倫理的なお仕事
自慢じゃないけど、生まれてこの方、金に不自由したことは1度も無い。
それでも、僕は金が欲しい。
いや、欲しいのは金じゃなくて、その先にあるものなんだけど。
***
「違う違う違う!!!」
「全体的にもっとテンション上げて!身振りも!」
「す、すみません!」
「じゃあもう1度ね。」
「はい!「株式会社ネオ・サクセス」代表の清倫(きよつね)です!」
「サクセース?」
「「「サクセース!!」」」
「「「うぇーい!!!」」」
「皆さん。今すぐ!ちょっとした努力で!成功を掴みたいと思う方!手を挙げてください!」
「はーい!」
「はい!はい!」
「はいはい!!!」
「成功したい!!!」
「ありがとうございます!」
「・・・はいカット。」
「何かちょっと違うな。」
「そこの君さ、笑顔足りない。やらされてる感出てるんだよね。」
「す、すみません。」
「あと君も。元気良ければいいってもんじゃないんだよ。全体のバランス考えて。」
「はい・・・。」
「馬鹿を勧誘するためにやってんだから、君らもちゃんと馬鹿になってやってくれないと困るよ。」
「はい!」
「すみません!」
「じゃあもう1度!」
僕は新興宗教の教祖じゃない。
まぁ本質は大して変わらないと思うけど。
僕が経営している株式会社ネオ・サクセスは、「MLM」で化粧品や健康食品などを販売している。
MLMとは、「マルチ・レベル・マーケティング」の略。馴染みのある言い方をすれば「マルチ商法」だ。
ただ、その言い方はあまり印象がよろしくないので、MLMだとか、ネットワークビジネスだとか、対外的な呼び方を変えている。
事業の流れとしては、まず頂点の僕が海外から商品を輸入し、子会員に販売。
子会員はその商品に利益乗せて自分の子会員(孫会員)に販売。
孫会員は更に利益を乗せて自分の子会員に販売。
以降も同じ流れだ。
子会員が増えれば増えるほど自分の収入が増えるので、どいつも子会員の勧誘に躍起だ。
「清倫社長、次回のセミナーも満員になりました。」
「当然でしょ。」
こいつらは、僕直属の子会員。僕が通っている大学の学生達だ。
これもまた自慢じゃないが、世間一般からしたら、僕はかなり良い大学に通っていると思う。
偏差値が高いという意味で。
ただ、そういう大学の学生全てが品行方正で育ちの良いお坊ちゃまというわけでもない。
良い方向に主体的な学生もいれば、悪い方向に主体的な学生もいる。
後者の例を挙げれば、投資サークルは不正取引、イベントサークルは婦女暴行、テニスサークルは飲酒で未成年を病院送り。
ニュースになることもある。
つまり何が言いたいかと言うと、僕直属の子会員達は、このビジネスが“まともじゃない”ことを理解した上でやっている。
もっと分かりやすく言えば、自分よりも馬鹿な奴を騙して金を儲けたいと思っている。
多少世間を知っていれば、マルチ商法がまともじゃないことくらい分かるはず。
それなのにこれだけマルチ商法が広がっている理由は二つ。
一つは、馬鹿は毎年ちゃんと供給されるということ。
ただ割高な商品を押し付けられるだけのカモがいなければ、このビジネスは成り立たない。
日本の人口減少は僕も危惧している。
もう一つは、自分は馬鹿を騙せると思ってる自信家も毎年供給されるということ。
ただの馬鹿だけでこのビジネスは成り立たない。
事業拡大のためには、勧誘や販売のできる子会員が必要だから。
そういう子会員に求められる素養は次の4点。
①モラルが欠如していること。
②マルチ商法を理解した上で手を出す主体性があること。
③自分は人の上に立てる、成功できるという自信があること。
④基礎学力、対人能力、ルックスが備わっていること。
自分の子会員としては、こういう人間が好ましい。
そういう意味で、“優秀な”子会員を獲得するなら、僕の大学は非常に都合が良いのだ。
仕事柄、僕は底辺層についても熟知しているが、彼らは良くも悪くも“何も無い”。
一方的に搾取されるだけの存在だ。
商品を押し付けられる末端としては好ましいが、直属の子会員としては使い物にならない。
「あ、そうだ。新商材を用意するために来週海外行ってくるからね。」
「はい。次は何を?」
「適当なサプリ。ダイエットに効きそうなやつかな。」
「あー、なるほど。」
マルチ商法に使われる商材は大体決まっている。
中でも化粧品や健康食品が多い理由は、リピート販売できる消耗品であり、「効果には個人差がある」と言い逃れしやすいから。
実は、そこまでの粗悪品は扱っていない。
使用者に害のある商材はリスクが高いので、結構無難な物を選んでいるつもりだ。
謳い文句も大体決まっている。
「オーガニック」、「天然素材」、「外国産」、「ダイエット」・・・。
そんなキャッチコピーで付加価値を高め、市販されている類似品の何倍もの値をつけて販売している。
会社を立ち上げて丸1年になるが、傘下の会員は100人以上。
正直、濡れ手に粟と言っていい。
・・・だけど、全然足りない。
金じゃない。金なんて手段に過ぎない。
そんなことよりも、もっと僕を羨ましがれ。
もっと多くの人間が、僕に羨望の眼差しを向けなくてはならないはずだ。
そのために、もっともっと会社を大きくしないといけない。
金を儲けないといけない。
天才、カリスマとして信仰を集めないといけない。
これが、僕の働く理由。
それ以外、どうでもいい。
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