第5話 王都

 雲一つない青空の下、街道を半日ほど歩いてようやく王都の北門が見えてきた。


「あれが王都テルネアですか?」


「ああ」


 リュミヌーが珍しそうに王都の外観を眺めている。

 しかし成り行きとはいえ、エルフ族を人間の街に連れてきていいのだろうか。

 でもベルーニの森で傷だらけになってた彼女を放置するわけにはいかなかったし。

 とりあえずリュミヌーの目立つ耳は、フードをかぶせているから大丈夫だと思う。


 俺達は北門を抜けて街の中に入る。

 門番の衛兵はリュミヌーを見ても特別怪しんでいる風ではなかった。

 多分あんまり仕事熱心な方じゃないんだろう。

 こんなんで王都の警備は大丈夫か?

 まあ、今の俺達にとってはありがたいがな。


 表通りは賑やかで露天商とか客引きの威勢のいい掛け声が飛び交う。

 見るもの全てが珍しいのか、リュミヌーはついフラフラと通り沿いの屋台の方に吸い寄せられてしまってたので、


「リュミヌー、出来るだけ俺のそばにいろ。迷子になるぞ」


「は、はいっ!」


 リュミヌーは少し恥ずかしそうにしながら、俺の右腕に身体を寄せてきた。

 別にそこまでくっつかなくてもいいんだけど……。

 はぐれると面倒だから、まあいいか。


 冒険者ギルドにつくと、俺は受付のカウンターへ。

 応対してくれたのは20代後半の男性職員だった。

 エルナさんは休みかな。


「お疲れ様でした、これが今回の緊急討伐依頼の報酬です」


 そう言って男性職員は金貨が入った袋をカウンターに置いた。

 俺はその袋を受け取り、中をあらためる。

 よし、これで当面の生活費は確保できた。

 これで正真正銘、冒険者稼業は終わりか。


 ん? 何だか外が騒がしいぞ。

 そういえば、さっきまで一緒にいたリュミヌーがいない。

 まさか。

 俺は急いでギルドから出ると、リュミヌーが3人の男に囲まれていた。


「こんなところにエルフ族の女かよ」

「人間の国に入ってくるなんていい度胸してるぜ」

「なかなかの上玉だし、奴隷商人に売れば金になるぜ」


 ぐへへへと下品な笑い声をあげるごろつき達。

 不安そうにがたがた震えるリュミヌー。

 フードが地面に落ちてて、エルフ族特有の耳が露出してしまっている。

 そして周囲には大勢のギャラリー。


 はあ……、面倒なことになった。


「アラドさま……」


 リュミヌーが涙目になりながら俺の方を見つめてくる。

 それにつられてごろつき達も一斉に振り返る。


「ああ? なんだテメエ? こいつの保護者か?」


 ごろつきの一人がずかずかと俺に近づいてくる。

 こんなところで騒ぎなんて起こしたくないんだけど、ごろつきはそんなことお構いなしに俺の襟首を掴む。


「痛い目を見たくなかったらさっさと消えな!」


 この手の人種は話し合いなんて概念を持ってない。

 仕方ないか。

 俺はごろつきの右ストレートを僅かな動きで回避すると、足払いでごろつきを地面にダウンさせた。


「っいてぇ! テメエやりやがったな!」


 怒り沸騰の表情で3人のごろつきが一斉に襲いかかってきた。

 こいつら腕っぷしには自信あるようだが、所詮は飲んだくれ。

 最近まで勇者パーティーに所属していた俺の敵ではない。

 俺は最小限の動きでごろつきどもを返り討ちにしてやった。


「リュミヌー、こっちだ!」

「はいっ!」


 ギャラリーがざわつく中、俺はリュミヌーの手を引いてその場を退散。

 人通りの少ない裏通りまで走ってきた。


「すいません、アラドさま、わたしのせいで騒ぎになってしまって……」


「いや、気にするな」


 しょんぼりするリュミヌー。

 それにしても、王都でのエルフ族に対する扱いは想像以上に悪いんだな。

 このままここにいたらリュミヌーの身に何があるかわからない。


「あの、アラドさま」


「なんだ?」


「アラドさまはその、冒険者なんですよね?」


「まあ、な」


「あの、お願いします! わたしを、故郷の村まで連れていってもらえませんか?」


「それは、冒険者への依頼ということか?」


「はい、故郷の村についたら精一杯お礼させていただきます。だから……!」


 リュミヌーは哀願するように俺をジッと見つめてくる。

 そんな彼女に見つめられて、俺は「実は今日で冒険者を辞めるんだ」とは言えなかった。


「リュミヌーの故郷はどこにあるんだ?」


「ここからはるか西、イザルス山脈を越えた先です」


 大陸の西の果て、辺境の地ミュルゼアと呼ばれている場所か。

 この王都は大陸の中央にあるから、随分と長い旅になってしまうな。

 まああんな騒ぎを起こしたから、王都には当分居られないし。

 何より未知の世界に行ってみたいという冒険者の血がうずいた。


 やっぱ、俺はこういう生き方しかできないんだな。


 冒険者ギルドで仕事をもらい、ランクを上げることだけが冒険者の生き方じゃないはずだ。

 誰も知らない世界を見て回るのも、冒険者の醍醐味だと思う。


「ダメ、ですか……?」


 リュミヌーの瞳が不安の色を帯びる。

 俺は首を振って、


「いや、ダメじゃない。わかった。君のその依頼、引き受ける」


「あ、ありがとうございます!」


 リュミヌーの顔がぱっと笑顔になった。

 その笑顔につられて、俺も微笑を浮かべる。

 そうと決まれば、早速旅の支度を整えないといけないな。

 俺はリュミヌーの頭にフードをかぶせると、彼女を連れて商店街へ。


 非常食とか野営アイテムとか、あれこれと買いあさり、ギルドで受け取った報酬金は半分ぐらいになった。

 日も暮れてきたので出発は明日にする。

 俺達は今晩の宿を探そうと通りを曲がった時、


「ちょっと! アラドじゃない!?」


 背後から聞き覚えのある声で俺を呼ぶ者が。


 振り返る。


 そこに立っていたのは、俺の幼なじみにしてセリオス率いる勇者パーティーの紅一点、ヴェーネ・エステルだった。

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