?」

「支配者としてこの世に生まれたエルフにとっては、そうだろうな……」


 少し、エルフ王子の魔術により気分が穏やかになったとはいえ、ベオはそう自嘲げに呟いたきり。


 グゥ……


 彼の意識は深い闇の底へ落ちていった。


「支配者、まあそうだな……」

「ディンハイド様、こやつは一応?」

「ああ、検査を頼む」


 特に大きな異常をベオに見られなかったのを確認した女エルフ、医師は。


「少し、人手を呼んできます」

「ン……」


 機敏に、やや離れたテントにと彼女は早足に向かう。その女エルフが翻す金色の長い髪を、ディンハイド王子は眩しそうに軽く見やった後。


「人間達の土地を奪い取ったのも……」


 地面へと横たわりながら、時おり低く呻き声を上げるベオに視線を向けながら。


「我らであるならば、人間の少年よ……」


 エルフの若王子は、地面へ指でTの字を書きその下方。


 シィ……


 左の方向からドワーフ領である砂漠地帯、現在の人間領である肥沃な領地、そしてオーク達が住まう不毛の荒野に三分割された。


 スゥ……


 この周辺の土地達へと、順にその指を這わす。


「その、我らの元々の故郷を古に奪いさったのも」


 そしてTの字の上部、人間達の最大の王国であったアルデシア神聖王国が存在していた部分、今まさに自分が足を踏み下ろしている部分、へと人差し指を置く。


「人間達、らしいがな……」


 そして、その人間の旧王国のさらに北、凍える大地である今現在のエルフ達の故郷、ツンドラの地で生まれ育ったディンハイドにとっては、自分の父親達の世代が望郷と静かな怒りをこめて話す昔話には。


「ちょうど、私が産まれた百年前の前後の話だろうに……」


 若い世代であるエルフ達、ちょうどディンハイド辺りの「若者」エルフにとっては、今一つ実感がわかず、カビの匂いがする話と思える品物だ。


 ポフゥ……


「パルシーダ様、このまま救護テントへ?」

「ああ、適当に担架へ乗せてやれ」


 連れてきたエルフの救護兵達へ、どこか投げやりに指示を出しながらベオの身体を担架へ乗せる女エルフを横目にディンハイド、若きエルフ王子は埒があかない事をブツブツと呟き続けている。


「父上達、古代の老いぼれたエルフ達へと凝り固まる、この意識は絶対に変わらない」

「王子」

「解っておるよ、アーメイヤ」


 ベオの初期手当てを行っていた女医師が、主君筋のエルフ王子を鋭く睨む。


「偉大なる者への不敬な発言はお控えを、王子」


 冷たく言い放った女エルフの脇を、ベオの身体を載せた担架が通り過ぎる。


「ああ」


 ニヤリと、不敵に笑い返すディンハイドの顔へ不機嫌そうにその細い眼を向けながら。


「チッ……」


 女医師は地面へ向かい、無作法に唾を吐く。


「あなたの不敬、偉大なる者へは随時伝えてありますぞ?」

「だからどうしたよ、パルシーダ?」

「せいぜい、お気をつける事です」


 トゥ……


 最後にそう憎まれ口を叩いた後、彼女もまたベオが運ばれたテントへと足を向けた。


「全く、あの女にしても」


 全くと言っていいほど、上官へ敬意を払わない腹心、いや目付け役の女エルフの態度に苦笑いをしながら。


「高貴にして傲慢なるエルフも、脳を筋組織で武装したオーク、そして人間以下の生きた酒樽である猪豚ドワーフ共も」


 そうブツブツと言いながらエルフの王子は、強い陽光によって葉の輝きが増した林、その紅い葉が舞い落ちる木々達をグルリと見渡す。


「こびりついた意識というものは、兎にも角にも変わる気配が無い」


 ひとしきりそう呟いた後、首を一つコキリとならしながらディンハイドは大きくあくびをする。彼も身体に疲れが感じられ始めた様子だ。


「ゆえな結局の所に、ついぞ悪魔には人間以外は勝てなかったのだよ」


 仮眠を取ろうと天幕へ向かう前に、ディンハイドはベオの機体、黄金のPMに近づき。


「そう悪魔、デーモンにな」


 その不可思議な素材で出来た装甲を、軽くその手で触れさせた。


「偶然とは言え、デーモンキラーを持ち出したのが」


 エルフの王子は眠気と共に、少し空腹も覚えてくる。小さく彼の腹が音を鳴らす。


「何もとりたてた力もなく、ゆえに意識を容易に変える事が出来る人間、それの王子」


 銀糸で縁取りをされた上着の胸ポケットから携帯食、袋分けされた乾燥フルーツを取りだし、口へと放りこみながら彼は現在の人間達が住まう土地の方面、木々で囲まれており、ここからでは見る事が出来ない切断山脈の反対側の麓から連なる土地、南の大地へと思いを寄せた。


「そう、言わば人間共の代表各」


 乾燥ブドウを飲み下したディンハイドの口から、また一つあくびが洩れだす。


「その偶然と言う名の事から、父上達が何かを学びとってくれれば良いのだがな……」

「王子」


 ベオの様子は部下へ任せたのであろう、音もなくディンハイドの側へ近寄ってきたエルフの女医師が、彼の独り言に眉間へ皺を寄せながらも。


「睨んでくれるな、パルシーダよ」

「王子も休息を」

「わかっているよ……」


 一応は気を使う、医師としての了見を述べてくれる副官、彼女へ対して。


「私も疲れた」

「まさかの、オーク共との戦闘行動でしたから」

「うむ」


 その手を、ヒラリと振ってみせた。

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