灰色の街


灰色の街。


計画も無いまま辿りついたその街は、何となくそう見える。


今日が曇りだからだけじゃない。

見窄らしく無気力な目をした大人と、そういう人間が利用するような店が立ち並んでいるからじゃないかと思う。

街の様子というのは、そこにいる人間達を反映するものらしい。



中学で貯めた金は、俺にとっては大金だが、世間から見れば些細な額。

家から盗ってきた金を合わせても、そう長く生活はできない。


どこでもいいから、働くしかない。


しかし、住所不定、16歳、当然まともな職歴無し。

さて、どうやって仕事を探せばいいんだか。


まぁ、何かあちこちに怪しいポスターが貼ってあるし、とりあえずそこを当たってみるか。







 ***






2年で俺も灰色に染まった。


色々な職を転々としたが、とりあえず、今も働いている。

もちろん、まともじゃない小僧が働ける場所はまともじゃない。


前科持ち、何も喋らない奴、やたらすぐキレる奴、一人でブツブツ呟いてる奴、奇声を発する奴・・・。周囲の奇人変人を挙げればキリが無い。

そんな奴らと一緒に「倉庫」で働いている俺も、やはり世間的に見れば異常なんだろう。

この街の立派な住民だ。



倉庫つっても色々だ。

少なくとも、ここはまともに管理されているような職場じゃない。


求人内容と実態はまるで違うし、管理者から小突かれるのは日常。

労働者同士の殴り合いや、貧困な語彙での口論、小学生のようなイジメが始まる光景にも慣れた。


唯一求人に嘘が無かったのは、寮に住み込みで働けること。

これは本当に助かる。何をするにも、住所は重要だから。


しかし、こんなことをいつまでやっていても埒が明かない。

ちょっと何かが起これば、簡単に収入が無くなりそうだ。


やっぱり、また自分で事業をやるべきだ。


じゃないと金は稼げない。


また、飯が食えなくなる。




「堂徳!」



「・・・はい。」


先輩だ。嫌な予感がする。


「給料日だろ!飲みいこうぜ!」


俺は未成年だっつの。


「あ、はぁ・・・。そうスね。」


断らないと面倒臭いが、断る方が面倒臭いことになる。

こういう時は、素直に行った方がマシだ。







***







「・・・でな!?あいつ、何て言ったと思う?」


「さ、さぁ・・・。」


こいつの話題はいつも同じだ。

金が無い、給料が安い、あいつは卑怯、上司が無能、社長の商売が下手、資本家が悪い、政治が悪い・・・。


よくここまで自分以外の何かの問題点を挙げられるもんだと関心する。

その目を少しでも自分に向けられれば、多少マシな人生を歩めただろうに。


金が無いと言いながら酒を飲み、タバコを吸い、パチンコに通い、たまに後輩に奢って良い格好をしたがる。

給料が安いとは言うが何の研鑽もせず、転職情報に目も向けない。

上司や社長を批判する割に、どこかで聞きかじった程度の経営知識しか無い。


現状を批判するが、現状を脱することについて具体的な計画も実行力も持っていない。


と言うことは、こいつは一生このままだ。論理的に考えるとそういうことになる。


恐らく、こいつは無意識に近いところで現状を受け入れている。

受け入れているから、せめて鬱憤だけは吐き出して、何かに一矢報いようとしている。


そう考えると、弱い、気の毒な人間だとは思う。

しかし、これだけ弱い人間でもちゃんと生きていけるのだから、ここは良い国だ。


「なぁ、聞いてるか?」


「もちろん聞いてますよ。仰る通りだと思うっス。」


「だろ。でな?」


俺達は労働を強制されているのではない。


誰でも。


・・・そう。誰でも資本家にはなれる。労働をしながらでも。


資本家の世界に入り込むために、毎月稼いでいるこの金を貯めればいい。

そのためには、単純な話、無駄遣いをしないことだ。

俺はそれを頑なに守っている。

意思を持って日常を過ごしてるつもりだ。


俺はこんな口だけの弱者にはならない。

言ってもしょうがないことも言わない。

ひたすら、自分の実益だけを追求してやる。


まぁしかし、負けるべくして負ける人間を観察することも一種の勉強だ。

せっかく目の前に“敗北の教科書”があるのだから、しっかり勉強しよう。





・・・しかし、こいつの話は長いな。いつ終わってくれるんだ?


「先輩って“ハクシキ”ですよねぇ。」


「ハクシキ?」


「あ、すンません。色々なことを知ってるなぁって。」


「そ、そうでもねぇよ。」


「どこでそんな情報集めてるんですか?」


「まぁ、ネットとか?」


「へぇ。俺パソコンとか持ってないから、ネットってよく分からないんスよ。」


「お前マジかよ・・・。今時必須だろ。」


「そうなんスか?」


「パソコン買えばいいじゃん。」


「えー・・・高いじゃないスか・・・。」


「そんなんじゃ今の時代についていけないぞ。」


じゃあおめーはついていけてんのかよ・・・と言いたくなったが、まぁ一理ある。


パソコンねぇ・・・。

よく分かんねーからほとんど授業サボってたけど、少しだけ学校で触ったことがあったな。



今度、見てみるか。








***








今思えば、あの如何わしい倉庫の仕事をしていて良かったことが二つある。

一つは、自分のパソコンを手に入れたこと。その必要性に気づけたこと。



インターネットは革命だった。

何かを知ろうと思って調べれば、無料で、即情報が手に入る。

アホどもは毎日コレを娯楽に使っているようだが、本来の使い方は全く違う。


それに、ネットの世界では、俺の周辺にいたクズどもと考え方から何から全て違う人間が情報を発信している。

それを吸収しない手なんて無い。




もう一つ良かったことは、馬鹿の生態に詳しくなったこと。


勤め先の奴らがネットで日頃何を見て、何をして、どれだけの時間を消費しているのか。

そんなことを調べて俺なりに出した結論が、まとめサイト事業の立ち上げだ。




後々知った言葉だが、アレは「マーケティング」というヤツだったんじゃないか?

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