夢屋

僕が売ってるのは、健康食品や日用品ではなくて、「夢」なんだと思う。

彼が買いたがっているのも、健康食品や日用品ではなく、「夢」だから。


今、生まれたてのカモと都内のカフェで話し合っている。

彼の風貌や言動は・・・まあ予想通りといったところだ。




文章とは恐ろしいもので、読めばその人物が見えてくる。

DM通りの彼を見て、僕はつくづくそう思った。


「清倫さんって、今のビジネスを始める前は何をしてたんです?」


「色々ですねぇ。有価証券や不動産投資もやってましたし。」


「そうなんですねぇ・・・。」


流石に彼も多少は人を疑えるようで、まだ本題には入れない。

僕は余裕ぶって自分の状況を彼に話した。

先日海外に行ったとか、芸能人の誰と知り合いだとか、今後はこういうビジネスが流行るとか。

彼がどの話に食いつくか、様子を見ながら・・・。



「あ、そうですよねぇ。うん。分かります。」



彼が食いついたのはAIの話。AIが様々な職業を奪っていくという・・・。

なるほど、と思った。


こういう“上手くいってない人間”は、既存の社会がガラっと変わりかねないニュースを好みやすい。

AI以外なら、大企業の破綻やリストラ、国家間の戦争、震災・・・そういった話も僕は用意している。


となると、話の展開はこうだ。



「まぁ今後はAIが既存の仕事を奪っていくでしょうから、普通に正社員として働くだけじゃダメですね。危険ですよ。」


「あー、やっぱりそうですよね・・・。」


「そうです。良い大学を出て大企業に就職してるだけじゃ、いつ仕事を奪われてもおかしくありません。」


「うん・・・うん・・・。」



社会のレールから外れた彼にとって、最も辛いのはこのレールの存在だ。

だから、それを批判する。

無意味である、いずれ消滅すると言ってやる。


こうして少しの事実や正論を織り交ぜつつ、彼の“心の流れ”に沿った提案をしていく。

これが驚くほど効く。


「あのぉ、清倫さんの会社って、今どれくらい稼いでるんですか?」


「単体で?」


「え?」


「いや、結構手広くやっているんですよね。今君に紹介しているビジネスなら、僕の手取りは月300万くらい。まあグループ全体なら年商で50億くらいですね。」


「えぇ・・・。そ、そうなんですか・・・。」



確認方法すら知らない彼になら、いくらでも自分をデカく見せられる。


そもそも、年商何億なんて数字そのものに大きな意味は無い。

こんなの、所属する業界によっても話が変わる。


ハッタリをかましたいなら、今すぐ小売業でもやればいい。

毎月1千万円分の消耗品を仕入れて利益を乗せずに売れば、それで「年商1億円の看板」をすぐに立てられる。

本当に重要なのは利益と手取り、そして業界内での地位だと思うが、「億の看板」は無知に刺さる。


法人にとって、「億」という数字はそこまで驚くようなものではない。

こういう馬鹿はそれを個人の尺度で測ろうとするから、冷静さを失う。


だから僕は、年商何億という言葉をよく遣う。

それに大きな意味が無いことを分かった上で、馬鹿の目を眩ますために遣う。


今彼は、僕を神のように思っているだろう。


ここでダメ押しの一手。


「あ、店長!ちょっと!」



通りかかった店長を呼び止める。



「はい。いかがなされましたか?」


「うーん。このコーヒー、いつもよりも酸味が強くない?」


「あ、そうですか・・・。これは失礼致しました。」


「気をつけてよ。そんなことやってたら客足が遠のいちゃうよ。」


「はい。ご指摘ありがとうございます。」


「あと、入り口が汚れてたから、後で掃除しておいて。」


「これは気が回らず申し訳ございません。」


「うん。いいよ。まぁ頑張って。」


「はい。ありがとうございます。」





・・・。






「あ、すみません。実は、ここ僕が出資してるカフェなんです。たまにこうやって口出さないと、手抜きされちゃうので。」


「ええ!?そうだったんですか!?」


「他にも色々と出資してますよ。そもそもこのカフェが入ってるビルだって私のですし。」


「えええ!?」


「スマホで検索してみれば分かりますよ。」


・・・。


「う、うわぁ・・・。ほんとだ。清倫ビルって書いてある・・・。」


「まぁ、7階建ての小さいビルですけどね。他にもいくつか不動産は持ってますよ。」


「凄いですね・・・。」


僕がなぜこのカフェを指定したか。

このビル名を見せたかったからだ。


たまたまではない。探したのだ。

自分の苗字で検索をかけ、同じ名前のビルを探す。

そしてテナントに入っている飲食店を見つけ、常連になっておく。


店長と顔見知りになっておけば、さっきみたいに偉そうに話しかけても、まず無下にはされない。

日本の飲食店において、客は神だ。

店長ならば尚更で、その対応は、傍からは「オーナー」と「従業員」の関係にも見えるだろう。


こうして一連の流れをカモに見せれば、もうイチコロ。

“商談”は成立したも同然だ。



「清倫さん、僕はどうしたら勝ち組になれますか?」



はい落ちた。

相手から、「やりたい」という言葉を引き出せれば勝ち。


「そうですねぇ。じゃあ、まずは君の夢を実現するまでのロジックツリーを作ってみましょうか。」


後はソレっぽい言葉を並べて、また一人子会員を確保だ。







はぁ・・・それにしても疲れる。

千人に一人の馬鹿を一々相手にするのは非効率だ。


早くこのビジネスを軌道に乗せて、優秀な子会員に任せてしまおう・・・。

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