第5話「悪魔降臨」

 

  

「ベヘモス!?」


 そう、叫び声を上げたエルフの王子が乗る機体、スプリート・タイプの改良型の関節が。


 ギゥ……


 オーク達との戦いで過剰酷使をしたが為に、嫌な軋みの音を立てる。もともと脆弱な機体、PMだ。


「よりによって、あの魔獣を召喚すると!?」


 若王子ディンハイドが自機へと起こった不調も気にせずに、紅き月の光を自機、自らのPMへと浴びさせながら。


 パァフゥ……


 炸裂した宝石、魔獣を封じた濃紫の宝石をそのエルフ族特有の、細く鋭い双眸で見つめつつに。


「所詮はオーク、蛮勇のみの物達!!」


 喫驚と怒りに満ちた声を、ややに離れた位置へPMオルカスを浮揚させているオークの女騎士へと投げつけた。


「手段をえらばぬか、主らは!?」

「戦神ガルミーシュの、御意思である!!」


 そのアーティナ機とて、万全の状態ではない。生身の肉体的な疲労も彼女は強く感じつつ、その砕けた召喚石が拡がる宙へとじっとその視線を注ぐ。


「デーモンキラーが惜しくないのか!?」

「持ちかえるよ、金ぴかPMはね!!」

「スクラップを持ちかえって何とする!?」

「乗っている小僧を消耗させられば、金ぴかから小僧を蹴飛ばしてやる!!」


 ズゥ……


 言葉で罵りあいながらも、二人のPMは互いに間合いを確かめ合っている。人間勢力が持つPM「アンゼア」と違い、共に安定性と継戦能力に問題を抱えた機体だ。本家であるドワーフ達に笑われている機体なのだ。


 ゴォファ……!!


 猛る咆哮と共に。


「魔獣!?」


 赤黒き夜の宙へと浮かび上がった、血の色をした肌を持つ怪物、巨大な四足獣がその眼へと入ったベオは。


「くそ!!」


 ムゥ……!!


 機体、金色機を出来るだけそのバケモノから離させようと、フットペダルを踏みしめる。


「逃がすな、ベヘモス!!」


 そのオークの女騎士に答えるかのように、ベヘモスと呼ばれた怪物はまた一つ吼え、その。


 ジャィア……!!


 一つのみの眼、その単眼から黒い光をベオの機体へと向かって撃ち放った。


「う、うわ!?」


 その光が近くの夜空を切り裂いた時、ベオの乗る金色PM。


 ブォ、フゥウ!!


 それの霊動エンジンの出力が大きく変動をする。ベオがその両脚を立たせているコクピット内部へと浮かびあがっている幻影コンソール、機体のコンディションを表す計器の一つ、霊力計の針が大きく揺れ動く。


「落ちるか!?」


 不明の動力源を使用していると思しき金色のポイント・マテリアル、その機体の霊動コンバーターの出力が急速にしぼみ、下がり始めた。


「こぅな、くそ!!」


 コクピット内でベオ少年はPMの体勢を立て直そうと、必至に足掻くが。


 グゥラ……


 彼の機体は地上の遺跡へと向かい、緩やかに落下をする。


「ベヘモス!!」


 コクピットのドアーを開けたまま、魔獣へそのベオ機への追撃の命を下すアーティナ。彼女の機体もそのベヘモスの巨体躯から発する特殊な力により、コントロールが上手くいかない。


「エンジン、霊動精霊が苛立ってやがるよ!!」


 付近のエルフ、オーク達が駆る機体達も魔獣ベヘモスが魔力により霊動コンバーターへ異常をきたしている中で、オーク女騎士は召喚獣へとその双眸を鋭く向け続ける。


「ベヘモス……?」


 深紅の魔獣はその主、召喚主であるオークの女騎士アーティナの命令に答える素振りを見せない。


 フォアァ!!


「まずい!!」


 ベヘモス、霊力撹拌魔獣と称される高位魔獣は自分と同じ色をした月に向かって、大きく吼えると。


 ブゥオ!!


 その巨躯を、アーティナ機へ向かって叩きつけようと試みた。


「制御が出来ていない!?」


 グゥウ!!


 高速で空を切るベヘモスの身体は今のアーティナ機では避けきれない。彼女は一つ自身の頬を両手ではたき。


「ふん!!」


 ダァ……!!


 無駄弾になると解りながらも、腰ホルスターから抜き出したマッチ・ピストルをその魔獣へ放った後。


「ディ、メテールア!!」


 オーク族が主神ガルミーシュの加護を求める短句を舌へ乗せつつ、オルカスの不安定な出力をどうにか最大にし、ベヘモスの巨体を受け止めようと自機の両手を前へと突き出す。先の火縄拳銃弾は魔獣の表皮すら貫いていない。


 ドァン!!


 一瞬だけ、アーティナ機オルカスはその巨大なモンスターの突進を防いだが。


「アーティナちん、ピンチかな!?」


 魔獣が持つ小山のような大躯の勢いに、そのまま弩が射ち放った矢弾のように弾き飛ばされた。


「ターボによる負荷が響いているな……!!」


 剛腕が自慢なはずのオルカス・タイプであるがそれでも太刀打ち、パワーで対抗出来る相手ではない。アーティナは吹き飛ばされた自機の姿勢制御を必死の表情をみせつつ行い、その緑色の顔へと汗の玉を多く浮かばせる。


「ざまはない、と言いたい所であるが……」


 ズゥフ……


 ベヘモスの眼から無差別に放たれる光線を避けながら、エルフ族王子ディンハイド青年は苦々しげに口ごもり、自らの唇を強く噛む。


「ほんに、無差別のようだな」


 周囲の空域へと放たれる光線により、魔術により強化された樹木の板を装甲板へと持つエルフ製PMスプリート、それの内。


 ドゥウ……!!


 ディンハイド機のやや下方で滞空していたスプリートが、その木製装甲の魔力を黒い光の直撃により中和され。


「俺の身体へ力が入らん、出来るか……?」


 そのまま大破をし、パイロットのエルフが飛行術を使って離脱していく姿が、ディンハイドの視界へと入る。


「律儀な奴だ……」


 その危機的な状況にも関わらず、下賜された漆黒のPM用の曲刀を鞘ごと自機から取り外し、それを抱きかかえたまま地表へと軟下降していく気鋭の青年エルフ。彼の姿をチラリとその細長い目の端で捉え、エルフの王子は軽く苦笑したが。


「しかし」


 すぐに、彼ディンハイドは自分の顔を引き締めつつに魔獣ベヘモスの姿へその目を移し、じっと様子を窺い続ける。


「奴、ベヘモスの狙いは金色か……?」


 ひとしきり辺りへ光条、黒い光を放った後、その魔獣ベヘモスは。 


 ズゥ……


 気まぐれか、または何か思惑があるのか、ディンハイドとアーティナの機体を無視し、地上へと降下していく。


 ボゴゥ……!!


 途中ですれ違ったエルフの機体を丸太のようなその前足で粉砕したベヘモスは、急速に降下速度を増し。


 ズウゥン……


 一人のオークが乗るワイバーンをその体躯の下敷きとさせつつ、辺りへ血しぶきを撒き散らさせながら、魔獣ベヘモスはその太く、所々に血管の線が浮かび上がっている四肢で強く地面を踏み締めた。


 フォグッ……!!


 再びベヘモスが月へ、暗き天へと向かい、先程よりも強くいななく。


「何かを呼んでいるか……!?」


 老オーク、ブリティティが低空域へ降りてきたアーティナのオルカスのそばへ自らの乗竜を近づけさせる。


「お嬢」

「分かってはいる」


 傍らにワイバーンを寄せながら囁く副官へそう言葉を返しながら、騎士アーティナは機体のコクピットを閉じようとコンソール・モニターを撫でた。


「しかし我らの任務はあの金色PMだよ、ブリティティ」

「漁夫の利、狙えますかなぁ?」


 ドゥ、ボゥウ……


 エルフ達の量産PMとベヘモスとの戦闘が始まっている地上を見下ろしながら、静かな口調でブリティティが主人へ訊ねる。


「無理、であろうな」


 バォバ……!!


 ベヘモスの背中、そこから突き出ている幾多のクリスタル状の突起から。


「エルフ共だけ、狙えってのォ!!」


 低空飛行を行いながら、地表の様子を窺っていたオーク軍勢達へ向かって雷光がほとばしる。その白い光をかわしそこねたオーク、PMオルカスと乗飛竜ワイバーンへと乗っていた者の身体が弾け飛ぶ姿を、血が滲むほどに強く下唇を噛みながら、それでも女騎士は冷静に見つめつつ。


「制御に失敗したならば、我らを放っておいてはくれない」

「召喚失敗の掟ですな……」


 ブォウオ……!!


 ヒソヒソと話し合うブリティティ老人と騎士アーティナにしても即決をし、退却の合図である角笛をワイバーン上から吹き鳴らしたり。


「エルフ共も、その理屈は分かっているはずだよ、ブリティティ」


 ピィリ……


 各オーク達へ向かって、退却信号をコクピット内から送る位には、さすがに戦さ人としての即答妙意が機敏である。


「専門家ですからな、エルフはその手の物事に関しては」

「我らにベヘモスをけしかけようとするさね……」

「戦術を知らぬエルフでは、ありますまい」

「どうして、そんなことするかなぁあ……」


 そのおどけたような騎士アーティナの言葉を証明するかのように。


「各PM、魔物から離れろ!!」


 女エルフが上げる叫び声、それに従いエルフ達の部隊がベヘモスから距離を置き始める。


「皆、魔獣の怒りの矛先をオーク共に向けろ……」

「ハッ!!」


 撤退陣を組み始めたエルフ部隊。それの後方へ降下をしたディンハイド機がエルフ達の暗号言語、上位エルフ語でそう指示を言い放った。


「ちっ……」


 地面へ墜落してしまったベオは、何とか機体を起きあがらせつつに、コクピット内へと鳴り響く警報にその自身の耳を軽く手で塞ぐ。


「コンバーター、推力がいかれているか?」


 フゥ、ウ……


 軟着陸した金色のPMの背部コンバーター、そこから薄緑色の煙が吹き上がってくる。


「だが、俺にはエルフとオークの都合に付き合う理由はないよ……」


 不安定な霊動エンジンの出力をどうにか抑えながら、その場からコッソリと、密かに離れようとするベオの機体。


「ん?」


 その時、ベオは夜空を照らす紅い月。


 ジィ、ジィイ……


 その淡い光が奇妙に揺らぐ姿を、自身の目の端へと捉える。


「何だ……?」


 揺らいだ光から、人の形をした影らしきものが浮かび上がった現象。


「人、いや……?」


 それをベオ少年は。


「ポイント・マテリアル……?」


 怪訝そうな顔をしながら。


「ん?」


 グゥ……


「イタタ……」


 突然痛み始めた腹を押さえつつ、見つめていた。




――――――







「付近の霊力波、変動!!」

「紅い月、魔界の門が接近をする日であったからなぁ……」


 部下の女兵士の報告に、ディンハイドは自分の長い黒髪を撫で付けながら。


「魔獣ベヘモスの召喚が引き金となったのかもしれん」

 

 どこか、呑気の色が混じった口調でぼやく。


「オーク共がそれを狙ったと?」

「まさか」


 カリィ、キィキィリ……


 自分の手の平へと持つ、携帯式の霊力波測定器。


 キィ、カリィイ……


 その上で奇怪な、金属板同士を強く擦り合わせるような音を立てながら動くメーター針の様子を見つめながら、ディンハイド王子は冷静な声で部下へ答えた。


「異界の悪魔共はオークの手に負えるものではない」

「では、なぜオークはベヘモスを……」

「無知か、あるいは……」


 そう言いながら、ディンハイドはベヘモスの上空。


「そう、例えば」


 先程から、何故か破壊の手を緩め。


 フォウオ……!!


 ただ、紅き月へと向かって吼えているのみのベヘモス。その魔獣と距離を置くように浮揚し続けているオーク部隊の姿を強く睨み付ける。


「奴等が何者かに……」


 トゥ……


 応急修理、極めて簡易なその場しのぎの処置を終えた自機スプリート改へと再びその身を潜らせながら、エルフの王子は機体エンジンを再起動させた。


「誰かに、利用をされていたかだ」


 ジィイ、ジィ……


 紅い月光の揺らぎから、歪な形をした人影が次々と沸き上がる。




――――――







「父上は我らを利用したか?」

「断言は早計かと」

「フン……」


 紅い月の光、そこから飛翔をしてくる異形の姿の者たち、一般に「悪魔」と呼ばれている魔物達へその視線を向けながら、アーティナはポケットから噛みタバコを取りだし、それを口へと含む。


「撤退をする」

「逃げきれますかな?」

「デーモンか、ベヘモスか?」

「両方ですな」


 その老オークの歯に物を着せぬ言い方には、アーティナとしても苦く笑うしかない。


「どちらにしろ、全滅よりはマシだ」

「さようで」

「部隊のアツマリ、集合は出来たようだな……」


 ぐるりと辺りを見渡した後、騎士アーティナは配下の生き残り達へ再度の退却の命令を伝える為に。


 ブォオフ……


 撤退の合図を再び角笛から吐き出させるいるブリティティ、老オークの号令に続き、PMオルカスのコクピットへと立つアーティナは。


 ジ、ジュイ……


 通信機に、最大の出力を放たせた。




――――――







「人間の小僧、私についてこい」

「捕虜、という訳か」


 目ざとく金色のPMを見つけ、接近をしたエルフの王子ディンハイド。彼がやや威上に機体内から人間の元王族ベオ少年へ向けてそう告げた。


「逃げるには、今しかない」

「あのデカブツの魔獣はどうする?」

「安心しろ」


 そう言いながら。


 ニィ……


 ディンハイドは、コクピット内で皮肉げにその口を歪める。


「デーモン達がベヘモスを始末する」

「何故分かる?」

「生け贄、だよ」


 スゥウ……


 その言葉と共に、ディンハイドの機体の指がドワーフ製の遺跡、それの中央へ備え付けられてある白い石のような材質で出来た祭壇を指した。


「もともと、召喚用の施設だ」

「さすがにエルフ、さま」


 軽く嫌みを効かせながら、ベオは自機を軽く飛翔させる。やはりコンバーターが不調を起こしている様子だ。機体が安定しない。


「古臭い魔術だか何だかに詳しい」

「ついてくるか、それともここでくたばるか?」


 そのディンハイド王子の言葉に。


「……」


 ベオは飛来してくる悪魔達をじっと見つめながら、しばしに考える。


「破損したそのPM、デーモンキラーではこの場から逃げきれないぞ」


 グズグスと返事を延ばしているベオに対して、少し苛立ったようなディンハイドが。


「こい、少年」


 強い語調で、そうベオにと向けて言い放つ。


「デーモンキラー、それがこのPMの名前かよ、エルフ」


 エルフ達の残存部隊の集結は完了しているようだ。そのディンハイド機の後ろへ整然と並んでいる。


「選択の余地はないな……」

「来いよ、人間の小僧」


 フゥウ……


 そう言いながら、ディンハイドは自機スプリート改の背中から風を発し始めた。


「やれやれ、だ」

「動くなよ、人間」

「女のエルフか」

「動くなと言っている」


 エルフ達の機体の内、二機の機体がベオの乗る金色のPM「デーモンキラー」を支える為に。


「恐そうなエルフの女め」

「黙っていろ、下等」


 ベオ機の両脇、その下へと肩を貸した。




――――――







 無人となった遺跡へ降り立つ。


 ブォウ……


 人間の背丈の三倍はある体躯を誇る異形の人影、ちょうどPMと同じ位の大きさを誇るデーモン達の手から、網のような物がベヘモスへ被せられる。


 ボゥフ……!!


 その網から黒い焔が発し、ベヘモスの身体を静かに焼く。


 グゥル……


 不思議な事に、その魔獣ベヘモスは唸り声を一つ上げたきり、全くに抵抗をしない。


 ズッ、ズッウ……


 悪魔達は動きを止めた魔獣を遺跡の中央まで引きずり、そのまま純白の材質で出来た祭壇へと乗せる。魔獣の巨大さに対してサイズが合わない生け贄用の祭壇。


 ドゥ……


 それが、ベヘモスの巨躯で覆いかぶさった。


 ザァ、ザ……


 悪魔の群れの中から、一際大きい個体が巨大な斧をその片手へと持ち、他のデーモン達の間をかき分け進み、身動きがとれないベヘモスの側に佇む。


「カアチャンの為ナラ……」


 その悪魔は瞳孔が無い瞳で魔獣を見据え、大斧を両手に構え。


「エンヤ……」


 大きく、振り上げ。


「コラ……」


 ゴゥフ……!!


 ベヘモスの頭部を、その大斧で切り落とす。


 ジャ、ア……


 魔獣の首から溢れ出た紫色の血が、祭壇からほとばしり。


 ド、ドゥル……


 そして音を立てて、その首から辺りへと流れ落ちる。


 シャアァ……


 紅い月から注がれる光が、徐々にベヘモスの身体を塵へと化す。その巨躯から瞬く間に造られた大量の塵は宙へと舞い。

 

 リィ……


 赤色の月、血の色をしたそれと同じ光を放ち。


 ゴォウ!!


 突如、その塵の塊から黒い焔が辺り一面、古代遺跡へ降り注がれる。


「ヨシ、ヨシ……」


 何か満足げに頷きを見せている、巨大な個体がその焔を見つめる中、一瞬にしてその焔により塵、ベヘモスの残滓が燃え尽きた。


「シャバ、空気がカワッタカな?」


 塵が燃え尽き、消滅した空中。その宙へはあたかも剣で切り裂かれたような裂け目が拡がり、その光景を巨体を誇る悪魔を筆頭にして、異形の者達が見つめている中。


 ブォヴ……


 一匹の巨大竜、ブラックドラゴンを先頭にし、次々と奇々怪々の者共がその裂け目から浮かび上がっていた。

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