第3話「炎の剣」

  

  

「食料、水や燃料のジェリ缶」


 破棄する事にした自分のアンゼアから、ベオは雑多な荷物を金色のPM、地下施設で見つけたPMのなかでも最も。


「格好と性能が良さそうな予感のする機体、それを選んだ俺のセンスを信じるか」


 グゥ……


 最初にと試し乗りをした、その金色の装甲板をした機体の内へとベオ少年はギュウギュウに荷物を詰め込む。


「さて、と」


 PMごと落下した空洞にあった施設、霊動甲冑が整列をしている広間の奥の巨大な扉。


「ござい、と言っているように格好をつけているあのドア」


 大きさを人の背丈の何倍も持つその両開きの扉、豪華な装飾が施されているそのドアーをベオは視界へと入れる。


「あれが、ここからの出口かな?」


 というよりも、恐らくはこのPM格納庫が最新部であると、外の天然洞窟から見渡すに他に大きな建物が見当たらない事、そこから考えれば推測が出来る事から。


「どこへ続いているかな……?」


 常識的に捉えれば、この地下からの出口であると思われる両開きの扉に向けて。


 トゥ……


 正体不明のPMの脚を動かしはじめたベオ。


「しかし、この機体」


 今までのアンゼアタイプと操縦系統が良く似ているこの金色PM、ベオ自身の髪と同じ色をしているこの機体を動かす事への不便は、今の所にはない。


「燃料計が無い……」


 自分の腰の辺りに浮き出ている計器類、幻影魔法を使用した「コンソール」と呼ばれている、搭乗PMの様々な状態を映像化している板状の光。


 グニュア……


 ベオが軽く指を突きつけると小さい、押し戻されるような抵抗があるその幻影計器類には、霊動エンジンを動かすために必要な引火油や霊力液の残量を示すようなものが見あたらない。


「燃料が無限か?」


 コクピット内に立ちながら、僅かに一人笑いつつ再度にコクピット内を見渡すベオ少年。


「まさか、な……」


 その他にも、ぼやくベオの視線の先には意図が不明の計器やスイッチ・ポインタが浮いている。さすがに全てが今までの機体通りとはいかないようだ。




――――――







 トッ、トッ……


 謎の材質で出来た通路の上を、金色の機体が静かに歩く。


「俺の脚の動きがダイレクトに伝わっている、良い機体だ」


 トゥ……


 PMコクピットの脚部固定器具に挟み込ませているベオの両脚が微動すると共に、その霊力甲冑の装甲に覆われた、厳つき機体のその脚部も交互に揺れる。


「扱いやすい」


 かなりに、このPMは軽量機体であるようだ。


 トゥ……

 

 足音が、硬質の素材で造られたと思われる通路へあまり響かない。


「長いな」


 トァ……


「この通路」


 灯りの灯った通路をひたすらPMは歩く。すでに小一時間ほどは経ったであろうか。


「まさか、コンバーターで低空飛行するわけにはいかないし……」


 ポイント・マテリアルが基本移動動作である空中飛行、それが全くに出来ない程のスペース、ではないにしろ。


「怖いから、ね」


 ベオとてPMに関しては初心者ではない。控えるのが当然の広さである通路、狭道だ。


 ジッ、ジィア……


「さすがに、ここまで来たら通信は無理っと……」


 通信機の周波を合わせても、地上へいるはずの味方との連絡はとれない。


「武装、が頼りないからなあ」


 落盤した時に乗っていたアンゼアは非武装の機体だった。ベオはかろうじて鉄パイプの様な物を探しあて、新しい機体へと握らせている、のだが。


「あの施設を漁れば、マニュアルだか武器の一つ位はあったのかもしれないがねぇ……」


 どちらにしろ、あまり長居はしたくなかったのだ。どのくらいの深さの場所にいるかも分からないし、食料も水も人間の背丈の三倍程の機械兵器PM、霊動のカラクリ甲冑の中へと積み込める量は大した物ではない。


「急ぎたいが……」


 ボソとした呟き声と共に、ベオのその右手がスロットル・バーを軽く撫でたが。


「やはり、コンバーターによる滑空はよそう、安全第一」


 そもそもに落盤の後だ、不要な振動をこの地下通路へ与え、再び地面が崩れ落ちたらたまらない。


「ん……?」


 フゥ……


 少しに悶々としながら「脚」を歩ませていたベオの視線へと人影が映りこむ。


「さて、な……」


 グゥ……


 少し額に汗をかきながらも、ベオ少年は機体の手に持つパイプを強く握りしめた。


「PM、か……?」


 その人影は、ベオが乗る機体と同じくらいの大きさをしている風だ。


「だが、少し違うな」


 ジィリ……


 慎重に自機の接近を試みるベオ。通路は一本道の為、迂回は出来そうにない。


「ゴーレム……」


 近づく黄金の機体に対して後ろ向きへと立っている、PMと同じくらいの大きさの人影の姿、それをベオは識別する事ができた。


「自動型の戦闘人形だ」


 その手の技術、機械と魔術を合体させる技工系統の大家である「ドワーフ族」が造り上げた戦闘兵器。


「最初期のPM、と習ったんだよな、俺は……」


 ズゥ……


 鉄パイプを両の手に構えつつ、機体の腰を落とさせながら。


「南無南無、ナム……」


 ベオは後ろを向いている、様々なパイプが露出したその背を自分へと見せているゴーレムへと向かい、ジリジリと歩を進める。


「やはり、あそこはドワーフの奴等の施設、いや工房かな?」


 そのゴーレムとはあと五メートル近い距離、しかしその自律性と思わしきゴーレムは動く気配がない。


「襲っては、こない……?」


 グゥイ……


 思い切って、ベオはゴーレムのすぐ後ろまで機体を接近させた。


「うん、襲ってこない」


 それでも、そのゴーレムはベオ機へ向けて攻撃するどころか、振り返る素振りすらも見せない。


「この機体を、味方と識別しているのかもな」


 が、それでもベオは一応には直立不動のゴーレムから視線を離さないまま、その旧式のPMの前まで回り込みつつに、自機の距離を静かに離していく。


 ゴッ!!


「っつ!!」


 ゴーレムへその目を集中し続けていたせいか、後方へ不注意になっていたようだ。機体の背が硬い壁へと当たる。


「分かれ道か……」


 壁を背にしたベオから見て、二股に別れている通路の左手の側、そのややに下り坂である方の通路の少し先には、開けっぱなしとなっている両開きの扉が見えた。


「どうやら、右手の方向が上がり坂になっている、出口へと続いている様子だが……」


 だか、坂を下って奥まった場所にと備え付けてある大扉、開かれたままになっているその扉の隙間から。


「んぅ?」


 所々を金で縁取りされている扉の奥。


 チィ……


 そこから、何か光のようなものをベオは視線の端へと捉えた。


「武器庫?」


 その隙間から覗かれる部屋内からは、なにやら金属の反射光、よく剣などの武器が見せる輝きが彼の目へと映り込む。


「まあ、もともとに俺の任務が」


 確かに、恐らくはその部屋とは反対方向の通路の方が出口方面へと繋がっているとベオは推測できるが。


「PM機体等の武装補充、その為の発掘調査だったからな……」


 不明な場所では時間こそが何よりも大事、その理屈は正しいがそれでも彼は。


「それに、見たこともないこのPMがあった遺跡だ」


 トゥウ……


「後で、後悔はしたくない」


 辺りへ注意を払いながらも、自分の機体をその部屋の中へと滑り込ませた。


「ドア、それがまあ立派な事のせいで……」


 金の装飾、そしてエッチングが施された両開きの扉、開いたままのそのドアの豪奢さ。


「俺が飛んで火に入る虫になっている、理由かもな……」


 その事が、ベオにこの部屋の重要さを推し測らせた一つの指針、ではある。


 ブォウ……!!


 ベオのPMがその部屋へ足を踏み入れると同時にどこからか照明、蒼い光が沸き起こり。


「おぉ……」


 今までの通路と同じ位に薄暗かったその空間へ明るさが拡がり、ベオ少年の視線を一気に。


「これは凄い……!!」


 様々に部屋の中へと溢れかえっていた、輝く武器防具の類いが彼の視線を奪う。


「武器庫ではなく、宝物庫と言っても良いな」


 人間用の武器もあればPM用の武器もある。いくつかの甲冑や盾らしき物も含め、あらゆる品物が。


「並みの武器ではないよな……!!」


 本物の匠の業物、高品質の武具だけが放つ煌めきをベオにと見せつける。白銀色の武器はエルフ達のみが鍛え上げられる金属、ミスリルの製品であり。


「アダマントの長剣、か」


 鈍い紅の発光をしているそれはアダマント製。ドワーフ族以外では鍛造はおろか、鉱石から抽出することすら出来ない金属で造られている刀剣である事の証しである。


「どちらにしろ、必ず隊長へは報告だな」


 そう呟きながら、ベオは自分の機体に合う武器、PM用の武器を探そうと武器庫内を物色し始めた。


 グゥ……


「このアダマント製のPM用ソード」


 すぐ近くの壁へ、無造作に立て掛けられていた剣へ機体の手を伸ばさせながら。


「昔ならば、これだけで賄賂としては充分だったな」


 その何年か昔、王族時代の頃を思いだして、その顔を僅かに暗くさせるベオ、亡国の王子。


「エルフ共が故郷の土地にのさばっているせいで、親父達の墓参りにも行けやしない……」


 フゥ……


 一つ頭を振った後で、軽くため息を吐いてベオは過去の思い出を脳裏から吹き飛ばした、その時。


「ん……?」


 武器庫の奥深く、そこへなにやら紋章が描かれた壁がある。そこの壁だけが何やらこの部屋を覆っている壁面とは材質が違うように見える。


「何だ?」


 トゥ、トゥウ……


 ベオは首を傾げながらも、機体をその紋章の前へ向かわせてみた。


「確か、昔に何かで習ったような……」


 何か、どこかで見覚えがあるその紋章の部分、それにベオは軽くPMの手の平をあてがってみる。


 ゴォウ……!!


「うわっと!?」


 PMの指が紋章、紅く発光する塗料だか何だかで描かれたそれをなぞると同時に、謎の紋章もろともにその壁面があたかも「モヤ」のように消え失せた。


「驚かせやがって、全く……」


 その壁が消え失せた場所の奥には、ちょうど一機程度のPMが入れる位の空間。


「剣?」


 その小部屋、淡い緑色の光を放つ壁に覆われた部屋の中には、一振りの剣、人間などが扱う通常の大きさの刀剣が台座へと突き刺さり、鎮座されていた。


「魔剣、マジック・ソード……?」


 リィ……


 その謎の剣から立ち上る、チロチロとした炎。それを見たベオは軽く唇の端を歪め、苦く笑う。


「時代錯誤、かな?」


 PM技術が全盛を振るっているこの御時世では、魔法を秘めた武具作製の技術はその手の専門家であるエルフ達、そしてドワーフ達の間ですら廃れ始めている。


「魔法の武器を使った戦いなんぞ、大昔の悪魔との戦い、聖戦時代の物語っての……」


 今では火薬武器、およびそれをサポートする形での魔法技術が現代戦の主流だ。


「それと、霊動甲冑ポイント・マテリアル、PMね……」


 リィ、シィア……


「あれ?」


 何か、その魔法の剣の刀身が急にぼやけ始めた事に、コクピット内でベオは自身の目を左腕で軽くこする。


「でも、ないか?」


 よくよく見返してみると、その魔剣の大きさは人間の手に余るように感じた、その剣の大きさはちょうど……


「PM用の剣、いや魔剣に変わった?」


 目前の不可解な現象に、ベオは首を傾げてしばらく押し黙っていたが。


「毒喰らわば、テーブルまでを煮て食べろとドワーフ領が南、シルクロードから伝わって来たことわざにもあったよな……」


 ブツブツと呟きながらも、思い切ってベオは自機にその剣を掴ませる。


 シャウ……


 剣を覆う炎が、音も立てずに消滅した事に。


「フゥム……」


 再度ベオは首を深く傾げた。


「始めて見るよ、PM用の魔剣なんてなあ……」


 そして、自分の機体PMへ合わせるかのように大きさを変化させる魔法の武器なども、このベオ少年にとっては今まで見たこともない。




――――――







 紅い月が、天へと登り始めた黄昏の夕方時。


「ここだな」


 豪奢な衣服に身を包んだ一人の青年が、周囲の部下達と執り行った儀式魔術。


「さすがに、強固な封印だったな」


 その集中霊力を用いて、大扉へと掛けられていた封印を解いた後。


「さて……」


 疲れたように首を頷かせつつに、彼は深く息を吸い込み。


 フゥ……


 その唇から漏らさせた後、その端正な顔へ真剣味の色を浮かばせ始めた。


「第一部隊、進入せよ」

「了解」


 その青年の号令と共に、数機のPM部隊が扉の中へ入っていく。


「ドワーフ共の防衛設備が生きているかもしれん、注意しろ」

「ハッ!!」


 ビィウ……


 その返事と共に、独特な駆動音がそのPM群から鳴り響く。


 ズゥ、ズ……


 荘厳な神殿、所々に風化の跡が見てとれる古代遺跡。


「後方野営地へ、連絡を入れろ」

「ハッ……」


 青年の後ろに控えていた女が、夕暮れの薄闇を歪へと歪ませている赤紅の月の光の中を、その細くしなやかな脚を跳ねさせ、駆ける。


「全く、実に」


 その厄をもたらすと言われている月の光に照らされた生け贄用の祭壇、それの後部へと位置する、至極強力な封印が施されていた扉の内部に入っていくPMの部隊へ対して。


「楽な仕事は、させてくれなさそうだな」


 睨み付けるような視の線を青年は投げつけながら、一人呻きの言葉を吐く。


「兵団の一つや二つは犠牲にしてでも」


 青年が頭の革兜を脱ぎながら、僅かに忌々しさが籠った口調で。


「父上はこの中に眠るPM達を手に入れろとは、仰せられたがな……」


 再び呻くとも何ともつかない呟きを言い放つ青年。


 フォウ……


 彼が脱いだ兜から艶やかな長髪が薄暗き時刻の中を吹く風へと流れ、その彼の顔、両側面には長き耳。


「紅き月の日、か」


 その長き、短剣のごとき形をした耳は人間を含めた万の動物、霊長の長であるエルフの特徴である。


「不吉の曜が日ゆえに、何事もなければよいが」




――――――







「エルフ共、だな」

「そのようで」


 オークの女騎士の言葉に対して、隣の老副官が相槌を打つ。


「父上の神託は真であるかな?」

「さて……」


 副官である老オークは自身が駆るワイバーン・ロードを宥めながら、その皺が目立つ首を軽く傾げた。


「どちらにしろ」


 ヒュオォ……


 オークの女騎士が外へと解放したPMのコクピット内へ向けて、冷たい夜の空気が吹き込んだ。オーク族特有の緑色をした肌を持つ女騎士は、その鋭い視線をエルフの駐屯部隊へ実と投げつけている。


「エルフ共が邪魔だな」

「数もあるようで……」

「我々はエルフ共の二倍以上の数がある、それでもどうかな?」


 そのからかいを含んだ女騎士の声に対し。


「ハテ……」


 カリィ……


 老オークが頭を掻きながらボソリと答える。


「我らには戦神の加護があるとはいえ……」

「勝てぬな」

「肝心のPMの数がエルフ共の半分程度、口惜しい事で」


 その老オークが竦めて見せる肩、老いてなお逞しいそれを見つめながら、女オークはその口の端から牙を剥き出すかのような風情で、穏やかに微笑む。


「我らだけでは、な」


 そう言いながら、女オークは腰のポケットから一握りの宝石を取り出した。

 

 グァウ……


 その、よく研磨された宝石は禍々しさを感じさせる紫色にと輝いている。


「ベヘモスを持っておられたので?」


 副官の老オークがその宝石を見て、僅かに驚いたような声を出してみせた。


「父、が」

「オーク大君主が?」

「うむ……」


 フォウオ……!!


 夕陽が深く沈み始め、紅き月の光がますますに輝く中、風が強く吹き荒れ始める。


「いざというときには使えとな」

「これを使ってまで、神託にあったPMを……」


 グゥ……


 老オークはその皺だらけの顔をしかめさせつつ、その紫の光を曝させる宝石を強く、鋭く睨みつけた。


「しばらくは、エルフ共の様子を見る」


 キィイ……


 何か彼女達の後方へ位置するワイバーン達が騒ぎ始めた。紅き月の光に「当てられた」のかもしれない。


「遺跡内部の防衛装置に、エルフが苦戦をしてくれれば、とぅても有り難いよな?」

「漁夫の利で、アーティナ様?」

「ハッキリと言うなよ、ブリティティ……」


 そう微笑みながら、オーク女騎士は風が吹き荒れる夜の中で。


「戦術、騎士の誇りの一端さ」


 薄く、嗤った。

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