夢を!諦めるな!①

「おい清倫。」


「はいはい・・・。」


「先月の売上、何でこんな落ちてんだよ。」


「この辺りに変な業者が出てきてますからね。」


「変な業者?」


「「株式会社ドリーム・チャレンジャー」っていう、起業支援業者です。」


「“起業支援”ね・・・。つまり競合か。」


「まあ。うちと先方で、同じターゲットを食い合ってる状況です。」


「・・・それで?」


「もう調査に入ってますよ。ちゃんと潰します。」


「メディア側にできることがあれば言えよ。」


「裏が取れてからお願いすると思います。」







 ***









調べたところ、株式会社ドリーム・チャレンジャーは、“起業支援”とは名ばかりの悪徳フランチャイズ支援業者のようだ。


うちが馬鹿をターゲットにしてるように、こういう業者も馬鹿をターゲットにしている。

新たな芽はちゃんと摘まなければならない。


僕が今日、こうしてドリーム・チャレンジャーのセミナーに潜入しているのも、その一環だ。




「おはようございます!ドリーム・チャレンジャー社長の有信です!」



彼が親玉か。



「はい皆さん、ドリーーーーーーム!」



「「「「ゲット!!!!」」」」



これはうちのパクりでは?

いや、うちもどこかからパクった気がするから、業界全体としてこういうものなのかな。



「元気一杯のドリームゲットありがとうございます!皆さん!株式会社ドリーム・チャレンジャーは!皆さんの夢を応援する企業です!」


「一緒に夢を叶えましょう!!!」



パチパチパチパチ



「1度しか無い人生、夢にチャレンジしないでどうするのか!」


「たとえ砕けるとしても!当たった方がいいんです!後悔だけはしちゃダメなんです!」



「当たって砕けろ」なんて言葉は、安全な所にいる奴の綺麗事か、他人にリスクを取らせることで肥え太ってる奴の勧誘トークだと思う。

そんなものを真に受ける人間は、死んでも起業なんてしちゃいけない。


当たって砕けていいのは、砕けてもいい状況を作ってる人間だけだ。

例えば、失敗しても金銭的に困窮しないとか、その仕事がダメになっても別の仕事があるとか、何かしら食い扶持を確保しているとか。


ここに集まっている連中の大半は、失敗したら後が無い。

ただ金を奪われただけの無職に成り下がる。

いや、高確率で借金持ちになる。


そこから人並みに戻るために、どれだけの時間を要するか。

その間どれだけの好機を逃し、どれだけの能力獲得機会を失うか。

考えてみれば分かることだ。


いい歳になって、考えれば分かることを考えずにリスクを取ろうとする。

ここは、そんなことにすら気づけないような生き方をしてきたカモ達の調理場なんだろう。


そんなカモを対象にした講座を、これから聞き続けなくてはならないのだから憂鬱だ。

自分が話す側ならともかく、他人の馬鹿話を聞いていると頭が痛くなる。








 ***






「ご静聴ありがとうございました。」


頭痛に2時間耐えた。

まぁ、講師のプレゼンはなかなか形になっていたと思う。

しっかりと馬鹿に刺さる内容だ。

それに、なるほどこれは詐欺とは言いにくい。



この業者は、独立開業したい人間と企業のフランチャイズをマッチングさせ、その仲介手数料で稼ぐビジネスモデルのようだ。


いくつものフランチャイズを取りまとめているらしいが、今回の内容は「どんな油汚れも取れるクリーナー」の販売権。

まず加盟金が200万。それとは別に、設備費や研修費が数百万ずつ。

イニシャルコストだけで1,000万近い。


さらに、販売のためのコストを自己負担させ、ロイヤリティーまで納めなくてはならないのだから、半端な売上高では成立しないだろう。


要するに、詐欺ではないが、大体の奴らは儲からない仕組みになっているフランチャイズだ。

合法的搾取と言い換えてもいい。




「こんな詐欺まがいのフランチャイズに何千万円も投じる馬鹿がいるわけない」なんて思う人間は、馬鹿の生態を正しく理解していない。


意外とハマる。こういうのは。

例えば、大企業で長年サラリーマンをやっていたような奴。

長い社会経験があるからと言って、こういうのに騙されないとも限らない。


むしろ、この手のフランチャイズ業者にとって一番の大口客というのは、大企業を早期退職した中年層だ。

退職金を含め数千万単位の預金を持っている可能性がある。

大人しく転職しておけば良いものを、その金を元手に独立開業しようとするバカは後を絶たない。



良い大学を出て、大企業に就職し、何十年も働いてきた人間が、なぜそんな愚かな真似をするのか。

つまり、結局のところ社会経験などというのは、自分の周囲のことだけだ。


大企業に勤めることが、起業についての理解を深めることに繋がるとは限らない。

ビジネスの立ち上げを経験してきたわけでもないのに、「長年仕事をしてきた」

という自負だけある中年は、自分の起業能力を客観的に評価することができない。

企業のリソースを借りて「長年仕事をしてきた」だけでも、それを自分の実力だと思い込んでしまう。


起業家とサラリーマンのルールは違う。

これまで陸で生きてきた者が、海の中に陸のルールを持ち出してきても、溺れ死ぬだけだ。


そんなわけで、大企業で働いていた「だけ」の中年は、カモがネギと土鍋とガスコンロを背負ってるようなものだ。


まぁ別に、中小企業勤務者が起業に聡いとも限らないし、社会のレールにすら乗れてない人間達は国語や算数から怪しいことも多いので、大半が論外だけど。




この業者は確かに詐欺まがいのことをしているが、詐欺はしていない。

少なくとも、ビジネスそのものに法的な問題は無い。

僕が手に持つこのペンを、100円で買うのも100万円で買うのも客の自由だ。

この業者のビジネスは、つまりそれに似ている。



・・・しかし、この資料やプレゼンにはミスが見られる。

根拠が曖昧なのに、断定的な表現が多すぎる。

特に、「絶対儲かる」とか「リスクは一切無い」なんて言い方はアウトだ。

せめて、「儲かる見通しが強い」とか、「リスクは比較的低い」とか、そういう言い方をすればいいものを。ツメが甘いな。

社長がそんなことをやってるようじゃいけない。




とりあえず、今日のところはこのまま帰ろう。









 ***









「どうだった?」


「まぁやろうと思えば、今すぐドリーム・チャレンジャー“は”潰せると思いますよ。」


「“は”?」


「オフィスをちょっと見たんですけどね、机や椅子はどれも安物。観葉植物や置物の類も無く、固定電話やデスクトップPCも無し。全体的にさっぱりしてました。」


「うん。」


「つまり、いつでも逃げ出せるよう準備している業者のオフィスです。」


「さすが現役詐欺師。見るところが違うな。」


「私は詐欺師じゃありませんよ。」


「じゃあ、仮にドリーム・チャレンジャーの悪事を公表したところで、すぐ別会社を立ち上げて同じことされちまうってことか。」


「まず間違いなくそうなると思います。」


「どうしたらいいと思う?」


「会社はいくらでも移せるでしょうが、顧客はそういうわけにいきません。」


「そうだな。」


「ですから、あの手の業者は絶対に“顧客リスト”を持ってます。会社名を変えても、またカモを集められるように。」


「うん。」


「そして、ドリーム・チャレンジャーのオフィスが入っているビルの管理会社は、今清掃のアルバイトを募集しています。」




「・・・なるほど。」

















「おーい!正田クン!こっちに来なさい!ちょっと大事な話がある。」

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