第27話 解呪

 俺達はドワーフ族の少女リディとロッティを連れてキィンロナ村に戻ることにした。

 ルバンツの街を後にして、元来た道を今度は逆方向に進む。

 本当はロッティだけで良かったんだが、リディが「ロッティひとりじゃ心配だから私も一緒に行く」と言って強引についてきた。

 まあ女の子がひとり増えたくらいじゃ負担にはならないと思ったのだが。


「わんっ! わんっ!」


「こら、くすぐったいよー」


 白い毛並みの犬がヴェーネの懐に潜りこんでじゃれていて、ヴェーネがくすぐったそうに身悶えしながらも明るい笑顔を見せている。

 こいつは犬のチロルで、リディのペットらしい。

 リディが工房に置いて行くのは嫌だと言って連れてきたのだ。


「わあ、この子、モフモフしてて気持ちいいー」


 ヴェーネがチロルのふさふさした体毛をなでなでしている。


「でしょー。とっても可愛いんだから」


 リディが誇らしげに自慢する。

 何とも緊張感のない光景だ。

 だが、周りにはモンスターの気配がしないので……まあいいか、と思わなくもない。

 それに……。


「ヴェーネ、ちょっと、いいか?」


「え、うん、いいよアラド」


 ヴェーネが懐に潜っているチロルを取り出して俺の方に差し出した。

 両手を伸ばしてチロルの身体に触れる。

 何とも言えないモフモフした感触が手のひらに広がる。


「うふふ、アラドもモフモフしたかったんだねー」


 クスクスと笑うヴェーネ。


「悪いか」


 思わず反論してしまった。

 別にいいだろ。モフモフくらい……。


「……………………」


 じっとりとした視線が少し離れたところから注がれてくるのを感じる。

 見ると、シャンテが腕を組んでクールを装っているものの、チラチラとこちらに視線を投げてきていた。


「……なあ、シャンテ、もしかして、この子と遊びたいのか?」


 そう聞くと、シャンテは顔を赤らめながら、


「…………うむ」


 そうポツリと呟いた。


 彼女の気持ちを察したように、チロルが俺の手を逃れ、シャンテの立っているところまでとととーっと走って行った。


 シャンテの周りをグルグル回りながらへっへっとじゃれるチロル。

 その様子を見ていたシャンテのクールな顔がみるみる赤くなる。


「……か、かわいい……」


 かろうじて聞こえる声でシャンテがそう呟くと、しゃがんでチロルをなでなでする。

 シャンテに撫でられて上機嫌なのか、チロルは尻尾を振ってへっへっと言っている。


 こんな感じでほのぼのとした雰囲気のまま、キィンロナ村までの旅は進んだ。

 だが、肝心のロッティは魔障の影響で終始ダルそうにしていたが。



◆◆◆◆



 2日かけて、俺達はキィンロナ村に帰ってきた。

 村に着くと、待っていたとばかりにリュミヌーが走ってきて、人目も憚らず抱きついてきた。


「アラドさま、お帰りなさいませ!」


「ああ、ただいま」


 胸に顔をうずめてくるリュミヌー。

 その頭を優しくなでなでして、絹糸のように美しい金髪をすいてやる。

 するとリュミヌーの顔が陶酔したようにとろんとなった。


「おほん! もしもしアラドさん?」


 ヴェーネがジト目でいちゃつく俺達を窘める。

 慌ててリュミヌーを身体から離して、気を取り直す。


「リュミヌー、帰ってきて早々で悪いが頼みがある」


「何でしょうか?」


 俺はリュミヌーに事情を説明した。

 ロッティが魔障によって呪われていること。

 解呪魔法で直さないと魔導砲を直せないことなど。

 チロルを抱えたリディも祈るような面持ちでリュミヌーを見つめている。


「リュミヌー、解呪魔法は使えるか?」


「はい、ただ、成功するかどうかわかりませんが……」


 不安そうに下を向くリュミヌー。


「大丈夫だ。自分を信じろ」


「アラドさま……、わかりました、やってみます!」


 俺の言葉に、リュミヌーは力強く頷いて決意を口にした。



◆◆◆◆



 村長の家、俺とリュミヌーの部屋で、リュミヌーとロッティが向かい合うようにして立っている。

 リュミヌーは両手をかざして精神を集中させている。

 俺達は黙って見守ることしか出来ない。

 しばらくして、リュミヌーの両手が光輝く。


『解呪』!


 リュミヌーがそう叫ぶと、両手の光が更に強くなってロッティの身体を包んでいく。

 まるで、彼女の身体を浄化するように。

 光が弱くなっていき、やがて消える。


「ふう……どうにか成功しました」


 そう言ってガクッと体勢を崩すリュミヌー。

 慌ててよろめくリュミヌーの身体を受け止めた。

 ロッティの様子を見ると、さっきまでの重苦しい表情は綺麗さっぱりなくなり、健康的な顔になっていた。


「あれ……ここは?」


 呆然とキョロキョロ首を動かして今いる場所を確かめるロッティ。


「ロッティ! よかった……」


 リディがかけつけて、ギュッとロッティの身体を抱きしめる。

 何が何だかわからなさそうにロッティは困惑していたが、何となく事情を察したのか笑顔になって、


「おねえちゃん、心配かけてごめん」


「ううん、ロッティが元に戻って本当に良かった……」


 俺達は姉妹の邪魔をしないように、そのまま静かに部屋を出た。

 何がともあれ、これで魔導砲を直せば、懸案だった村の護衛問題は解決だ。

 次なる問題は、災禍の王、か……。

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