倫理的な家庭
「清倫さん、またその食い方ですか・・・。」
「この方がいい。飯が冷めて、すぐ食べれるから。」
「そりゃそうでしょうけど、飯に水ぶっかけたら味もクソも無いですよ。」
「それそんな重要?」
「まぁ、普通は重要ですね・・・。」
「僕は飯なんて仕方なく食べてるんだけど。頭回らなくなるから。」
「ご家庭でもそんな食べ方されてたんですかぁ?」
「・・・。」
「早く食べな。待たないよ。」
「食うの早っ!ちょ、ちょっと待ってください・・・。」
「ご家庭」ね・・・。
確かに、違う食べ方をしていたな。
***
「また潔(きよし)が成績を落としたのか?」
「ええ、そうなの・・・。」
「あと数ヶ月で受験だと言うのに・・・馬鹿息子め。このままでは清倫家の恥だ。ちゃんと、“いつもの”はやったのか?」
「もちろんよ。罰として、昨日の夕食は“いつもの”にしました。」
「そうか・・・。いや、それだけじゃ足りない。今日の夕食もそうしなさい。」
「そうね。ちゃんと懲りてもらわないと。」
「きっとあいつもいつか分かってくれる。私達に感謝する時が来る。」
「そうよね・・・。」
「お母さん、おかわり。」
「はいはい。」
バリ・・・ボリ・・・
「あ、俺も。」
ボリ・・ボリ・・・
「はーい。」
「潔は?おかわりいる?」
ポリ・・・
「遠慮しなくていいわ。お腹が空いたら勉強できないですもんね?」
カラカラカラカラ・・・
「召し上がれ。」
「お母さん、ありがとうございます・・・。」
ポリ・・・ポリ・・・
「ドッグフード、いつものと変えてみたんだけど美味しい?」
「はい。美味しいです・・・。」
「そう。」
「潔、飯なんてさっさと処理して勉強しろ。兄弟の中で落ちこぼれはお前だけだぞ。もっと努力しないとダメだ。」
「はい・・・お父さん。」
「またお父さんとお母さんを怒らせてしまった。次はちゃんとやらないと・・・。」
「毎日こんなに勉強しているのに、何で成績が伸びないんだろう。」
「ここ最近、模試を受ける度に偏差値が落ちていく。何でだろう。」
・・・この頃の僕は、確かずっとそんなことを考えていた気がする。
成績を落とす度に、罰としてドッグフードを食べさせられた。
それを疑問に思わなかったのは、僕の交友関係が皆無だったからだろう。
僕は、所謂エリート家系に生まれ育ったのだと思う。
父親は医者だし、母親も結婚するまで医者だった。
祖父も祖母も、親戚も、みんな、世間からは一廉の人物と見られている。
そんな僕の家系が認める大学は、日本に一つしかなかった。
兄二人も、ちゃんとその大学に現役で入学している。
張り詰めていた。
毎日。
学の無い両親のもとに生まれ、低次元な人間に囲まれ、程度の低い中学・高校に行き、塾などの教育環境も満足に与えられなかった人間にとっては、些細なことかもしれない。
しかし、その真逆の環境で生まれ育った人間は違う。
両親や兄達は、勝って当然という顔をしている。
その大学以外はゴミだと、心底そう考えている。
そんな中で、負けなど万が一にも許されるはずがない。
もし負けたら、僕はどうなるんだろうか。
そういう恐怖と、毎日戦っていた。
数ヶ月後。
失敗した僕に対する両親の態度は露骨だった。
アレは、我が子を見る目なんだろうか。
以来、話すどころか、目を合わせることもほとんどなくなった。
僕が失敗した反動だろう。兄二人は、更に溺愛されるようになったと思う。
まるで、枝を1本切り落とした木のようだ。
罰のドッグフードも出なくなって、渡された金で外食することが増えた。
他人からしたら不思議だろうけど、僕にとってはドッグフードの方がマシだった。
飯の味なんてどうでもいい。
それより、期待されたかった。認められたかった。兄達のようになりたかった。
結局僕は、世間では「一流」、僕の家系では「その他」扱いの大学に通うこととなる。
“失敗作”が一人暮らしを申し出た時、両親は心底安堵したに違いない。
これで、毎日顔を合わせずに済むと。
兄達が同じことを言っても、あんなに快諾されなかったと思う。
いや、絶対に許されなかったはずだ。
僕は今でも実家から貰い過ぎなくらいの仕送りを受けている。「いらない」と言っても、送られてくる。
それを“厄介払い料”だと思うのは、穿っているだろうか。
僕が欲しいのは金じゃない。
経済的に何不自由無く生きてきた人間は、経済的豊かさなんかに執着しない。
生まれた時から満たされている欲求なんて、どうでもいい。
きっと、両親の中で僕はもう“無かったこと”にされているのだろう。
大学の成績にも関心は無いようだし、会社を立ち上げた時も、急成長している現在も、気の無い反応しかされない。
そんなことよりも、今は兄達の就職にご執心だ。
僕はそれが悔しくて、寂しくて、羨ましくて・・・。
今でも、いつかこっちを見て欲しいと思っている。
受験に失敗したあの時からずっと、僕の心は一滴の水も飲んでいない。
その渇きを満たすため、僕はもっと多くの人間から評価を得ないといけない。
そのためにどれだけの人間が犠牲になっても、仕方ないじゃないか。
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