第6話 模擬戦

「びっくりしたよ、だって急にいなくなっちゃうんだもん」


「しょうがないだろ。セリオスにパーティー追放されたんだから」


 目の前の少女――ヴェーネはテーブルにコップを乱暴に置いて文句を言ってきた。


 俺は今、冒険者ギルドの近くにある酒場の中にいる。

 外はもうすでに暗く、酒場の中は一日の仕事を終えた労働者や衛兵達で賑わっている。


 丸いテーブルを囲むようにして、俺とリュミヌー、それにヴェーネが席に座っている。

 テーブルの上には何とも食欲をそそるシーフード料理。

 王都は海に面していないけど、色んな都市と交易が盛んなので、こうして海の幸を堪能できる。

 ちなみにコップの中の飲み物はお酒ではなく、お茶だ。

 ここは酒場だけど、絶対にお酒を飲まなきゃダメってことはなく、別に食事をするためだけに利用したっていいのだ。


「それよりアラド、その娘は?」


 ヴェーネが皿の上の料理をフォークでつまみながら尋ねてきた。


「リュミヌーだ。エルフ族の娘だよ」


「え、エルフ族……?」


 ヴェーネが少し驚いたように目を見開く。

 王都ではエルフ族はまず見かけないから、驚くのも無理はない。


「リュミヌーです。よろしくお願いします」


「あ、はい、どうも、ヴェーネ・エステルよ。よろしく」


 リュミヌーとヴェーネがお互い向き合って軽く会釈する。


「それで、アラドはリュミヌーと一緒に何するつもり?」


「彼女を故郷の村に送ってやるんだ」


「リュミヌーの故郷? どこにあるの?」


「はるか西の果て、辺境の地ミュルゼアだ」


「え……」


 ヴェーネが少しあっけに取られたような表情を見せる。


「……じゃあしばらく王都には戻ってこないの?」


「まあ、そうなるな」


 ここから辺境の地ミュルゼアまでどれくらいかかるだろう。

 おそらく、順調にいって1か月くらいだろうか。

 途中にはイザルス山脈とか様々な難所が待ち構えているしな。


 ヴェーネがどこか寂しそうに魚をつついている。


 それにしても、さっきから周囲の痛い視線が突き刺さってくるのは気のせいじゃあるまい。

 それもそうだろう。

 俺と同じテーブルにいるのは、まるで幻想画の女神が抜け出してきたかのような絶世の美少女エルフと、赤毛のツインテールと均整のとれた顔立ちが印象的な幼なじみ。


 むさぐるしい酒場の中で、俺達は明らかに浮いている。


「私も一緒に行きたいんだけどね……」


「ん? なんか言ったか?」


「ううん、何でもない。それよりさ、久しぶりに模擬戦やらない?」


「ええ!? 今から?」


「いいじゃない、しばらく会えなくなるんだし」


「……しょうがないな、わかったよ」


 俺達はテーブルの上のシーフード料理を平らげると、酒場を出て王都の南口から外の平原に出た。



 ◆◆◆◆



「アラドさま、これから何をなさるおつもりですか?」


「模擬戦だ。まあ、戦闘訓練みたいなものだよ」


「ヴェーネさまと?」


「ああ」


 月光に照らされた平原に、俺とヴェーネが向かい合う。

 少し離れたところでリュミヌーが俺達を見守っている。


「それじゃ、手加減しないわよ!」


 ヴェーネはそう言って、自分の背丈ほどもある大剣を両手で持って構えた。

 トゥーハンドソード――それがヴェーネの獲物。

 彼女は『大剣使い』だ。


 対する俺は右手に片手剣、左手に盾といういつものスタイル。


「ヴェーネ、いつでもいいぜ」


「それじゃ、遠慮なく!」


 ヴェーネは大地を蹴って、突進してきた。

 すごく軽快な動きだ。

 あんな重い武器を持っているとは思えないくらい。


 だが……。


「甘い!」


 キィン!


 俺は片手剣を大剣の刀身に当てて剣閃の軌道を反らした。


「くっ!」


 ヴェーネが一瞬大剣の重さでふらついたところをシールドバッシュで突き飛ばそうとしたが、巧みな足さばきで回避された。


「まだまだー!」


 なおも大剣を軽々と振り回し、ヴェーネが俺を狙ってくるが、俺は紙一重でそれらの攻撃を回避していく。

 そしてしばらく攻防が続き……、


「俺の勝ちだな」


 ヴェーネが見せた僅かな隙をついて、俺は片手剣をヴェーネの顔の前に突きつけていた。


「……さすがアラドは強いわね、私の負けよ」


 フフッと微笑を浮かべてヴェーネが大剣をしまった。

 俺も同じく武器をしまう。


「セリオスは見る目ないよね、こんな強い冒険者を追放するなんて」


「……仕方ないよ、片手剣使いは役立たずって思い込んでるから。それよりヴェーネはまだセリオス達のパーティーに残るのか?」


「うん、だって子供の頃からの夢だったから。Sランクダンジョンを攻略する冒険者になるって……」


 Sランクダンジョン。

 それは全ての冒険者が憧れる伝説のダンジョン。

 神話の中にのみ語られるそこには神が眠るとも、魔王が潜むとも言われる人類未踏の地。

 Sランクダンジョンをクリアするということは、全ての冒険者の頂点に立つことと等しい。


 セリオス達勇者パーティーも当然そこを目指している。

 そしてヴェーネも。


「ま、それならしょうがないな」


「もう行くの?」


「ああ、明日王都を発つ」


「手紙送るからね」


「ああ」


 俺は右手をあげて「じゃ」と言ってヴェーネと別れた。

 少し歩いてから振り返ると、まだヴェーネはその場に立って寂しそうに俺達を見守っていた。


 王都に戻ってきた俺とリュミヌーはそこそこのグレードの宿屋に入り、受付を済ませて今晩泊まる部屋に入った。


「リュミヌーはベッドで寝ろ」


「アラドさまは?」


「床で寝るよ」


 宿屋に着いたはいいものの、一つしか空き部屋がないと言われ、仕方なく同じ部屋で宿泊することになってしまった。


「そんな、明日から大変な旅に出るのですから、せめて今日ぐらいベッドで休んでください」


「じゃあ、リュミヌーはどうするんだ?」


「その……」


 リュミヌーは赤面しながらもじもじと両手の指を絡めて、


「アラドさまと、一緒に寝たいです……」


 え?

 えええーー!!??

 いや、そりゃまずいでしょ!


 でも、実際のところ、次いつふかふかのベッドで寝れるかわからない。

 良質な睡眠は、次の日のコンディションに多大な影響を与える。

 冒険者たるもの、常に身体をベストの状態に保つのは職業柄当然なわけで。

 今更他の宿屋に移ることもできないしな……。


 ま、まあ、今日のところはリュミヌーの好意に甘えておくか。


「うーん……、それじゃ、一緒にベッドで寝るか」


「はいっ!」


 リュミヌーは心底嬉しそうな笑顔になった。


 その日の夜は、なかなか寝付けなかった。

 隣ですやすやと寝息をたてるリュミヌーの胸が、俺の背中にべったりと密着している。

 甘いフェロモンのような香りが、俺の鼻孔を刺激する。

 長く美しい金髪が俺の顔をふわっとくすぐる。


 息苦しくて、とても睡眠どころじゃなかった。


 結局一睡も出来ず、次の日のコンディションは最悪だったのは言うまでもない。

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