第1話「ポイント・マテリアル」

  

 ガァ、ガアァン……!!


「オークだ!!」

「警護の部隊!!」


 村の見張り台に立っている自警団の男達、異変を知らせる鐘の音と共に、彼らの悲鳴混じりの声が張り裂けんばかりとその口から、村中へと放たれる。


 カァウ、カァアン!!


「もう、オーク共が乗るワイバーンの姿が見えているぞ!!」


 その声、そして見張り塔から響く鐘の叫びが傭兵隊、村の主力警備部隊が寝泊まりしている宿舎の屋根の上を、ややに強い春風に乗って滑り。


「ウ、ウゥン……」


 その木造りの建物内へ、木窓を抜けて飛び込んでくる。


「くそ、うるさい……!!」


 フゥ……


 窓の隙間から差し込む日の光に、年若い傭兵が持つ金色の髪が美しく輝いて、粗末な枕から流れてこぼれた。


 ドゥ!!


「おい、傭兵!!」

「分かっている……」

「とっとと起きろ!!」


 蹴破るようにドアを押し開けた村の自警団の男の声に答えながら、ベオ少年は自身の金色の髪へ手をつっこみ、クシャクシャと掻きまぜながら寝台からその身を起こす。


「こんな辺鄙な村を襲うとはな……」


 先程の自警団の男が他の部屋を回っている様子がその慌ただしい足音と共に窺える中、ベオは軽く頭を一つ振って、サイドテーブルの水差しからじかに酔いざましの水を口へと注ぎ込む。


「先に行ってるぞ、ベオ!!」

「怒鳴るなルクッチィ、頭へ響く……」

「寝坊助が!!」


 すでに身支度を整えている傭兵仲間が、部屋の中も見ずにベオへ一つ声をかけてから、板床を軋ませつつに階段を駆け降りていく音を耳へと入れながら。


「フゥウ……!!」


 再度にベオはこうべを強く振り、気合いの声をその口から吹かせつつ、素足のまま左脚をベッド下の革ブーツへと差し込んだ。


「オーク、とか言っていたな……」


 シュ……


 もう片方の脚をブーツへ滑らせたベオはそう、厄介な隣人の名前を口に出しつつ。


「エルフではなくて、残念だな」


 少し、心持ち急ぎながら靴の紐を巻き始めた。




――――――







「胴鎧、俺の気に入りがない!!」

「あんたが遅いからでしょ、ベオ!?」

「お前こそ……」


 確かに、この同僚である彼女も未だに戦支度を整えていないということは、彼ベオと同じく寝坊組だ。


 クゥ……


「くそ、まだ二日酔いが……!!」


 響く鐘の音、そして外から聴こえてくる怒鳴り声やら悲鳴やらに。


 ク、ウァ……


 ベオの頭の中へ、軽くもやが差す。


「酒が、残ってやがる……」

「急いでね、ベオ!!」

「わかっているけど……!!」


 ファフ……


「わかっているけど、何!?」


 ややに荒れたその肌に、彼女は上下共の下着を穿いた後、その上から短衣を羽織り。


「そっちこそ急げよ!!」

「急いでいるわよ!!」


 前後が割れた革鎧、胴部のみを保護する防具である胴鎧(クィラス)の中央に空いた穴へ、傭兵仲間の女性は自身の頭を差し入れ。


「何をベオ、あんたはボサッとしているのかという事!!」

「自分の胸に聞け!!」


 服を着る要領で女性用革鎧を纏い、胸の辺りを僅かに身動ぎさせ、調える。


「お前の胸に、二つ付いている頭にな!!」

「聴いたけど、キツいって言ってる!!」

「そう、ですか!!」

「だから、何をあなたは!!」

「だからな……」


 急いで革の胴鎧の脇についているベルトを締めている女傭兵の苛立ちの声にまたも起こされるベオの頭痛は、酒のせいだけではあるまい。


「そのお前の頭二つが……」

「じっとしゃがんで、いつまで自分の靴を眺めているのかと聞いているのよ!!」

「誰のせいだと、思って……」

「先に行くわよ、ノロマ!!」


 軽装、素早くは動けるが重甲冑で身を固める相手には分が悪い革の鎧を纏った彼女が走り起こした風が、香水の香りと共にベオの顔先を撫でる。


「また団長に怒られたいなら!!」

「わかってるよ、リーデイド……!!」


 別に非常時ならば彼女の裸を見ても咎められる筋合いはないのだが、そこがこの金髪の少年傭兵の歳、年齢が成せてしまうことなのだろう。


「いまから、支度を整えるさ!!」

「そのまま、いつまでも靴紐を見つめていればいい!!」

「慌てて履いたもんでね!!」

「あぁ、そう!!」


 タゥウ……!!


 そのまま武具庫から駆け出していく彼女に、ベオは「視線逸らし」の為の無意味な動作を止めて怒鳴り返し、男用の胴鎧が吊るされている部屋の片隅へと飛び付く。


「まったく……」


 鎧のサイズが合わないのは紐を結び合わせればどうにかなる問題だが。


「皆、真っ先に良い物を取りやがって」


 カビの匂いが臭く、よりによって両脇の鎧留め部分である金具が破損している鎧だけが残されたのは、ベオに対する当て付けの部分もあるかもしれない。


「エルフ共に国を滅ぼされたのは、俺のせいじゃないっての……」


 どうにか苦戦しながらも金具を無理に固定したベオ、村の端の広場へ向かおうと薄暗い小屋から駆け出た彼の瞳に、強い朝日の光が差し込む。


 カン、ガアァン……!!


 良く補修がされていない村の中央道でその脚を駆けさせるベオは、けたたましい鐘の音に急かされるようにブーツの裏から強く土を跳ねさせる。


「避難が完全ではないか……!!」


 誘導に従い避難をする村人、そしてそ人々とは逆方向、ベオと同じ進路へ自警団の団員が火縄銃や弩で武装をしながら走る姿がベオの後方から見えた。


 トゥ……!!


「急いで!!」

「カアチャン、どこ!?」

「先に待っているさ、ボウヤ!!」


 足を転ばせた村の子供へ手を差し伸べながら、ベオはその子を近くにいた村人に預ける。


 ガラ、ラッ……!!


「PMはどうした!?」

「上手くエンジンがかからねぇんだよ!!」

「こんな時に!!」


 自警団の男達が台車に乗せた連射式のクロスボウ発射器を配備しながら怒鳴り合っている姿を横目に、ベオの視線の先に強く朝日に照らさせた広間、傭兵団が本領である「兵器」を駐留させてある集合場所がそのベオの目に見えた。


「先に飛び立った奴も、いるようたまな!!」


 ブォ……!!


 空へと舞う、人にしては大きく巨大な影に向かい。


 ゴゥウ!!


 オーク達が駆るワイバーンがその巨影、巨人へ向かって炎を吹き付けている上空域の光景に、ベオはその足をさらに速める。


「遅いぞ、ベオ!!」

「酒が!!」

「言い訳になるか!!」


 広場、空き地で傭兵団の指揮を飛ばしている壮年の男へ、ベオは走りながら軽く頭を下らせた。


「私はお前の三倍は飲んでいる!!」

「リーディ、リーデイドの奴の着替えもあった!!」

「見とれていたな!?」


 そう言いつつ、一瞬ニタと笑みを浮かべる団長、ベオの上役である元騎士の男は、僅かな後には再び険しい顔をし、遠く空を覆い始めた襲撃者達の方向へその面を向ける。


「すまないな、 団長!!」

「無駄な言い訳もしたのだ、お前は!!」


 ズゥオ……!!


 朝陽が輝く頭上の青空から騒音と粉塵が舞い降りる中、ベオは少なくとも人の背丈の二、三倍はある甲冑が立ち並ぶ、荒い砂と石礫に覆われた広場を見渡し。


「乗り込む前に水を口へ含めよ!!」

「あいよ、団長!!」

「口を動かし、乾いたはずだからな!!」

「了解、了解だ!!」


 未だ動いていない、白銀の甲冑を纏った巨人群。礼の言葉を団長へ言いつつも、少年はその視線を完全武装の巨大戦士達へ向けて、揺らし続ける。


「こっちです、ベオ様!!」


 広場奥、対空クロスボウが設置させている場所の近くで手を振っている一人の少女のシルエット、彼女の両腕が一際大きくベオへ向けて振られた。

 

「PM(ポイント・マテリアル)は暖まって、いるか!?」

「悪く、ない、です!!」


 そう叫ぶ、大きな広葉樹の傍らに立つ巨人、通称PMの足元でその機体中央から垂れ下がる縄をその手に持つ整備員へ。


 グッ……


「遊んでないで!!」

「わかったよ!!」


 親指を立てて見せたベオに、少女から怒鳴り声が返ってくる。その二つの人影の間を巨大甲冑が低い音を立てて飛翔を始め、遮る。


「それと、な!!」


 ボゥア……!!


 そのポイント・マテリアル、霊動甲冑PMが飛び立つ時に吹き起こす風で舞い上がった砂塵、その砂の幕から自分の腕を顔へあてがい、かばいながら。


「様、は止めろと言っている!!」

「すみません、ベオ様!!」

「だから……!!」


 ブゥオオ……!!


 ややに前方へ位置する見張り台から届く、交戦状態を知らせる法螺貝が辺りへ響き、その音が二人の声を掻き消す。


「敵の接近が早いか!!」


 先程から続けて手を振りベオを機体、巨大甲冑へと誘導する彼女へ頭を強く下げながらすぐ隣まで駆け寄った少年は、PMのコクピットへと昇るロープへとその手を取りつかせた。


「ベオ様、飲み物です!!」

「サンキュ!!」


 整備士である彼女から手渡された水筒をもう片方の手で受けとりながら、その巨人の胴体から吊るされたロープをベオは片手と脚を器用に使い、よじ登りつつ。


「様、そうベオ様は止めろよな!?」

「止めません!!」

「俺はもう、お偉い身分でもなんでもないって!!」


 軽く彼女へ笑ってみせながら、ベオは開いた甲冑の内部へ入り込む。そのまま彼は自身の背中を機体のコクピット内の背面部へ張りつかせて。


 ブォ……!!


 タラップ、そして開いた甲冑の前面が音を立てて閉じられる中。ベオは光が入らない甲冑の内部で手探りにコントロール・バーを握る。


 シュア……


 微かな風がPMの内部を疾ったと共に、ベオの視界全面へ機体外の光景が映しだされた。


「ベオ様、お気をつけて!!」

「上空、ワイバーンが狙っているぞ!!」


 他の傭兵が放つ警告の声にベオは歳若い女性整備士へ答える暇もない。機体を浮上させないままに彼はその機体の手のひらを天、上空から降ろされる太陽の光をその翼で隠している飛竜へ向ける。


 ダァウ!!


 少し離れた位置にある備え付け型の大型クロスボウ。鋭い音を立てながら跳ね飛ばされたその太矢(クォレル)による射撃を、そのオーク飛行兵はワイバーンを身軽に操りながらかわし。


「クソ、ニンゲンめ……!!」


 グゥウ……!!


 ファイアーブレス、ワイバーンの口から放つ事が出来る火炎放射による攻撃をオークは取り止め、飛竜ワイバーンは空中を急旋回しつつ、その翼をはためかせてベオ達のいるPM整備場から引いていく。


「驚かせやがって……」


 スゥ……


 ベオはアイドリング状態のままである、起動したばかりのPMからの射撃を中止して、自機のその腕を下ろさせた。


「ベオ、今だ!!」

「おう……!!」


 クロスボウを操作していた仲間の声にコクピット内から返事を返し、ベオは整備員から受け取った水筒の中身、軽く果汁で味付けされた水を口へ含む。


「アイツは避難しているな、よしよし……」


 機体の斜め後ろ、大樹に隠れてベオの機体を見つめている女性整備士の安全を確認したベオ。軽く安堵した彼はPM背部のコンバーター、動力源から気流を発生させ。


「機体状態、各部モニター状態良好!!」


 自分が乗っているPMの外装甲、および機体を構成している物質の数々は内部からのベオの視線を邪魔しない。手に持つコントロール・バーと脚を支える器具。そして半透明の機体コンディションを示す小型のモニターだけがコクピットの「宙」へと浮かぶベオの視界に入る。


 ジャア……!!


「お気をつけて、ベオ!!」

「ありがとう、接続敬語の無視!!」

「私はイヤですけどね!!」


 大樹へよりかかるように立ちながらも、気丈にベオの乗る巨人を見上げている整備員が、その小さい身体からは想像もつかないような大声で機体内の彼へ叫び返す。


「ジュースもありがとうな!!」


 そのジュースの入った水筒を操縦桿の脇へ吊るしながら、巨人ポイント・マテリアルは勢いよく自身の巨体を空へと跳ねさせた。


 ジャ……!!


 浮上を始めたベオ機を良い標的と見たのか、遠方のオーク製PMからクロスボウによる狙撃、太矢がベオの視界の前を疾り去る。


「誰か、オーク共の戦力!!」


 その矢を放ったオーク機の姿、それは肉眼では見ることが出来たことはできたが、この距離ではベオの機体からは射撃をすることは出来ない。僅かに歯噛みをしながら、ベオは周囲へ通信を入れた。


「オークの内訳は分かるか!?」

「PMを駆るのが十機、ワイバーンを駆る奴が約二十!!」


 リーデイド、僅かに被弾をしている彼女の機体が、地上で旧式PMをぎこちなく動かしている自警団を援護しながら、ベオ機へと怒鳴り返す。


「それだけか、オークどもは!?」

「自分の目で見なさいよ、ベオ!!」

「教えてくれてもいいだろうに!!」


 ドゥ!!


 そのリーデイドの駆る機体、そして地上の民兵達の間をすり抜け、数機のオークPMとワイバーン達が村へと向けて突入をする。


「戦況が悪いのか、リーデイド!?」

「この村の自警団のレヴェルが低いのよ!!」


 村人達か乗る数機の旧式、それらへ向けて上空から炸裂弾を投げ落としていた二人のオーク飛行兵へ。


 ギィウ!!


 ベオ達とは違う塗装が施されたPMに乗る傭兵仲間がその自機を飛竜達へ突撃させ、リーデイド機の支援へと加わる。


 ザァフ!!


 一匹のワイバーンの身体がその青色のPMが持つ槍により貫かれ、その躯から血を吹き出しながら地面へ落下していく姿に。


「ウ、ワァ……!!」


 自警団のメンバー達から悲鳴が上がる。


「そう、みたいだな……」

「後退、後退する!!」

「戦いに慣れていない様子だ、村の奴らは」


 何人かの民兵が武装馬車を翻し、村を守る為に立てた大杭陣地の内側へ、職務を放棄して逃げ込む姿をベオはその目で見つめながら、軽く息を吐いた。


「それに、旧型のPMしか持っていないぜ、ベオ……」


 地塗られた大槍を掲げながら、性能強化されたPMに乗る傭兵団のエース、ルクッチィが駆る青い機体からベオ機へ向けて通信が入る。


「アンゼアに乗る俺たちが奮迅をするしかないか、ルクッチィ」

「まぁな……」


 その傭兵仲間である青年が駆るPMへ向けて、一際大きなワイバーンに乗ったオークがライフルを向ける姿を目にしながら、同時にベオはその自分の目端へと捉える事が出来た。


「食料庫、メシのありかを探せ!!」


 低空飛行で対空弩から放たれる太矢をいなしながら地面スレスレを滑空し、連結柵を飛び越えたワイバーン隊の後方から響く女オークの声。


「食料略奪が私達の目的だ、忘れるな!!」

「オーケイ、騎士アーティナ!!」


 両脇に二機のPMを従えながら、指示をだす女の同型オーク機、黄色をした計三機のPMを見やりながら、ベオはコクピット内で小さく舌を打つ。


「あれが、隊長か!?」

「だろうな、ベオ!!」


 ドゥ、ドゥン!!


 大型ワイバーンを駆るオークがその手に持つライフルからの射撃を盾で防ぎながら、ルクッチィ青年の機体がベオの機体のややに下方へと高度を下げる。


「村へと侵入してきた、あの指揮官らしき機体を狙う、ベオ!!」

「オウ!!」


 ガォン!!


 PM「アンゼア」の背中から強い風が吹き、村へと逆行するベオ機達へ向けて、リーデイドが何かを叫んだ様子であるが、その彼女の声を無視し。


 ヴォフ!!


 二人の男の機体、アンゼア・タイプの背部コンバーターから光が舞い、その機体を空中へ強く持ち上げる。


「まずは先鋒、そのワイバーンから順に!!」

「了解、ベオ!!」

「言ってもいないが、ルクッチィ!!」

「解るもんだよ、王子様!!」


 ベオ機の手に握られた剣の切先が村へと侵入したオーク達の隊長が乗ると思われるPM、ややに他の機体とは細部の装飾が異なるその敵機から。


「オーク達の出鼻を挫き!!」

「気を圧させて!!」

「そのまま一気に敵リーダーを落とす、そうだなベオ!?」

「おう!!」


 飛竜隊の先頭、低空を跳ねるオークの軍用ワイバーンに狙いを変え、定め。


 スゥウ……


「チャージ!!」


 ドゥウ!!


 ベオの気合いの声と共に、アンゼアの銀色の体躯が陽の光を反射しながら急降下を掛け、村の対空兵器を破壊し続けているオーク・ワイバーンライダーへと奇襲をかけた。


 キィイオ……


「くそ、ニンゲンめ!!」


 そのベオ機の勢いに呑まれ、自身の乗るワイバーンの制御に失敗した女オークが罵り声と共に、必要以上に乗竜を低空から翻したが為に。


「よぅし!!」


 ベオの機体アンゼアと、その隊長機らしきオーク機体の間、それを遮る物が無くなった。


「一気に仕留める!!」


 自機の稼働状態は良好、平行を示していたベオの制霊力を表すメーターが強く跳ねると同時に。


 バウゥ!!


 彼の乗るアンゼアのエンジン出力が上がり、推力がさらに増した機体がオーク製PMへ迫る。


「ニンゲンめ!!」


 ボフゥ!!


 敵の隊長と思しきPM、その機体の手のひらから放たれた霊力の波動、牽制射撃であるそれの命中により、微かにベオの機体が震え、アンゼアとその剣先が揺らいだ。


「させんよ、ニンゲン!!」


 そのベオ機アンゼアがバランスを崩し、スピードを落とした隙に、先程の女オークが乗る飛竜が、所々へ金の装飾が施されている敵のPMとベオのPMの間へ割って入る。


「邪魔だ、オーク!!」

「シャア!!」


 ボゥウ……


 ワイバーンからの火炎放射と共に、ベオが狙っていたリーダーと思わしき機体、そして他のオークPMから放たれたPMクロスボウの矢をかわそうとしたが為に。


 ブォウ……


「あたらんか、オーク!!」


 空を切り、上方へと流れるベオ機の剣、が彼はそのまま剣をすぐに戻そうとはせず自機をワイバーンへ向けて直進、体当たりをさせた。


「飛び飛竜へ、打ち当てる!!」

「ゲッ、チェエ!!」


 ベオが狙ったワイバーンの乗り手であるオークが叫ぶと同時に、そのオークはアンゼアによる突撃を乗竜、ワイバーンへと拍車を入れて寸前でかわし。


 チィ……


「やるなオーク!!」


 舌打ちをしながら、ベオが上段から返した剣、二段の剣撃も再び。


「甘いよ、アンゼアの人間!!」


 バゥ!!


 再度のその女オーク機からの霊力弾丸、装甲へ施された装飾からしても、このオーク襲撃部隊のリーダーであることは間違いないと思われるそのオークPMからの射撃により。


 フゥウ……


「牽制弾、それでもここまで出来るオークか!!」


 ベオの機体「アンゼア」は斬りつけようとしたワイバーンからその剣もろとも弾かれ、狙いを付けた飛竜から距離を置かさせる。


「良い根性だな、ニンゲンよ!!」

「相手になるか、オーク!?」

「なってやるさ、この騎士アーティナが!!」


 ジャア……


 バランスを崩し、その機体を立て直しているベオの視界へ、黄色のPMが左手だけで保持していた大剣を両手で構え直し、ベオ機へと向けて急加速をかけてきた。


 ガァン!!


「くそ!!」

「パワーでこのオルカスにかなうと思うなよ、ニンゲン!!」


 オーク製PM、オーク襲撃隊の指揮官と思しき女が駆る機体の剛剣を受けたベオ機の剣が、あやうく機体の手から弾き飛ばされそうになる。


「ベオ!!」


 ガフォ!!


 ルクッチィ機、青色のアンゼアから火縄ピストル、PM用拳銃からの鉛弾がそのオーク隊長機、指揮官階級である事を表しているのか、機体装甲の端各部を金で縁取りされたそのPMの右肩辺りを大型ピストル弾が撃ち抜き。


「小癪な!!」


 コクピット内で怒りに身を震わせ、緑色をした顔を赤く染めらせたオークの女騎士は、自分の随伴PMも人間達による攻撃を受けている光景をも睨み付けながら、オーク族がよくよく口にする呪詛の俗語を吐く。


「目星を付ける襲撃場所を見誤った、これは!!」


 すでに自分達の略奪隊に少なくない損害が出ていることに歯噛みをしつつ、彼女は自分の腰ポケットから噛みタバコを取りだし、口に生やした牙の先へと押し当て、突き付ける。


「手強い、この人間達は!!」

「もう一発あるぜ、オーク!!」

「おのれ!!」


 単発のピストルを自機の腰ホルスターへ降ろしたルクッチィは、無造作に背へ槍を納めながらにもう片方の腰からピストルを取りだし。


 シュホゥ……


「騎士同士の一騎迫り合いに口を出すか、人間!?」

「クチ、そう銃口だな!!」

「愚弄をするか、この騎士アーティナを!!」


 PMを通しての点火術で火縄の先へ火を付けながら、青い機体は僅かにその女オーク機から距離を取る。


「アーティナお嬢!!」


 ダァ、ドゥウ!!


 黒い大型ワイバーンへと乗った、老人と思われるオークの手に持つライフルから霊力の弾が連射をされ。


「チィ!!」


 それの火線がルクッチィ機の表面装甲を続けて叩き、僅かな青色の破片が宙へと舞う。


「ブリティティか、助かる!!」

「引き際もお考えを、お嬢!!」

「やはり厳しいか!!」

「人間共が、想像以上に強く!!」


 ドゥフ!!


「鎧袖一触とはいきませぬ!!」

「くそう、オークめ!!」


 老オークが乗るワイバーンの大きさはPMアンゼアよりも一回りは大きい、その黒ずんだ鱗を持つ飛竜の体当たりをまともに食らったルクッチィの機体は背中のコンバーターから煙を軽く上げ、地表へと落下をする。


「畑さん、すまんね!!」

「ワシの顔を見ずに作柄を気にするとは、良い度胸だ!!」

「俺達への報酬の一端なんだよ、オーク!!」


 ザァ……!!


 ルクッチィの機体はそのまま巨大ワイバーンに押し倒されるかのように、村を取り囲む防護柵外へと拡がる麦畑に仰向けに突き込み、その手に持つ無発射状態のPM用ピストルが地面へとこぼれ落ちた。


「ルクッチィ、大丈夫か!?」

「安心しろ、この程度でくたばらん!!」


 無線機から響く仲間の声を耳へと入れながら、傭兵団のエースであるルクッチィは。


 ゴゥ!!


 鉄槌のごとくに降り下ろさせたワイバーンの「アギト」を自機を転がさせ、間一髪でコクピットへの直撃を防つつ、その未だに実っていない麦畑へ押し込まれた両手、その手平から光を放つ。


「チィ、青い人間め!!」


 ブァサァ!!


 姿勢が悪いアンゼアからの霊力弾は上手く焦点が合わず、威力が大きく減衰している。それでもこの自分へとのし掛かる飛竜を退かせる位の働きはしたようだ。


「出力が低下、PMが破損したか!?」


 コクピット内に立つルクッチィ青年の周囲へと浮かぶモニターの類いが安定しない。レーダーに至っては完全にその光を失っている。


 ボォウ!!


「しかし、泣き言は言えん!!」


 老オークの援助に駆けつけたワイバーン兵からの炎が迫る姿に、ルクッチィは急いでコンバーターを噴かし、その場から離脱を行い、自機を飛翔させた。


「食べ物を粗末にするとな、オークさんよ!!」


 麦畑を焦がした、緑色をした鱗を持つ飛竜へと牽制の霊力弾を放ちつつ、ルクッチィは自分の機体背部へと無造作に吊るさせてあった大型槍をその手に構えさせ、前方のオーク製PMへと機体を突き進ませる。


「麦穂が槍になって当たるんだよ!!」

「そりゃもったいねいな、若僧!!」


 不調を起こしながらも迫り来るルクッチィ機の姿、その彼の機体が持つ槍穂先が捉えているオーク機のパイロットはそのルクッチィを嗤いながら、自らの大斧を振りかざして迎え撃つ姿勢を見せた。


「無理をするなよ、ルクッチィ!!」

「お前こそ、ベオ!!」


 ザァン……!!


 自分の機体、すぐ真横を通りすがった仲間のPMへ声をかけながらも。


「いいコンジョーであるよ、人間!!」


オーク女騎士の大剣を寸前でかわしたベオ機、彼に追撃の剣を振るおうとしたアーティナの機体表面へ地上からのクロスボウ斉射が襲い、僅かに彼女の機体へと傷が付く。


「私とやり合って、他人を気にする暇があるとはな!!」


 ブォウ!!


 大薙ぎに振るわれたアーティナ機、オークPMの大剣を上手く受け流しながら。


「あっちゃ悪いかよ、オーク!!」

「全く、良い度胸の戦士じゃないか!!」

「ルクッチィの二の舞にはならんよ、俺は!!」

「是非にそうしてくれればな、人間!!」


 ベオは自機を徐々に村の上空から外すように動かし続け、極力に被害範囲を狭めようと試みる。


「我々の為に用意してくれたメシ、無駄に失われずに済むというもの!!」

「お前達オークの為に気を使っているはずが、俺達人間はないだろう!!」

「そうだなあ、ニンゲン!!」


 敵PM、オーク製機体「オルカス」の背後へ回り込もうとアンゼアを滑らせるベオの目前に。


 ゴゥン!!


 アーティナ機の太い脚から放たれる前蹴り。それを受けたベオのPMの腕が強く折れ曲がり。


「私アーティナの制霊力は良好!!」

「俺もだ!!」


 自機のコクピット内に甲高い笛の音に似た警告音が鳴り響く中、なおもベオはアンゼアの機動性を生かし、オークのPM背後へその身をつかせた。


「ハアァ!!」


 ガウゥン……!!


 先程にルクッチィのピストル射撃で破損したアーティナ機の右肩、そこにベオは左手に持ち替えた剣を強く叩きつけ、一気に切断しようと試みる。


「させるか、ニンゲン!!」


 ボゥ!!


 オーク機の無事な左手が真後ろのベオ機へとその掌を翻して、押し当てたその手から霊力弾が零距離で放たれた。


「オーク女め、くそ!!」


 その散弾として放たれた霊力の波にベオのアンゼア、それの折れた腕が完全に機体から吹き飛ばされ、PM本体へも強い衝撃と共にあちこちが破損する。


「騎士アーティナ、支援する!!」

「こんな時に、仲間思いのオークめ!!」


 ヒュオォ……


 他のオークPMが投げ放ったグレネードの直撃を、ベオはアンゼアの霊動コンバーターの出力をあえてカットさせ、その炸裂弾の軌道から自機を逸らし。


 ボゥフ!!


 そのグレネードの爆発を隠れ蓑にしつつ、ベオ機は自機を地表へと見える加農砲搭載PM、傭兵団団長が操るドワーフ製の機体の援護を受けるかのように下降させる。


「逃がすか、人間!!」


 ベオのアンゼアと同じく切断、右腕を失ったことも気にせずに、オーク隊隊長である女騎士アーティナはコンバーターの出力を上げ、小癪な人間の機体を追撃しようと試みようとした。


「いや、逃がせよ騎士アーティナ!!」

「バカを言うな!!」

「危険なんだって、隊長……!!」


 グレネード弾で支援をしたオークの言葉を遮り。


 ドゥウウ!!


 加農砲(カノーネ)により砲弾、そしてそのドワーフPMの周囲から自警団所属の武装馬車から火線がアーティナ達へ向かって伸びる。


「クソォ!!」


 そのカノーネ榴弾による炸裂を受け、アーティナ達のややに上空を飛行していた一機のオーク機がコンバーターを吹き飛ばされ、地面へ向けて墜落をしていく姿、その脇を。


「らっしゃい、オーク隊長機!!」


 後ろから大型ワイバーン、老オークが跨がる飛竜に追われながらも、ルクッチィの専用PMであるアンゼア・ブルーが大槍を両手に構えながらアーティナ機へと迫りくる。


「貴様ら、自警団どころの兵ではないな!?」

「良い眼力をしてるじゃない、おじいさんオーク!!」


 ヒュオ……!!


 その老オークの下方から、リーデイドのアンゼアが僚機を伴いつつ。


「女か、人間!!」

「女で悪いかな、オークさん!?」

「孫に欲しいものだ!!」

「あら、嬉しい!!」


 黒い鱗を持つ大型ワイバーンへ向けて、PM用の弩を構えながら接近を掛けた。


 ブォウゥ!!


 その老オークが駆る漆黒のワイバーン、そして彼に続くオーク兵が乗る飛竜からの炎のブレスを受け、その身を赤熱させながらヨロヨロと戦線を離脱し、不時着を試みる僚機にチラリと視線を送りながらも。


「しかしに、老人を御心いたわる気持ちはあたしにはない!!」


 リーデイドのアンゼアが老オーク兵ブリティティの乗竜の尻尾を掴みながら、その手に持つクロスボウを生身をさらけ出しているオークの乗り手へと照準を合わせる。


「ワシは長生きしたいのだが、ね!!」

「無理ね、ムリムリ!!」

「ムリを言うのが老人だよ、娘!!」


 ブォ……!!


 老オークが乗る大型ワイバーンの尾が大きく振るわれ。


「元気なイチモツを、オジイチャン!!」

「悪いかよ、小娘!!」


 リーデイド機のクロスボウの矢があさっての方向へ無意味に飛び立ち、そのバランスを失った彼女のアンゼアへ向けて。


 ゴゥ!!


「ブリティティ、任せろ!!」

「退却、退却ですお嬢!!」


 大剣を自機の肩の鞘へ納め、リーデイドのPMアンゼアを残った腕で殴りかかるアーティナ機、オーク略奪隊の隊長へ向けて老ブリティティは乗竜に拍車をかけながら。


「どうにか、ある程度に食い物を奪えたようです!!」


 村の方向から全速力で自分達の方向へ迫るオルカスとワイバーン、彼らの姿へ指を向けながら、ブリティティは腰の角笛を鷲掴む。


「引き際か、ブリティティ!!」

「ワシが物資を持つ者達を援護します!!」

「任せた!!」

 

ブォオ……!!


 響き渡る老オークからの角笛の音。しかしアーティナ、オーク騎士にとっては大型のワイバーンに取りついた人間のPMを自機のその拳で弾き飛ばし、老オークをしんがりの任務へ専念させる事が出来たのはいいが。


「逃がすものかよ、オーク!!」

「狙ってくるか、この私を!!」


 空域へその機体を浮かせているアーティナを、青いアンゼア・タイプを駆るルクッチィを始めとする人間達、彼らは易々と逃がすつもりはないらしい。


「無理は止めて、ルクッチィ!!」

「安心しろ、リーデイド!!」


 地上、自警団からの対空火縄銃が食料を満載したワイバーンを撃ち抜き。再度の加農砲がその戦闘宙域へと砲身を向ける中。


「オークの隊長、奴を叩き落としてみせる!!」

「生意気な人間達め!!」

「一刺しにしてやる、オーク女!!」


 ルクッチィ機の槍がオーク女騎士の機体へその穂先を向け、彼の不調をきたしているコンバーターが強く光を放った。


「でぃあぁ!!」

「まずいかな、アタシは!?」


 不安定ながらも、故にその為か勢いだけは増しているルクッチィのアンゼア。


 ドゥウ!!


「おおっとゥ、アーティナちんピンチだよ、人間野郎!!」


 彼の大槍がアーティナ機の胴体脇を貫き、その勢いでオーク隊長機のコクピット・ドアが弾かれ、宙へと投げ出される。


「いい風とシャレを混みたいが!!」


 薄く笑みを浮かべながら、口の噛みタバコを開放されたコクピットから空へ吐き出しつつも、騎士アーティナは生身の腰ホルスターからピストルを取り出し、目前のPMへ向けて狙いを定めた。


「無粋者の人間機体を、風流から遠ざけないとな!!」

「そんな火の付いていないピストルで、オーク!!」

「今から付けるよ、少し待て!!」

「その上、付けた所で!!」


 アーティナ機へと突き刺さったままの槍から自機の両手を離し、その手の平を向けるルクッチィ。その彼の機体の真横を砲弾がすり抜ける。


「このポイント・マテリアルの装甲を貫けるものか!!」

「我らにはガルミーシュ神の加護がある!!」

「信心とは、殊勝な良い女オークめ!!」

「虚勢だよ、人間!!」

「殺すには惜しい女、しかしに!!」


 しかし、それでもルクッチィの機体の手平からは光は消えない。略奪物資を運搬する部隊の撤退を見届けたブリティティ、老オークが慌ててライフルの銃身をルクッチィの青色アンゼアへ向けた時。


 ボゥウゥ!!


「邪魔をしてくれて、ガルガンチュア団長は!!」


 加農砲の砲弾がルクッチィ、そしてオーク騎士アーティナのPM上方で爆発を起こし、その衝撃が周囲の空気を震わせ、響く。


「くそ、コンバーターが!!」

「ガルミーシュ神の加護だなぁ!!」


 アーティナ機から下方へと爆発により押し下がらせられたルクッチィ青年が睨み付ける、オークPMのコクピット。


「信心、良いモノだろう!?」

「偶然に決まっている!!」

「それが御心というものだ、ニンゲン!!」


 そこから見えるオーク女騎士が額から血を流しながら、彼へ向けて中指を立てている姿、それは制御不能となった機体、をどうにか墜落だけは避けようとしているルクッチィの頭へと血を昇らせている。


「アーティナお嬢、退きましょう!!」

「急かすなよ、ブリティティ!!」

「新手の人間PMが来ました!!」

「先に言え、バカ!!」


 そのアーティナ機と言えども、あちこちに砲弾の破片が刺さり危険な状態だ。彼女は自機の姿勢を整え直しつつ、手動で一気に機体へ追加燃料を注ぎ、コンバーターのスロットルを上げた。


「サラバだ、人間!!」

「くそ!!」

 

 ボゥ!!


 オークの女隊長機を支援するブリティティからのライフル銃撃により自機を揺らされながら、応急修理を施されたアンゼアを駆るベオは、最大戦速で撤退していく黄色のPMとその斜め下、背後へと付くワイバーンの姿を実と睨みつける。


「野盗山賊どもめ!!」

「我々は騎士、ナイトであるよ!!」

「やっている事は盗人だろうに!!」

「全ては戦の為だよ、人間!!」


 通信装置、霊波通信器の調子がやけに良く、もはや互いが小さく見える距離になっても声だけはコクピット内に響かせられている事は、ベオにとっては非常に腹立たしい。


「腹が減っては騎士は出来ぬからな!!」

「とっとと失せろ!!」

「コワイ、コワイ……!!」


 最後に一つ笑うオーク騎士の声に、ベオは深呼吸をしつつ水筒へその口をつけ。


「くそ……!!」

「ベオ、聴こえるか?」

「はい、何ですか団長!?」

「怒鳴るな、うるさいぞ……」


 どうにか気持ちを落ち着けながら、傭兵団団長であるガルガンチュアへ機体内から返事を返す。


「そのまま、空から被害状況を確認出来るな?」

「了解、了解……」


 どこか投げやりに、現在の目上の人物へ答えてみせるベオの機嫌の悪さ。それは単に先程のオーク女から向けられたからかいの言葉のせいだけではない。


「酷い被害だ……」


 敵味方の戦死者や、破壊された機体が転がる村外れの平地の惨状はもちろんだが。


「村の被害が多すぎる、団長」

「我々が報酬として受け取る食料、おそらく村人達は再交渉を持ち出してくるはずだ」

「ああ……」


 フゥオ……


 ため息をつくベオ少年を乗せて、ゆらりと飛行を続けるベオ機、天へ高く昇り始めた太陽が照らし出す銀色のPMの眼下では。


「先程の妙な射角でのカノーネ砲撃、あれが原因だったか」


 ドワーフ製PM、団長が乗っていた機体が高射へと構えた大砲もろともに墜落した黄色のオークPM、オルカス・タイプとは異なる機体との激突により半壊している姿がベオの目に止まる。


「エルフ製の機体は、オークには向いてないっての……」


 おそらくは鹵獲機であると思われるエルフ製PM、その機体へしばらくの間、ベオはじっと視線を向けながら。


「本当は、オークなんぞと戦っている場合ではないのにな……」


 再び、深くため息を吐くベオの視線の先では。


「エルフこそが、俺達の国を滅ぼした仇敵だと言うのに……」


 傭兵団の予備機、数機の旧式PMがその絡み合った機体達を持ち運ぼうと、大きな荷押し台を引っ張っている姿が映し出されていた。




――――――







「ふう……」

「霊力酔いですか、ベオ様?」

「まぁな……」


 アンゼアのコクピットから降りようとしているベオに、彼が幼い頃から仕えていた近侍、元メイドであった整備士が飲み物を用意して彼を出迎えてくれた。


「この感覚には慣れない……」

「はい、ベオ様」


 ズゥウ……


 ロープを伝い、コクピットから地面へと降り立ったベオは、軽く肩をコキリと鳴らして見せてから。


「ありがとう」

「どういたしまして、ベオ」

「様、を止めてくれたか」

「フフ……」


 彼女の笑みに少し肩の力が抜けたベオ少年、彼はその整備員が盆へと載せているコップの中身、栄養ドリンクを一気に飲み干す。


 シュア……


 上空偵察を引き継いだ仲間のPMが静かにその巨体を舞わし、空へと浮上していく姿が、笑みを互いに交わす二人の目に止まった。


「あなたの意を汲めば、少しはPMの霊力酔いも晴らせると思いまして、私」

「精霊の放つ力、霊力の海で溺れているようなものだからなあ……」

「こんなのに耐えられるのはエルフ共だけですよ、ベオ」

「フム……」


 僅かにその「エルフ」の種族名を言った時に、翳った彼女の顔。


 トゥ……


「ご苦労、ベオ」

「ハッ……」


 それに気がつかないフリをしながら、彼ベオは近くへ通りがかった団長へ向けて、額に手を寄せて一礼をする。


「そのエルフに対抗するために創られたのが、このPM、ポイント・マテリアル(霊力集束化甲冑)であろう?」

「戦いの花形、ですね」

「ああ……」


 頭を含め、身体のあちこちへ薄く血の滲んだ包帯を巻きつけているこの団長は、先程の彼女との会話を聴いていたのであろう。


「私達傭兵にも、もはや切っては切れない物だよ」

「そう、ですね……」

「嫌な時代の流れだと思うか、ベオ?」

「個人的には、そうではありませんがね、団長」


 ズゥ……


 ベオの乗っていた機体内コクピットへロープを使いよじ登り、後仕事に入った整備士の彼女へ、たまにはプレゼントの一つでもしたいなとベオは思いながら、彼は目の前に立つ団長の巻きつけている包帯へと軽く指を置く。


「痛いな、ベオ……」

「団長の今の姿をみていると、どうも……」

「すまんな、気を使わせて」

「もっと、後方で指揮を執るべきかと」

「それは私の台詞だよ、ベオ王子」


 ポフゥ……


 お返しとばかりに団長から自身の金髪の頭を叩かれるベオ。とはいえ、その団長の言葉も手の感覚も。


「俺のその肩書きが、過去の遺産だと解っているくせにな、この人は……」


 そのベオの呟き、それがこの目の前から立ち去っていく団長へ聴こえたかどうかは、この金髪の少年には解らない。


「まあ……」


 少し自機を見上げたベオの視線の先には、元近侍の娘がコクピット入り口付近から整備用ズボン越しにも解る程に形の良い尻を突きだしている魅惑的な姿勢。その姿に元アルデシア王国の王子であるベオは慌ててコクピットへ潜り込む彼女から視線を外しつつ。


「別にどうでも、いい事だ」


 そう、低く呟きながらベオは昼の光に照らされる最新の兵器、剣と魔法に代わる巨大人型霊動甲冑「ポイント・マテリアル」が立ち並ぶ広場を見渡していた。




――――――







「あと数日で」

「うむ」


 空色をその身へと帯びたエルフ製PMを駆る、そのエルフ達によって構成をされた小さな部隊が、どこまでも拡がる大山脈を眼下へ据えながら一路に南下を続けている。


「目的の遺跡へと到着致します」

「先発隊による野営地の構築は?」

「ほぼ完了したとの報告が」

「了解だ」


 その女エルフの報告に、部隊のリーダーと思しき若い男はその機体、PMの内部で立ちながら頷き、その視線を彼方へと向けた。


「しかし、父上め」


 低く広がる雨雲を避ける為に高空の空を飛行し続ける事は、PMにとってもパイロットにしても負担が大きい、が。


「あの遺跡の辺りはオーク共の縄張りに近いと申したはずであるのに」

「何か、深い思惑がおありなのでありましょうに、偉大なるハイエルフ王には」


 その彼女の言葉に、リーダーのエルフは一つその鼻を鳴らしてみせた後、早くこの任務を終わらせたいという気持ちを反映させるかのごとくに、僅かにその機体速度を加速させてみせた。




――――――







「大君主よ」


 荒涼とした原野、その大地の実りから見放された土地の小高い丘の上で武術の鍛練を行っている老オークへ、美しい人間の女が声をかける。


「何事だ」

「啓示でございます」


 深いヴェールを頭へと覆い被させたその女の表情、それは老いたオークの目からはうかがい知る事は出来ない。


「北西の遺跡に訪れるエルフ達の血、それを我ガルミーシュへ捧げよと」

「うむ……」

「そして」


 ゴゥ……


 オークの老人、歳に似合わず筋骨隆々とした偉丈夫は戦斧を地面へと突き立て、汗ばんだ自身の顔へ吹き当たる冷たい風を心地好く感じながら、傍らに控える女の次の言葉を待つ。


「その地、遺跡の祭壇で生け贄の儀を執り行えと」

「生け贄だと?」

「神託でありますば、大君主……」

「フン……」


 冷たい風に乗って、どこからか野生の飛竜、ワイバーンと野獣ワーグが互いに争っていると思われる甲高い叫び声が老オークの耳を打った。

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