第8話 温泉の街

 城塞都市バーグラーの関所を無事に通過した俺達は、獣人共和国ガルランドの領土内に入った。


 この国はその名の通り獣人、または亜人と呼ばれる者達の国だ。


 獣人とは人間に近い姿をしているが、まるで猫みたいな耳をしていたり尻尾が生えていたりする。顔付きもどことなく狼に似ている。

 もちろんモンスターではない。

 あと、この国に住んでいるのは獣人だけじゃなく、リュミヌーのようなエルフ族や、ドワーフ族なんてのもいる。ドワーフ族は大人でも人間の子供くらいの身長しかなくて、手先が器用なので鍛冶や細工といった職人的な仕事をしている人が多い。

 他にも様々な少数種族が暮らしている、多種族国家なのだ。


 ちなみに亜人という言葉は獣人、エルフ族、ドワーフ族などの人間以外の種族をひとまとめにした言い方で、主に人間が使う言葉だ。


 俺達は城塞都市バーグラーから丸一日かけてカガオという街にたどり着いた。

 この街は一見こじんまりとして地味な印象だが、聞くところによると観光客が結構来るらしい。


 宿屋にチェックインしたので、さっそくこの街の名物を堪能しよう。


「はぁ~、気持ちいい~」


 湯気が立ち昇る中、俺は温泉に身体を沈める。

 全身があったまり、旅の疲れが吹っ飛んでいくようだ。


「あったかいですねぇ」


 リュミヌーがバスタオル一枚身体に巻き付けただけの姿で、俺が入っている温泉に入っている。

 ここは混浴だから別に一緒に入ってもいいのだ。


 とは言っても、正直俺一人で入りたかったかも……。

 リュミヌーのボディラインが悩ましくて、のぼせるのが早まってしまうじゃないか。


「アラドさま、お背中を流しましょうか」


「ああ、悪いな」


 温泉から出て、小さな椅子に座る。

 後ろでリュミヌーが俺の背中をタオルでゴシゴシと洗ってくれている。


「あの、アラドさま、もしよろしければ、わたしの背中も洗って頂けませんか?」


 え?

 俺は後ろを振り返ろうとして、慌てて正面に戻す。

 リュミヌーがいつの間にかバスタオルを外して、全裸になっていたからだ。


「わ、わかったから、そこに座れ」


 俺が指を差すと、リュミヌーがそこに座った。

 出来るだけリュミヌーを視界に入れないよう注意しながら彼女の背後に移動。

 湯気のおかげでよく見えないのが幸いして、どうにか彼女の裸体を見ずに済んだ。


「優しくしてくださいね」


「ああ」


 俺はタオルをリュミヌーの背中に当てる。

 素晴らしくしなやかできれいな白い背中を、ひたすら無心でゴシゴシと洗った。

 目を開けてるとのぼせそうなので、半目にしてな。


「アラドさま、気持ちいいです……」


 何故にそんな色っぽい声音で。


「もういいだろ」


 俺はそそくさと温泉の近くに移動して、桶でお湯をすくってリュミヌーの背中を流してやった。


「はい、ありがとうございました、アラドさま」


「じゃあ、俺はもう上がるから」


「え、もうですか?」


「ああ、リュミヌーはもう少しゆっくり入ってるといい」


 これ以上ここにいたら、のぼせて倒れてしまいそうだからな……。


 温泉から出て、俺は自分の部屋に戻り、冷たいミルクコーヒーをグビグビと飲む。

 頭に溜まった熱が急速に冷めていくようだ。


「ぷはー! 生き返ったー!」


 それから俺は温泉タマゴをほおばりながら、窓際で涼んだ。

 外はもう暗いので景色を楽しむことはできないが。


 しばらくして、リュミヌーが戻ってきた。

 彼女は『浴衣』という、東方の国の民族衣装を着ていた。

 東方と言ってもこの大陸のはるか東、海を渡った先の島国らしい。

 なぜそんな遠いところの民族衣装がこんな場所に伝来してきたのかは、よくわからない。

 そういう知識は学者にでも聞くしかないだろう。

 まあ暇な時にでも調べればいいか。


「アラドさま、何を食べているんですか?」


「ああ、これだよ、温泉タマゴ」


 俺は温泉タマゴが盛られた皿をリュミヌーに手渡す。


「甘くておいしいですー」


 リュミヌーは箸で温泉タマゴをおいしそうに食べている。


 それにしても、リュミヌーは何を着ても似合うなあ。

 長い金髪をアップにしているので、きれいな曲線のうなじが露出している。


 せっかくミルクコーヒーで冷やした頭が熱を帯びだしたので、俺は視線を反らした。


 俺は冒険者という職業柄、女に耐性はある方だ。

 冒険者をやってると、女冒険者とも一緒に行動することがある。

 女の冒険者は動きやすさを重視して、露出度の高い格好を好むからな。

 ヴェーネもそうだったし。


 肌を大きく露出した女性冒険者と一緒にいて、いちいちその身体に見とれていたら仕事にならないしな。

 だからちょっとぐらい魅力的な女性がいても平静を保つ自信がある。


 だが、そんな俺をもってしても、リュミヌーの身体の魅力に抗うのはキツイ。

 おまけになぜかよく添い寝したがるしな。


 やっぱエルフ族だからかな。


 そういえば、故郷の村に着いたらまたお願いしたいことがあると言ってたけど、何だろう。

 それも気になるけど、とりあえず明日に備えてさっさと寝ておくか。

 俺は寝床に入ると目を閉じた。

 温泉に入ったから身体がポカポカする。

 今日はいい夢が見られそうだ。

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