第19話 エピローグ
~親愛なるあたしの弟 ギールへ~
元気にしてる? ギール。
あたしは元気にしてるわ。
何枚目の手紙になるかしらね?
この手紙があんたに届くかはわかんないけど、あたしは書き続けるわね。
あんたときたら、ちっともじっとしてないんだから。
山沿いとか、半島の端っこの海辺を拠点にしてんだって? 手紙が届くわけないじゃないのよ。
まだ王様の怒りはおさまんないのかしら。
でも自業自得よね。耐えなさい、ギール。
あんたが頑張っているのは、キエスタまで聞こえているわよ。
この間の戦で親を失った子を引き取ったんだって聞いたわ。やるじゃない。あんたをちょっと見直したわよ。
王様はあんたをどう思うか知らないけど。多くの民はあんたを見直すと思うわ。
兄さんもいい加減、あんたを許してくれればいいんだけどね。
メイヤ兄さんたちの方は飛ぶ鳥を落とす勢いらしいじゃない?
聞いたわ。兄さんの一人が今度、キッサン家の娘と結婚するんでしょ。ますます、兄さんたちは栄えるわね。ほら、あたしの言ったとおりだったでしょ。
天下を取るなら、商人を仲間にしろってね。メイヤ兄さんの選択を褒めたいわ。
……前に、メイヤ兄さんがトーラ先生の弟子を辞めて、キャラバン家の娘と結婚した、て聞いたときはびっくりしたけど。
正解だったと思うわ。最高級のモノを取り扱うキャラバン商店でしょ。時代が変わっても残り続ける家だと思うわ。
今、メイヤ兄さんたちは香水産業を始めたみたいじゃない。うん、なかなか流行りそうよ。キエスタでも店先に並んでいたりするわよ。
この間、キャラバンの3番、アネッテ、ていう香水を見つけて。笑っちゃった。
薔薇の匂いがした。とてもいい香水だったわ。
あたしは今、キエスタ西部にいるわ。
ここに住む民族はみんな大らかでね、気の良い人ばかり。
南部に比べるといろいろ遅れているけど、これからこの地方は栄えると思うわ。気候がいいし、地形も理想的。ケダン山脈がこの地方を守ってくれてるのよ。いいところだわ。
えーと、あたしが今までどうしてたかって気になるわよね。それをかいつまんで話すわね。いろいろあって、詳しく話してたら本にでもなりそうなほどなの。ざっくりいくわね、ざっくり。
まず兄さんたちと別れて、あたしはキエスタに帰ろうと、ある
で、いきなり盗賊に襲われたわけ。
まあ見目麗しいあたしは、盗賊の頭領の目にとまってそのまま第四夫人にさせられたわ。
それからすぐよ。
盗賊の根城に、パウル王朝の討伐隊が来たのは。
それであっけなく、盗賊たちは壊滅したわ。
この、討伐隊の隊長がね。
昔、あたしの近所に住んでたラミレスだったの。
びっくりしたわよ。めちゃくちゃいい男になってたんだもの。
元の顔からして良かったんだけどね。ああ、あんたとはまたタイプが違うわ、全然。
めそめそ泣き虫だったのに、精悍になっちゃってて、驚いたわよ。
それで昔のこともあって、盛り上がっちゃって。
今じゃあたしの夫。
やっぱり、縁、てあるのね。あたしはラミレスとそうなる
優しくて、寛大な旦那よ。あたしの子供も可愛がってくれるしね。
あたしのことをとても理解してくれる。……ていうか、諦めてる、て言った方がいいかしらね。
あたしはちっとも家に居ないから。
ほとんど外出してる。地域を回ってるの。
何してるのか、て?
布教にきまってるじゃない! バカね。
でも、うーん……トーラ先生の教えは、いまいちこの国では受け入れられないと思うから、あたし流にアレンジしてる。
この国はね、やっぱり女が下に見られすぎてると思うの。そっちから帰ってきて、このひどさにあたしは気付いたの。
パウル王朝はこの世で一番進んでいるけど、この点だけはいただけないわ。
だからあたしは、この国の女たちをもっと元気にさせようと思うの。
まず、服よね。
男の気を無駄にひくことのない、身体の線が出ないキエスタの服はいいと思うわ。脱がない限り、身体の欠点が分からない、というのはとてもいい。
でもね、地味すぎるのよね。
南部の女たちみたいに黒ずくめじゃなくて。
もっと華やかな衣装にすればいいと思うわ。
刺繍をバンバン入れて。飾りもふんだんにジャラジャラつけて。
気分が盛り上がるじゃない?
この国の女の子たちはおとなしすぎるんだもの。もっと弾けてもバチは当たらないと思うの。そっちの女の子に比べたら、全然だもの。
だからあたしはド派手な服着て、各地を回ってるわ。
いろんな民族と交流した。そこで、しばらく共に過ごして交遊を深めたわ。
……えーと、深めすぎちゃったこともあるわね。
うん、その民族の男の人とまあ仲良くなるわよね。長い間、一緒にいると。
……なによ。なんかあたしに言いたいの?
……そうよね。白状するわよ。
あたしの、今お腹にいる子で子供は五人め。
一人はラミレスとの子だけど。あとの子は、それぞれ違う部族の子よ。
やっぱりさあ、その部族に受け入れられようとするなら、その部族の子を産むのが一番手っ取り早いのよ、うん。兄さんたちが、商人の家に養子に入るのと似たようなものね。
……え? 言い訳になってる、て?
うん、そうよね。ごめんなさい。
……だって。
こんなにイイものだとは、思ってもみなかったんだもの!
相手によって、全然違うし!
……悪かったわよ。今なら、あんたの相手ぐらい何回かしてやれば良かったと思うわよ。
ごめんね、ギール。
なんかあたしたちってタイミングが合わないわよね。縁がないってことよね。
まあ、あんたとあたしはこんなもんよね、ギール。
ラミレスが怒らないのか、って?
うん、あまり気分が良くはないみたいだけど。受け入れてくれてるわね。
それよりも、第一夫人と第二夫人の姉さんができた人でね。自分の子供と一緒にあたしの子供の面倒もまとめてみてくれてすごく有難い……あ、言ってなかったわね。
ラミレスは地位もあるし、実入りもいいからさ。嫁さん沢山もらってんのよ。
あたしは最後の十八番目。
これが一番二番だったら、問題だけど、あたしは十八番だもの。だから大目に見てもらえる、てところもあるわね。
まあ、だからあたしは元気でやってるわ、ギール。あんたも元気でやりなさい。
いつか、彫刻家のテドーが言ってたじゃない。今は認められないかもしれないけど、後世には認められるかもしれないって。
そういうことよ。
今のあんたはとんでもない悪ガキだった、てのが世間の見る目だけど、後世の人たちにはやりようによっては、聖人に見られるかもしれないってことよ。
世の中、やったもん勝ち、よ!
気張りなさい。
後世の人たちがあんたを聖人としてみるなら、真実がどうあれ、もうそれが真実になるのよ。確かめようがないんだもの。
遠い未来には、メイヤ兄さんたちの教えよりも、あんたの方が広まってるかもしれないわ。
そうなったらあんたの勝ち、よ! 喧嘩に負けて勝負に勝つ、てやつね。
遠い未来には、あんたが認められるといいと思うわ、ギール。
あんたや、メイヤ兄さんや、あたしの名前が後世に伝わるなら、これほど栄誉なことはないわね。それって、すごいことじゃない?
実はあたしね。
今、すごいこと頼まれちゃったの。
ジェルダの民と度々、交流してたんだけど。
この間、ジェルダの長にお願いされたのよ。
ジェルダ文字をつくってくれ、て。
すごいでしょ。
あたしのセンスの見せどころよね。
こうなりゃ、この大陸一、洗練された美しい文字を作ってやるわよ。
ジェルダ人を野蛮な民だとは二度といえないくらいにね!
あはは、というわけで、あんたがジェルダに住みたいとは言えないようにしてやるわ。
もう、そんなことは考えてないと思うけどね。
少しは字を読めるようになったのかしら。
あんたの場合、自分が読むより、他人を読ませるようにしてやる方が向いてるかもしれないわね。
あんた、教師に向いてるかもしれないわよ。出来ない気持ちがわかるんだもの。
ペラペラ口だけは達者で、よく回るしね!
ギール、あんたに謝りたかったわ。
約束を破ったこと。
あんたのそばにずっと一緒にいてあげる、って言ったのに、いてあげられなかった。
ごめんなさいね、ギール。
あたしがあんたのそばにいたら、メイヤ兄さんは二度とあんたを許さないと思ったから。
腹ぼての女なんて、あんたに迷惑かけるだけかと思ったし。
あんたのそばに本当はいてあげたかったのよ。
今でも、ずっとあんたを忘れたことはないし、あんたのことをいつも考えてる。
本当言うと、あのときあんたのそばにいればどうだったかしら、とも思うわ。
ラミレスを愛しているけれど。
あたし、あんたも愛してたみたい。
ちょっと正直、後悔してるわね。
ああ。本当に。
あたしの身体がふたつあればいいのに、と思うわ。
もし、生まれ変わったら、今度こそはあんたをつかまえて離さないわよ、ギール。
それじゃあね。
あんたの活躍を心から応援しているわ。
またね。
~あなたの妹であり、姉でもあるアネッテより~
END
アネッテとギール 青瓢箪 @aobyotan
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