第11話 しばしの休息

 村長の部屋を出た俺は、リュミヌーに連れられて彼女の部屋に入った。

 部屋の中は綺麗に整理されており、家具の配置にも無駄がない。

 几帳面な性格が見て取れる。


「アラドさま、こちらに」


 リュミヌーに促され、ベッドに腰掛ける。


「なあ、リュミヌー」


「はい、何でしょう?」


 俺はさっき村長から受け取った報酬のお金が入った袋を持ち上げた。


「こんだけお金があれば街に行って冒険者を護衛に雇えるんじゃないか」


「はい、お父様も最初はそう考えていました。ですが、いくらお金を積まれてもエルフ族の村に滞在して村の護衛に当たるのは嫌だと言われて……」


 そんなバカな。

 いくらエルフ族が迫害されているからって、護衛を引き受ける冒険者が一人もいないなんてことはありえないだろう。

 ましてや、冒険者という人種は実利主義の傾向が強く、金のためなら何でもやるって人間が多いんだけどな。

 もしもっと根気よく探していれば、引き受けてくれる冒険者を見つけられただろうに。


「それに、そのお金は村に代々伝わる貴重なマジックアイテムを売って工面したお金なんです。元々この村にはそんな大金を短期間に稼ぐ産業などありません。継続して冒険者を雇用し続けるのは難しかったのです」


 それでリュミヌーは、言い方は悪いけど、あまりお金をかけずに村で働いてくれる奇特な人を探して人間の国に来たってわけか。

 わざわざ危険を冒して。


「なるほど、それでリュミヌーは色仕掛けで俺をここまで連れてきたわけね。格安で村を護衛してくれる便利屋として」


 するとリュミヌーは、戸惑った表情になった。


「そんな、アラドさま……」


「悪いが俺はこの村のパシリになった覚えはない。この村の護衛だってタダでやる気はない」


 するとリュミヌーは涙目になりながら、


「護衛の報酬は、わたしじゃダメですか!?」


 と哀願してきた。

 俺は静かに首を振った。


「君は俺を誤解している。俺は君が思うほど善人じゃない。金が貰えるなら動く、貰えないなら動かない。俺はそういう人間だ」


 少し間をおいて、


「……それと、君は少し自分を安売りしすぎじゃないか? 出会ってそんなに経ってない人間に簡単にそんなこと、許しちゃいけない」


 そうだ。

 リュミヌーは事あるごとに、自覚あってのことかどうか知らないが、俺を誘惑してくる。

 たまたまリュミヌーを助けたのが俺だったから良かったものの、もし俺が奴隷商人みたいな極悪人だったらどうするつもりなのか。

 エルフ族ってのは、こんなに危なっかしい奴らなのか?


「アラドさま……」


 リュミヌーは俺の言葉を聞いて、まるで母親にしかられた子供みたいな表情になった。

 だが、すぐに「フフッ」と笑みを浮かべた。


「アラドさま……、やはりあなたはわたしが見込んだ通り、心優しいお方なんですね。悪ぶって突き放してもわたしにはわかります」


 突き放したつもりが逆に好感度を上げてしまったらしい。

 そしてリュミヌーはベッドから立ち上がると、正面に来て俺と向かい合った。


「お願い致します! アラドさま、わたしを貰ってください! そして、このキィンロナ村を守ってください! もしどうしてもダメだと言うのなら……」


 な、何をする気だ?


「強行手段に出ます!」


 そう言ってリュミヌーは、おもむろに服を脱いで無防備な姿になった。

 その姿を一目見て、俺の脳裏を稲妻が迸った。

 目の前にいるのは、地上に降臨した美の女神。

 奇跡としか言いようのない、神々しいまでに整った肢体。


 稲妻に撃たれたような衝撃が俺を襲う。

 だがまだ辛うじて俺は理性を保っていた。

 そう簡単に、思い通りになってたまるか、という意地があった。


 だが、そんな俺のプライドは、目の前の暴力的なまでに美しい裸体の前には何の役にも立たなかった。


 そして理性は無残にも破壊され、俺は本能剝き出しの獣と化した。



 ◆◆◆◆



 次の日の朝。

 窓から差す日光で俺は目を覚ました。


 ベッドから身を起こし、服を着る。


「……まだ頭がクラクラする……」


 俺はベッドに視線を向ける。

 そこには、リュミヌーが生まれたままの姿ですやすやと眠っている。

 その表情は、まるで母親に抱かれる赤ん坊のように安らかだ。


 俺は彼女の長い金髪を優しく撫でる。

 昨日の夜俺はすっかりリュミヌーに魅了された。彼女のことがいとしいと思うようになってしまった。


「……アラドさま、おはようございます」


 リュミヌーが目を擦りながら身体を起こす。


「おはよう、リュミヌー」


「それでアラドさま、返事を聞かせてくれますか? わたしを貰ってこの村を守ってくれますか?」


 リュミヌーは不安そうに俺を見つめながら訊ねる。


「……ああ」


 すると、リュミヌーはまるで花が咲いたみたいにパッと笑顔になった。


「ありがとうございます! これからわたしとこの村のこと、よろしくお願いいたします」


 そう言ってリュミヌーはペコリと頭を下げた。


「とりあえず服を着ようか」


「あ、はいっ!!」


 慌ててリュミヌーは服を着た。


 これから俺はこの辺境の地ミュルゼアで暮らすわけか。

 でも、まあ、悪くないかもな。

 王都での生活にも疲れてきてたからな。


 服を着たリュミヌーが俺の身体に抱きついてきた。


「それからアラドさま、村の護衛だけじゃなく、ハーフエルフの赤ちゃん作りも頑張りましょうね」


 リュミヌーが無邪気にそう言った。

 昨日の夜みたいなことをこれから何度もするわけだ……。


「でもハーフエルフは何故数が少ないんだ?」


「それは、わたし達エルフ族は長寿ゆえ繫殖能力があまり高くないからです。だから、これからアラドさまと頻繫に、最低でも2日に1回くらいのペースで励まないといけないかと思います」


 マジか。

 そんなに頑張らないといけないのか。


「でも俺は冒険者だからな……、たまには自由気ままに旅がしたくなるかもしれない」


「その時はわたしも連れてってください。わたしはもうアラドさまのものなのですから」


「村はいいのかい?」


「もちろん村のことは守って欲しいです。でも、もしアラドさまがどうしても旅に出たいというならば……」


 ちょっと意地悪な質問だったかな。

 まあ昨日の意趣返しってことで。


「心配するな、しばらくはここで護衛の仕事に専念するよ」


 俺はリュミヌーの華奢な身体を抱き寄せる。


「本当に優しいのですね、アラドさま……」


 リュミヌーが穏やかな表情で俺の胸に顔をうずめてきた。

 その頭を優しく撫でてやる。

 右手でリュミヌーの顎を上に向けて、俺はそっと唇を重ねた。


 冒険者の仕事に明け暮れる毎日で疲れていたからな。

 しばらくはここでのんびり骨休めするのも悪くないだろう。


 こうして、俺は辺境の地でスローライフを送ることに決めた。

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