第36話 共闘

「セ、セリオス!」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 それもそのはず。

 1週間前、10層のデスクラブ戦で重傷を負ったはずのセリオスとミロシュが、涼しい顔をして目の前に立っていたからだ。


 まさかこんなに早く前線に復帰してくるとは。


「久しぶりだな、といっても1週間ぶりか」


 セリオスは相変わらず冷静沈着な表情で俺に歩み寄ってきた。

 彼の後ろからパーティーメンバーのミロシュに、ヨアヒムとテレーゼもいる。

 ミロシュは腕組みして面白くなさそうな顔で俺の方を見てくる。

 ヨアヒムとテレーゼは複雑そうな表情。


「セリオス、もう怪我はいいのか?」


「ああ、先日はお前に助けられたらしいな。ヨアヒムから聞いたよ。一応礼を言っておく」


 そう言ってセリオスは軽く頭を下げた。


 なんだ、今日はやけに素直じゃないか。

 いつもこれくらい謙虚だったらいいのに。


「怪我の方は心配いらない。まだ本調子にはほど遠いが、お前たちが露払いしてくれたお陰でここまでこられたよ」


 なるほど。

 俺達のパーティーが先陣を切って迷宮を攻略してきたから、遅れてやって来たセリオス達はその後ろを悠々と踏破できたってわけか。


 そしてここ31層で追いついてきたと。


 セリオスの後ろから、ミロシュがぬっと顔を出してきた。


「アラド、10層では確かにお前達に助けられたかもしれねえが、オレ達はちょっと油断してただけだ。まだお前を格上と認めたわけじゃねえ。勘違いすんなよ」


 あくまで毒ついてくるミロシュ。

 こいつは俺が勇者パーティーにいた頃から、こうやって事あるごとに俺に突っかかってくる奴だった。

 余程俺のことが気に入らないんだろうな。


 冒険者には、大きく分けて二通りの価値観を持つ者に分かれる。


 一つは、自分の戦闘スタイルにこだわりを持つタイプ。

 このタイプは、自分の使用武器や戦闘スタイルに誇りを持ち、例え相手との相性が悪くても、あくまでも自分のスタイルを貫く。

 例えば弓は相手と距離をとって戦うスタイルなので、近接戦は不向きだ。

 なので相手に距離を詰められた場合、近接武器に持ち替えて応戦するのがセオリーだ、普通ならな。

 だが弓という武器にこだわりを持つ冒険者であれば、例え近接戦に持ち込まれたとしても、あくまで弓で戦う。

 これが自分の戦闘スタイルにこだわりを持つタイプの冒険者だ。


 もう一つは、その逆でこだわりを持たないタイプ。

 このタイプは自分の武器や戦闘スタイルに特別こだわらず、その時その時の最も効率のいいスタイルで戦う。

 さっきの弓の例えで言えば、相手との距離が離れている時は弓で、接近戦では近接武器に持ち変えて戦うのがこのタイプ。


 この二つのタイプは、どっちが優れているか、一概には決められない。

 どっちも一長一短ある。

 こだわりを持つか、持たないか、これは冒険者のよくある定番の話題の一つだ。


 そして、今目の前で俺に突っかかってくるミロシュは、後者、つまりこだわりを持たない派の冒険者だ。

 別にそれだけならいいんだけど、ミロシュは自分と違う考え、つまりこだわりを持つタイプの冒険者を異常に毛嫌いしている。


 そして俺はと言えば、もちろんこだわりを持つタイプだ。

 片手剣を捨てるくらいなら、冒険者を辞めた方がましだとすら思うほどの。

 なので必然的にミロシュに嫌われてしまうのだ。


 だが、俺はいちいちミロシュの小言に突っかかったりしない。

 価値観は人それぞれだし、俺だって別にミロシュのスタンスを否定する気なんてないしな。


 ただし、俺のスタンスにも口出しさせる気はないけど。


「おい、ミロシュ。その辺にしておけ」


 後ろからヨアヒムがミロシュを窘める。

 するとミロシュは「けっ」とつまらなそうに一つ呟いて向こうに行ってしまった。


「すまんなアラド。あいつもここんとこ気が立ってるみたいだし、一つ多めに見てやってくれないか?」


「ああ」


 まあ別に気にしてないけどな。

 それにしても、ヨアヒムはすこし話がわかるようになったか。


 ヨアヒムの隣にテレーゼがやって来た。

 彼女は白銀の鎧に身を包んだ獣人族の女性だ。

 背中には自分の背丈ほどはあろうかという槍。

 エメラルド色の髪を肩ぐらいまで伸ばし、頭にはぴょこっと二つの猫耳。

 いや、正確には猫耳みたいな耳か。

 猫かどうかわからないしな。


「一週間ぶりですね。私はテレーゼと申します」


「ああ、俺はアラドだ」


「この間は助けて頂きありがとうございました」


 ペコリと一つ頭を下げるテレーゼ。


「いや、気にしなくていい」


「そう言って頂けると助かります。それで、もしよろしければ、ここから私達のパーティーと共闘しませんか?」


「単刀直入だな」


「今はいがみ合っている場合じゃないでしょう?」


「まあ、そうだな」


 実際、俺達だけで『災禍の王』に勝てるかどうかわからないからな。

 戦力は少しでも多い方がいいだろう。


「ただし、勝手な行動はしないで貰えるか?」


「ええ、それはもちろんですわ、セリオスもいいですよね?」


 テレーゼがセリオスに同意を求めるように小首を傾げる。


「……ああ、今はいがみ合っている場合じゃないことは、オレだって理解しているつもりだ」


 セリオスはそう言って頷く。


「聞いた通り、セリオスの同意も得られたことですし、共闘といきましょう」


 そう言ってテレーゼはスッと右手を差し出した。

 俺もその手を握り返す。


 こうして俺は何の因果か、セリオス達と共闘することになった。

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