第2話「落盤」

  

「発掘依頼?」


 朝日が強く照らす、現在のエルフ領と人間達の領域の境界に当たる「切断山脈」の麓。


「ええ、そうよ」

「フゥン……」


 女の姿をしたシルエットが、昼寝をしていたベオの頭へと軽く被さる。


「ここから北の街が、エルフ共に落とされたみたい」


 その曲線に満ちたシルエットの持ち主、ベオの仲間である女傭兵リーデイドが、そう言いながら軽くその肩を竦めてみせた。


「ここらへエルフが来る前に、出来るだけ発掘しておきたいか」

「PMに関係がある施設が埋っているみたいなのよ、ベオ」

「PM、ポイント・マテリアルか……」


 ボフゥ……


 ベオは寝っ転がりながらそう呟き、すぐ隣でその体躯を屈めている量産型PM「アンゼア」の脚を軽く叩く。


「これがなかったら、とっくにエルフ達に人間は蹂躙されていたわ」

「今でも、充分に人間はこの世界から消えかけているさ」


 ベオのその寂しげな声、それに対して、リーデイドは無言で頷きながら再びその肩を軽く上げた。


「国もなく、ポツリポツリと要塞化された街があるだけだ」

「その上、オークやドワーフ共の相手もしなくてはならないわね」

「神様は俺達人間を見放して、エルフやオークの味方についた、かな?」


 そのベオの、皮肉げタップリの言葉に。


「人間以外は皆嫌い?」

「嫌いだね」

「おや、ま……」


 傭兵仲間リーデイドの、三度目の肩竦め。


「奴等は人間の事なんぞ、ソフトスキンズと呼んでバカにしているくらいだ」

「仕方がないじゃない?」

「その仕方がないで、アイツの恋人は殺されたんだけどな」

「あの可愛い、メイドさんね」


 スゥ……


 それほど離れていない場所へそびえ立つ大山脈。


「可哀想に」


 そこから先の、エルフが支配する土地を見透かすかのように、リーデイドがその視線を山々へと向ける。


「彼らに絶滅危惧の種族である人間を守らなくてはならない義務は、無いとは言ってもね……」

「でも、俺は」


 コツゥ……


 立ち上がったベオはリーデイドと同じ方向、人間の大王国があった山向こうへとその双眸を向けながら、固くぎこちない口調で言葉を吐く。


「意地を見せたい」

「意地、ねえ……」


 グゥ……


 腰の剣の柄頭を強く握りしめながら、ベオが呟くその決意の言葉、しかしにそれには。


「死んだ親父や、国民の為にね」

「最後に滅んだ人間の王国、それの王族の責務かしら、ベオ?」

「かも……」


 キィ……


「かも、な」


 鞘、木製のそれへと手を滑らせながら彼ベオの舌に乗せられるその台詞、それにはどこか空虚な響きがある。


「俺の、役割としては……」

「お天気が、怪しくなってきたわねぇ……」


 リーデイドには、彼女にはそのボソリとしたベオの唸り声は聴こえない。


 ゴゥウ……


 雷鳴を鳴らす黒雲がその頭へと覆い被さった山脈、境界線としてはもってこいの自然地形の向こう側、今はエルフの支配領域になってしまっている、かつての人間達最大の王国アルデシア。


「嫌な雨が降るかもね、ベオ」

「ああ……」


 ベオはその王国があった土地の方角を、山あい越しに険しい目線でじっと見つめていた。




――――――







「ベオ、深入りし過ぎだぜぇ?」

「しかし、明らかにここに大きな霊力反応があるんだろ、ルクッチィ?」


 暗い坑道のなか、額に投光器を取り付けたPMアンゼアのコクピット中に「立っている」ベオは、伝令菅を開いたままの通信機越しにそう傭兵仲間へ返事を返す。


「手を貸そうか、ベオ?」

「一機以上のPMは入れないぞ、ここは」

「そうか、まいったな……」

「あと、な」


 コッ……


 ドリルで破砕した石が自機へ当たる音を耳にしたまま、ベオはちらりとアンゼアの計器へその目を向けてから。


「それに、僅かに何かしらのガスの反応がある」


 暗い、昔に閉鎖された坑道の中、ベオは地上の仲間へそう答える。


「加えて、何か霊波通信機の出力が安定しない」

「通信機がイカれたら、すぐに戻ってこいよ、おい?」

「わかっているさ……」


 ブツッ……


 その地上の仲間との通信を切りながら、ベオはPMの機体コンディション・チェックをざっと行い。


「それに、しても」


 アンゼアの手へと握られているドリルを構え直す。


「気密性に高めてた仕様の機体とはいえ」


 コクピット内の片隅へ積み込まれている水、先程にその中身を移した水筒にベオは左手を伸ばし。


「暑いな……」


 操縦桿のサイド・バーへ無造作に引っ掛けてあるその水筒から、水を塩のタブレットと共に口へ含みつつ。


 ギュウニウィウ……


 ベオは無言で大型ドリルを岩盤に突きつけ続ける。


「ん?」


 ピィ……


 コクピット・モニターの脇に浮き上がっている、針状のメーターを模した計器映像が微かに揺れ始めた。


「強い、霊力反応?」


 その、彼ベオが訝しげな声を呟いた次の瞬間。


「う、うわっ!?」


 ギュウウニュウニウギュウ、チニャア!!


 ベオ機のドリルが空を空転し、前方へ突如として空いた空洞へ向かって。


「まずい!!」


 彼の乗るアンゼアが身を乗り出し。


 ガォラ……!!


 同時に、そのPMの足が踏みしめていた岩盤が崩れ始める。


「くっそお!!」


 ベオの、自機の姿勢を立て直そうとしつつに放たれたその叫び声をよそに。


 コゥウ……


 アンゼアは漆黒の空間へ落下をしていった。



――――――




「っつ……」


 灯りが静まったコクピット内で、ベオは意識を取り戻す。


「ここは……?」


 薄闇の中で頭を一つ振ったベオは、Pのパイロット用の脚部固定器を手早く解除する。


 コゥ……


 解放された脚をベオは軽く手で揉んでやりながら、彼はPM内へ放り込まれている備品入れ、非常用のそれが入っている袋を手探りで探し当てた。


「地下の空洞、かな?」


 その袋を手元へ引き寄せながら、僅かに生きているコクピット内の淡い光。その中でベオは操縦桿近くの水筒の蓋を開け、中身の水を手に取り。


「マジック・ミラーが全く見えない、光源がないな……」


 軽くその水で顔を拭いてから、そのまま自身の唇へも水筒の口を当て、少しだけ水を口内へ流してから。


「全く……」


 ゴクリと、飲み込む。


「通信機もオシャカになっているとならば」


 霊波通信機、PMの必需機能は完全に沈黙している。周波数を合わせるダイヤルがカラカラと音を立て、空しく機器の上を滑った。


「ドワーフ共の外気探知器、信じるしかないかな?」


 ジィ、ジ……


 その器具のメーターを見るに、有毒ガスの反応はない。この機体備え付け型の外気探査器は単にコクピット内の空気と外の空気の差に反応するだけの、不確かな品物ではあるが。


「かとかいって、いつまでもコクピット内に居ても好転はしない……」


 ため息を混じらせつつにそう、一つ息を置いた後。


 バゥ……


 ベオは思い切ってコクピットをあける。


「思ったより、酷いな……」


 僅かにコクピット内から漏れる灯りを頼りにして視線をこらす限り、ベオの自機アンゼアは後ろのめりに、地面へと埋め込まれた形となっていた。


「……んっと」


 コクピット・ドアへ乗降用ロープを取り付け、それを伝い地面へ下りたベオは機体の状態を確かめるために、携帯用投光器を懐から取り出す。


「コンバーターと脚がやられている」


 アンゼアの背部のコンバーター、飛行型PMの生命線ともいえる機能が大きく破損、半壊をしている姿がベオの視界へと入った。


「隊長に大目玉だな、こりゃ」


 軽くため息をつきながらも、ベオは投光器を片手に空洞内を見渡す。


「あれが、目的の遺跡だか施設かな?」


 ベオの立つ天然洞窟、広大な地下空洞のやや遠方に何かしらの人工物、建物らしき物が見受けられる。


「エルフの発明品に万歳っと……」


 自分の手に握られるエルフ製の投光器に向かい、微かに皮肉げな笑みを投げつけながらベオはその建物、おそらくはこの採掘作業の目標であると思われる施設へ向かって歩き始めた。


「地下にある施設といえば、ドワーフの特許なんだがね」

 

トゥ……


 近づくにつれ、その人工物の様子がベオの目にも確認出来るようになってくる。


「神殿、それとも研究所?」


 思っていたよりも大きな、その石と金属が混じった施設らしきもの。一目に見ただけではよく解らないが、施設の端と大空洞の土の壁面ちょうど境目辺り、そこへ入り口らしきものがある。


「入れる、かな……?」


 その少し狭い入り口へ、ベオは身を潜らせるようにして入り込んだ。


「光……?」


 その建築物の中、何か幾何学的な装飾に覆われているその建物の内部は、天井から注がれる光に満ちている。


 キィ……


 節約の為、ベオは投光器のスイッチを切る。視界に支障はない。


「PM、だな……?」


 外部の施設から想像するよりも、遥かに広大な空間。眩しく感じる位の光の中、複数のPMがつるりとした壁へ寄りかかるように、直立不動で整列をしていた。


「人間の俺にすら、肌で感じるほどの霊力か……」


 それらのPMの前を歩きながら、ベオはジロジロとその視線を機体群へと向けて、眺め続ける。


「試し、やってみるかな?」


 タン……


 一機の、程度が最も良さそうなPMの前でベオはその足を止めた。金色に輝くその機体の表面装甲、脚部のそれをポンと手の平で叩く。


「良い色だ」


 自分の、ベオが持つ髪のその色と一緒なのが気にいったのか。


「金色だ、世界的ゴルデンだ」


 ベオはニンマリとした笑みをその顔へ浮かべた。


「アンゼアタイプとよく似ている、気がするかな?」


 その機体色は別としても、正体不明機の外観が今まで乗っていたアンゼア・タイプ、その人間勢力が量産機であるPMに少し似ているのだ。


「ならば、ここがもしかして……」


 ベオはその機体の足元の踵の部分、その少し上の位置に自身の手平を置いた。そこにあっらカバーらしきものがあったが為に。


「マアマゥア……」


 それをベオは両手で力を入れて引っ張る。


 ガシォ……


 微かな音と埃を舞わせながら、カバーが小気味良くスライドした。


「やはり、アンゼアと同系列の機体だろうな」


 その内部へとある非常用のコクピット開閉装置、ベオはそのレバーを軽く手前に引く。


 シュア……


 軽く空気が揺れるような音を立てて、その金色をしたPMのコクピット・ドアが開いた。


「劣化が無い?」


 コクピットの内部を床、卵の卵黄を連打ゆでをしたかのような金属床から見上げながら。


「ツゥ、ショ……」


 ベオはそのPMの脚部、ふくらはぎの辺りから機体表面を這い上がり。

 

 カッ……


 開放された内部コクピットの縁を掴む。


「新品のPMのような綺麗さだ……」


 その謎のPMコクピットの中を見渡しながら、ベオはこの機体の保存状態の良さ、それに少し驚いたような声を上げる。


「動く、ようだな」


 コクピットの後方、生体霊力感知器にベオが自身の背中を張り付けさせたと同時に。


 ボゥ……


 機体の内部へと、微かな灯りが灯る。


「霊力通信機も備わっている」


 アイドリング状態に移行したコクピットに浮かぶモニター、そこに浮かぶコンディションチェック表に目をやりながら、ベオは機体のあちこちに視線を這わせた。


「もしかして、噂に聴くドワーフ共のプロトタイプ・ポイント・マテリアルという奴かな」


 首を傾げながら、自分のあごを指で掻きつつにそう呟いた後、ベオは。


「南無……」


 一つ息を、肺から吐きだしてから通信機、現行のPMへ設置されているそれとほとんど変わらない外見をしているその通話機器を起動させてみる。


「霊力周波、よし」


 ベオの傭兵隊が使用している通信機と同じ周波へ合わせたと同時に。


「ベオ……?」


 コクピットの上方辺りから、不明瞭ではあるが聞き慣れた声が機体内部へと響く。


「ベオか?」


 少し聞きづらい、雑音のノイズが入った言葉が再び繰り返させた。


「団長、団長聞こえますか?」

「ベオだな、無事か?」

「何とか、無事です。隊長」

「落盤にあったようだな?」

「妙な場所にいますよ、団長」

「どんな場所だ?」

「おそらくは、何らかの施設です」

「フム……」


 ザァ、ザ……


 僅かに、通信が乱れ始める中。


「何を使って通信をしている?」

「ええと……」


 ベオは額を軽く手で叩き、少し頭の中を整理させようとした。


「えらく強い霊力周波だな?」

「強い、ですか?」

「こちらの周波が引っ張られている」

「と、いうことはこの場所はかなり地上から遠いと?」

「普通の通信機では届かな……」


 ジィ、バゥア……


 乱れる通信に、何か爆音のような音が混じったのはベオの気のせいであろうか。


「こちらの距離測定の針が振り切れている」

「全く……」


 もし団長がアンゼアへと搭載されている系列の通信機を使用しているとしたら、それの有効距離の範囲外へいるということは。


(生き埋めにならなかっただけ良いとはいえ、この遠距離で帰れるかな?)


 自分の運が良いのか、悪いのかが解らない状況にベオは胸の内で悪態をつく。


「で、何を使って話している?」

「謎のPMから」

「PM?」

「見たことのないPMがあったんですよ」

「本当か?」

「ドワーフ製のプロトタイプ群かもしれません」

「まさか、あれは単なる噂だろう?」

「無人の施設にあったというのに、保存状態が良すぎる」


 そのベオの言葉、それにはすぐに傭兵団の団長は返事を返さない。


「団長、通信が行ってますか?」


 十秒ほどに間があったため、少しベオの口から不安気な言葉が出た。


「ああ、大丈夫だ……」


 ドゥウ……


 また、通信機越しに微かな破壊音がベオの耳へと響く。


「フゥム……」


 軽い団長の唸り声がしたと同時に、しばらく通信機からの応答がない。何かベオの現在の状況について考え込んでいる様子が、時々に不明PM機の内部へ伝わる嘆息から窺える。


「そこから地上へ上がれそうか? ベオ?」

「これから、脱出経路を探してみます」

「ああ」


 ブォフウ……


 先程からの騒音が一際大きくベオの耳へ飛び込んでくる。何か人が叫んでいる声なども通信装置、遠話の魔法が応用されている機具から飛び込んできた。


「何かありましたか?」

「エルフ共だ」

「戦闘が?」

「ああ」

「そうですか……」


 そう言いながらも、ベオはこの不明PMの通信能力の高さへ内心感嘆をしていた。彼はこんな遠距離でここまで鮮明に聴こえる通信機を見たことがない。


「おそらくは、撃退できる」

「敵は小規模で?」

「ドワーフとオークが私たちに加勢をしてくれているよ」

「フン……」


 その隊長の言葉に、不機嫌そうに鼻を鳴らしてみせるベオ。


「ここらに橋頭堡を築かれたら、連中もマズイんだろうな」

「昨日の敵は今日の味方ってね……」

「慣れている事だろう?」

「いい気はしませんよ」


 ククゥ……


 そのふて腐れたベオの言葉に隊長は含み笑いをしてみせる。この彼、元はやんごとなき身分である少年の対応には慣れている様子だ。


「すぐには助けに行けない」

「何とか独自でやってみます、団長」

「すまないな」

「通信を切ります」

「了解、ベオ王子」


 プッウ……


 最後に何か皮肉めいた言葉を傭兵団の団長が言ったきり、通信機の針が静かに落ちた。


「嫌みな事を言ってくれる、ガルガンチュア……」

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