第10話 キィンロナ村

 フロストワイバーンを倒した俺達はイザルス山脈を越え、ついに辺境の地ミュルゼアに降り立った。


「アラドさま、ここがわたしが生まれ育った故郷の大地です」


「そうか」


 リュミヌーが故郷の空気を懐かしむかのように大きく深呼吸した。

 あたりは平原地帯だが、大陸中央の王都付近と比べるとどこか雰囲気が違う。

 草木の色も、生えている植物も、すべてが新鮮だ。

 まさに人間の手が及んでいない、ありのままの自然が温存されている。


「ここから村までまだ歩くのか?」


「はい、でももうすぐ見えてくると思います」


 ここから先は土地勘がないので、リュミヌーに先導してもらう。

 道は整備された人工的なものではなく、少しでこぼこしている。

 1時間程歩くと、遠くに集落のようなものが見えてきた。

 木造の簡素な住宅が道沿いにポツンポツンと点在している。

 その集落を木でできた柵が囲んでいる。

 俺達が今歩いている道は、その集落の出入口まで伸びている。


「アラドさま、あれがわたしの故郷、『キィンロナ』です」


 リュミヌーの後ろをついて集落に近づいて行くと、出入口に何人かの人影が集まっているのが見えた。

 その人影達は皆リュミヌーと同じ尖った耳をしている。

 エルフ族。

 彼らはリュミヌーの姿を見るなり笑顔になり、こちらに向けて手を振った。


「リュミヌー様だ!」

「リュミヌー様が帰ってこられたぞ!」

「誰か村長殿に知らせろ!」


 村人達は慌ただしそうにしている。

 ようやく集落――キィンロナの入口に辿り着くと、わあっと一斉に村人達に囲まれるリュミヌー。


「リュミヌー様、よくぞご無事で!」

「村長殿が首を長くしてお待ちしておりますぞ」


 村人達の歓迎を受けて、リュミヌーは穏やかな表情で一つうなずき、


「お父様が? ええ、わかりました。すぐに参ります」


 と応えた。

 それからリュミヌーは俺の方を振り向いて、


「アラドさまもご一緒に」


「村長殿ってのは君のお父さんか」


「ええ、わたしの家は村の一番奥です」


 リュミヌーについて行って村の中を歩く。

 皆こちらに注目している。

 俺は人間なんだけど大丈夫かな?

 でも今のところ、邪険な扱いは受けていない。

 リュミヌーと一緒にいるからか。


 村長の家は村で一番大きな家だった。


「お父様、ただいま帰りました」


 リュミヌーが入口の扉を開けて中に入る。

 俺もそれに続く。


 中に入ると、暖炉の前に年老いたエルフ族の男性がいた。

 老人はこちらを見て驚き、そして歓喜の表情になった。

 リュミヌーは老人の元に歩み寄り、抱きついた。


「おお! リュミヌー! よく無事に帰ってきた! 心配したぞ!」


「お父様、心配かけてごめんなさい。それであの……」


 リュミヌーはちらと俺の方を見る。

 それにつられて老人も俺を見て、何か納得したように一つうなずいた。


「リュミヌー、あの方は?」


「はい、申し遅れました。アラドさまです。モンスターに襲われていたわたしを助けてくださったんです」


 老人は俺の方に向き直ると、ペコリと頭を下げた。


「この度は娘が大層お世話になりました。私がこのキィンロナ村の村長、ラディウスです」


「アラドといいます」


 俺も軽く会釈する。


「お父様、実は……」


「うむ、わかっておる。アラドさまがそうなのじゃな?」


「はい」


 何の話をしてるんだろう。


 それから俺はラディウス村長から精一杯のもてなしを受けた。

 見たこともないような、珍しい料理をご馳走になり、久々にゆっくりと風呂を堪能。

 風呂から上がって、部屋に戻ってくつろいでいると、扉がコンコンとノックされた。


「アラドさま、ちょっとよろしいでしょうか?」


「ああ」


 リュミヌーか。何の用だろう。

 俺は部屋から出ると、リュミヌーに連れられてラディウス村長の部屋に通された。


「おお、アラド殿」


 ラディウス村長は人のいい柔和な笑顔で俺を迎えた。


「さ、こちらにおかけください」


 差し出された椅子に腰掛ける。

 正面には椅子に座ったラディウス村長。

 その隣にはリュミヌーがいる。


「あらためてアラド殿にはどれだけお礼をしてもしきれるものではありません。娘を助けてここまで連れてきてくだされた報酬は私の方から出させて頂きます。どうぞお納めください」


 そう言って村長は一つの袋を差し出した。

 それを受け取って中を見ると、俺は思わず目を丸くした。

 そこに入っていたのは、大量の金貨。

 俺の所持金の、ゆうに三倍はある。


「それでアラド殿、実は、厚かましいのは承知でもう一つお願いしたいことがあるのですが」


 お願い?

 もしかして、旅先でリュミヌーがチラッと口にしてたことか。

 気にはなってたけど、どんなお願いだろう。


 村長は少し間をおいて、口を開いた。


「実は……この村では代々ハーフエルフという種族が村の護衛をになっておったのです」


 ハーフエルフとはエルフ族と他の種族との混血種のことか。


「ご存知かもしれませんが、ハーフエルフは非常に高い魔力を誇り、また武芸にも才覚を現す者が多い、戦闘能力に優れた種族なのです」


 それで村の護衛をやっていたわけね。


「ところがつい先日、村に住む唯一のハーフエルフが『古の地下迷宮』に行ったきり戻ってこないのです。それで今この村にはモンスターと戦える人材がいません。そこで村を代表して、リュミヌーが護衛を勤めてくれる冒険者を探すため旅立ったのです」


 なるほど。

 にしても、こんなか弱い女の子を一人で行かせるなんて、無謀すぎる。

 余程この村には動ける人材がいないのか。


「それで、俺に護衛をやって欲しいんですね」


「さすがアラド殿は話が早い。その通りなのですが、実はもう一つ、先ほど申しました通り、今この村にはハーフエルフが行方不明になった一人しかおらず、今後の村の護衛のことを思うと憂うばかりです。そこで、もしよろしければなのですが……」


 そこでラディウス村長は一息入れて、


「できればアラド殿には、次世代のハーフエルフを産み出すのに協力して頂ければと思うのであります」


 ん?

 それってどういう……?


 リュミヌーが顔を赤らめてこちらを見つめる。


「わたし、アラドさまと一緒に旅をさせていただいて、この方ならいいと思ったのです」


 いいとは?

 ラディウス村長は一つうなずき、話を続けた。


「リュミヌーももう年ごろでございます。アラド殿ならば、リュミヌーのことを安心して任せられます。どうか、うちの娘を貰ってやってくれませんか?」


 え、え、えええええーーー!!??

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る