第34話 幼馴染

「くそっ、ここもダメか」


 19層で転移トラップにかかった俺とヴェーネは、四方を壁に囲まれた小部屋に飛ばされた。

 周囲を見回しても出入口はない。

 ジッとしているわけにもいかないので、俺はあちこちの壁をしらみつぶしに調べてみることにした。

 隠された出口があるかもしれない。

 俺は灰色の壁に触れて感触を確かめたり、拳で叩いたりしてみたが、隠し通路のようなものは出現しない。


 だが、諦めるわけにはいかない。

 今頃残されたリュミヌー達がダークコープスの群れと交戦しているはずだ。

 リディはお化けが怖いらしく、ゾンビとの戦いでは期待できない。

 ロッティは非戦闘員だし、まともに戦えるのがシャンテとリュミヌーの二人しかいないとなれば、かなりヤバイ。

 シャンテは大怪我しているから、あまり長時間の戦闘には耐えられまい。


(リュミヌー……無事でいてくれ)


 早く合流しなくては。

 焦る気持ちを抱えながら再び壁に手を伸ばす。


「アラド、ごめんね、私のせいで……」


 部屋の隅で三角座りをして小さくなっているヴェーネが、ポツリと呟いた。


「私が不注意だったから、アラドまで巻き込んでしまって……」


「……もう過ぎてしまったことだ、気にしても仕方ないだろ」


 励ますつもりでそう声をかけたが、ヴェーネの表情はちっとも晴れない。

 膝を抱えて俯いてしまった。


 俺はヴェーネの頭頂部のあたりを見下ろしながら、迷宮に突入してからずっと引っかかっていた疑問をぶつけてみた。


「なあ、ヴェーネ、お前、なんか焦ってないか」


 するとヴェーネは顔を伏せたまま、


「……私だって、アラドの役に立ちたいから……」


 ヴェーネ、お前……。

 もしかして、俺がリュミヌーといちゃついているのを見て……。


 俺は馬鹿だ。

 こんな事に気付かないなんて。

 リーダー失格だ。


「……ごめんな、ヴェーネ」


 自然と口から謝罪の言葉が漏れた。それを聞いて、ヴェーネはようやく顔を上げた。

 そしてぶんぶんとかぶりを振って、


「ううん、アラドのせいじゃない。私が、勝手にヤキモチ焼いただけで……」


 声が尻すぼみになったので、後半の言葉は聞き取れなかった。


 俺は何となくヴェーネの隣に座った。

 このまま調べても埒が明かないし、体力を無駄に消耗するのは得策じゃない。


 それに……。


 俺は、もう一度ヴェーネと向き合って話をしたい。

 考えてみれば、勇者パーティーを追い出されてから俺は自分の事ばかり考えてて、全然ヴェーネの事を考えていなかった。


「ねえアラド。こうしてると、昔を思い出すよね」


「昔?」


「子供の頃、一緒に冒険者ごっこしてたでしょ」


 ああ、そうか。

 俺とヴェーネは中央大陸の東部にある田舎村の出身だ。

 子供の頃、よく二人で冒険者ごっこをして遊んだものだ。

 二人で山奥の洞窟までいって、迷子になって、大人が助けにくるまで今みたいに二人で並んで肩を寄せ合い励まし合ってたっけ。


「懐かしいな」


「アラド、あの時何て言ったか、覚えてる?」


「え?」


 うーん、ダメだ、なにぶん昔のことで、思い出せない。


「俺何か言ったっけ?」


「覚えてないならいいのよ……」


 ヴェーネは少し寂しそうな笑顔を作った。


「なあ、ヴェーネ」


「なに?」


「普段あんまりこんな事言えないけどさ、俺にとってお前は大切な幼馴染なんだ。だから、その、あんまり無茶なことしないでくれ」


「アラド……」


「お前にもしものことがあったら……」


 俺の言葉を聞くと、ヴェーネの表情から暗い影が消え、いつもの明るい笑顔になった。


「うふふ、ありがと、アラド。今はそれで充分だよ」


 屈託のない、太陽のような笑顔に、俺の胸が少しときめいた気がした。


「そっか」


 まあ何がともあれ元気になってくれてよかった。


「よし!」


 ヴェーネは勢いよく立ち上がると、


「早くここから脱出して、みんなと合流しよっ!」


「お、おう!」


 二人で部屋を隅々まで調べ尽くし、ようやく出口を発見。

 俺たちはそこから脱出すると、急いで元の場所に戻った。


「アラドさま!」


 俺の姿を認めるなり、リュミヌーが抱きついてきた。


「リュミヌー、無事だったか?」


「はい、シャンテお姉さまとリディのお陰で、どうにかモンスターを撃退できました」


「リディも戦ったのか?」


「当たり前じゃない、あんたが頼りないから仕方なく戦ったわよ!」


 リディがドヤ顔で腕を組む。


「……泣きべそ、かいてた」


「ちょ、ちょっとロッティ! 言わないでよ!」


 ロッティがボソッと呟き、リディが慌てる。


「よく頑張ったな、リディ」


「ふ、ふん!」


 赤面しながらリディはぷいとそっぽを向いた。


「みんな、ごめん。迷惑かけて」


 ヴェーネがそう言って頭を下げた。


「気にしないでください、ヴェーネさんが無事で良かったです」


「この失態は後の戦いで取り戻してくれればいい」


「ありがとう、リュミヌー、シャンテ」


 リュミヌーとシャンテの言葉に、ヴェーネはほっとしたように顔を緩めた。


「よし、じゃあ行くか」


 俺達は20層へ続く階段を降りた。

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