第7話 城塞都市にて
「え……マジ!?」
「も、申し訳ございません! アラドさま!」
王都を出発してから一週間。
辺境の地ミュルゼアまでの旅路は、最初の数日こそ順調だと思っていたが、ここへ来てトラブルが発生した。
今いる場所は王都テルネアから西部にある、城塞都市バーグラーという街だ。
この街はルナゼリア王国(人間の国)と獣人共和国ガルランドとの国境沿いにある。
つまり、この街から西は人間が治める国ではなく、獣人、あるいは亜人の治める国となる。
二つの国を繋ぐ関所を前にして、通行料を払おうとした俺はリュミヌーに、
「通行料を払うから財布を出してくれないか」
と言った。
「かしこまりました」
と、リュミヌーは懐をゴソゴソと探し出した。
3日前、ちょっとしたお使いを頼んだ時にリュミヌーに預けていたんだけど。
懐を漁っていたリュミヌーの手がピタリと止まったかと思うと、その手ががたがたと震えだし、真っ青な顔になったリュミヌーがポツリと呟いた。
「ど、どうしよう……アラドさま、わたし、財布を落としてしまいました……」
と、これがトラブルってわけだ。
このままでは通行料が払えず、ここで足止めだ。
リュミヌーは、今にも泣きだしそうになっている。
俺はリュミヌーの肩を叩く。
「心配するな。お金がないならここで稼げばいい」
そう、ないものはしょうがない。
悩んでいる暇があったら行動だ。
「でも、どうやって稼ぐんですか」
「そうだな、冒険者は冒険者らしく、依頼で稼ぐさ」
幸い、この街にも冒険者ギルドはあるしな。
俺はリュミヌーと共に冒険者ギルドの建物へと向かう。
◆◆◆◆
「え……依頼書って、これだけ?」
「はい」
冒険者ギルドの受付に行って依頼書を見せてもらい、愕然とする。
Dランクの依頼書が1枚、Eランクの依頼書が3枚。
例えこれを全部こなしても、通行料には足りない。
「すいませんねえ、最近急にこの街に冒険者が集まってきて、冒険者の数に対して依頼の数が圧倒的に足りない状況なんですよ」
なんだよそれー。
何もこんな時に集まってこなくてもいいだろー。
「うーん、どうしよう……」
「アラドさま……わたしのせいで……」
「いや、悔やんでもしょうがない、君に預けた俺にも責任がある」
そうは言ったものの、リュミヌーの表情は晴れない。
こうなったらモンスターでも狩って、その素材でも売って稼ぐしかないな。
この街には以前何度か来たことがあるが、周辺のモンスターは王都付近のモンスターより若干強いものの、俺一人で十分に通用するモンスターばかりだ。
片手剣使いである俺は、元々ソロプレイに向いているしな。
落ち込んだままのリュミヌーを連れて街の外に出て、俺はモンスターを探し始めた。
しばらく平原を歩いていると、前方に醜悪な姿をしたモンスターが5匹ほど闊歩していた。
あれはオークだ。
顔は豚で、人間のように四肢があって筋肉質の身体をしたモンスター。
あいつの牙は売ればそこそこの額になる。
俺は片手剣を鞘から抜くと真っ直ぐにオークの群れに躍りかかった。
オークはDランクモンスターなので、1対5でも遅れをとるはずはない。
ザシュ! ザシュ! ザシュ! ザシュ! ザシュ!
「グギャアアア!」
踊るようにして次々とオークどもを片手剣で切り伏せると、叫び声をあげてオークどもはバタバタと倒れ、瞬く間に死体の山ができる。
お次は素材の回収だ。
オークの口を無理やり開けて、鋭く尖った牙を折っていく。
あと、こいつらが持ってた棍棒も売れるから拾う。
それらの素材をアイテムポーチに放り込む。
俺が持ってるアイテムポーチは一種の魔導具と呼ばれるもので、亜空間とやらと繋がっていてそこにアイテムを保存しておけるらしい。どういう仕組みかは専門外なのでわからないけど。
保存容量はアイテムポーチを作った魔導師の魔力によって決まる。
当然容量の大きいポーチほど値が張るんだけどね。
俺が使ってるのは中型のもので、大体倉庫一つ分位のアイテムをしまっておける。
大型、あるいは超大型のポーチはそもそも作れる魔導師が限られていて、なかなかお目にかかれない貴重品。
その値段は国家や大規模な商店の予算クラス。
あと、アイテムポーチの中は時間が止まっているので、中のアイテムが腐ったり壊れたりはしない。
「おっと、忘れちゃいけないな」
オークの死体から肉を剝ぎ取る。
こいつらの肉は豚みたいな顔をしてるからなのか、めちゃくちゃうまい。
肉も売れば金になるし、余ったものは俺達で食べる。
オークの肉といえば中流家庭以下にとってはそこそこの贅沢品だからな。
今晩のメシはこいつで決まりだ。
「リュミヌー、帰るぞ」
……さっきから声が聞こえないと思ったら。
いつの間にかリュミヌーがいなくなってた。
まさか、迷子になっちまったか?
俺は急いであちこち探し回るが、どこにも見当たらない。
もうすでに夕方だ。
夜になればオークなんかより強力なモンスターが徘徊するようになる。
「くそっ、どこ行っちまったんだよ……」
俺がそろそろ焦り始めた頃、ようやく平原で歩いていたリュミヌーを発見。
「リュミヌー、心配したぞ。どこ行ってたんだ!」
「申し訳ございません、アラドさま……、実はこれを……」
そう言ってリュミヌーが差し出してきたものは、3日前に俺がリュミヌーに預けていた財布だった。
「お前、まさか、これを探し回っていたのか?」
「……はい。今回の不始末、どうしても何とかしなきゃって思いまして、それで……」
「……お前はバカだな。いいか、お前は俺の依頼人だ。冒険者たるもの依頼人から受けた依頼は必ず果たす。それが冒険者ってもんなんだ。お前は俺に故郷の村まで連れていって欲しいと依頼した。俺はそれを承諾した。だから俺にはお前を故郷の村に連れていく責任があるんだ」
「アラドさま……」
「だから、お前は何も心配しなくていい。大船に乗った気で俺に任せてればいいんだ」
「……わかりました」
「あと、勝手に行動はしないこと」
「わかりました」
俺はリュミヌーから財布を受け取ると、
「……でも財布を探してくれて助かった。ありがとう」
「アラドさま!」
リュミヌーは俺の右腕にギュッとしがみつく。
そして街につくまで離れようとしなかった。
街につくと、さっそく俺は獲得したオークの素材を店に行ってお金に変えた。
結構な額になった。
結果的にだけど、俺の所持金はさらに増えた。
夜になったので、宿屋に向かう。
チェックインして共用スペースに行くと、おそらく冒険者と思われる集団が椅子に座って談笑している。
何を話しているんだろう。
俺はさり気なく、彼らの話に聞き耳を立てる。
情報収集も大事だからな。
「聞いたか? ついにとある勇者パーティーがSランクダンジョンとおぼしきダンジョンを発見したらしいぞ」
「ああ、聞いた。だからオレ達もこの城塞都市バーグラーにやってきたんだ」
「そうなのか」
「なんでも、そのSランクダンジョンが見つかった場所はここからさらに西、イザルス山脈の近くだってな」
なんだって?
それじゃ、俺達の目的地の近くじゃないか。
それより、この街に急に冒険者が集まってきたのはそういう事情があったからか。
俺はその場を離れて部屋に行く。
ベッドに腰掛けると、リュミヌーもその隣に座った。
「アラドさま、もし故郷の村にたどり着いたら、あらためてお願いしたいことがあります」
「なんだ?」
「今は内緒です」
そう言ってリュミヌーはいたずらな笑みを浮かべた。
その日の夜、俺はまたリュミヌーと同じベッドで寝た。
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