亀裂①
僕の採用は見送りになってしまいました。
選考に落選したのではありません。
AIjyoの買収が決まり、採用活動が休止となってしまったからです。
しかも、AIjyoを買収したのは堂徳社長達のモラル・サクセス・ホールディングス。
悪魔の仕業としか言いようがありません。
これをどう考えれば良いのでしょうか・・・。
堂徳社長を通じてAIjyoに入社させてもらう?
・・・それは止めた方が良さそうです。
買収された以上、AIjyoがこれまで通りの仕事をできるとは限りません。
いや、あの人達のことです。十中八九、滅茶苦茶な仕事をさせるはずです。
となると、別の企業への就職を目指すしか無いですよね・・・。
それはそれで憂鬱なんですよねぇ・・・。
僕は何かをグズグズ考える時、いつも大学近くの公園のベンチに座ります。
今日は、いつものように出社する気になれません。
「・・・ん?」
「ア、あれは・・・。」
「ア、愛敬サン、コ、コンニチハ・・・。」
「・・・。」
「ああ・・・正田君か。」
「ハイ・・・。アノォ・・・」
「申し訳無い。採用の件、流れちゃって。」
「イヤ・・・アノ・・・ソウジャナクテ・・・」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・知ってるよ。いや、あの後知ったんだ。君のアルバイト先の親会社が、モラル・サクセス・ホールディングスだったってことを。」
「アッ・・・アッ・・・。」
「いや、いいんだよ。君はあくまでアルバイトだし、君にやられたわけじゃない。それに、君はあの会社を辞めようとしていたわけだろ?恨むのは筋違いってものさ。」
「・・・。」
「今回の件は、全部経営者の俺が悪いんだよ。まさかこんなやり方があるなんて、考えもしなかった。」
「今となってはただの大学生さ。もうすぐ卒業しちゃうから、ただの無職になっちゃうけど。」
「・・・。」
「大丈夫。確かに今は凹んでるけど、俺はまだ諦めてないよ。きっとまた会社を立ち上げて、今度こそ成功させるつもりだ。」
「・・・。」
「正田君。君がどんなキャリアを描いていくか分からないけど、後悔が無いようにね。」
「それじゃ!」
「ア・・・アイ・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
***
あれから1年が経ちました。
僕は考えがあって就職活動をせず、そのまま大学を卒業。
今はAIjyoに派遣され、エンジニアとして働いています。
実は、堂徳さんから正社員採用を打診されました・・・が、断りました。
僕はまだアルバイトでいいのです。まだ。
AIjyoという会社は、愛敬さんの人望で持っていたのでしょう。
愛敬さんの退職後、役員の多くが辞任・退職しました。
今は慢性的な人手不足、情報不足、連携不足で、毎日トラブルが起きている状況です。
AIjyoがおかしくなっている原因は他にもあります。
AIjyoの新社長や役員を誰にするかで、堂徳さんと清倫さんはかなり揉めました。
結局、ホールディングスの社長を堂徳さんが務めていることから、バランスを取って
AIjyoの新社長は清倫さんということになりましたが・・・。
それもあってか、堂徳さんと清倫さんの意見が衝突することも増えました。
グループ内も、堂徳派と清倫派に分かれ始めています。
「おい、また清倫さんがネットニュース載ってるよ。」
「マジ?うわ、めっちゃ取材されてる。」
「「期待の新鋭起業家」だって。最近、清倫さんの話ばっかだなぁ。」
・・・そう。
清倫さんは今、「期待の新鋭起業家」として世間に認知されつつあります。
マルチ商法をやっているのにあり得ないと思う方もいるかもしれません。
しかし、清倫さんは既にマルチ事業を縮小させていて、今ではAIjyoのキュレーションメディアを活かして健康食品や日用品をネット販売しています。
・・・商品内容や価格帯は以前とそこまで変わらないんですけど。
様々なメディアに自ら売り込まれているようで、ネットメディアで見かけることも珍しくなくなりました。たまにテレビにも出ています。
また、書籍を出したり講演して回ったり、引っ張りダコになることを楽しんでいる節があります。
今輝いてさえいれば、過去に何をしていようが、全て無かったことにされてしまうのでしょうか。
マルチ事業を縮小させることについては、当然堂徳さんと揉めていました。
堂徳さんからしたら、稼げる事業をわざわざ縮小させる意味が分からなかったでしょう。
一方で、なぜか今更「クリーンな起業家」になりたいと考えている清倫さんからしたら、この判断は当然なのかもしれません。
さらに、清倫さんはまとめサイト運営についても批判を強めていて、今後はAIjyoのキュレーションメディアに注力すべきだと主張しています。
これまでの主力事業を全て潰そうとする勢いです。
堂徳さんは堂徳さんで、次は飲食事業に手を出したいと言っています。
「最強の牛丼を作り、どこにいても飯が食えるようにする」と息巻いてるようで、これも謎です。
清倫さんも、完全に理解不能という顔をしていました。
堂徳さんの食に対する欲求は、付き合いの長い僕でも計り知れません。
一時期は上手く噛み合っていた二人ですが、それも会社の状況によるのでしょう。
今では一々意見が合わず、堂徳さんと清倫さんの関係は悪化していくばかりです。
そんな状況に不満を貯めている従業員も、少なくありません。
僕は経営について勉強中の身ですが、多分、こうなってしまった会社に先は無いのではないでしょうか。
いや・・・。
そうなってくれた方が、僕にはありがたいのですが。
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