道徳的な家庭
「む・・・。」
「社長、どうしました?」
「な、なぁ、何か腹が減った気がしないか?」
「あー・・・。いや、俺は減ってないですよ。」
「俺も、別に減ってないです。」
「ボ、僕もそんなに・・・。」
「そ、そうか・・・。」
・・・。
「ちょ、ちょっと飯行っていいか?腹が減った気がするんだ。」
「はい。どうぞ。」
「じゃあ、頼んだぞ。」
・・・。
「マ、まだ10時過ぎくらいなのに・・・。堂徳社長ってよくアレありますよね。朝食食べてきてないんですかね・・・。」
「いや、朝食はガッツリ食ってきてるはずだ。」
「エッ?」
「・・・まぁ、色々あんだろ。俺らもよく知らねーけど、昔からああなんだよ。」
「ナ、謎ですね・・・。」
***
「いらっしゃいませー。」
「牛丼特盛り、汁だく、ネギ玉、キムチ。」
「はーい。」
「早めにね。」
「はい。」
・・・。
・・・。
牛丼屋か・・・。
***
生まれて初めて盗んだのは親の金だった。
それも、財布を丸ごと盗むのではない。小銭をいくつか。
俺はそれを握りしめて、家出をした。
腹が減った。
とにかく、腹が減って、あと数歩で動けなくなるんじゃないかと思った。
目に入ったのは、以前親と行った近くの牛丼チェーン。
ドアになかなか手が届かず苦戦したが、何とか店内に入り込んだ。
入り込んだはいいが、どうしていいか分からない。
周りの大人達は、当たり前のようにアレを食ってるのに。
旨そうだった。アレが食いたかった。
店内をウロウロする俺を見かねたんだろう。
男の店員が尋ねてきたのは覚えている。
で、俺は・・・店員に何て言ったかな。それは忘れたな。
でも、多分何も言わなかったんじゃないかな。
それほど言葉を教わってなかっただろうし。
・・・あ、そうだった。
地面に小銭を広げたんだ。
それで、アレを食わせてくれって顔をしたはずだ。
金が足りていたのか知らないが、店員はアレを食わせてくれた。
暖かい飯なんていつぶりだったか。あの味は今でも覚えている。
その後、俺は警察に引き渡された。
通報したのは店員だろう。
俺の格好と、青アザや火傷痕を見れば、誰だってそうしたはずだ。
親は警察に何と言って俺を引き取ったのだろう。
警察は俺の格好と青アザを見て何と考えたのだろう。
とにかく、俺は無事に地獄へ帰還した。
その後に何をされたかは思い出したくない。
幼少期の記憶は、痛みと空腹ばかりだ。
いつも耐えていた。
耐える以外、生きる術が無かった。
母親は俺に優しかった・・・と思う。
ただ、今思い返せば、頭が悪かった。
教養も無く、教育の仕方も分からず、子供がいても恋愛をしたがり、常に俺と交際相手の男との間で揺れ動いていた。
男が俺に振るう暴力を黙認していたのも、恐らくそのせいだ。
交際相手の男は、俺のことなんて心底どうでも良かったと思う。
自分の子供でもないわけで。
しかし、放っといてはもらえなかった。
頭の悪い人間というのは、その時々の感情が全てらしい。
奴の機嫌が悪い時は、よく蹴りを入れられた。
それで泣き喚くとタバコを押し付けられるから、黙って耐えた。
耐えることが計画に変わったのは中学1年生の時。
中学を卒業したら家を出る。
13歳でそう決め、俺はひたすら“バイト”をした。バイトと言っても、新聞配達などではない。
正確には、俺が勝手にバイトと呼んでいただけで、ある“イベント”の企画をして金を稼いでいた。
人間は似た者同士が集まるもので、崩壊した家庭で育った俺は、同じく崩壊した家庭で育った奴らとつるむことが多かった。
悪事への憧れなんて、それくらいの時期の子供なら誰でも持っている。
そこにセーブをかけるのが「普通の家庭」であって、俺達とは無縁のものだ。
当たり前のように、俺達は喫煙、飲酒、窃盗、暴力などに明け暮れた。
それがステータスだとも思って。
ところが、いつからか俺はこれに飽きてしまう。
そして、飽きずに同じことをやり続ける連中の習性を観察するようになっていた。
俺のバイトは、つまりその応用だ。
具体的には、騒ぐ場所を手配し、「パーティー」と称した飲酒喫煙し放題のイベントを企画、参加料を取ってメンバーを集める。
その参加料は酒と煙草の調達費であり、利益などは一切取ってないという体で。
実際には利益を上乗せし、調達した酒は薄め、かさ増しする。
さらに、こういうイベントには付き物の売春まで仲介した。
イッパツ数千円。
そこから俺が仲介手数料を中抜き。
他人事ながら、その程度の金で股を開く女も女だ。
金の価値は相対的なものであると学んだ。
そんなことを中学卒業までやっていて、これがなかなか金になった。
中学生としてはかなり、だろう。
商売のことなんて誰からも教わってないが、基本は中学時代に学んだのだと思う。
中学を卒業してすぐだった。
ある日、家に帰ると母親が死んでいた。
どうせ交際相手と破局したんだろう。
母親の依存は病的だったし、いつかそうなるような気はしていた。
何かをポトポト垂らしながらぶらさがっている母親をよそ目に、俺はまずバッグから財布を丸ごと貰った。
次に、自宅内の金になりそうなものを物色。と言っても、大して何もなかったが。
俺は終始冷静だった。
冷静・・・いや、諦めか・・・?
何か、そんなのが混ざったような気持ちだった気がする。
「さて・・・。」
「・・・“コレ”をどうしたもんか。」
「・・・。」
「・・・アンタ、幸せだったと思う?」
「・・・。」
「・・・。」
「とりあえず、警察に電話・・・なんだろうな。」
「・・・くせぇ。」
それからは・・・あまり記憶が無い。
事情聴取やら葬式やら・・・。そんなことをした気がする。
勘当同然だった母親の子供を引き取りたがる親戚もおらず、俺はそのまま独立した。
一応独立したのだから、あれは最初で最後の親孝行だったんじゃないだろうか。
それ以来、俺は自分に言い聞かせていることが二つある。
一つは、「何でも食えるくらい金を稼げ。」
もう一つは、「馬鹿になるな。」
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