道徳 in 倫理の巣①
おかしいですよ。
今朝から、おかしい。
僕の狭い狭い交友関係が、更に狭くなりそうです。
大学の貴重な友人達が、今朝からおかしいことを言います。
曰く、「一緒に夢を実現しよう」とか、「毎月安定的に200万円稼げる」とか。
いやいや、それマルチでしょって話です。
分からないもんですかねあのバカチン達は。
確かにお金は稼ぎたいけど、僕は堂徳社長の下でエンジニアとしての
経験を積ませてもらってますし、時給2,000円とは別にボーナスも頂いてます。
そんな怪しげなビジネスに乗るわけがありません。
次また同じような勧誘をされたら、ビシっと言ってやるつもりです。
「ねぇ君、今時間ある?」
「はひょっ!?」
「突然なんだけど、将来の夢とか聞いてもいいかな?」
「ショ、将来の夢!?イヤ・・・あの・・・」
まただ!
ここはビシっと・・・!
「夢、無いの?それはダメだよ。夢を持たないと。」
「あの・・・エーット・・・」
ビシっと言え!
「ス、スミマセン!次ノ講義ガアッテ!」
「あ!ちょっと!じゃあ連絡先だけでも・・・」
「サセン!シャセン!」
ああ・・・この性格が恨めしい・・・。
***
「・・・そんなことがありまして。」
「マルチねぇ。アレって儲かるんか?」
「エェ・・・。」
「何だよ。俺の会社だって堂々と言えるような仕事してねーだろ。従兄弟分みたいなもんだ。」
「アッ、確かに・・・。言われてみたらそうデスネ。」
「マ、マァ、僕が大学に入学した頃からマルチの勧誘はありましたし、それなりに流行ってるんじゃないデスカネ・・・。」
「ふーん・・・。」
・・・。
「ド、堂徳社長?」
「それって、お前んとこの大学に行けば経験できる?」
「ハ?経験?」
「勧誘されるか?」
何考えてるんでしょうかこの人は・・・。
「うちの会社はこれだけのメディアを抱えてんだ。自社でマルチまでやれたら、さぞかしシナジーがあると思ってな。」
お母さん、僕は拝金主義者だと思いますが、この世界にもランキングがあるようです。
「・・・で、どうなんだ?」
「わ、分からないですけど、社長の顔つきだと話しかけられないような・・・。」
「俺20代だぞ?」
「ソ、ソウイウ意味じゃなくてですね・・・。何かその、カモっぽくないというか。もっとナヨっとした顔してないと・・・。」
「そうか。じゃあ一緒にお前の大学行くぞ。」
「エェ~~~~~!」
「安心しろ。お前が勧誘されたら俺が駆けつけてやる。」
「ボ、僕は釣り餌ですか!」
「なるほど。上手いこと言うな。」
***
正田という男は、金が好きでモラルの低い見所のある奴だ。
しかし、あのヘナチョコな見た目と言動のせいで、随分と人に舐められるらしい。
校門からここまで100mくらいだろうか。
サークル勧誘2回、宗教勧誘1回、そして今まさにマルチの勧誘を受けている。
釣り餌としては最高級だが、今後も苦労するだろうなあいつ。
「・・・さて、そろそろ行ってやるか。」
「デ、デスカラ、僕ハモウ講義ガアッテ・・・」
「正田君!おはよう!」
「ヴぇ?アッ、堂徳サン・・・。」
「あれ、その人知り合い?」
「イ、イヤ、今話しかけられたところで・・・。」
「へぇ~。あ、俺堂徳って言います。初めまして。どんな話されてたんですか?」
「・・・えーっと、人生で成功する方法についてですよ。」
このマルチ野郎、俺を品定めか?
ちゃんとカモを演じるのも大変だ。
ナチュラルカモネギの正田が羨ましい。
「え!?人生で成功する方法!?興味あるなぁ!聞かせてくださいよ!」
「アッ、ソレジャ僕は講義があるんで!」
「そうかぁ。残念だな。またね正田君!」
「・・・。」
「・・・。」
「すみませんね。正田君は行っちゃったみたいですから、俺にだけお話頂けます?」
「い、いいですよ!じゃあ、あそこのカフェでランチでも取りながら。」
「はいはい・・・。」
***
・・・ダメだ。
マルチの勧誘っていうのは、こんなに頭の悪い話を連発されるもんなのか?
笑いを堪える努力を強いられるせいで、内容がなかなか頭に入ってこない。
「世の中には、もっと自由に生きてる大人もいるんです!労働に縛られるなんて馬鹿のやることですよ!」
自由な大人・・・ね。
まぁ、頭の緩い現実逃避馬鹿を釣ることはできるかもな。
自由に生きていくということを正しく理解している人間は、軽々しくそんなことを言わない。
そもそも、完全に自由な人間なんて存在しない。
ある自由を手に入れたら、それを維持するために別の不自由を覚悟する必要があるからな。
こんな話を真に受ける馬鹿は、要するに、隣の芝が青く見えてるだけだ。
自分が今持っている自由を無視し、人が持っている自由を羨んでいるに過ぎない。
そうだな・・・。現在窮しているか、将来に明るい展望を見出せない奴。
現状を簡単に変える方法をウロウロと探してるような、主体性の無い奴なら、良い感じにハマるかもな。
「堂徳さん!聞いてますか!?」
「もちろん聞いておりますとも!」
「“大変”とは、“大きく変わる”ことなんです!」
そもそも、話してる内容が抽象的過ぎて、筋が見えない。
こんなセールストークで勧誘のつもりか?
こういう時は、まず相手の話を聞いて、悩みを引き出すところからじゃないのか?
どういうマニュアルになってんだよ。
これじゃクロージングにならないだろ。
「「こんにちはー!!」」
「はい・・・?」
「あ、紹介します!チーフの小森さんと、林さんです!たまたまこの近くにいたので、呼んじゃいました。」
「小森です!こんにちは!」
「林です!よろしく!」
「はぁ・・・。よろしくお願いします。」
なるほどね。
目の前のボンクラはアポインターで、この男達がクローザーか。
確かに、クロージングする人間までの繋ぎなら、どんなボンクラでもできるわな。
それに、これで1対3。
場の空気も制圧できるってわけか。
少数対多数の状況を作るのも、ポイントの一つっぽいな。
「ねぇねぇ、アルバートキヨハラ著の「リッチファーザー ポヴァティファーザー」って読んだこと無い!?」
「いやー無いですね。」
「え!?それはダメだよ!あれを読めば僕達が言ってることも納得できると思うよ!」
「いつまでも労働だけに縛られてはダメだ!夢なんて達成できない!」
「夢ですかぁ。失礼ですが、お二人はどれくらい稼がれているんですか?」
「んー、あんまり大きな声では言えないけど、毎月車が1台買えるくらいかな。」
「へー!凄い!500万円くらいですか!?」
「ん!?あ、いや。そこまではいかないけど。まぁサラリーマンの月収の5~6倍は稼いでるよ。」
「・・・凄いデスネー。」
仮にそれが本当だとしたら、月百数十万円ってとこか?
それで買える夢って何だよ・・・。
俺の手取りよりも遥かに下だ。
「あ、実は来週ホームパーティーがあるんだ!もし良ければおいでよ!」
「いいですねぇ!行きます行きます!」
「じゃあ、連絡先教えてくれる?」
「もちろんですとも!よろしくお願いします!」
“ホームパーティー”ね。
今度はちゃんと勧誘してくれよ。
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