第39話 40層

  40層で俺達を待ち受けていたのは、だだっ広い空間と、天井に届かんばかりの巨体を誇る……竜だった。


 グランドドラゴン。

 その分厚い鱗はやや黄ばんでいて、やたらぶっとい両腕にすべてを切り裂かんばかりの鋭い爪が覗く。

 赤く光る双眸はまるで血塗られているかのようだ。

 地獄の底に通じていそうな大口に、噛まれたらどんな伝説の鎧でも砕かれそうな強靭な牙がズラッと並ぶ。


 普通の人間ならその姿を一目見ただけで恐慌をきたして、発狂してしまうかもしれない。

 そんな半端ない威圧感を誇る竜が、一つ荒く鼻息を吹きながらこちらを見下ろしてきた。


 俺は素早く鑑定スキルを発動し、目を見開いた。


「ランク、SS……」


「なんだって!?」


 俺が呟いたランクSSという言葉にセリオスが驚愕する。

 いや、セリオスだけじゃなく、ミロシュ達、それにヴェーネも驚きを隠せない様子だ。


「ランクSSって、伝説級のモンスターじゃねえか!!」


 ミロシュがまるで抗議するような口調でそう言った。


 まあ、今回ばかりは俺もミロシュに共感せざるを得ない。

 恐らく王都にいる冒険者の中に、ランクSSのモンスターと交戦した者はいないだろう。


 そもそも、この『ランク制』は王都の冒険者ギルドが制定したものだ。

 ギルドには、過去所属したことのある冒険者の活動記録がかなり詳細に記録され、膨大な数の資料となって保存されている。


 その資料を元に、モンスターのランクを決めている。

 そして資料にあるモンスターの中で、最強の力を持ったものを『ランクS』と決めている。


 つまりランクSSとは、冒険者ギルドの歴史が始まって以来確認された最も強いモンスターを上回っているということだ。


 まさに未知の領域とでも言えばいいのだろうか。

 そんな敵を、俺達は目の前にしているのだ。


「アラドさま……」


 不安そうにリュミヌーが俺の右腕にしがみついてきた。

 俺は彼女を安心させるために、あえて穏やかな声で言った。


「リュミヌー、大丈夫だ。俺がついてる」


「は、はい……」


 リュミヌーはまるで子供のように俺の一言で表情から不安の色を消した。

 俺なら何とかしてくれる、という確固たる信頼が、彼女を恐怖から守ったのだ。


 とは言ったものの、さすがの俺とて勝算があるわけでもないし、作戦もあるわけではない。

 だが、ここを突破出来ないようじゃ、この更に奥に鎮座している『災禍の王』には絶対に勝てないだろう。


 ならば、グランドドラゴンくらい余裕で倒さないとお話にならない。


 俺は気合いを入れ直し、慎重に相手の出方を伺いながら、脳内でこのデカブツとどう戦うかいくつかプランを立てる。


 色々考え、やはりここは正攻法しかないと結論付ける。

 つまり、タンク役が敵の攻撃を引き受けその隙にアタッカーが集中砲火を叩き込むという、使い古された工夫もクソもない戦法。


 だが、それこそが王道であり、そして王道とはシンプルでかつ効果的だから王道と言われるわけで。


 俺が脳内でシミュレートした戦い方通りにいけばかなり高い確率で勝てるという手ごたえは感じる。

 ダンジョン攻略前は頼りなかったリュミヌーとリディも、40層まで来る頃には大分経験値を積んで、動けるようになっているし、戦力として計算していいだろう。

 あの二人は素人だけど、そんじょそこらの冒険者より戦えると思う。やっぱ実戦は何より成長になるしな。


 残る懸案はセリオス達と連携が取れるかどうかだ。

 特にミロシュ。


 まあ気に悩んでもしょうがない。

 俺はもう一度自身を奮い立たせて、皆に宣言した。


「よし、行くぞ! みんな!」


 俺の号令に皆短い言葉で答えてくれた。

 ミロシュですら、俺に仕切られている事に不満を覚えつつも目立って反発してこなかった。


 そして、グランドドラゴン戦が幕を開けた。

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