buy hero③

小さい頃から、俺の周りには常に人がいた。


学校ではいつも生徒会長。部活でも部長。

大学に入っても、周囲にはいつもサイコーの仲間達がいた。


そんな仲間達と立ち上げた「株式会社AIjyo」は、キュレーションメディアで成長を遂げ、

今では全国200万人のユーザーにバリューのあるニュースを届けている。


企業理念でもある「人を活かし、人の役に立ち、仲間を信頼する」をモットーに、

今日も後悔の無い最高の1日を過ごすぞ!






「ウィーっす!おはよう!」


「あ、おはようございます!」


「「「おはようございます!」」」


「愛敬さん、新卒の選考についてなんですけど・・・」


「ああ!どうなってる?」


「説明会の反響大きかったみたいです!かなり応募者が来てます。」


「それで、一人期待できそうなエンジニア志望者がいるんですが。」


「イイネ!会ってみたいな!」








 ***









「ヨ、ヨヨヨヨヨヨロシク・・・オネガイシマス!」


「そんな緊張しなくていいですよ~!えーっと、正田さんですね!株式会社AIjyo代表の愛敬です!ヨロシク!」


「ヨ、ヨロシクオナシャス・・・。」


「アルバイトでウェブサイト運営会社のエンジニアをやってたらしいですね!どんなサイトなんですか?」


「ウェブサイト・・・トイウカ・・・アノォ・・・・・・」


「ん?」


「イ、イワユル、匿名掲示板やSNSのまとめサイトとイイマスか・・・。」


「あぁ~・・・。」


「・・・。」


「なるほどね。」


「大丈夫ですよ。そんなことで落選させたりなんてしませんって。」


「ハ、ハイ・・・。」


「でも、それは良くないですね。人のコンテンツを転載するだけでお金稼ぎしているってことでしょう?」


「ハ、ハァ・・・。マァ・・・。」


「それは法的にも問題がありますし、そもそも誰も幸せにできませんよ。」


「オ、オッシャル通りです・・・。」


「でも、正田さんは弊社を志望されています。つまり、そういう世界から足を洗いたいとお考えなんですよね?」


「アッ!ハイ!そうです!」


「いいですね。実務経験もありますし・・・。うちの理念に共感してくださるなら、一緒にグローバルなイノベーションを起こしましょう!」


「ハ、ハイ!」


「それじゃ、次回選考については後日連絡しますね。期待しててください。」


「ア、アリガトヤシタ!」


俺は人を見た目や言動で判断しない。

ちゃんと深く話し合えば、その人の良さが分かるものだと思う。

彼も、過去はともかく、これからは真っ当なビジネスで人の役に立ちたいと考えている。


多少コミュニケーション能力に懸念はあるかもしれないけど、長所と短所は表裏一体。

短所はみんなでカバーし合っていけばいいだけだ。


「よーし!またサイコーの仲間が一人増えるかもしれないぞ!」










 ***










「ソレデですね?愛敬社長がデスネ?」


「あー分かった分かった。うるせっつの。」


こんなに口数の多い正田は初めてだ。

そんなに愛敬って奴が気に入ったか。

完全に、ベンチャー企業経営者の“キラキラ”に当てられちまってる。



・・・アホだな。

そんな綺麗事ばかり言うのは、清倫みたいな詐欺まがい野郎に決まってる。

あるいは、稀にいるウルトラ勘違い野郎か。



正田、お前はまだ商売のことを何も分かってない。

早いところ、企業の暴力的側面を理解して、受け入れるべきだ。

それさえ受け入れれば、うちの会社に悪感情を抱くこともなくなるだろう。


企業は生まれた時からありのままだ。一つの目的のためにしか動かない。

どのような業界であっても、営利企業である以上その本質は変わらない。


だから俺は、一流企業のいかなる悪逆非道も、平然と受け入れられる。

企業は、最初から“そういう側面”を持った存在だと理解しているから。

無知な奴は、それを勝手に歪め、美化し、企業に幻想を抱く。勝手に期待して、勝手に失望する。


正田。今のお前もそうだ。

ベンチャー企業の輝きに目が眩んでいるに過ぎない。



イノベーション?

ビジョン?

フロンティア?

グローバル?


くたばれ。


そんな言葉はバレンタインデーや恵方巻みたいなもんだ。

ただの流行りに過ぎない。


経営の本質に掠りもしていない。


正田、よく見てろよ。

近いうちに、経営ごっこしてる奴らを殺してくるからな。


吹っ飛んでいく愛敬の生首を見れば、お前も目が覚めるはずだ。








 ***









「き、清倫さん、ソレ本当ですか・・・?」


「私が嘘つく理由無いじゃないですか。」


「は、はぁ・・・。」


「まぁ確かに、未上場企業専門の投資家って珍しいですし、驚かれるのは分かりますけどね。世の中広いですから。」


「で、でも、さすがに清倫さんのご友人とは言え、僕が持ってる株を売るのはちょっと・・・。」


「あ~いやいや。分かってます。AIjyoさんは急成長されてますし、もしかしたらいつか上場するかもしれない。」


「ただ、日本の上場企業なんて精々3,600社・・・。それに対して、ベンチャー企業はあまりにも多いですよね・・・。」


「つまり、絶対じゃないってことです。上場によって利益を得るのは。実際、メディアに出ている有名ベンチャーだって、上場や売却などで綺麗にイグジットしているとも限りません。」


「それは・・・確かにそうですけど。」


「ちなみに、私の友人の投資家は、御社の株をコレくらいで買いたいって言ってるんですよ。」




「・・・え?いや、ちょっとこれ・・・。清倫さん、マジですか?」


「まぁ、言うまでもなくその人って金持ちなんで・・・。これくらいの金はポンと出しちゃうんですよね。彼にとっては、ちょっとしたギャンブルみたいなものですから。」


「どうでしょう?AIjyoが上場、あるいはどこかに売却されるまで待つか、今すぐ確実にこの大金を手に入れるか。」


「ちょっと待ってください・・・。検討させてください・・・。」


「ええ、もちろん無理強いするつもりはありませんから、自由に判断されてください。」


「ただ、実は他の人にも声をかけてるんですよ・・・。その投資家だって、一つのベンチャー企業に何千万も投資するわけじゃありません。」


「買取の枠には限度があるので、申し訳ないのですが、早い者勝ちということで。」


「え!?え~~~・・・。」


「まぁまぁ。焦らせるつもりはありません。ゆっくり考えてください。」


「それじゃ、また連絡をください・・・」


「き、清倫さん!ちょっと待ってください!」




「はい?何ですか?」


「その・・・」




「非公開株って、どうやって譲渡すればいいんですか?」


「もちろん・・・やり方はちゃんと教えますよ・・・。」


「よ、よろしくお願いします・・・。」



通常、非公開株には譲渡制限をつけられていることが多い。

ワケの分からない他人に株式を奪われないようにだ。

例えば、「株式譲渡のためには会社の承認が必要」とでも定款に書いておけば、それだけで防衛策になる。


しかし、AIjyoはそんな基本的なことすらやっていない。

どういう風に定款を作ったのか知らないが、専門家に相談もしなかったのだろう。


社長が100%株主ならともかく、 譲渡制限もかけずにストックオプションで従業員に株をばらまくなんて、自殺行為だ。


どれだけ素晴らしいアイディアやサービス・製品があっても、こういうことを知らないだけで一撃必殺されるのがこの世界。

知らない人間にとっては、下手なクソゲーよりよっぽどクソゲーだと思う。











まぁ、僕にとっては神ゲーだけど。

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